エリー・アーメリング/マスタークラス(2015年11月22日 兵庫県・アマックホール)
エリー・アーメリング マスタークラス
Elly Ameling Masterclass
2015年11月22日(日)
午前の部 10:00〜12:00
午後の部 18:00〜20:00
会場:アマックホール(兵庫県芦屋市)
受講生:
新見準平(Jumpei NIIMI)(Bariton)
津田佳子(Keiko TSUDA)(Soprano)
乃村八千代(Yachiyo NOMURA)(Soprano)
川野貴之(Takayuki KAWANO)(Tenor)
ピアノ(Piano):出光世利子、辰村千花、加藤哲子
11月22日(日)
●10:00〜新見準平(Br)・出光世利子(P)
シューベルト(Schubert) / ハデスへの旅(Fahrt zum Hades) D526
シューベルト(Schubert) / ドナウ川の上で(Auf der Donau) D553
~アンコール~
シューベルト(Schubert) / 舟人(Der Schiffer) D536
●11:00〜津田佳子(S)・辰村千花(P)
ベルリオーズ(Berlioz) /『夏の夜 (Les nuits d'été)』op.7 H81~
1.ヴィラネル(Villanelle)
2.バラの精(Le Spectre de la Rose)
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●18:00〜乃村八千代(S)・加藤哲子(P)
R.シュトラウス(R.Strauss) / 何も(Nichts) Op.10-2
R.シュトラウス(R.Strauss) / 『四つの最後の歌(Vier letzte Lieder)』~九月 (September)
●19:00〜川野貴之(T)・加藤哲子(P)
シューマン(Schumann) / 『詩人の恋(Dichterliebe)』op.48~
1.素晴らしく美しい五月に(Im wunderschönen Monat Mai)
2.僕の涙から生まれ出る(Aus meinen Tränen sprießen)
3.バラ、ユリ、鳩、太陽(Der Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne)
4.君の瞳を見つめると(Wenn ich in deine Augen seh')
5.僕の魂をひたしたい(Ich will meine Seele tauchen)
※マスタークラスの公式サイトは
こちら
上記のサイトの最新の記事に修了演奏会の時の写真が掲載されていますね。
私はもちろん行けなかったのですが、シックな衣裳で微笑んで佇んでおられるアーメリングはやはりチャーミングですよね!
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エリー・アーメリングの公開レッスンの第1日目を聴きに、兵庫県芦屋にあるアマックホールに行ってきた。
アーメリングは10年ぶりの来日だそうだが、私が最後に彼女のフェアウェルコンサートを聴いてからはすでに18年が経過している。
その後もマスタークラスの為に来日を重ねていたようだが、京都など関西での開催が多かったようで、私は以後彼女の姿を見る機会を得られなかった。
ちなみにアーメリングはこのアマックホールというところに25年ぶりに来たそうだ。
私は関東の人間なので、芦屋に降り立ったのはこの日がはじめてで、当然土地勘は一切なく、ただでさえ相当な方向音痴の為、地図を頼りに行こうとしたのだが、反対側の出口に出てしまったようだ。
時間がなかったので、タクシーに乗って、運転手さんに住所を伝えたのだが、運転手さんもアマックホールというのは知らないようで、カーナビを使ってもよく分からないらしい。
とにかくこの付近らしいという所で降ろしてもらい、あちらこちら住宅の立ち並ぶ道を歩き回り、番地も注意してみたのだが、どうにも同じところを行ったり来たりして、一向に目的地に着かない。
そうこうするうちに開始時間の10時が過ぎ、絶望的な気持ちで、焦りながらとにかく歩き回ると、大きな通りのある家の前に女性が立っている。
案の定、そこが目的地で、女性が声をかけてくださり、中に案内してもらうと、すでに5分ぐらい経っていた為、最初の受講生がシューベルトの「ハデスへの旅」を演奏しているところだった。
おそらく個人宅の一室なのだろう、サロン風のこじんまりとしたしゃれた空間はリートの演奏にうってつけだろう。
空いている席をようやく見つけ、腰掛けると、私の2列前(つまり最前列)に、あのアーメリング様が座っていらっしゃる!!
こんなに近距離に大ファンのあの方が(笑)!
