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2014年も大変お世話になりました

ブログをご訪問くださった皆様、2014年もご覧いただき、本当に有難うございました。
皆様からいただくコメントが刺激となって、怠けがちな私の気持ちを奮い立たせてくれました。
シューベルトへの愛情は変わらずとも、この世の中にはまだまだ多くの未知の作品があって、それらのうちのごく一部の作品と新たに出会うことが出来るということは、縁ではないかと思うようになりました。
音楽との縁、そして何よりも皆様とのご縁を大切にしながら、今後も出来る範囲で続けていきたいと思います。

寒くなりましたので、お風邪など召されませんようにお気をつけください。
どうぞ皆様、よいお年をお迎えください。

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オランダのWebサイト"Beeld en Geluid"でのアーメリングの録音

Elly Ameling Discographyのサイトを運営しておられるSandmanさんからの情報をこちらでもお知らせいたします。
オランダのBeeld en Geluidというサイトで、アーメリングの放送音源が多数購入可能であることが分かりました。

「Beeld en Geluid」はこちら

そして、このサイトから音楽ファイルを購入する方法についてはSandmanさんがブログに詳細に記してくださっています。

「オランダのBeeld en Geluidから音楽ファイルを入手する手順について」はこちら

注文から実際にダウンロード出来るまでに数日かかりますのでご注意ください。
またダウンロード時間も私の場合30分程度のファイルで約2時間前後かかりました。
入手時に住所欄の記入が必要なのですが、こちらはPC経由でダウンロードするので、あくまでも形式上のもののようです。
ただし、必須入力欄が2箇所あり、おそらく片方は外国での州を入力するためと思われますので、その辺は適当に記入してみてください(字数制限もあります)。
また、Sandmanさんも書かれていますが、“個人の利用に限る”とのことなので、その点ご注意ください。

私もいくつかのファイルを入手しましたが、中でもSandmanさんも触れておられるR.シュトラウスの「商人の鑑」全12曲中8曲を若かりしアーメリングが歌っていたという事実にまず驚かされました。
そして実際の演奏ですが、…素晴らしいです!
この皮肉たっぷりな作品に対して、彼女の表情の細やかさが最大限に発揮されています。
たとえば第2曲最後の"hinterwärts"の歌い方、第3曲最後の"Edelmut"のポルタメントで下がってくるところ、第6曲「のっぽの(langen)」のメリスマの表情、第10曲の最後数行の出版業者をほめ殺す箇所での"und"などに見せるなんとも言えないニュアンスなど、聴きどころ満載です。
このディクションの明晰さは若い頃から際立っていたことが分かります。
おそらくオランダ伴奏界の長とも言えるフェーリクス・ドゥ・ノーブル(一般にはフェリックス・デ・ノベルと表記されることが多いようです)が若かりしアーメリングの才能を見込んで、いろいろな珍しい作品を歌わせていたのではないでしょうか。

以下が私が購入したファイルですが、グリーグやフランツ、コルネーリウスなどの商品化されていない作品が含まれていて大変貴重な録音です。
もちろん演奏はどれも若々しい美声が輝かしく響き渡る実にチャーミングなものでした。

●6481721
AMELING__ELLY-AEN5648421Y 29:37
Felix de Nobel(p)
1964.11.28

R.シュトラウス
「商人の鑑」(Krämerspiegel) Op.66より
1. 昔々一匹の雄山羊がおったとさ(Es war einmal ein Bock)
2. かつて雄山羊が使いに来た(Einst kam der Bock als Bote)
3. かつて一匹の野うさぎが愛していた(Es liebte einst ein Hase)
5. きみが交響詩を書き上げたら(Hast du ein Tongedicht vollbracht)
6. おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように(O lieber Künstler sei ermahnt)
7. 我々の敵は、偉大なる神よ(Unser Feind ist,grosser Gott)
10. 芸術家は創造者である(Die Künstler sind die Schöpfer)
12. おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ(O Schröpferschwarm,o Händlerkreis)

