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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その4(第10曲~第12曲)

今回はいよいよR.シュトラウス「商人の鑑」の最終回で、第10曲~第12曲を取り上げます。

10. Die Künstler sind die Schöpfer
 芸術家は創造者である

Die Künstler sind die Schöpfer,
Ihr Unglück sind die Schröpfer.
Wer trampelt durch den Künstlerbau
Als wie der Ochs von Lerchenau?
Wer stellt das Netz als Jäger?
Wer ist der Geldsackpfleger?
Wer ist der Zankerreger?
Und der Bazillenträger?
Der biedere, der freundliche,
Der treffliche, der edle
Verleger!
 芸術家は創造者である。
 彼らの災いは吸血鬼たちだ。
 誰が芸術家の館をドシンドシン歩き回るのか、
 オックス・フォン・レルヒェナウのように。
 誰が狩人の網を仕掛けるのか。
 誰が財布の管理をするのか。
 誰がけんかの元凶なのか。
 菌を持っているのは?
 それは、ご誠実で、友好的で、
 優秀で、高潔な
 出版業者さまである!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

第2行の行末にあらわれる"Schröpfer"というのは吸い玉のことで、くっついて利益をくすねる出版業者をあてこすっているのでしょう。
吸い玉は瀉血療法(血を排出して症状をよくする)に使われるので、私は吸血鬼と訳しました。
テキストの4行目に出てくるオックス・フォン・レルヒェナウは、シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」に登場する男爵で、粗野な嫌われ者です。
これらが誰のことを指すのかは一番最後に明かされます。
しかも、「ご誠実で、友好的で、優秀で、高潔」とほめ殺して貶めるという念の入り用です。
シュトラウスらしい豪華絢爛としたピアノの響きが一見したところ、このテキストの皮肉な内容を想起させないところがミソです。
最後の「出版業者さま」を明かす直前の「edle(高潔な)」に長大なメリスマを与えているのもシュトラウスの皮肉が込められているのでしょう。

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11. Die Händler und die Macher
 商人と仕掛け人は

Die Händler und die Macher
Sind mit Profit und Schacher
Des "HELDEN" Widersacher.
Der lässt ein Wort erklingen
Wie Götz von Berlichingen.
 商人と仕掛け人は
 利益と暴利をむさぼるので
 「英雄」の敵だ。
 英雄はある言葉を響かせる、
 ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンのように。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここでもシュトラウスの怒りが露骨に出ていて、商人と仕掛け人に対して正面切って「敵」と吐き捨てています。
しかも自身のことは「英雄」扱いです(「英雄の生涯」という有名な交響詩がありますね)。
その「英雄」のもう一つの名作といえばベートーヴェンの第3交響曲ですが、シュトラウスは「英雄」ではなく「運命」(交響曲第5番ハ短調)の第1楽章の誰でも知っているモティーフを後半から引用しています。
最終行のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンは中世ドイツの実在の人物で、気性が荒く盗賊のようなことを繰り返していたようですが、ゲーテはこの人物を美化した作品を書いています。
そのゲーテの作品中の有名な言葉に因んで"Götz"には「オレ様のケツを舐めやがれ!(Leck mich am Arsch!)」という意味があります。
ここでは英雄たるシュトラウスが出版業者たちに向けてこの言葉を放ったということなのでしょう。
なお、この曲は歌曲集中で唯一ピアノ前奏のない短い作品です。

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12. O Schröpferschwarm, o Händlerkreis
 おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ

O Schröpferschwarm, o Händlerkreis,
Wer schiebt dir einen Riegel?
Das tat mit neuer Schelmenweis'
Till Eulenspiegel.
 おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ、
 誰があんたにかんぬきをかけるのだ。
 新しい悪戯のしかたでそれをやってくれたのは
 ティル・オイレンシュピーゲルさ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

シューベルト風の軽快で優美なレントラーのピアノ前奏が印象的です。
最終曲で敵を退治してくれるのは、これまた自作に使用したいたずら者のティル・オイレンシュピーゲルです。
この動画でいうと0:56からのピアノパート右手に、シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の有名なホルンのメロディーが若干リズムを変えてあらわれます。そのピアノに導かれて歌声部も「Till Eulenspiegel」と歌います。
そして歌が終わると、第8曲の前奏で聴かれた美しい音楽(後に「カプリッチョ」の月光の音楽に転用されます)が再びあらわれ、あたかもシューマンの歌曲集「詩人の恋」のような手法で締めくくります。
この美しい音楽が出版業者に打ち勝ったことを宣言しているかのようですね。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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コメント

