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ロバ(der Esel)が登場するヴォルフ(Hugo Wolf)の歌曲2曲

ドイツ歌曲に限りませんが、動物や植物を扱ったテキストは数多くあります。
歌曲集として動物をテーマにしてまとめた例としては、いずれもフランス歌曲ですが、ラヴェル「博物誌」やプーランク「動物詩集」などが思い浮かびます。
特に前者は鳥や虫の鳴き声などが見事に描写されています。

今回扱うのは「ロバ(ドイツ語でEsel)」です。
フーゴー・ヴォルフ(Hugo Wolf)の歌曲に「ロバ」が登場する作品が2曲あります。
「ロバ」を表すドイツ語のEsel(発音は「エーゼル」)は「間抜け」という意味合いも持ち、あまり好意的に扱われていません。

まずはロバの鳴き声を聞いてみましょう。

高い吸い込むような金属的な音と低い音を交互に出すのが特徴でしょうか。
こうして見ると可愛いですね。

それでは、ヴォルフの「変身させられたツェッテルの歌」という歌曲をご紹介します。

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Lied des transferierten Zettel
 変身させられたツェッテル(ボトム)の歌

Die Schwalbe, die den Sommer bringt,
der Spatz, der Zeisig fein,
Die Lerche, die sich lustig schwingt
bis in den Himmel 'nein.
[Ya Ya Ya Ya!]
 夏をもたらすつばめに、
 すずめに、きれいなまひわ、
 ひばりは快活に
 空中まで舞い上がる。
 [イーアー、イーアー、イーアー、イーアー!]

Der Kuckuck, der der Grasemück'
so gern ins Nestchen heckt,
Und lacht darob mit arger Tück',
und manchen Ehmann neckt.
[Ya Ya Ya Ya!]
 かっこうは、のどじろむしくいの巣に
 卵を産みつけるのが大好き。
 そして悪意をもってあざ笑い、
 あまたの旦那どもを冷やかすのだ。
 [イーアー、イーアー、イーアー、イーアー!]

詩:William Shakespeare (1564-1616) “A Midsummer Night's Dream” Act 3, Scene 1
独訳:August Wilhelm Schlegel (1767-1845) “Ein Sommernachtstraum” Dritter Aufzug, Erste Szene
曲:Hugo Wolf (1860-1903)

※第2節第1行の「のどじろむしくい」という鳥の姿と鳴き声は
 こちら

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これはシェイクスピアの「夏の夜の夢(A Midsummer Night's Dream)の第3幕第1場で、いたずら者の妖精パックが織物職人ボトムの頭をロバに変えてしまい、そうと気付かないボトムが歌う歌です。
ボトムというのがオリジナルの役名ですが、訳者のA.W.シュレーゲルは、Zettel(ツェッテル)という名前に訳しました。
ちなみにZettelというのはドイツ語で「紙切れ」のことです。
独立した詩ではなく、戯曲の中の一部であり、しかも第1節と第2節の間で妖精のティターニアが目覚めて一言セリフを話すので、それを除いた形でヴォルフは作曲しています。
ロバの鳴き声はヴォルフによる付与で、グロテスクさが増しています。
1889年(ヴォルフの「歌の年」の翌年)に作曲され、皮肉屋ヴォルフの面目躍如です。
この「イーアー」(12度下降)をどのように歌うのかが聴きどころと言えるでしょう。

フリッツ・ヴンダーリヒ(T) & ルートヴィヒ・クッシェ(P) (「変身させられたツェッテルの歌」は3曲目(3:11)から始まります)
Fritz Wunderlich(T) & Ludwig Kusche(P)

シューベルト「うずらの鳴き声」、R.シュトラウス「商人と仕掛け人は」に続いて、3:11から始まります。お手数ですが、目盛りを移動してお聞き下さい。

John William Gomez(T) & Tania Shustova(P)

若干発音に不正確な箇所もありますが、曲の感じはつかめると思います。

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もう1曲はヴォルフ晩年の傑作「イタリア歌曲集(Italienisches Liederbuch)」の第2巻第21曲「ちょっと黙ってよ(Schweig einmal still)」です。

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Schweig' einmal still
 ちょっと黙ってよ

Schweig einmal still, du garst'ger Schwätzer dort!
Zum Ekel ist mir dein verwünschtes Singen.
Und triebst du es bis morgen früh so fort,
Doch würde dir kein schmuckes Lied gelingen.
Schweig einmal still und lege dich aufs Ohr!
Das Ständchen eines Esels zög ich vor.
 ちょっと黙ってよ、そこの不愉快なおしゃべり男!
 あんたのいらつく歌聞いてると気持ち悪くなるのよ。
 こんな朝早くまで歌い続けていたところで、
 まともな歌になるわけないでしょ。
 もう黙ってよ、いい加減に寝なさい!
 ロバのセレナード聞く方がまだいいわ!

詩:Paul Heyse (1830-1914)
曲:Hugo Wolf (1860-1903)

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男女の駆け引きなどの歌を46編まとめたヴォルフ「イタリア歌曲集」。
ヴォルフは各曲の配列にも気を配って作曲しています。
この曲「ちょっと黙ってよ」は前曲「ぼくはもう歌えないよ(Nicht länger kann ich singen)」のいわばアンサーソングとなっています。
この詩の最後の行に"Esels(ロバ)"という言葉が出てきますが、ここでヴォルフはピアノパートにロバの鳴き声を模した響きを再現してグロテスクな表情を強調しています。
さらにピアノ後奏にもロバの鳴き声が今度は高低逆の形で現れます。
しかし、この箇所だけではなく、この曲に最初から一貫して流れるピアノパートの跳躍音程や装飾音は、すでにロバの鳴き声を暗示していると言ってもいいのではないでしょうか。

モイチャ・エルトマン(S) & ゲロルト・フーバー(P)
Mojca Erdmann(S) & Gerold Huber(P)

2009年録音。魅力的な演奏です。

ロバは嘲笑や皮肉の対象として使用され、ちょっと可哀そうな気もしますが、さらにロバを皮肉のネタとして使用したマーラーの歌曲があります。そちらは後日またあらためて記事にしたいと思います。

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コメント

この録音は私も持っています。名優が三人揃ったなあと感じます。

投稿: 田中文人 | 2018年8月28日 (火曜日) 08時51分

田中文人さん、こんばんは。
田中さんはエルトマンの録音をお持ちなのですか。
ゲルハーエル&フーバーとの全曲盤ですよね。
最盛期の3人による録音が残されたことは嬉しいですね。
エルトマンはリートの録音が少ないので、もっと録音してほしいなぁと思います。

投稿: フランツ | 2018年8月28日 (火曜日) 18時27分

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