シューベルト「あなたは安らぎ(Du bist die Ruh) D 776」を聴く
Du bist die Ruh, D 776
あなたは安らぎ
Du bist die Ruh,
Der Friede mild,
Die Sehnsucht du,
Und was sie stillt.
あなたは安らぎ、
穏やかな平安、
あなたは憧れ、
そして憧れを鎮めるもの。
Ich weihe dir
Voll Lust und Schmerz
Zur Wohnung hier
Mein Aug' und Herz.
私はあなたに、
喜びと苦しみでいっぱいにして、
この住まいに
わが瞳と心を捧げよう。
Kehr' ein bei mir,
Und schließe du
Still hinter dir
Die Pforten zu.
私のもとを訪ねておくれ、
そして
そっとあなたの後ろの
戸を閉めておくれ。
Treib andern Schmerz
Aus dieser Brust.
Voll sei dies Herz
Von deiner Lust.
他の苦しみを
この胸から追い出しておくれ。
この心を
あなたの喜びでいっぱいにしておくれ。
Dies Augenzelt
Von deinem Glanz
Allein erhellt,
O füll' es ganz.
この瞳の天幕は
あなたの輝きだけに
照らされている。
おお、その輝きで瞳を満たしておくれ。
詩:Friedrich Rückert (1788-1866)
曲:Franz Schubert (1797-1828)
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※シューベルトによる詩句の繰り返し箇所に[ ]を付与しています。最終節はまるまる繰り返しています。
Du bist die Ruh,
Der Friede mild,
Die Sehnsucht du,
Und was sie stillt.
Ich weihe dir
Voll Lust und Schmerz
Zur Wohnung hier
Mein Aug' und Herz.
[Mein Aug' und Herz.]
Kehr' ein bei mir,
Und schließe du
Still hinter dir
Die Pforten zu.
Treib andern Schmerz
Aus dieser Brust.
Voll sei dies Herz
Von deiner Lust.
[Von deiner Lust.]
Dies Augenzelt
Von deinem Glanz
Allein erhellt,
O füll' es ganz.
[O füll' es ganz.]
[Dies Augenzelt]
[Von deinem Glanz]
[Allein erhellt,]
[O füll' es ganz.]
[O füll' es ganz.]
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シューベルトはリュッケルトの詩による独唱歌曲を5曲つくりました。
その中でもとりわけ美しい「あなたは安らぎ(「君はわが憩い」などの訳でも知られています)」はよく歌われ、録音も多い名曲です。
テキストは「弱強弱強」のリズムで統一され、奇数行同士、偶数行同士で例外なく脚韻を踏んでいます。
簡潔で短い言葉を選んだリュッケルトの詩に、シューベルトは基本的に2行ずつを1つのフレーズにまとめ、時に詩行を繰り返すのですが、最終節はまるまる繰り返し、強調しています。
この最終節の繰り返し(メロディーは基本的に一緒ながら部分的に絶妙に変化させています)をどのように歌い、弾くのか、演奏家によって解釈の違いが出やすいところで、聞きどころの一つとも言えると思います。
テンポ設定も演奏家の個性が出やすいでしょう。
詩の朗読(Susanna Proskura)
リュッケルトの詩はあっという間に終わってしまいますが、シューベルトは彼の楽想を完成させる為に多くの詩行を繰り返しました。オリジナルの詩の朗読をお聞きください。
Hermann Prey(BR) & Leonard Hokanson(P)
ヘルマン・プライ(BR) & レナード・ホカンソン(P)
ここでのプライは神がかっていると思います。まさに"Ruh(安らぎ)"を感じさせる美声であり、彼の最高の名唱のひとつではないでしょうか。ホカンソンも温かい演奏です。
Matthias Goerne(BR) & Helmut Deutsch(P)
マティアス・ゲルネ(BR) & ヘルムート・ドイチュ(P)
2008年録音。たっぷりしたテンポで完璧なメロディーの弧を描くゲルネの歌唱に聞きほれてしまいます。ドイチュの磨きぬかれたピアノの美音も最高です。
Dietrich Fischer-Dieskau(BR) & Gerald Moore(P)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR) & ジェラルド・ムーア(P)
1965年録音。F=ディースカウの歌唱は心がこもっていて、どこをとっても完璧な素晴らしさです。ムーアも歌の意図を汲んだ名演奏です。
Elly Ameling(S) & Dalton Baldwin(P)
エリー・アーメリング(S) & ドルトン・ボールドウィン(P)
絶妙なコントロールを貫きながら、自然さを失わないアーメリングの凄さをあらためて感じさせられました。ただ、最終節の2回目の繰り返しでの"deinem"を1回目と同じメロディーで歌っているのは彼女には珍しいミスでしょう。
(2019.12.1追記)
コメントでいわしさんに教えていただいたのですが、アーメリングが歌っているメロディはシューベルトのオリジナルで、ミスではありませんでした。ブライトコプフ&ヘルテルの出版譜の通りに歌っていることが分かりました。
いわしさん、有難うございました!