フランツさん、こんばんは。

ついにこの楽しい!歌曲集も終わってしまいましたね。
これほど、音楽と歌詞が乖離した作品もないでしょうね。
透明感のある叙情的なテノールで歌われているのも、一層効果的だったように思います。
このテノールの方がどなたか知りたいですね。

この曲集を聴いてからシュトラウスの肖像画を見ると、とても曲者に見えてしまいます(笑)

楽しい鑑賞の時をありがとうございました。
翻訳とともに、いつもながらの解説で楽しく学びながら聴くことができました。
ありがとうございました。

投稿: 真子 | 2014年10月 6日 (月曜日) 22時05分

真子さん、こんばんは。

ようやく最後まで漕ぎ着けました。
楽しんでくださったようで嬉しいです(^^)

いつも温かく示唆に富んだコメントを有難うございました!
とても励みになりました。

皮肉屋のシュトラウスの機知が炸裂したこの歌曲集、さらに歌われるといいなと思います。テキストはともかく音楽は素晴らしいですからね。確かに両者の乖離が面白い作品でしたね。

そろそろ普通のシュトラウスに戻ります(笑)

投稿: フランツ | 2014年10月 7日 (火曜日) 20時24分

フランツさん、こんにちは。

シュトラウスのことでなくて恐縮なのですが、ディースカウさんの10種類程ある「冬の旅」で、お薦めのものはありますか?
ディースカウさんは、この様にたくさんの「冬の旅」を残しておられますが、やはり年を追うごとに、解釈が深まったり、変わったりして行っているのでしょうか?
私は、EMIクラシックスのボックス(11CD)を持っています。録音年は1962年頃のようで、伴奏はムーアです。

涼しくなると、「冬の旅」を聴きたくなります。

投稿: 真子 | 2014年10月 9日 (木曜日) 09時13分

真子さん、こんにちは。

ディースカウの「冬の旅」は沢山あるので一度集中的に聞き比べてみたいと思いつつ、なかなか実現出来ないでいます。
私の個人的な好みで言えば、真子さんがお持ちの1962年ムーア盤が第一です!声はつやつやしていて若々しく、語りのうまさが際立っていて、テクニックも完璧、ムーアの美音と豊かな表現力も堪能出来ます。
世評が高いのは1979年録音のバレンボイム盤で、ディースカウの声に少し枯れた味わいが出ています。
1回目のクラウス・ビリングとの録音はディースカウ20代前半のかなり濃厚な表情が楽しめます。
後年になってブレンデルやペライヤと録音した盤は声のつやはないものの老境から若い頃を回顧したかのような雰囲気です。
YouTubeには1979年録画のブレンデルとの映像があり、それも優れていると思います。
あとはムーアとの1951、1972年録音やデームスとの録音など、いろいろありますので、気になったものをお聴きになってみてくださいね。

投稿: フランツ | 2014年10月10日 (金曜日) 12時53分

フランツさん、こんにちは。

色々と教えてくださってありがとうございました。お勧めの1962年録音ですと、ディースカウさん27歳の時ですね。
今聴いていますが、27歳の青年より成熟したものを感じます。
ファンの方がよくおっしゃる「ハギレのよさ」というのも聞き取れます。
昔習っていた声楽の先生も、ディースカウファンで、この語り口の凄さをよく語っておられました。
ムーアのピアノは、私には上手く表現する言葉が見つからないのですが、琴線に触れる音色と言いましょうか。
他の録音も、動画サイトで聴いて見たと思います。

別々の歌手で聴き比べるのも楽しいですが、一人の歌手の年代別で聴き比べるのも興味深いですね。
プライさんのはよくやっていますが、一人の声楽家の人生をともに歩んでいるような気持ちになります。
ぜひまたそういう企画もお願いしたいと思います(*^^*)
大変な事をいとも簡単に言ってすみません・・・((^^))

投稿: 真子 | 2014年10月10日 (金曜日) 17時40分

真子さん、こんにちは。

ディースカウの歯切れの良さはファンにとっては一番の魅力ですが、アンチの人にとってはそれが苦手の要因にもなっているようです。私はそのディクションの素晴らしさに惹かれ続けています。
ムーアのタッチはまさに琴線に触れる温かみにその美質があると思います。上手いだけではなく、聴いていて心地よい音なんですよね。

一人の演奏家の録音を年代ごとに聞き比べるのも興味深いですね。
真子さんはもちろんプライの聞き比べを楽しんでおられるようですね。
私のサイトでもいずれ出来たらいいなと思いますが、記事にするには時間がかかるかもしれません。

投稿: フランツ | 2014年10月12日 (日曜日) 12時20分

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