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エリー・アーメリングの近況2014年9月~10月

今年の秋、アーメリングはアメリカでマスタークラスを開いているようです。
81歳にして、まだまだお元気でご活躍のようで、ファンとしては嬉しいです。

●Elly Ameling Voice MasterClass
September 27, 2014
1:30-4:30pm & 7:30pm
Weaton College, Pierce Chapel

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●Elly Ameling Master Class
October, 2, 2014
4:00-5:30 PM
The Juilliard School, Paul Hall

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その4(第10曲~第12曲)

今回はいよいよR.シュトラウス「商人の鑑」の最終回で、第10曲~第12曲を取り上げます。

10. Die Künstler sind die Schöpfer
 芸術家は創造者である

Die Künstler sind die Schöpfer,
Ihr Unglück sind die Schröpfer.
Wer trampelt durch den Künstlerbau
Als wie der Ochs von Lerchenau?
Wer stellt das Netz als Jäger?
Wer ist der Geldsackpfleger?
Wer ist der Zankerreger?
Und der Bazillenträger?
Der biedere, der freundliche,
Der treffliche, der edle
Verleger!
 芸術家は創造者である。
 彼らの災いは吸血鬼たちだ。
 誰が芸術家の館をドシンドシン歩き回るのか、
 オックス・フォン・レルヒェナウのように。
 誰が狩人の網を仕掛けるのか。
 誰が財布の管理をするのか。
 誰がけんかの元凶なのか。
 菌を持っているのは?
 それは、ご誠実で、友好的で、
 優秀で、高潔な
 出版業者さまである!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

第2行の行末にあらわれる"Schröpfer"というのは吸い玉のことで、くっついて利益をくすねる出版業者をあてこすっているのでしょう。
吸い玉は瀉血療法(血を排出して症状をよくする)に使われるので、私は吸血鬼と訳しました。
テキストの4行目に出てくるオックス・フォン・レルヒェナウは、シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」に登場する男爵で、粗野な嫌われ者です。
これらが誰のことを指すのかは一番最後に明かされます。
しかも、「ご誠実で、友好的で、優秀で、高潔」とほめ殺して貶めるという念の入り用です。
シュトラウスらしい豪華絢爛としたピアノの響きが一見したところ、このテキストの皮肉な内容を想起させないところがミソです。
最後の「出版業者さま」を明かす直前の「edle(高潔な)」に長大なメリスマを与えているのもシュトラウスの皮肉が込められているのでしょう。

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11. Die Händler und die Macher
 商人と仕掛け人は

Die Händler und die Macher
Sind mit Profit und Schacher
Des "HELDEN" Widersacher.
Der lässt ein Wort erklingen
Wie Götz von Berlichingen.
 商人と仕掛け人は
 利益と暴利をむさぼるので
 「英雄」の敵だ。
 英雄はある言葉を響かせる、
 ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンのように。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここでもシュトラウスの怒りが露骨に出ていて、商人と仕掛け人に対して正面切って「敵」と吐き捨てています。
しかも自身のことは「英雄」扱いです(「英雄の生涯」という有名な交響詩がありますね)。
その「英雄」のもう一つの名作といえばベートーヴェンの第3交響曲ですが、シュトラウスは「英雄」ではなく「運命」(交響曲第5番ハ短調)の第1楽章の誰でも知っているモティーフを後半から引用しています。
最終行のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンは中世ドイツの実在の人物で、気性が荒く盗賊のようなことを繰り返していたようですが、ゲーテはこの人物を美化した作品を書いています。
そのゲーテの作品中の有名な言葉に因んで"Götz"には「オレ様のケツを舐めやがれ!(Leck mich am Arsch!)」という意味があります。
ここでは英雄たるシュトラウスが出版業者たちに向けてこの言葉を放ったということなのでしょう。
なお、この曲は歌曲集中で唯一ピアノ前奏のない短い作品です。

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12. O Schröpferschwarm, o Händlerkreis
 おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ

O Schröpferschwarm, o Händlerkreis,
Wer schiebt dir einen Riegel?
Das tat mit neuer Schelmenweis'
Till Eulenspiegel.
 おお吸血鬼の一団よ、おお商人業界よ、
 誰があんたにかんぬきをかけるのだ。
 新しい悪戯のしかたでそれをやってくれたのは
 ティル・オイレンシュピーゲルさ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