●6437985
AMELING__ELLY-AEN564830PC 37:24
Felix de Nobel(p)
1963.10.23

メンデルスゾーン(Mendelssohn)/最初のすみれ(Das erste Veilchen) Op.19, No.2
グリーグ(Grieg)/春の雨(Forarsregn) Op.49, No.6
グリーグ/ばらに囲まれて(Millom Rosor) Op.39, No.4
グリーグ/初めての出会い(Det første mødes) Op.21, No.1
メンデルスゾーン/恋する娘が手紙を書く(Die Liebende schreibt) Op.86, No.3
シューベルト(Schubert)/捕われた歌びと(Die gefangenen Sänger) D712
フランツ(Franz)/はすの花(Die Lotosblume) Op.25, No.1
コルネーリウス(Cornelius)/すみれ(Veilchen) Op.1, No.2
シューベルト/夕べの情景(Abendbilder) D650
シューベルト/イーピゲネイア(Iphigenia) D573
シューベルト/白鳥の歌(Schwanengesang) D744
グレチャニノフ(Gretchaninov)/子守歌(Berceuse) Op.1, No.5(フランス語歌唱)

AMELING__ELLY-AEN564830UB 14:58
Felix de Nobel(p)
1963.10.23

ビゼー(Bizet)/古風な旋律の子守歌(Berceuse sur un vieil air)
ベルリオーズ(Berlioz)/日暮れ時(Le coucher du soleil) Op.2, No.1
シューベルト(Schubert)/アンティゴネとオイディプス(Antigone und Oedip) D542(後半オイディプスの箇所はピアノパートのみ演奏される)

●6437815
AMELING__ELLY-AEN564830OC 26'35
ハンス・ヴィルブリンク(Hans Wilbrink)(Br)
フェーリクス・ドゥ・ノーブル(Felix de Nobel)(p)
Montagedatum 1963.1.3
Annotatie Opnameperiode: 1962.12.18 1962.12.28

ヴォルフ(Wolf)/「イタリア歌曲集」("Italienisches Liederbuch")より

1.小さくてもうっとりとさせられるものはある(Auch kleine Dinge können uns entzücken) (Ameling)
2.遠いところに旅立つそうね(Mir ward gesagt, du reisest in die Ferne) (Ameling)
3.あなたは世界で一番美しい(Ihr seid die Allerschönste) (Wilbrink)
4.この世界の生みの親に祝福あれ(Gesegnet sei, durch den die Welt entstund) (Wilbrink)
5.目の見えない人たちは幸いだ(Selig ihr Blinden) (Wilbrink)
6.一体誰があんたを呼んだのよ(Wer rief dich denn?) (Ameling)
7.月がひどい不満をぶちまけ(Der Mond hat eine schwere Klag' erhoben) (Wilbrink)
8.さあ、仲直りしよう(Nun laß uns Frieden schließen) (Ameling)
9.君の魅力がすべて描かれて(Daß doch gemalt all' deine Reize wären) (Wilbrink)
10.あなたは細い糸たった一本で私を捕まえて(Du denkst, mit einem Fädchen mich zu fangen) (Ameling)
11.もうどれほどずっと待ち焦がれてきたことでしょう(Wie lange schon war immer mein Verlangen) (Ameling)
12.駄目、お若い方(Nein, junger Herr!) (Ameling)
13.ふんぞり返っておいでだな、麗しき娘よ(Hoffärtig seid ihr, schönes Kind) (Wilbrink)
14.相棒よ、おれたちゃ修道服でもまとって(Geselle, woll'n wir uns in Kutten hüllen) (Wilbrink)
15.私の恋人はとってもちっちゃいの(Mein Liebster ist so klein) (Ameling)
16.戦場に向かわれるお若い方々(Ihr jungen Leute, die ihr zieht ins Feld) (Ameling)

ヴォルフの「イタリア歌曲集」はヴォルフの順序通りに最初の16曲がバリトン歌手ヴィルブリンクと共に歌われています。
残りの曲の音源が他にあるのかもしれませんが、まだ今のところ見つけていません。