Barbara Bonney(S) & Geoffrey Parsons(P)
バーバラ・ボニー(S) & ジェフリー・パーソンズ(P)
1994年録音。最後の節の2回目の繰り返しで"erhellt"を絞り込む箇所のボニー、素晴らしいです!
Christian Gerhaher(BR) & Gerold Huber(P)
クリスティアン・ゲアハーエル(BR) & ゲロルト・フーバー(P)
2005年録音。ディクションの明晰さとレガートの美しさを両立しているゲアハーエルに脱帽です。フーバーも静謐さの中に彼らしいドラマを盛り込んでいます。
ピアノ伴奏のみ(John Sheaによる演奏)
音楽的なとても優れた演奏だと思います。演奏が動画で見られるのはいいですね。ぜひ演奏に合わせて歌ってみて下さい。
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コメント
フランツさん、こんばんは。
大好きな曲です。
発表会でも歌いましたが、前半の静かに歌うところは呼吸をしっかり支えないといけないので大変でした。
好きだけで選んだことを後悔しました(笑)
この歌の歌詞、
あなたは憧れ、
そして、憧れを鎮めるもの
は、私のプライさんへの思いを表したかのような詩で、美しいメロディと共に心にしみます。
フランツさんが、プライさんのこの演奏を神がかっていると書いてくださいましたが、数ある彼の演奏の中でも、私も特に愛聴しています。
前半のささやくように歌われる柔らかさ安らぎ。なんと優しく甘く歌うのでしょうか。
対して、後半の盛り上がって行くところの高揚感のすごさ。この高音の張りと輝きは特筆すべき声の充実です!
そしてまた、憧れを鎮めて行くかのような終曲への向かい方。
何度聴いても心が震える演奏です。
二回目のerhelltの、高音でのffからのppは、本当に美しいです。
プライさんだけで長くなってしまったので、、他の方の感想はまだ後日に(^-^;
本当に美しい曲ですよね。
投稿: 真子 | 2018年9月22日 (土曜日) 20時45分
真子さん、こんにちは。
真子さんも歌われたとのこと、きっと素敵な歌唱だったことと思います。
歌うのが大変だったそうで、おそらく激しい曲よりも繊細なテクニックと感性が求められるのかなと思いました。
フレーズを美しく保つ呼吸が大変そうですよね。
>好きだけで選んだことを後悔しました(笑)
きっとご苦労された分、歌った時の達成感も大きかったのではないかと推察いたします。
真子さんのプライの歌唱への思いの強さ、深さをあらためて感じさせていただきました。
真子さんにとって「憧れ」であり「憧れを鎮める」存在のプライが、本当に思いのこもった歌唱をここで聞かせてくれていますね。
真子さんのおっしゃるように、弱声のささやくような歌唱から、後半の分厚い層が湧き出るような豊かな強声まで、その表現力の幅広さはちょっと比類ないと思います。
>二回目のerhelltの、高音でのffからのppは、本当に美しいです。
まさにこの曲のクライマックスはここでしょうね。人によってはppにせずに若干弱くする程度の場合もありますが、プライはしっかりデクレッシェンドしていて、聞いていて吸い込まれてしまいますね!
このプライの録音は多くの人に聞いてほしいです。
彼の魅力がたっぷりつまっていますからね。
この美しい曲をこれからも聞き続けていきましょう。
有難うございました!
投稿: フランツ | 2018年9月23日 (日曜日) 11時54分
フランツさん、こんにちは。
私もこのプライさんの名唱には心を奪われ続けてきましたので、同じ思いで聴いておられることを知り、とても嬉しいです(*^^*)
奇跡のような演奏だと思います!
やすらぎといえば、同じリートエディションの「万霊祭の連祷」での安らぎに満ちた歌唱も忘れられません。
ディースカウさんの歌唱は多分持っているものと同じだと思います。
微妙なテンポの揺らし方など名人芸ですよね。私などがディースカウさんをどうのこうの言えない気持ちにさせられます。
ムーアのピアノがやはり美しい(これしか言えなくてすみません(^^;)
ゲルネのスローテンポには驚かされました。
レコード時代なら回転を間違えたのかと思いそうなゆったりテンポで。でも聴き進めて行くと、このテンポに包まれますね。
ゲルネもいいですね。
アメリングのコントロール力をまざまざとみせられたという演奏ですよね。彼女の二回目の"erhellt"のPPもとても美しい!!
