マーク・パドモア&ポール・ルイス/シューベルト三大歌曲集全曲演奏会より(2014年12月4日&7日 王子ホール)
マーク・パドモア&ポール・ルイス
~シューベルト三大歌曲集全曲演奏会~
マーク・パドモア(Mark Padmore)(テノール)
ポール・ルイス(Paul Lewis)(ピアノ)
2014年12月4日(木)19:00 王子ホール
<第1日>美しき水車屋の娘
シューベルト/歌曲集「美しき水車屋の娘」Op.25, D795
さすらい
どこへ?
とどまれ
小川への感謝
店じまい
知りたがり
焦り
朝の挨拶
粉挽きの花
涙雨
ぼくのもの
憩い
リュートの緑のリボンで
狩人
妬みと誇り
すきな色
きらいな色
しぼめる花
粉挽きと小川
小川の子守歌
--------------
2014年12月7日(日)15:00 王子ホール
<第3日>白鳥の歌
ベートーヴェン/
「8つの歌」より 五月の歌 Op.52-4
「6つの歌」より 新しき恋 新しき生 Op.75-2
星空のもと 夕べの歌 WoO150
連作歌曲 「遥かなる恋人に寄す」 Op.98
丘の上に座り
山の連なりが蒼く
空高く 軽やかな雲
空高く 浮かぶ雲
五月が戻り 緑野は花ざかり
受け取ってほしい この歌を
~休憩~
シューベルト/歌曲集「白鳥の歌」 D957
愛の遣い
戦士の予感
せつなき春
セレナード
居場所
遥かなる国で
別れ
アトラス
あの娘(こ)の姿
漁師の娘
あの街
海辺にて
影法師
鳩の便り
(曲名は配布プログラムの広瀬大介氏の訳による)
--------------
イギリス出身のテノール、マーク・パドモアと、ピアニスト、ポール・ルイスがシューベルトの三大歌曲集のシリーズを3日にわたって披露した。
そのうちの「美しき水車屋の娘」と「白鳥の歌」のコンサートを王子ホールで聴いた。
マーク・パドモアの歌はエヴァンゲリストの歌だ。
あたかも上質の芝居を見ているかのような語りの魅力が際立っている。
ドイツ語が完璧に自分のものになっているうえに、それを目に浮かぶようなイメージの喚起力で描いていく。
高音のつきぬけたような響きが実に心地よく美しいが、他の音域も様々な音色、ニュアンスを巧みに使い分けて、情景も心理も微細に語り尽くす。
一方で低い音域でも時に驚くほどがっしりした響きを聞かせる。
その表現力の一貫した見事さはネイティブの一流リート歌手たちと比べても全く遜色ない。
「美しき水車屋の娘」では主人公になりきりながらも、どこか冷静な語り手の要素も感じさせるものだった。
だが、彼の立場が明確になったのは最終曲でのことだった。
最後から2番目の「粉挽きと小川」が終わった時、パドモアはゆっくりと下手の方に移動し、ポール・ルイスよりも左側に立って最終曲「小川の子守歌」を歌った。
つまり、これまでの主人公だった若者は最終曲ではすでに川の底で眠っており、パドモアが場所を移動することによって、歌の当事者が小川であることを示したのだろう。
パドモアの歌唱は時に第三者的(語り手的)な印象をも受けるものだったが、彼自身はやはり若者になりきって歌っていたということだろう。
いずれにせよ、パドモアの歌唱はこの歌曲集の魅力を最高に引き出したものだった。
そして「白鳥の歌」の前に歌われたベートーヴェンの歌曲では、パドモアがこれらの軽快な歌でも出色な表現を聞かせることを示した。
珍しい「星空のもと 夕べの歌」という歌曲が、荘厳だが、中間で盛り上がり、最後はまた静謐な響きに戻る作品で、後奏はシューベルトの「窓辺で」を思わせる美しいものだった。
無名の作品がパドモアとルイスの素晴らしい演奏で、コンサートで取り上げられるのは意義深い。
「遥かなる恋人に寄す」は憧れの気持ちを6編の歌曲にまとめて歌い上げた連作歌曲集の先駆けであるが、パドモアの声の美しさがここではあらためて感じさせられた。
シューベルトの「白鳥の歌」は難しい歌曲集である。
連作歌曲集ではなく、独立した作品の寄せ集めである。
それでもハイネ歌曲集は連続して歌ってもあまり違和感はないだろう。
ところが、レルシュタープ歌曲集では最初の「愛の遣い」と2曲目の「戦士の予感」からしてすでに全く異なる。
そして「戦士の予感」と、それに続く「せつなき春」もまた全くタイプの異なる作品である。
従来、ハイネ歌曲の「影法師」とザイドル歌曲の「鳩の便り」の間の違和感については論じられることが多かったが、すでにレルシュタープ歌曲集の中においても、抒情詩人シューベルトと革新的シューベルト、孤高のシューベルトが併置されているのである。
今回のパドモアの歌唱は、ハスリンガーの出版の順序通りに歌われた。
しかも、ルイスは曲間にあまり時間を置かず、あえて異なるタイプの作品たちを連続して演奏したかのようだった。