なお、6481721の番号で検索すると出てくるロリン・マゼール指揮ロッテルダム・フィルとのマーラー「ラインの伝説」他の歌曲は、結局アナウンスのみで音源はファイルには含まれず、指揮者もマゼールではなく、ズデニェク・マーツァルなので、お気をつけください(リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」のみ2ファイル)。
おそらく、日付から6573082が同内容と思われますので、こちらにマーラー歌曲が含まれているのではないかと推測されます。
ただ、マーツァルとのマーラー3曲は2008年1月にRadio4で放送されたものと同一内容のようですので、私はあらためて購入はしませんが。

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R.シュトラウス「四つの最後の歌」

R.シュトラウス、アニバーサリーイヤーの最後にはやはり「四つの最後の歌」をお聴きいただきましょう。
R.シュトラウス最晩年の傑作「四つの最後の歌」は「春」「九月」「眠りにつく時」がヘルマン・ヘッセの詩、そして「夕映えの中で」がアイヒェンドルフの詩による作品です。
曲順については、作曲家の意図が分かるものが残っていないらしく、そもそも4曲をツィクルスにしようとしていたのかさえはっきりしていないようです。
従って、どれがオリジナルということは言えないようで、1950年の初演時もこの順序とは異なっていました(キルステン・フラグスタートの歌唱)。
成立過程などについては、音楽之友社発行の「四つの最後の歌」ミニチュア・スコアの広瀬大介氏の解説が詳しいです。
私はシュヴァルツコプフとヤノヴィッツの歌唱で、この作品のとりことなりましたが、今回はあえて珍しいアーメリングによる歌唱でお楽しみいただこうと思います。
彼女の声で聴くとオーケストラ歌曲の壮大さに親密さが加わるのが新鮮に感じられるのではないでしょうか。
演奏はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、指揮はヴォルフガング・サヴァリシュで、1983年(アーメリング50歳)の録音です。

Frühling
 春

In dämmrigen Grüften
Träumte ich lang
Von deinen Bäumen und blauen Lüften,
Von deinem Duft und Vogelsang.
 薄暗い墓穴で
 私は長いこと夢見ていた、
 おまえの木々や青い風のこと、
 おまえの香りや鳥の歌のことを。

Nun liegst du erschlossen
In Gleiß und Zier,
Von Licht übergossen
Wie ein Wunder vor mir.
 今おまえは姿をあらわし、
 輝きと装飾をまとい、
 光を注がれ、
 奇跡のように私の前にいるのだ。

Du kennst mich wieder;
Du lockst mich zart.
Es zittert durch all meine Glieder
Deine selige Gegenwart!
 おまえは再び私に気付き、
 やさしく私を誘う。
 私の全身に震えが走る、
 おまえがここにいる幸せに!

詩:Hermann Hesse (1877.7.2, Calw - 1962.8.9, Montagnola, Switzerland)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen, Germany)

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September (aus "Vier letzte Lieder")
 九月

Der Garten trauert,
Kühl sinkt in die Blumen der Regen.
Der Sommer schauert
Still seinem Ende entgegen.
 庭は悲しみにくれ、
 冷たく花の中に雨が沈み落ちる。
 夏は身震いする、
 静かに最期の時に向かって。

Golden tropft Blatt um Blatt
Nieder vom hohen Akazienbaum.
Sommer lächelt erstaunt und matt
In den sterbenden Gartentraum.
 黄金色に一枚一枚、葉が滴り落ちる、
 高いアカシアの木から。
 夏は驚いて、力なく、
 死に行く庭の夢に微笑みかける。

Lange noch bei den Rosen
Bleibt er stehen, sehnt sich nach Ruh.
Langsam tut er die (großen)
Müdgewordnen Augen zu.
 さらに長いこと、バラのそばに
 夏はとどまり、休みたいと願う。
 ゆっくりと夏は、
 眠くなった目を閉じるのだ。

詩:Hermann Hesse (1877.7.2, Calw - 1962.8.9, Montagnola, Switzerland)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen, Germany)

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Beim Schlafengehen
 眠りにつく時

Nun der Tag mich müd' gemacht,
Soll mein sehnliches Verlangen
Freundlich die gestirnte Nacht
Wie ein müdes Kind empfangen.
 いまや昼が私を疲れさせ、
 わが切なる焦がれる思いを
 親しげに星の夜が
 疲れた子供のように迎えいれてほしい。