シューベルト風の軽快で優美なレントラーのピアノ前奏が印象的です。
最終曲で敵を退治してくれるのは、これまた自作に使用したいたずら者のティル・オイレンシュピーゲルです。
この動画でいうと0:56からのピアノパート右手に、シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の有名なホルンのメロディーが若干リズムを変えてあらわれます。そのピアノに導かれて歌声部も「Till Eulenspiegel」と歌います。
そして歌が終わると、第8曲の前奏で聴かれた美しい音楽(後に「カプリッチョ」の月光の音楽に転用されます)が再びあらわれ、あたかもシューマンの歌曲集「詩人の恋」のような手法で締めくくります。
この美しい音楽が出版業者に打ち勝ったことを宣言しているかのようですね。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その3(第7曲~第9曲)

今回はR.シュトラウス「商人の鑑」の第7曲~第9曲を取り上げます。

7. Unser Feind ist, grosser Gott
 我々の敵は、偉大なる神よ

Unser Feind ist, grosser Gott,
Wie der Brite so der Schott.
Manchen hat er unentwegt
Auf das Streckbett hingelegt.
Täglich wird er kecker--
O du Strecker!
 我々の敵は、偉大なる神よ、
 あのイギリス人同様、あのスコットランド人(ショット)である。
 そいつは絶えず多くの人々を
 拷問台(シュトレックベット)に寝かせたんだ。
 日に日にそいつはずうずうしくなるのさ、
 おお、あんたのことだよ、手足伸ばし屋さん(シュトレッカー)!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここではマインツの楽譜出版社、ショット社(B.Schott's Söhne)と、その経営者である商務顧問官(Kommerzienrat)のドクトル・ルートヴィヒ・シュトレッカー(Dr. Ludwig Strecker)に矛先が向かっています。
ショットはドイツ語でスコットランド人を意味します。
ここでは作曲した1918年当時戦争でドイツの敵であったスコットランドと出版社の名前をかけています。
シュトレックベットというのは拷問台で、手足を伸ばして苦しめたようです。
 こちら
もちろんこの名前は経営者シュトレッカーとかけてあるのは明白です。
シュトラウスはこの歌曲集中で最も激しい曲調をこのテキストに与えました。
ピアノパートは急激に下降するオクターブ音型と大きく飛躍する和音の組み合わせが使われ、その飛躍はあたかも拷問台で手足を引き裂かれる様を模しているかのようです。
歌は第3行以降でやはり音程の飛躍が大きくなり、5行目の「kecker(ずうずうしい)」にメリスマを与えて強調しています。
そして最終行の落ちで、これまでの深刻な曲調から一転して快活な音楽に変わるのは、この歌曲集でシュトラウスがよくやる仕掛けで、強烈な皮肉となっています。

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8. Von Händlern wird die Kunst bedroht
 商人に芸術は脅かされる

Von Händlern wird die Kunst bedroht,
Da habt ihr die Bescherung:
Sie bringen der Musik den Tod,
Sich selber die Verklärung...
 商人に芸術は脅かされる、
 なんともひどい話だよ。
 やつらは音楽に死をもたらし、
 自分たちには浄化をもたらすっていうんだからなぁ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

この曲の前奏は非常に美しく、恍惚とする表情さえうかがえます。
そしてその長大さは曲の半分以上を占めているほどです。
この美しい音楽はもちろんシュトラウスが守ろうとしている「芸術」をあらわしています。
そして、その美しい前奏が終わると突然激しい曲調に変わり、商人たちへの積もり積もった不平が歌われます。
第3行と第4行の歌詞の最後には、シュトラウスの有名な交響詩「死と浄化(変容)(Tod und Verklärung)」が織り込まれています。
第3行最後の"Tod(死)"で歌手はハイAを歌わなければならず、さらに次の音は2オクターブ低いAで歌い始めなければなりません。
歌手にとっても試練の曲ですね。
そして、最終行の歌声部は「死と浄化」の最後の方にあらわれるフレーズが引用されています。
また、後年シュトラウスは、歌劇「カプリッチョ」の中の月光の音楽として、この曲の長大な前奏を再度使用しています。
私がはじめて劇場で「カプリッチョ」を鑑賞した際、そのことを知らず、この音楽どこかで聞き覚えがあるなぁとしばらく考え込んでしまった記憶があります。