アーメリング女史はオレンジのブラウスに茶系のベストを身につけ、白いパンツで腰掛けておられる。
会場はほぼ満席で、熱心な聴衆が集まっていた。
◆
最初の受講者、新見準平さんは重みのある朗々とした響きのバリトンで、シューベルトの低声歌手のレパートリーを披露した。
最初は珍しい「ハデスへの旅」。
演奏が終わり、アーメリングが開口一番「ハデス(Hades)とは何ですか?」と新見氏に質問。
「黄泉の国」と答えると、アーメリングは「ドイツ語で」答えるように要求。
今回のマスタークラスの主催者でもある廣澤敦子氏が通訳をしたのだが、廣澤氏自身が歌手である為、やりとりを聞いていると、受講生がアーメリングと廣澤氏の二人から指導されているような雰囲気になることもしばしば。
新見氏はトップバッターということもあってか重圧は大きかったと思うが、言葉に詰まりながらも懸命に彼女らの質問に答えていた。
アーメリングはハデスという死者の世界にボートで向かう歌であって、決して快適な喜びの歌ではないということを説明して、受講者の響きを改善させようとする。
他にも「ダナイスたち(Danaiden)」とは何ですかと新見氏に質問したが、これに新見氏が「水汲みをさせられる罪を背負った50人ほどの娘たち」と日本語で説明し、廣澤氏が通訳すると、これにはアーメリングも納得したようだ。
詩の意味するところを徹底的に突き詰める為に、歌唱以外の面での受講者の理解を確認するのは、作品に対するアーメリングの妥協のない姿勢が感じられるものだった。
1行目に「Zypressen(糸杉)」という単語が出てくるが、アーメリングはこの第2音節以降の歌い方をかなり何度もやり直させていた。
第2音節の"e"には2つの音があてられているのだが、その後半の音以降を抑えて歌うように指示。
これはアーメリングの録音や実演でもよく聞かれた歌い方だと思ったが、若い歌手がそれをやるのはなかなか大変そうだ。
高音に上昇しながら抑えた響きにするのはやはり難しいのだろう。
今回、このアーメリングがおそらく実演で一度も歌わなかったであろう「ハデスへの旅」のレッスン中、アーメリングはかなり頻繁に(しかも地声ではなく、ソプラノの歌い方で)歌ってみせてくれた。
これはファンにとっては最高のプレゼントであり、また受講者にとっても最高のお手本を聞かせてもらえるわけだから貴重だろう。
また、第2節に出てくる歌とピアノの三連符と付点を合わすか、ずらすかという、「冬の旅」の「あふれる涙」などでよく話題になる問題を新見氏がアーメリングに直に質問していたが、彼女はここではずらすのが私はいいと思うが、それは常にそうするというわけではなく、ピアーズやブリテンがしていたように、曲によって、ケースによって、使い分けるべきだとのこと。
アーメリングは過去の他人の録音を沢山聴いているのだろう。
そういう姿勢も受講者に伝えようとしているのではないか。
今回のこの歌に対して「頭声」が必要ということをよく言っていたが、その際にロベルト・ホルの録音を聴いて勉強して下さいとも言っていた。
そして、第2節の第2行で急にテンポを速めた受講者たちに対して、「楽譜にはどこにもテンポを速めるという指示がありませんよ」と、楽譜をよく読むことを忠告していた。
また、どこをレガートで、どこをスタッカートで歌うかということを見極めることが歌手にとって大事な作業だとも。
そして、アーメリングはピアニストに対しても歌手同様の出来栄えを求める。
この曲のピアノの前奏は粒が聞こえないようにレガートに均等に弾いてほしいとピアニストに何度も繰り返させる。
管楽器でプップッと吹くように音をつなげてほしいと。
もちろん音が減衰するピアノでそれをやるのは簡単ではなく、出光さんもかなり苦労していたようだが、ピアノの前奏に対するアーメリングの明確なイメージが伝えられたのは、彼女がピアノをよく聞いている証拠であろう。
参考までにマティアス・ゲルネとレオンスカヤによる録音を貼っておきます(アーメリングの理想とする演奏とは異なる部分もありそうですが)。
次も低声歌手のレパートリー「ドナウ川の上で」。
ここで前奏を弾くピアニストに対して「いいテンポですね(schönes Tempo!)」とお褒めの言葉があった。
そして、ピアノの前奏について、右手がたずねて、左手が答えるように、寄せては返すように弾いて下さいとの言葉。
オーストリアは現在原生林がないという話になり、当時はオーストリアに産業革命がまだ来ていなかったので、それほど原生林は伐採されていなかったのだという。
ここで歌われているのは、自分より大きな存在へのおそれ、また大自然の中のちっぽけな人間の存在であり、これはロマン派芸術の大切な要素でもあるとのこと。
