テオ・アーダム(Theo Adam)逝去
ドレースデン生まれのドイツの名バスバリトン歌手テオ・アーダム(Theo Adam, 1926年8月1日 - 2019年1月10日)が亡くなりました。
92歳とのことですから大往生ですが、やはり馴染みの歌手の死は寂しいものです。
オペラ、宗教曲、歌曲と、万遍なく活動していて、東ドイツと言われていたころの国を背負っていた歌手の一人ではなかったかと思います。
私にとってのアーダムの最初の出会いは、テレビで放映されたヴァーグナーのマイスタージンガーのハンス・ザックス役でした。
長大なオペラで筋書きもよく知らないまま見ていました(最後まで見たかどうかは覚えていません。おそらく途中で止めてしまった気がします)。
ジークフリート・ローレンツがベックメッサーを歌っていたのは覚えています。
その後、彼のリートのレコードがいくつか出ているのを知り、少しずつ聴き始めました。
彼の歌唱は、フィッシャー=ディースカウのような言葉のめりはりのきいたドラマティックな感じでもなく、プライのような溢れんばかりの美声で人懐っこく聴かせるものとも異なり、独特の味わいがありました。
決して自分を前面に押し出すタイプではなく、律儀な楷書風の歌のように私には感じられました。
その渋さゆえにちょっと聴いたぐらいではなかなか魅力が伝わってこず、彼の良さを実感したのは聞き出してから随分経ってからでした。
私が唯一彼の実演を聞いたのは、1992年秋のことでした。
ルドルフ・ドゥンケルのピアノで催された歌曲の夕べでは、歌曲の歴史を一望できるかのような様々な作曲家の名曲のオンパレードでした。
こういうプログラミングが一流の歌手によって演奏されるのは、歌曲のコアなファンにとっても貴重な機会でした。
かなり沢山の歌を歌った後でアンコールで彼はシューベルトの「アトラス」を歌いました。
普通ならば本編で歌うようなドラマティックな作品です。
あれだけ歌ってもまだ「アトラス」のような重量級の歌が歌えるのは凄いと思いました。
でもよく考えれば、ヴォータンの長大な歌を延々と歌ってきた彼にとって、スタミナはたっぷりあったのでしょう。
決して派手ではないけれど、燻し銀の味わいで聞き手の胸にしっとりとしみこむような実直な歌を聞かせてくれたアーダムは、間違いなく歌曲歌手の中でこれからも忘れてはならない存在の一人であり続けるでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。
Das Rheingold rehearsal ·Bayreuth 1965
日本語の字幕が付いています。ヴァーグナーの孫ヴィーラント(演出)や指揮のカール・ベームも出演しています。
ピアノ伴奏による貴重なリハーサル風景が見られます。
„Loge her!“ (Wotan), Friedrich Schorr & Theo Adam
1967年大阪公演の映像。「ラインの黄金」のヴォータンを歌う若かりしアーダムはすでに貫禄に満ちています。
Schwanengesang, D. 957: No. 13. Der Doppelganger (Theo Adam, Rudolf Dunckel)
アーダムの素晴らしさが凝縮された名演だと思います。シューベルトの音楽の凄みをこれほど丁寧に表現した歌唱はなかなかないのではないでしょうか。
Theo-Adam-Nacht ("Zwischentöne" und "Theo Adam lädt ein")
アーダムを特集したテレビ番組のようです。2時間38分もあるので、少しずつ楽しんでください。
ちなみに歌曲の演奏映像は以下のとおりです(目盛りを合わせてお聞きください)。
46:12~ シューマン/春の旅(Frühlingsfahrt)(抜粋)(ルドルフ・ドゥンケルのピアノ:1986年, Schauspielhaus Berlin)
47:55~ ブラームス/「愛の歌」~ドーナウの岸辺で(Am Donaustrande)(ペーター・シュライアー他女声2人との四重唱:1977年, Deutscher Fernsehfunk)
1:53:31~ シューマン/献呈(Widmung)(初めて伴奏をするという若いピアニストとの共演)
2:36:10~ シューベルト/音楽に寄せて(An die Musik)
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コメント
フランツさん、こんばんは。
テオ・アダム亡くなったのですね。
影法師、じっくり聴いてみました。
テオ・アダムの声で聴くと、確かにこの曲の凄みが伝わって来ますね。
恥ずかしながら、オペラの録音しか聴いたことがなかったのですが、おっしゃる通り楷書のような歌いぶりが、逆に曲の特性を引き出しているように思いました。
折しもこの記事を拝見する前に、1990年代のプライ記事を久しぶりに出して来て眺めていたところです。
一番、雑誌を買ったり色々な歌手のCDを賈っていた時期です。
その頃の歌手がまた一人亡くなり、本当に寂しい気持ちです。
心からご冥福をお祈り致します。
投稿: 真子 | 2019年1月16日 (水曜日) 22時47分
真子さん、こんばんは。
テオ・アーダムも亡くなり、私たちに馴染みのアーティストたちがどんどん去っていくのは仕方がないこととはいえ、やはり寂しいですね。
このドッペルゲンガー、凄いですよね!決してこれ見よがしな表現をしているわけではないのに、このぎゅっと凝縮したような響きの魔力といったら!丁寧に美しく言葉を響かせるだけのようでいながらこの圧倒的な迫力は本当にアーダムの凄さがあらわれているように思います。
80年代から90年代にかけて、様々なアーティストたちのコンサートや録音を沢山聴けたのが私にとってもとても美しい思い出として残っています。真子さんとも同時代のアーティストの思い出を共有できて嬉しいです。
こうして残った人々の心に優れたアーティストや音楽が記憶され、それが後世に受け継がれていったら素敵だなと思います。
投稿: フランツ | 2019年1月17日 (木曜日) 20時25分