Hände, laßt von allem Tun,
Stirn, vergiß du alles Denken,
Alle meine Sinne nun
Wollen sich in Schlummer senken.
 両手よ、行いをやめよ。
 額よ、あらゆる思考を忘れよ。
 あらゆるわが感覚がいま
 眠りに沈みたがっている。

Und die Seele unbewacht,
Will in freien Flügen schweben,
Um im Zauberkreis der Nacht
Tief und tausendfach zu leben.
 そして人目につかずに魂は
 自由な翼で漂おうとしている、
 夜の魔界の中で
 深く、千倍も生きるために。

詩:Hermann Hesse (1877.7.2, Calw - 1962.8.9, Montagnola, Switzerland)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen, Germany)

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Im Abendrot
 夕映えの中で

Wir sind durch Not und Freude
Gegangen Hand in Hand;
Vom Wandern ruhen wir
Nun überm stillen Land.
 私たちは苦楽の中を
 手に手をとりあって歩んできた。
 旅はもう終わりにして
 静かなところで休もうではないか。

Rings sich die Täler neigen,
Es dunkelt schon die Luft,
Zwei Lerchen nur noch steigen
Nachträumend in den Duft.
 あたりでは、谷が傾き、
 すでに大気は暗くなっている。
 二羽のひばりはまだ
 香りたつ中、夢見心地で上っていく。

Tritt her und laß sie schwirren,
Bald ist es Schlafenszeit,
Daß wir uns nicht verirren
In dieser Einsamkeit.
 こちらへおいで、ひばりには飛ばせておけばいい、
 じきに眠る時間だ、
 私たちが道に迷わないように、
 この孤独の中で。

O weiter, stiller Friede!
So tief im Abendrot,
Wie sind wir wandermüde -
Ist dies etwa der Tod?
 おお広大で静かな平穏!
 夕映えの中でこんなに深く。
 私たちは旅することに疲れきった、
 もしやこれが死というものなのか?

詩:Josef Karl Benedikt von Eichendorff (1788.3.10, Schloß Lubowitz bei Ratibor - 1857.11.26, Neiße)
曲:Richard Strauss (1864.6.11, München - 1949.9.8, Garmisch-Partenkirchen)

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岡田博美/ピアノリサイタル2014~悪魔のささやき-ショパンとスクリャービン~(2014年12月13日 東京文化会館 小ホール)

岡田博美 ピアノリサイタル2014
~悪魔のささやき-ショパンとスクリャービン~
2014年12月13日(土)14:00 東京文化会館 小ホール

岡田博美(Hiromi Okada)(ピアノ)

ショパン(Chopin)/バラード 第2番 ヘ長調, Op.38
ショパン/即興曲 嬰ハ短調(幻想即興曲)
ショパン/マズルカ ヘ短調(遺作)
ショパン/ソナタ 第2番 変ロ短調, Op.35「葬送」

~休憩~

スクリャービン(Scriabin)/左手のためのプレリュードとノクターン, Op.9
スクリャービン/悪魔的詩曲, Op.36
スクリャービン/ソナタ 第5番, Op.53
スクリャービン/3つのエチュード, Op.65
スクリャービン/ソナタ 第9番, Op.68「黒ミサ」

~アンコール~
スクリャービン/アルバム・リーフ, Op.45-1
ショパン/エチュード, Op.10-4
スクリャービン/エチュード, Op.2-1

--------------

毎年恒例のイギリス在住ピアニスト、岡田博美のリサイタルに今年も出かけた。
今年は会場の東京文化会館の改修工事の為、例年よりも遅い12月の開催であった。

「悪魔のささやき」と題して、ショパンとスクリャービンの作品の中からデモーニッシュな要素のある作品が選ばれた。
前半のショパンはほぼ私にも馴染みのある作品が並び、普段あまり悪魔的と意識しなかった作品も見方によってはそうともとれるということを教えてもらった。
あまりにも有名な「幻想即興曲」は一般的に弾かれる出版譜ではなく、ショパン自身の最終稿による演奏とのことだったが、以前ルービンシュタインの録音を聴いた時も確かこのショパン最終稿だったのではないか。
珍しいものを聴かせてもらった。
岡田氏のショパンは、いわゆるショパン弾きたちの繊細でセンチメンタルな演奏とは全く異なるもので、いつもながらの岡田さんのストレートなアプローチが逆に新鮮に感じられた。
過度な思い入れを排除した、高度で安定したテクニックを駆使した演奏は、手垢のついたショパンの演奏に新鮮な響きを与えていた。
岡田さんのたこのような長い指が縦横無尽に鍵盤を駆け回る様は視覚的にも引き寄せられる。

