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マイアベーアの歌曲を聴く(その2)

今回はマイアベーアの歌曲の中で、シューマンの歌曲集「詩人の恋」と同じテキストによる歌曲2曲を聴いてみたいと思います。

Die Rose, die Lilie, die Taube
 薔薇、百合、鳩

Die Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne,
Die liebt' ich einst alle in Liebeswonne.
Ich lieb' sie nicht mehr, ich liebe alleine
Die Kleine, die Feine, die Reine, die Eine;
Sie selber, aller Liebe Bronne,
Ist Rose und Lilie und Taube und Sonne.
[Sie ist Rose und Lilie und Taube und Sonne.]
 薔薇、百合、鳩、太陽、
 かつてはみんなぼくが喜び大好きだったものだ。
 もはやそれらは好きでない、ぼくが好きなのはただ、
 小さくて、華奢で、清らかで、たったひとりの女(ひと)。
 彼女自身が、愛の泉のすべて、
 薔薇、百合、鳩、太陽なのだ。
 [彼女が薔薇、百合、鳩、太陽なのだ。]

詩:Heinrich Heine (1797-1856)
曲:Giacomo Meyerbeer (1791-1864)

マイアベーア作曲「薔薇、百合、鳩」

トマス・ハンプソン(BR)&ヴォルフラム・リーガー(P)

マイアベーアの曲は、1行目と4行目、6行目の2音節の単語の羅列を、他の詩行と区別して短く区切るように歌わせています。
他の詩行のメロディアスな歌と意図的に対比させているのが感じられます。

次にシューマンの曲を聴いてみましょう。

Die Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne
 薔薇、百合、鳩、太陽

Die Rose, die Lilie, die Taube, die Sonne,
Die liebt' ich einst alle in Liebeswonne.
Ich lieb' sie nicht mehr, ich liebe alleine
Die Kleine, die Feine, die Reine, die Eine;
Sie selber, aller Liebe Wonne,
Ist Rose und Lilie und Taube und Sonne.
[Ich liebe alleine
Die Kleine, die Feine, die Reine, die Eine.]
 薔薇、百合、鳩、太陽、
 かつてはみんなぼくが喜び大好きだったものだ。
 もはやそれらは好きでない、ぼくが好きなのはただ、
 小さくて、華奢で、清らかで、たったひとりの女(ひと)。
 彼女自身が、愛の喜びのすべて、
 薔薇、百合、鳩、太陽なのだ。
 [ぼくが好きなのはただ、
 小さくて、華奢で、清らかで、たったひとりの女(ひと)だけ。]

詩:Heinrich Heine (1797-1856)
曲:Robert Schumann (1810-1856)

シューマン作曲「薔薇、百合、鳩、太陽」

フリッツ・ヴンダーリヒ(T)&フーベルト・ギーゼン(P)

シューマンは、マイアベーアのように特定の詩行を際立たせるよりは、全体を通してリズミカルに歌わせています。
はやる気持ちで一気に押し切った感じです。
最後の"die Eine"をゆっくりのテンポで歌わせているのが唯一の強調箇所でしょう。

--------------

続いて「ぼくはその歌の響きを聞くと」を聴きます。

Hör' ich das Liedchen klingen
 ぼくはその歌の響きを聞くと

Hör' ich das Liedchen klingen,
Das einst die Liebste sang,
Will mir die Brust zerspringen
Vor wildem Schmerzendrang.
 ぼくはその歌の響きを、
 かつて恋人が歌ってくれた歌の響きを聞くと、
 胸が砕けそうになるのだ、
 荒々しい苦痛に突き動かされるあまり。

Mich treibt ein wildes Sehnen
Hinauf zur Waldeshöh',
Dort lös't sich auf in Tränen
Mein übergroßes Weh'.
 荒々しいあこがれがぼくを
 森の高台へと駆り立てる。
 そこで涙を流して解消するのだ、
 ぼくのあまりにも大きな痛みを。

詩:Heinrich Heine (1797-1856)
曲:Giacomo Meyerbeer (1791-1864)

マイアベーア作曲「ぼくはその歌の響きを聞くと」

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&カール・エンゲル(P)

マイアベーアの曲は、歌声部が全体に抑制された暗さをもって進行していき、第2節の1,2行「荒々しいあこがれがぼくを/森の高台へと駆り立てる」でようやく高揚するかと思うと、また沈んでしまいます。
悶々として苦しみを心の中に押し殺しているように感じられます。
ただピアノ後奏最後の和音が長和音で終わっているのは、苦しみが「涙を流して解消」されたことを暗示しているかのようです。

続けてシューマンの曲を聴いてみましょう。

Hör' ich das Liedchen klingen
 ぼくはその歌の響きを聞くと

Hör' ich das Liedchen klingen,
Das einst die Liebste sang,
So will mir die Brust zerspringen
Von wildem Schmerzendrang.
 ぼくはその歌の響きを、
 かつて恋人が歌ってくれた歌の響きを聞くと、
 胸が砕けそうになるのだ、
 荒々しい苦痛に突き動かされて。

Es treibt mich ein dunkles Sehnen
Hinauf zur Waldeshöh',
Dort lös't sich auf in Tränen
Mein übergroßes Weh'.
 暗いあこがれがぼくを
 森の高台へと駆り立てる。
 そこで涙を流して解消するのだ、
 ぼくのあまりにも大きな痛みを。

詩:Heinrich Heine (1797-1856)
曲:Robert Schumann (1810-1856)

シューマン作曲「ぼくはその歌の響きを聞くと」

フリッツ・ヴンダーリヒ(T)&フーベルト・ギーゼン(P)

シューマンの曲は、ピアノの下降する分散和音が主人公の沈む心境(頬を伝う涙のよう)を代弁しているようです。
歌は明らかに放心状態でしょう。
取り乱すこともなく(というよりも取り乱した後の抜け殻のような感じ?)、焦点のさだまらない主人公のつぶやきといった感じに聞こえます。
シューマンは、「涙を流して解消する」というのは主人公の強がりで、実際には解消されていないことを、慟哭のようなピアノ後奏の激しさで表現しているように思われます。

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