それによって、連作歌曲集ではない側面が強調され、シューベルトの個々の詩に対する対応力の多彩さ、幅広さがあらためて浮き彫りにされたように感じられた。
パドモアの各曲への対応力の素晴らしさは言葉にならないほどである。
ぴったりと作品の核心を突いた表現をしていて、しかも「美しき水車屋の娘」の日よりも声の伸びがよく、ホールいっぱいにドラマティックな声が響き渡ったのであった。
「居場所」がこれほどドラマティックな歌曲であると実感できたのは、パドモアの全力の歌唱があってこそだろう。
ポール・ルイスのピアノはただもう凄いの一言に尽きる。
一流のソリストが必ずしも一流の伴奏者とは限らないが、ルイスの場合は、ソロも伴奏も同様に超一流であった。
「美しき水車屋の娘」の第1曲「さすらい」からすでにそのニュアンスの多彩さは息を飲むほどだった。
単純な繰り返しは皆無で、ペダルの加減やタッチの細やかな描き分け、さらにダイナミクスの幅の広さ(しかも強音が決して耳障りにならない重量感をもっている)などで、シューベルトのピアノ曲を知り尽くした強みを最大限に発揮した素晴らしい演奏だった。
そして、ベートーヴェンの歌曲では軽やかさと適切な控えめさをも聴かせ、「遥かなる恋人に寄す」はピアノの音画的表現を細やかに聴かせつつ、歌にも配慮を見せる。
パドモアがいかに素晴らしくとも生演奏では時に歌詞が飛ぶこともあったが、そんな時のルイスの自然なサポートぶりは熟練した伴奏ピアニストそのものだった。
「白鳥の歌」では全く異なる個性をもった曲たちを続けて演奏して、それぞれの世界観を雄弁に描き出すその手腕にただただ脱帽だった。
「愛の遣い」での細やかなせせらぎの音、「せつなき春」での軽快でリズミカルな雄弁さ、「遥かなる国で」でのダイナミクスの見事な設計、そして「あの街」での後奏の最後の一音を分散和音の濁りの中から最後に浮かび上がらせた解釈など、その魅力を挙げたらきりがない。
「アトラス」は歌手の声を消さないように、実演では控えめに演奏されがちだが、ルイスは歌手に配慮しつつも、どっしりとした重厚感と激しさを見事に実現していた。
パドモアの音楽設計を知り尽くし、彼の表現に徹底して従いながらも、繊細かつ雄弁な演奏を聴かせてくれた。
これは最高の「白鳥の歌」の演奏のひとつとして、私の中でいつまでも記憶に残るだろう。
両日ともアンコールはなかったが、これ以上は聴き手も望まない。
完全燃焼した二人の名演奏家に心から拍手を送りたい。
今年最も感銘を受けたコンサートの一つとなった。
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コメント
CDは持ってましたが、実演に接すると本当の素晴らしさが分かりますね。当分彼らを凌ぐ演奏は出ないのではないかと思うほどです。オペラではなく宗教曲の歌い手から凄いリート歌手が現れたのだとしたら、至極真っ当なことだと思いますし、日本人からもそういう出方をして欲しいものです。
投稿: ぐらばー亭 | 2014年12月 8日 (月曜日) 15時14分
ぐらばー亭さん、こんばんは。
ぐらばー亭さんも堪能されたようですね。
本当にあの場にいられて良かったとつくづく思います。
バリトンではなくテノールが「白鳥の歌」をこれほど素晴らしく歌うとは!ヘフリガーとかシュライアーも宗教曲とリートを共に得意としていましたね。私は夏に渋谷で聴かせていただいた杉野正隆さんにひそかに期待しています。杉野さんも先日「冬の旅」を歌われたそうですが残念ながら聴けませんでした。
投稿: フランツ | 2014年12月 8日 (月曜日) 20時45分
フランツさん、こんばんは。
特に2日目はぎっしりと詰まったプログラムですね。
最近の歌手をあまり知りませんので、こちらのサイトで色々教えていただいています(*^^*)
今は、ネット上で演奏の一部を聴けたりしますので、CDを買うことも減ってしましました・・。
こちらのブログで知ったダムラウは、ドイツリート集に続いて、R・シュトラウス歌曲も買いました♪
彼女の声いいですね。
最近出た田中彩子さんのCDも良かったです(*^^*)
投稿: 真子 | 2014年12月 8日 (月曜日) 23時23分
真子さん、こんばんは。
2日目は、前半ベートーヴェン、後半「白鳥の歌」というボリューミーな内容でしたが、長さを感じることのない、とても充実した時間でした。素晴らしかったですよ(^^)
パドモアはおすすめです。スペルはPadmoreですので、よろしければ動画サイトで聴いてみてくださいね。
確かに動画サイトがあるとCDを買わなくなりがちですよね。でもたまにCD店に行くとあれもこれも欲しくなって絞り込むのに苦労します^^;
ダムラウのシュトラウス、良さそうですね。田中彩子さんもいつか聴いてみたいです。
投稿: フランツ | 2014年12月 9日 (火曜日) 19時08分