ところで、「最終節の2回目の繰り返しでの"deinem"を1回目と同じメロディーで歌っているのは」やはりミスなのでしょうか?
何かこの時は思いがあってそうされたのかなと、アメリングくらいになると思ってしまいました。
ボニーのこの歌唱も大変愛聴しています。
フランツさんがお書きになっているように"erhellt"
の絞込みは素晴らしい技術ですよね。
響きだけでのPPと言いますか。
超人的です! うーん、どこに響きを入れているんだろうと思います。プライさんとはまた違った意味で鳥肌が立つ音です。
プチプチと感想が切れますが、朗読、ピアノ、げアハ-エルさんはまた改めまして。
何度もすみません(^^;
投稿: 真子 | 2018年9月23日 (日曜日) 17時58分
真子さん、こんばんは。
プライは若い人にも知ってもらいたいですよね。
その為にはCDでもネット配信でもすぐに入手できる状態にしておいてほしいですね。彼の凄さを知らない人の為にも映像化もどんどん進めてもらって(笑)
「万霊祭の連祷」も後で聞いてみますね。
F=ディースカウの歌は隅々まで抜かりなく設計がされていて、しかも彼の高い技巧と美声で歌われるのですから、ただ素晴らしいの一言です。彼は時々言葉を強調するあまりに強引なクレッシェンドをすることがあるのですが、ここではそういう荒さは一切なく、美しいフレーズを保っているのが素晴らしいです。ムーアのピアノは音楽の構造が明晰なうえにタッチが美しいんですよね。真子さんにも評価してもらえてムーアファンの私は嬉しいです^^
ゲルネのたっぷりしたテンポはちょっと驚きですが、決してたるむことがなく、密度の濃さを維持しているのがすごいです。彼は現役のリート歌手としてやはり特別な存在だと思います。
アーメリングの例のメロディーですが、彼女は楽譜に書かれていることを歌うようにとマスタークラスでも言っていたので、何かしらの根拠があるのかもしれませんね。あるいはレコード製作者が、何度も歌い直したテイクの中から間違って別の部分をつなげてしまったとか...。いずれにせよ歌唱自体は素晴らしいと思います。彼女はデクレッシェンドがとてもうまいといつも思います。
ボニーは響きが常に光沢のある状態に保たれていてチャーミングですよね。
技術的なことは私には分からないのですが、あの絞り込み方は真子さんのように実践をされている方にはすごいことなのですね。そういう観点からも教えていただけて真子さんには本当に感謝しています。
私の記事に対して1つ1つ丁寧にコメントを下さり、頭が下がります。
どうぞ無理のないように、楽しんで下さいね。
いつも本当に有難うございます(*^▽^*)
投稿: フランツ | 2018年9月23日 (日曜日) 21時07分
こんにちは。はじめまして。
演奏会のプログラムを書くのにいろいろと検索してこちらにお邪魔しております。
とても興味深い考察といろいろな名演奏、とても楽しく、時間を忘れて読んでおります。
アメリンクの件ですがシューベルトのもともとの譜では2回とも同じメロディーだったようです。(教育芸術社のシューベルト歌曲選集2によると)
でも、一般的に歌われているメロディーの方がかわいらしいので、そちらを歌おうと思っていますが (笑) シューベルト、ごめん!!
いきなりのメッセージ失礼いたしました。
またいろいろ読ませていただこうと思います。
投稿: いわし | 2019年12月 1日 (日曜日) 00時44分
いわしさん、はじめまして。
コメントを有難うございます。
お褒めの言葉をいただき、嬉しいです!
アーメリングの歌っているメロディについてご教示有難うございました。
今、IMSLPのサイトで楽譜を確かめてみました。
マンディチェウスキ編纂のブライトコプフ&ヘルテル版をアーメリングは歌っていたのですね。
フリートレンダー編纂のペータース版は一般に歌われるように2回目の”deinem”を変化させていますね。
アーメリングの歌っていた旋律がシューベルトのオリジナルとはこれまで知らずにいました。
思い込みというのは危険ですね。教えていただき本当に有難うございました!
演奏会でこの曲を歌われるのですね。ご成功をお祈りいたします。
投稿: フランツ | 2019年12月 1日 (日曜日) 22時01分