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9. Es war mal eine Wanze
 昔々一匹の南京虫がおったとさ

Es war mal eine Wanze,
Die ging, die ging aufs Ganze.
Gab einen Duft, der nie verflog,
Und sog und sog.
Doch Musici, die packten sie
Und knackten sie.
Und als die Wanze starb und stank,
Ein Lobgesang zum Himmel drang.
 昔々一匹の南京虫がおったとさ、
 そいつは徹底していて、
 決して消えない臭いを発しては
 血を吸いまくったんだ。
 だが音楽家がそいつをつかみ、
 パチッとつぶしてやったのさ。
 そうして南京虫は死に、悪臭を放ち、
 賛歌は天まで届いたとさ。

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここで言う「南京虫(Wanze)」が商人たちをあらわしているのは明白ですね。
不協和音を用いた不気味な前奏は南京虫が強烈な臭いを発しながら、血を吸いまくっている様を模しているのでしょう。
後半で音楽家が登場すると音楽も明るくなり、南京虫をつぶす様が装飾音を伴ったピアノパートで描写されます。
商人に対して音楽家の勝利が描かれている作品と言えるでしょう。
なお、ドイツ語で"Wanzen und Flöhen(南京虫とのみ)"と言うと当時の音楽家の隠語で「シャープとフラット」のことを意味していたそうです。
この曲にピアノの黒鍵が多く使われているのはそういう意味も掛けてあるのでしょう。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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東京二期会/モーツァルト作曲《イドメネオ》(2014年9月13日 新国立劇場 オペラパレス)

ウィーン・オリジナル・プロダクション
《アン・デア・ウィーン劇場との共同制作》
東京二期会オペラ劇場 

《イドメネオ》

オペラ全3幕
日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
台本:ジャンバッティスタ・ヴァレスコ
原案:アントワーヌ・ダンシェ『イドメネ』
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

2014年9月13日(土)15:00 新国立劇場 オペラパレス
上演予定時間:約3時間30分(第1&2幕:90分-休憩:25分-第3幕:70分)

イドメネオ:又吉秀樹
イダマンテ:小林由佳
イリア:経塚果林
エレットラ:田崎尚美
アルバーチェ:北嶋信也
大祭司:新津耕平
声:倉本晋児

助演:猪ヶ倉光志、和田京三
子役(映像/イダマンテの幼少時代):岡田拓也

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京交響楽団
指揮:準・メルクル

演出:ダミアーノ・ミキエレット

装置:パオロ・ファンティン
衣裳:カルラ・テーティ
照明:アレクサンドロ・カルレッティ
演出補:エレオノーラ・グラヴァグノラ
合唱指揮:大島義彰
演出助手:菊池裕美子
舞台監督:村田健輔
公演監督:曽我榮子

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二期会のオペラ「イドメネオ」の2日目キャスト公演を見てきた。
このオペラ、実際に生で見るのははじめてだが、私にとっては念願の実演だった。
ひいきのソプラノ、エリー・アーメリングがかつて唯一舞台で全幕上演に出演したのが、このオペラのイリア役だったのだ。
神話の世界を扱ったオペラセリアだが、今回のダミアーノ・ミキエレットの演出では時代を特定せず、服装もスーツやブランド服に身を包んだりしている。
舞台は一面砂が敷き詰められ、その上に無数の靴が散乱している。
戦争の跡をあらわしているようだ。
途中で椅子が大量に持ち込まれたり、中央にベッドが置かれたりする。
敵国クレタにとらわれたトロイヤの王女イリアは冒頭から登場するが、お腹が大きく、演出の結末をすでに予感させる。
イリアにとって敵国の王子でありながら恋心を抱いている相手のイダマンテは、メゾソプラノ、カウンターテノール、テノールなど、様々な声種によって歌われるようだが、今回はメゾソプラノが起用されている。
いわゆるズボン役である。
アルゴスの王女エレットラは、えせセレブ風のいでたちで登場。
気性は荒く、彼女もイダマンテを狙っているため、イリアに辛くあたる。
だが、単なるこわい女ではなく、どことなくコミカルな雰囲気がついて回る。
息子をネプチューンに生贄として捧げたくない父イドメネオの命令で、イダマンテはエレットラと共にアルゴスに避難することになるのだが、それを喜んだエレットラがブランド品の袋を大量に持って登場、脱いでは着てを繰り返す。
彼女に限らず、この演出服を脱いだり着たりの場面が多い(イダマンテ、エレットラ、映像の子役、合唱団)。
そこに演出家の意味がそれぞれ込められているのだろう。
イドメネオは戦争に勝ったものの血に対する恐怖心が生まれたようで、助演の血付け役たちがイドメネオの服にべったり血をつける場面もある。
イドメネオとイダマンテの親子関係を強調したのが、オペラの序曲中に幕に映し出された子役のイダマンテに父イドメネオがスーツを着せる場面である。
これがあって、2幕で父が息子に冷たく接することに対する息子の戸惑いが生きてくるとも言えるだろう。
最後、神の信託が下り、イドメネオが息子に王位を譲り、イリアを妃に命じたことにより、エレットラはすべてを悟り、狂い死ぬ。
その歌がまた素晴らしく、さらに泥だらけになってぶっ倒れる最期は強烈で、聴衆からの一番盛んな拍手を受ける結果となった。
また王位を譲ったイドメネオが静かに横になると息絶える設定になっていたが、その後、イドメネオの上に登場者たちが砂をかけ弔う。
群衆が去ると、イリアが産気づき、イダマンテとの子供を出産するシーンを経て、幕が下りた(この場面では普段は省略されるバレエ音楽が使われたらしい)。

