R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その2(第4曲~第6曲)
今回はR.シュトラウス「商人の鑑」の第4曲~第6曲を取り上げます。
4. Drei Masken sah ich am Himmel stehn
三つの仮面が空に架かるのを私は見た
Drei Masken sah ich am Himmel stehn,
Wie Larven sind sie anzusehn.
O Schreck, dahinter sieht man ...
Herrn Friedmann!
三つの仮面が空に架かるのを私は見た、
それらは目かくしの仮面のように見えた。
おお、ビックリしたー、その後ろに見えるのは、な、なんと、
フリートマン氏!
詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)
この曲ではドライマスケン社(Dreimasken-Verlag)という音楽出版社が槍玉にあがっています。
「ドライマスケン」とは「三つの仮面」のことです。
このテキストの1行目はシューベルトの歌曲集「冬の旅」の第23曲「幻日」の第1行「Drei Sonnen sah ich am Himmel stehn(三つの太陽が空に架かるのを私は見た)」をもじっているのは明白です。
音楽は第2曲前奏の不気味なパッセージが再び現れ、何層にも渡りポリフォニックに重なって演奏されます。
第3行「Schreck」で歌手はハイCならぬ「ハイBフラット」を出さなければなりません。
歌っている本人が「ビックリ」してしまいますよね。
「後ろに見えるのは」と大げさにじらしておいて、ドライマスケン社の社長ルートヴィヒ・フリートマン氏が登場するくだりで急遽音楽が軽快なポルカを奏で、シュトラウスのいたずらっぽいしたり顔が目に浮かぶようです。
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5. Hast du ein Tongedicht vollbracht
きみが交響詩を書き上げたら
Hast du ein Tongedicht vollbracht,
Nimm vor den Füchsen dich in Acht,
Denn solche Brüder Reinecke,
Die fressen dir das Deinige!
[das Deinige! das Deinige!
Die Brüder Reinecke!
Die Brüder Reinecke!]
きみが交響詩を書き上げたら
あのキツネどもに気をつけろ、
というのもあのライネケ兄弟が
きみの作品を食っちまうからな。
[きみの作品を!きみの作品を!
ライネケ兄弟が!
ライネケ兄弟が!]
詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)
ここで登場するのはカール&フランツ・ライネケ兄弟(Karl & Franz Reinecke)で、彼らもシュトラウスに対抗していた出版社の経営者でした。
ライネケ狐というのはヨーロッパに古くから伝わるいたずら狐の話を基にゲーテが書いた叙事詩のことを指しています。
快活な音楽はあっという間に終わってしまい、一見普通の歌曲のように感じられます。
しかし、第2行の"Füchsen(キツネ)"をメリスマを用いて長く引き伸ばしたり、"das Deinige(きみの作品を)"や"Die Brüder Reinecke(ライネケ兄弟が)"を繰り返し歌って強調しているところなどに、シュトラウスの意図が感じられます。
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6. O lieber Künstler sei ermahnt
おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように
O lieber Künstler sei ermahnt,
Und übe Vorsicht jedenfalls!
Wer in gewissen Kähnen kahnt,
Dem steigt das Wasser bis zum Hals.
Und wenn ein dunkel trübes Licht
Verdächtig aus dem Nebel lugt,
Lustwandle auf der Lienau nicht,
Weil dort der lange Robert spukt!
[Der lange Robert]
Dein Säckel wird erobert
Vom langen Robert!
おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように。
いかなる時も用心するのだ!
ある小舟を漕ぐ(カーント)奴は
首まで水につかってしまうぞ。
そして暗くくすんだ光が
怪しげに霧からのぞいた時
リーナウで散歩してはならぬ、
そこにのっぽのローベルトの霊が出るのだから!
[のっぽのローベルトが]
きみの財布は取られちまうよ、
のっぽのローベルトにね!
詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)
ここでやり玉に挙がっているのは、ライプツィヒのC.F.カーント社(C.F.Kahnt)と、ベルリンのローベルト・リーナウ社(Robert Lienau)です。
3行目に"Kahn(小舟)"を動詞化した"kahnen"という単語の3人称単数形として"kahnt"の名前が読み込まれ、7行目では架空の地名として"Lienau"が読み込まれています。
歌声部の冒頭は「戒めを聞くように」という真剣な表情はなく、滑らかな音楽に乗って穏やかに歌われ、シュトラウスのしらばっくれた顔が目に浮かぶようです。
ピアノパートは描写にも事欠かず、第4行では水があふれ出てくるような情景が描かれ、第5行目ではくすんだ光を高音域で装飾音とともに描いています。
著名な共演ピアニストのロジャー・ヴィニョールズによれば、この曲のピアノパートはマズルカとレントラーが融合したものとのことで、舞曲に乗って、2人の敵をおちょくっていることになりますね。
首まで水につかってしまうカーント氏と、財布を巻き上げようとするひょろっとした幽霊のローベルト・リーナウ氏-今だったら名誉棄損で訴えられそうですね。
なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
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コメント
フランツさん、こんにちは。
4曲め、かなりおちょくっていますね。不気味な前奏が長く続き、歌が始まり・・、「O Schreck」で、確かに歌う人も聞く者もびっくりしますね。
シューベルトも、天国でびっくりしていることでしょう(笑)
5曲目の軽やかさは歌詞を見なければこんなこと言ってるなんて思わないです。
それにしてもなんと、ストレートど真ん中の詩!!
ライネケ狐は、ドイツ人が聞くと、「ははあ~」とわかるのでしょうね。面白いです。
6曲めも、シュトラウスらしいキラキラとした、流麗なピアノが印象的でした。このような歌詞にこのような曲は慇懃無礼以外の何者でもないですね。激しく怒りをぶつけるより、効果がありますね。
ところで、聴いているうちに、これを歌っているテノールは、日本人ではないかと思えてきました。
叙情的だからというだけでなく、音色がなんとなくそんな気がしました。
ラテンの声ではないですよね。
投稿: 真子 | 2014年9月10日 (水曜日) 11時08分
真子さん、こんばんは。
4〜6曲目もなかなかすごい内容ですよね。
4曲目では天上のシューベルトも詩人のミュラーも、まさかこんな形で引用されるとは思ってもいなかったでしょうね。「O Schreck」で歌手に超ハイトーンを長く歌わせるシュトラウスは結構サディストかも(笑)
5曲目は軽快で楽しげな響きにのせて、真子さんご指摘のとおり「ストレートど真ん中の詩」を歌うわけですからこうなるともう確信犯ですよね。
おっしゃるとおりライネケ狐はドイツ人が聞けばピンとくる話なのでしょうね。
6曲目もピアノが大活躍しますが、舞曲のような響きがしますね。優美に踊りながら敵の攻撃を余裕でかわすシュトラウスはそんな自分に酔いしれているのでしょうか。
>聴いているうちに、これを歌っているテノールは、日本人ではないかと思えてきました。
なるほど、そうとも聞こえますね。日本人特有の声の特徴というものもあるのでしょうね。
この歌手が誰なのか気になりますね。ピアニストもとてもうまいので、おそらく市販されたCD音源ではないかと想像しています。
投稿: フランツ | 2014年9月11日 (木曜日) 03時20分