後半のスクリャービンは寡聞にして私にははじめて聴く作品ばかりだった。
事前にも予習をしなかったので、この場ではじめて耳にしたのだが、初期から作曲順に並べられた作品群は一人の作曲家の軌跡・変化が感じられて興味深い時間だった。
初期の「左手のためのプレリュードとノクターン」は耳になじみやすいロマンティックな作品だが、左手だけでこれだけ豊かな響きを再現する岡田さんの妙技に酔いしれた。
その後の「悪魔的詩曲」はたびたびあらわれるスタッカートが印象的で「偽善の神格化としての小悪魔」(寺西基之氏の解説)を描いているという本人のコメントがあるそうだ。
「ソナタ 第5番」「ソナタ 第9番」は共に単一楽章で、スクリャービンを特徴づける神秘主義的な響きがあらわれているのだろう。
岡田さんの演奏は超絶技巧をあたかもなんでもないかのように平然と弾きのける。
そして1曲ごとに客席のボルテージも上がり、拍手とブラボーの声がかかる。

アンコールもショパンとスクリャービンの作品。
最後のスクリャービンのエチュードはかつて中村紘子さんがテレビの番組で演奏していたのを思い出した。
美しい曲である。

来年のプログラムはまだ決まっていないようだが、楽しみにしたい。

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マーク・パドモア&ポール・ルイス/シューベルト三大歌曲集全曲演奏会より(2014年12月4日&7日 王子ホール)

マーク・パドモア&ポール・ルイス
~シューベルト三大歌曲集全曲演奏会~

マーク・パドモア(Mark Padmore)(テノール)
ポール・ルイス(Paul Lewis)(ピアノ)

2014年12月4日(木)19:00 王子ホール
<第1日>美しき水車屋の娘

シューベルト/歌曲集「美しき水車屋の娘」Op.25, D795
 さすらい
 どこへ?
 とどまれ
 小川への感謝
 店じまい
 知りたがり
 焦り
 朝の挨拶
 粉挽きの花
 涙雨
 ぼくのもの
 憩い
 リュートの緑のリボンで
 狩人
 妬みと誇り
 すきな色
 きらいな色
 しぼめる花
 粉挽きと小川
 小川の子守歌

--------------

2014年12月7日(日)15:00 王子ホール
<第3日>白鳥の歌

ベートーヴェン/
「8つの歌」より 五月の歌 Op.52-4
「6つの歌」より 新しき恋 新しき生 Op.75-2
星空のもと 夕べの歌 WoO150

連作歌曲 「遥かなる恋人に寄す」 Op.98
 丘の上に座り
 山の連なりが蒼く
 空高く 軽やかな雲
 空高く 浮かぶ雲
 五月が戻り 緑野は花ざかり
 受け取ってほしい この歌を

~休憩~

シューベルト/歌曲集「白鳥の歌」 D957
 愛の遣い
 戦士の予感
 せつなき春
 セレナード
 居場所
 遥かなる国で
 別れ
 アトラス
 あの娘(こ)の姿
 漁師の娘
 あの街
 海辺にて
 影法師
 鳩の便り

(曲名は配布プログラムの広瀬大介氏の訳による)

--------------

イギリス出身のテノール、マーク・パドモアと、ピアニスト、ポール・ルイスがシューベルトの三大歌曲集のシリーズを3日にわたって披露した。
そのうちの「美しき水車屋の娘」と「白鳥の歌」のコンサートを王子ホールで聴いた。