登場者たちの喜怒哀楽を、この砂地と靴の舞台、さらに持ち込まれる椅子やスーツケース、ベッドなどを用いつつ、効果音も加えながら、基本的に暗めの色合いの中で描き出した。
この演出、群衆役の合唱団が一斉に体を掻き出したシーンはちょっとよく分からなかったが、それなりに納得の出来た面白い演出だったように感じた。

歌手たちは歌いにくい舞台の上で大健闘。
際立って印象に残ったのが、タイトルロールのイドメネオを歌った又吉秀樹である。
私ははじめて聴いたが、まさに逸材である。
美しいテノールの響きに奥行きも感じられ、よく伸びるボリュームも素晴らしかった。
スターの誕生を見た思いがした。

それからイダマンテの小林由佳はズボン役を見事にこなし、声、歌、容姿、演技ともに若々しい青年になりきっていた。
また、その恋人イリアの経塚果林もぴったりのキャスティング。
清楚だが芯の強い雰囲気がその歌唱と演技から伝わってきた。

エレットラの田崎尚美は己の信ずるままに生きるセレブをうまく演じてみせた。
だが、自分の思い通りにいかない悲哀のようなものも感じられ、それが表情の奥行きを作っていた。
怖いのだが、どこか憎めないコミカルなところは彼女の持ち味なのか、演出の狙ったところなのか、そこはあえて追求しないでおこう。

アルバーチェの北嶋信也はイドメネオの忠臣としてのけなげさが感じられた。
結構長めのアリアもあり、演出上も単なる脇役ではない重要さを持たされていた。

二期会合唱団は歌はもちろん、演技も健闘していて、拍手を送りたい。

準・メルクル指揮の東京交響楽団は鋭利さもありながら、軽やかさも失わず、心地よい音楽を作り上げた。
通奏低音の箇所はピアノとチェロが使用されていた。

なお、舞台写真などを多く掲載しているぶらあぼのサイトをご紹介しておきます。
 こちら

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R.シュトラウス/歌曲集「商人の鑑Op. 66」(全12曲)~その2(第4曲~第6曲)

今回はR.シュトラウス「商人の鑑」の第4曲~第6曲を取り上げます。

4. Drei Masken sah ich am Himmel stehn
 三つの仮面が空に架かるのを私は見た

Drei Masken sah ich am Himmel stehn,
Wie Larven sind sie anzusehn.
O Schreck, dahinter sieht man ...
Herrn Friedmann!
 三つの仮面が空に架かるのを私は見た、
 それらは目かくしの仮面のように見えた。
 おお、ビックリしたー、その後ろに見えるのは、な、なんと、
 フリートマン氏!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

