今回はR.シュトラウス「商人の鑑」の第7曲~第9曲を取り上げます。
7. Unser Feind ist, grosser Gott
我々の敵は、偉大なる神よ
Unser Feind ist, grosser Gott,
Wie der Brite so der Schott.
Manchen hat er unentwegt
Auf das Streckbett hingelegt.
Täglich wird er kecker--
O du Strecker!
我々の敵は、偉大なる神よ、
あのイギリス人同様、あのスコットランド人(ショット)である。
そいつは絶えず多くの人々を
拷問台(シュトレックベット)に寝かせたんだ。
日に日にそいつはずうずうしくなるのさ、
おお、あんたのことだよ、手足伸ばし屋さん(シュトレッカー)!
詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)
ここではマインツの楽譜出版社、ショット社(B.Schott's Söhne)と、その経営者である商務顧問官(Kommerzienrat)のドクトル・ルートヴィヒ・シュトレッカー(Dr. Ludwig Strecker)に矛先が向かっています。
ショットはドイツ語でスコットランド人を意味します。
ここでは作曲した1918年当時戦争でドイツの敵であったスコットランドと出版社の名前をかけています。
シュトレックベットというのは拷問台で、手足を伸ばして苦しめたようです。
こちら
もちろんこの名前は経営者シュトレッカーとかけてあるのは明白です。
シュトラウスはこの歌曲集中で最も激しい曲調をこのテキストに与えました。
ピアノパートは急激に下降するオクターブ音型と大きく飛躍する和音の組み合わせが使われ、その飛躍はあたかも拷問台で手足を引き裂かれる様を模しているかのようです。
歌は第3行以降でやはり音程の飛躍が大きくなり、5行目の「kecker(ずうずうしい)」にメリスマを与えて強調しています。
そして最終行の落ちで、これまでの深刻な曲調から一転して快活な音楽に変わるのは、この歌曲集でシュトラウスがよくやる仕掛けで、強烈な皮肉となっています。
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8. Von Händlern wird die Kunst bedroht
商人に芸術は脅かされる
Von Händlern wird die Kunst bedroht,
Da habt ihr die Bescherung:
Sie bringen der Musik den Tod,
Sich selber die Verklärung...
商人に芸術は脅かされる、
なんともひどい話だよ。
やつらは音楽に死をもたらし、
自分たちには浄化をもたらすっていうんだからなぁ。
詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)
この曲の前奏は非常に美しく、恍惚とする表情さえうかがえます。
そしてその長大さは曲の半分以上を占めているほどです。
この美しい音楽はもちろんシュトラウスが守ろうとしている「芸術」をあらわしています。
そして、その美しい前奏が終わると突然激しい曲調に変わり、商人たちへの積もり積もった不平が歌われます。
第3行と第4行の歌詞の最後には、シュトラウスの有名な交響詩「死と浄化(変容)(Tod und Verklärung)」が織り込まれています。
第3行最後の"Tod(死)"で歌手はハイAを歌わなければならず、さらに次の音は2オクターブ低いAで歌い始めなければなりません。
歌手にとっても試練の曲ですね。
そして、最終行の歌声部は「死と浄化」の最後の方にあらわれるフレーズが引用されています。
また、後年シュトラウスは、歌劇「カプリッチョ」の中の月光の音楽として、この曲の長大な前奏を再度使用しています。
私がはじめて劇場で「カプリッチョ」を鑑賞した際、そのことを知らず、この音楽どこかで聞き覚えがあるなぁとしばらく考え込んでしまった記憶があります。
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9. Es war mal eine Wanze
昔々一匹の南京虫がおったとさ
Es war mal eine Wanze,
Die ging, die ging aufs Ganze.
Gab einen Duft, der nie verflog,
Und sog und sog.
Doch Musici, die packten sie
Und knackten sie.
Und als die Wanze starb und stank,
Ein Lobgesang zum Himmel drang.
昔々一匹の南京虫がおったとさ、
そいつは徹底していて、
決して消えない臭いを発しては
血を吸いまくったんだ。
だが音楽家がそいつをつかみ、
パチッとつぶしてやったのさ。
そうして南京虫は死に、悪臭を放ち、
賛歌は天まで届いたとさ。
詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)
ここで言う「南京虫(Wanze)」が商人たちをあらわしているのは明白ですね。
不協和音を用いた不気味な前奏は南京虫が強烈な臭いを発しながら、血を吸いまくっている様を模しているのでしょう。
後半で音楽家が登場すると音楽も明るくなり、南京虫をつぶす様が装飾音を伴ったピアノパートで描写されます。
商人に対して音楽家の勝利が描かれている作品と言えるでしょう。
なお、ドイツ語で"Wanzen und Flöhen(南京虫とのみ)"と言うと当時の音楽家の隠語で「シャープとフラット」のことを意味していたそうです。
この曲にピアノの黒鍵が多く使われているのはそういう意味も掛けてあるのでしょう。
なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
こちら
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