マーク・パドモアの歌はエヴァンゲリストの歌だ。
あたかも上質の芝居を見ているかのような語りの魅力が際立っている。
ドイツ語が完璧に自分のものになっているうえに、それを目に浮かぶようなイメージの喚起力で描いていく。
高音のつきぬけたような響きが実に心地よく美しいが、他の音域も様々な音色、ニュアンスを巧みに使い分けて、情景も心理も微細に語り尽くす。
一方で低い音域でも時に驚くほどがっしりした響きを聞かせる。
その表現力の一貫した見事さはネイティブの一流リート歌手たちと比べても全く遜色ない。

「美しき水車屋の娘」では主人公になりきりながらも、どこか冷静な語り手の要素も感じさせるものだった。
だが、彼の立場が明確になったのは最終曲でのことだった。
最後から2番目の「粉挽きと小川」が終わった時、パドモアはゆっくりと下手の方に移動し、ポール・ルイスよりも左側に立って最終曲「小川の子守歌」を歌った。
つまり、これまでの主人公だった若者は最終曲ではすでに川の底で眠っており、パドモアが場所を移動することによって、歌の当事者が小川であることを示したのだろう。
パドモアの歌唱は時に第三者的(語り手的)な印象をも受けるものだったが、彼自身はやはり若者になりきって歌っていたということだろう。
いずれにせよ、パドモアの歌唱はこの歌曲集の魅力を最高に引き出したものだった。

そして「白鳥の歌」の前に歌われたベートーヴェンの歌曲では、パドモアがこれらの軽快な歌でも出色な表現を聞かせることを示した。
珍しい「星空のもと 夕べの歌」という歌曲が、荘厳だが、中間で盛り上がり、最後はまた静謐な響きに戻る作品で、後奏はシューベルトの「窓辺で」を思わせる美しいものだった。
無名の作品がパドモアとルイスの素晴らしい演奏で、コンサートで取り上げられるのは意義深い。
「遥かなる恋人に寄す」は憧れの気持ちを6編の歌曲にまとめて歌い上げた連作歌曲集の先駆けであるが、パドモアの声の美しさがここではあらためて感じさせられた。

シューベルトの「白鳥の歌」は難しい歌曲集である。
連作歌曲集ではなく、独立した作品の寄せ集めである。
それでもハイネ歌曲集は連続して歌ってもあまり違和感はないだろう。
ところが、レルシュタープ歌曲集では最初の「愛の遣い」と2曲目の「戦士の予感」からしてすでに全く異なる。
そして「戦士の予感」と、それに続く「せつなき春」もまた全くタイプの異なる作品である。
従来、ハイネ歌曲の「影法師」とザイドル歌曲の「鳩の便り」の間の違和感については論じられることが多かったが、すでにレルシュタープ歌曲集の中においても、抒情詩人シューベルトと革新的シューベルト、孤高のシューベルトが併置されているのである。
今回のパドモアの歌唱は、ハスリンガーの出版の順序通りに歌われた。
しかも、ルイスは曲間にあまり時間を置かず、あえて異なるタイプの作品たちを連続して演奏したかのようだった。
それによって、連作歌曲集ではない側面が強調され、シューベルトの個々の詩に対する対応力の多彩さ、幅広さがあらためて浮き彫りにされたように感じられた。
パドモアの各曲への対応力の素晴らしさは言葉にならないほどである。
ぴったりと作品の核心を突いた表現をしていて、しかも「美しき水車屋の娘」の日よりも声の伸びがよく、ホールいっぱいにドラマティックな声が響き渡ったのであった。
「居場所」がこれほどドラマティックな歌曲であると実感できたのは、パドモアの全力の歌唱があってこそだろう。

ポール・ルイスのピアノはただもう凄いの一言に尽きる。
一流のソリストが必ずしも一流の伴奏者とは限らないが、ルイスの場合は、ソロも伴奏も同様に超一流であった。
「美しき水車屋の娘」の第1曲「さすらい」からすでにそのニュアンスの多彩さは息を飲むほどだった。
単純な繰り返しは皆無で、ペダルの加減やタッチの細やかな描き分け、さらにダイナミクスの幅の広さ(しかも強音が決して耳障りにならない重量感をもっている)などで、シューベルトのピアノ曲を知り尽くした強みを最大限に発揮した素晴らしい演奏だった。