第1節第2行で急いで演奏した受講生に対して、「ここは古城がそびえ立つ」と歌われるのだからテンポを速める必要はないと言う。
つまり、テンポの鍵はすべて詩と楽譜に書かれているということですね。
この2曲で時間になってしまったが、最後にアンコールとして、受講生が用意していたシューベルトの「舟人」D536が演奏された。
こちらは元気みなぎる曲だからアンコールとして気楽に聴けたのが良かったが、この演奏に対してアーメリングが指導するとしたらどんなことを言っただろうかなどと思ったりもしながら聴いていた。
新見さんの朗々と響く歌は魅力的で今後が楽しみなバリトン歌手であった。
◆
続いて休憩もとらずに次の受講者のレッスンに入った。
フランス歌曲を披露したソプラノの津田佳子さん。
配布された歌詞対訳にはフランク、フォーレ、ドビュッシーの歌曲が掲載されていたが、今回歌われたのはベルリオーズの歌曲集「夏の夜」から最初の2曲。
まあマスタークラスではこういう変更はよくあるのかもしれない。
津田さんはノンビブラート基調の独自の響きをもったソプラノだった。
アーメリングはまず、彼女の両耳の前に両手をあてがい壁を作り、もう一度歌って下さいとうながした。
もちろんこれは本番用ではなく、練習用の方法なのだが、こうすると実際の自分の声が聞こえるのだと言う。
なぜこの練習をさせたのか津田さんは分からなかったようだが、アーメリング曰く、4拍伸ばす箇所の3拍目までノンビブラートだったので、それに気付かせる為にこの練習をしてもらったとのこと。
アーメリングによると、バロック音楽ではなく、歌曲を聴く人はビブラートが付いた歌を聴きたいのだという。
彼女の忠告を受け、その後津田さんも意識して歌っていたが、急に改善されるというものでもなく、さらに練習が必要だろう。
また、彼女は詩を朗読させ、発音を矯正していった。
アーメリング曰く、フランス語の母音は明るいのだとか。
特に"é"(狭いe)や鼻母音の発音などを矯正していた。
またリエゾンはしっかりリエゾンする箇所と、かすかにリエゾンする箇所があるとのこと。
そういう情報を直々に教わり、受講者にとって有意義な時間だったのではないか。
津田さんの歌に対して、声を体を使って響かせて下さいと忠告していた。
これで、午前の部は終了。
アーメリングはそそくさと引っ込んでしまわれた(何か挨拶があるかと期待していたが)。
◆
夜の部はアーメリングの挨拶で始まった。
アーメリングがまた?というような反応をしたところを見ると、午前の部でも挨拶が最初にあったのだろう。
遅刻したことが残念だ。
ここでは何年ぶりにアマックホールに来て、日本の人たちの前でレッスンが出来てうれしいというようなことを言っていたように記憶している。
ちなみに夜のお召し物は、基本は朝と一緒だが、スカーフを肩に巻き、シャツもオレンジから白に変わっていた。
夜の部前半はソプラノの乃村さん。
シュトラウスの『四つの最後の歌』から2曲歌う予定で、最初の「春」を歌い終えたところで、アーメリングより「風邪ですか」と質問。
すでに一か月風邪を引いていると乃村さんが答えると、風邪をひいているのによく歌えていたけれど、これからのレッスンのことも考えて、負担のないような曲に変更するという選択肢も提示された。
つまり、アーメリングは体が資本の歌手は自分の体の状態を常に把握した行動をすべきだと言いたかったのではないか。
散々迷ったあげく「春」のレッスンは辞めて「何も」Op.10-2に変更。
ここではドイツ語の発音について"weiß ich"は「ヴァイスィヒ」ではなく「ヴァイス・イヒ」と分けて発音すべきであり、同様に"Soll ich"も「ゾリヒ」ではなく「ゾル・イヒ」と発音して下さいとのこと。
レガートに歌う部分と語るように歌う部分を区別するようにとも。
また、ピアニストには前奏を全部同じ大きさで弾くのではなく、もっと表情をつけてエレガントに弾いて下さいとのこと。
この曲のレッスンを終えて、声の調子が思ったより良かったようで、次は代わりに歌おうとした「万霊節」ではなく、当初の予定通り『四つの最後の歌』から「九月」を歌った。
ここでもアーメリングは"Der Garten"の"Der"は強く歌わず、"Garten"の"r"の後に母音を入れないなど、日本人が陥りやすい発音上の間違いを指摘していた。
また、ブレスを入れる位置などもアーメリングの指示があり、長いフレーズの時はピアニストの助けが必要とのこと。
乃村さんはかなり完成された歌手という印象で、私も十分魅了されたので、今後の活躍が楽しみである。