この曲ではドライマスケン社(Dreimasken-Verlag)という音楽出版社が槍玉にあがっています。
「ドライマスケン」とは「三つの仮面」のことです。
このテキストの1行目はシューベルトの歌曲集「冬の旅」の第23曲「幻日」の第1行「Drei Sonnen sah ich am Himmel stehn(三つの太陽が空に架かるのを私は見た)」をもじっているのは明白です。
音楽は第2曲前奏の不気味なパッセージが再び現れ、何層にも渡りポリフォニックに重なって演奏されます。
第3行「Schreck」で歌手はハイCならぬ「ハイBフラット」を出さなければなりません。
歌っている本人が「ビックリ」してしまいますよね。
「後ろに見えるのは」と大げさにじらしておいて、ドライマスケン社の社長ルートヴィヒ・フリートマン氏が登場するくだりで急遽音楽が軽快なポルカを奏で、シュトラウスのいたずらっぽいしたり顔が目に浮かぶようです。

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5. Hast du ein Tongedicht vollbracht
 きみが交響詩を書き上げたら

Hast du ein Tongedicht vollbracht,
Nimm vor den Füchsen dich in Acht,
Denn solche Brüder Reinecke,
Die fressen dir das Deinige!
[das Deinige! das Deinige!
Die Brüder Reinecke!
Die Brüder Reinecke!]
 きみが交響詩を書き上げたら
 あのキツネどもに気をつけろ、
 というのもあのライネケ兄弟が
 きみの作品を食っちまうからな。
 [きみの作品を!きみの作品を!
 ライネケ兄弟が!
 ライネケ兄弟が!]

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここで登場するのはカール&フランツ・ライネケ兄弟(Karl & Franz Reinecke)で、彼らもシュトラウスに対抗していた出版社の経営者でした。
ライネケ狐というのはヨーロッパに古くから伝わるいたずら狐の話を基にゲーテが書いた叙事詩のことを指しています。
快活な音楽はあっという間に終わってしまい、一見普通の歌曲のように感じられます。
しかし、第2行の"Füchsen(キツネ)"をメリスマを用いて長く引き伸ばしたり、"das Deinige(きみの作品を)"や"Die Brüder Reinecke(ライネケ兄弟が)"を繰り返し歌って強調しているところなどに、シュトラウスの意図が感じられます。

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6. O lieber Künstler sei ermahnt
 おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように

O lieber Künstler sei ermahnt,
Und übe Vorsicht jedenfalls!
Wer in gewissen Kähnen kahnt,
Dem steigt das Wasser bis zum Hals.
Und wenn ein dunkel trübes Licht
Verdächtig aus dem Nebel lugt,
Lustwandle auf der Lienau nicht,
Weil dort der lange Robert spukt!
[Der lange Robert]
Dein Säckel wird erobert
Vom langen Robert!
 おおいとしい芸術家よ、戒めを聞くように。
 いかなる時も用心するのだ!
 ある小舟を漕ぐ(カーント)奴は
 首まで水につかってしまうぞ。
 そして暗くくすんだ光が
 怪しげに霧からのぞいた時
 リーナウで散歩してはならぬ、
 そこにのっぽのローベルトの霊が出るのだから!
 [のっぽのローベルトが]
 きみの財布は取られちまうよ、
 のっぽのローベルトにね!

詩:Alfred Kerr (1867-1948)
曲:Richard Georg Strauss (1864-1949)

ここでやり玉に挙がっているのは、ライプツィヒのC.F.カーント社(C.F.Kahnt)と、ベルリンのローベルト・リーナウ社(Robert Lienau)です。
3行目に"Kahn(小舟)"を動詞化した"kahnen"という単語の3人称単数形として"kahnt"の名前が読み込まれ、7行目では架空の地名として"Lienau"が読み込まれています。
歌声部の冒頭は「戒めを聞くように」という真剣な表情はなく、滑らかな音楽に乗って穏やかに歌われ、シュトラウスのしらばっくれた顔が目に浮かぶようです。
ピアノパートは描写にも事欠かず、第4行では水があふれ出てくるような情景が描かれ、第5行目ではくすんだ光を高音域で装飾音とともに描いています。
著名な共演ピアニストのロジャー・ヴィニョールズによれば、この曲のピアノパートはマズルカとレントラーが融合したものとのことで、舞曲に乗って、2人の敵をおちょくっていることになりますね。
首まで水につかってしまうカーント氏と、財布を巻き上げようとするひょろっとした幽霊のローベルト・リーナウ氏-今だったら名誉棄損で訴えられそうですね。

なお、この記事を執筆するにあたって、HyperionのR.シュトラウス歌曲集第6巻(CDA67844)のロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)の解説を参照しました。
 こちら

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