そして、ベートーヴェンの歌曲では軽やかさと適切な控えめさをも聴かせ、「遥かなる恋人に寄す」はピアノの音画的表現を細やかに聴かせつつ、歌にも配慮を見せる。
パドモアがいかに素晴らしくとも生演奏では時に歌詞が飛ぶこともあったが、そんな時のルイスの自然なサポートぶりは熟練した伴奏ピアニストそのものだった。
「白鳥の歌」では全く異なる個性をもった曲たちを続けて演奏して、それぞれの世界観を雄弁に描き出すその手腕にただただ脱帽だった。
「愛の遣い」での細やかなせせらぎの音、「せつなき春」での軽快でリズミカルな雄弁さ、「遥かなる国で」でのダイナミクスの見事な設計、そして「あの街」での後奏の最後の一音を分散和音の濁りの中から最後に浮かび上がらせた解釈など、その魅力を挙げたらきりがない。
「アトラス」は歌手の声を消さないように、実演では控えめに演奏されがちだが、ルイスは歌手に配慮しつつも、どっしりとした重厚感と激しさを見事に実現していた。
パドモアの音楽設計を知り尽くし、彼の表現に徹底して従いながらも、繊細かつ雄弁な演奏を聴かせてくれた。
これは最高の「白鳥の歌」の演奏のひとつとして、私の中でいつまでも記憶に残るだろう。

両日ともアンコールはなかったが、これ以上は聴き手も望まない。
完全燃焼した二人の名演奏家に心から拍手を送りたい。
今年最も感銘を受けたコンサートの一つとなった。

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ナタリー・シュトゥッツマン&インゲル・ゼーデルグレン/シューベルト作曲 歌曲集《冬の旅》D911(2014年11月24日 トッパンホール)

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第14篇
ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト) 冬の旅

2014年11月24日(月・祝)17:00 トッパンホール

ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト)
インゲル・ゼーデルグレン(ピアノ)

シューベルト/歌曲集《冬の旅》D911
 1.おやすみ
 2.風見鶏
 3.凍った涙
 4.凍てつく野
 5.菩提樹
 6.あふれ流れる水
 7.河の上で
 8.振り返り
 9.鬼火
 10.休み
 11.春の夢
 12.孤独
 13.郵便馬車
 14.白髪
 15.カラス
 16.最後の希み
 17.村で
 18.嵐の朝
 19.惑わし
 20.道しるべ
 21.宿屋
 22.勇気
 23.幻の太陽
 24.辻音楽師

--------------

コントラルト歌手ナタリー・シュトゥッツマンとピアニスト、インゲル・ゼーデルグレンによる「冬の旅」をトッパンホールで聴いた。
私はこの日は若干寝不足だったようで、演奏が始まるととにかくまぶたが重くなり、目を開けていることがほとんど出来ない。
そんなわけで舞台を見ることは半ば諦め、耳から音楽を楽しむことにした。
シュトゥッツマンの歌う「冬の旅」は、主人公と一体化しない。
もちろん感情の起伏を克明に描いていくことに変わりはないのだが、「なりきる」ことを避けているかのように感じられる。
むしろ、そばにいる若者を見つめながら、その彼の代弁をしているような感じだ。
そのような姿勢によるシュトゥッツマンの血の通った温かい声の深みが、トッパンホールの隅々まで響き渡る。
声はみずみずしさをいささかも失っておらず、聴き手の心を温かく包み込む。
その心地よさは「冬の旅」の主人公にそっとエールを送っているかのようでもあった。
ピアノのセーデルグレンは時折あっけない演奏に陥る箇所もないではなかったが、概して随分と細やかな表情の機微を浮かび上がらせた好演を聴かせてくれていたと感じた。
私の席の位置の関係だろうか、以前に聞こえたほどセーデルグレンの鼻歌は目立たなかったが、それでも若干歌っていたようで、それをお客さんの鼻歌と誤解する人もいるようだ。

いずれにせよ女声による最高の「冬の旅」の演奏のひとつであることは間違いなく、今回寝不足だったことがかえすがえすも悔やまれた。
アンコールは無し。

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