◆
夜の部後半はテノールの川野さん。
ピアノは前半と同じ加藤さんで、この方はドイツ語がかなり堪能らしく、通訳の廣澤さんがたびたび加藤さんに訳の助けを求めていた。
最初に第1曲から第4曲まで続けて演奏されたが、この歌手の方、かなりの美声で発音も美しく、アーメリングも褒めていた。
でも男性の方が子音が響きやすいので、女性は不利ですが、指摘はしますよと会場を笑わせる。
ただ、他の受講生と違うのは、この受講生に対して指摘する時、アーメリングは「ささいなこと(Kleinigkeit)」ですがと言ってから指摘していたところからも、アーメリングもかなり満足していたであろうことが伺われる。
第1曲各節最後の単語はやや硬いので、ちょっとファルセットをミックスしてみて下さいと指摘し、川野さんがそれにチャレンジしたことに対してもよく挑戦したと褒めていた。
高音の「イー」という響きがざらつくということは何度か指摘していたが、受講生もどうしてよいかよく分からない様子。
ここでも先ほどの乃村さんの時同様"Wenn ich"は「ヴェンニヒ」ではなく「ヴェン・イヒ」と分けるように指摘していた。
また、アメリカでのマスタークラスの動画でも指摘していたことをここでもしていた。
つまり、目的を意識して、そこに向けて歌うということを第4曲の1行目で指摘していた("Wenn ich in deinen Augen seh'"は"Augen"に向けて意識する)。
本来は第4曲までのようだったが、時間があった為か、「次の曲」と言われ、第5曲も指導された。
ここでは"h"と"ch"を明確に区別することを求め、例えば"hinein"は「イナイン」に近いぐらいでいいとのこと。
強すぎると"ch"に近く聞こえるようだ。
こういうコツも惜しみなく教えてもらえ、受講生にとってはやはり大きな収穫だったのではないだろうか。
なお、この曲のレッスンの時はフリッツ・ヴンダーリヒのCDを実際にホールのプレーヤーで流して聴くということも行った。
他人の手本を聴くということをアーメリングは有効な手段と感じているのだろう。
「この伴奏者は誰ですか」とスタッフに聴くなど、ピアノにももちろん関心のあるアーメリングだった(この録音ではフーベルト・ギーセン)。
また、ここでピアノを弾いた加藤さんが実にシューマンの美しい響きを再現した演奏をしていて素晴らしかったと私も感じた。
◆
アーメリングはお茶目な人で、突然「ヨクナリマシタ」「ビボイン(鼻母音)」などの日本語を織り込んで会場をなごませる。
サービス精神旺盛な方なのだなぁとあらためて嬉しくなった。
それにしてもリートをじっくり勉強しながらも、たっぷり同じ曲を繰り返し聴ける幸せ、これは歌曲ファンのみに与えられた幸せだろう。
叩き台にされた受講生たちも、聴衆の前で駄目だしを受けたことが後々糧になることは間違いないだろうし、今後の活躍に大いに期待したい。
なお、アーメリングはこの日の指導は殆どドイツ語で行い、「夏の夜」のピアニスト、辰村さんにだけフランス語で語っていた。
アーメリングは今回3日間アマックホールでレッスンを行い(私は初日しか聞けませんでしたが)、その夜に修了演奏会を行って、今回のマスタークラスの日程を終えました。
廣澤さんより、写真や録音はしてもいいけれど、公の場には出さないで下さいとのことだったので、私の撮った1枚もここに掲載することは控えます。
本当にお元気でバイタリティにあふれていて、真剣だけれどユーモアもあり、何よりも歌曲の世界を本当に愛しておられるのが感じられて、アーメリング女史との4時間は夢のように過ぎていきました。
招聘にあたって尽力された方々に心から感謝したいと思います。
◆
ちなみに今後アマックホールに行かれる方の為に、私の失敗を繰り返さないように行き方を記しておきますね。
阪神電車の芦屋駅の「西出口」から降りて下さい(決して東出口からは降りないで下さい!)。
改札を出て、ちょっと左に進むと、比較的大きな通りに出るので、右へ進み(左にはすぐに踏み切りがあるので、その逆側です)、直進すると、3~4分ぐらいで目的地が左側にあります。
ただし、立派なお宅という感じなので、表札や案内をよく見て探してみて下さい。
改札の出口さえ間違えなければ驚くほど簡単に着きます。
アマックホール
阪神電車芦屋駅西口より約5分、
JR芦屋駅・阪急電車芦屋川駅より約12分
〒659-0072
兵庫県芦屋市川西町2-12
TEL:0797-34-3451 FAX:0797-34-3452
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