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新国立劇場/「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」(2014年5月24日 新国立劇場 オペラパレス)

新国立劇場 2013/2014シーズン
新制作《カヴァレリア・ルスティカーナ(Cavalleria Rusticana)/道化師(I Pagliacci)》
【イタリア語上演/日本語字幕付】

2014年5月24日(土)14:00 新国立劇場 オペラパレス
上演時間:カヴァレリア~:75分-休憩25分-道化師:75分

<カヴァレリア・ルスティカーナ>
【サントゥッツァ】ルクレシア・ガルシア(Lucrecia Garcia)
【ローラ】谷口睦美(Taniguchi Mutsumi)
【トゥリッドゥ】ヴァルテル・フラッカーロ(Walter Fraccaro)
【アルフィオ】成田博之(Narita Hiroyuki)
【ルチア】森山京子(Moriyama Kyoko)

<道化師>
【カニオ】グスターヴォ・ポルタ(Gustavo Porta)
【ネッダ】ラケーレ・スターニシ(Rachele Stanisci)
【トニオ】ヴィットリオ・ヴィテッリ(Vittorio Vitelli)
【ペッペ】吉田浩之(Yoshida Hiroyuki)
【シルヴィオ】与那城敬(Yonashiro Kei)

合唱:新国立劇場合唱団(New National Theatre Chorus)
児童合唱:TOKYO FM少年合唱団(Tokyo FM Boys choir)
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(Tokyo Philharmonic Orchestra)
指揮:レナート・パルンボ(Renato Palumbo)

演出:ジルベール・デフロ(Gilbert Deflo)

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新国立劇場の新制作によるマスカーニ作曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」とレオンカヴァッロ作曲「道化師」を見た。
演出はジルベール・デフロ。

演出家によると、2つの作品は共通するところが多く(前者は復活祭、後者は聖母マリア被昇天祭)、それゆえに舞台装置も共通に使うのだとか。
それも不自然さはなく、成功していたと言えるのだろう。

私は以前二期会の公演を聴いて、そのわくわくする要素の多いプロダクションに感銘を受けたのだが(NHKでも放映された)、今回はそれよりもオリジナルを尊重した感じで、あっと驚く要素は少なかったが、誰にでも受け入れやすい演出だったように思う。
また「道化師」は客席も使い、旅回りの一座が客席から登場したり、最後にカニオが客席下手側のドアから逃げていったりといったところは新鮮だった。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」でのオリーブの木は演出家デフロによればサントゥッツァの孤独を暗示しているそうだ。
黒い衣装に身を包み、見た目は荘重な宗教色が感じられるが、マスカーニの音楽はこの上なく美しく悲しげだ。
人間のどろどろした部分を描いたゆえにヴェリズモ・オペラの代表作とまで評されるわけだが、その内容の救いのなさに反比例するような音楽の美しさ。
有名な間奏曲は単独でも演奏されるが、このオペラのこの場所で演奏されてこその効果があるように思う。
サントゥッツァのルクレシア・ガルシアと、トゥリッドゥのヴァルテル・フラッカーロはどちらも声量が湧き出す泉のように豊かだ。
押し出しの強さがこの主役2人の内面を見事に描き出していて素晴らしかった。
脇を固めた日本人キャストも堅実な出来栄えだった。

「道化師」はアクロバットを披露するキャストがいたりと見て単純に楽しめるシーンも多いが、それゆえに最後の悲劇とのギャップが一層際立つ。
正統的な解釈による分かりやすい舞台になっていたように感じた。
トニオのヴィットリオ・ヴィテッリが達者な演技と明瞭な歌唱で良かった。
カニオのグスターヴォ・ポルタと、ネッダのラケーレ・スターニシは、「カヴァレリア~」の主役コンビほど声の押し出しは強くないが、渋みのある声と表現が生かされていた。
ペッペの吉田浩之は声の美しさをあらためて感じた。
シルヴィオの与那城敬は二期会公演でも同役を演じていたのが思い出された。

合唱はいつも通りよく揃い、積極的で素晴らしかった。
レナート・パルンボ指揮の東京フィルも丁寧な演奏ぶり。

なおぶらあぼの記事に舞台写真が掲載されていた。
 こちら

3階右脇の安い席だった為、ステージ右端は隠れて見えなかったが、全体が見えたらきっと装置の良さもより味わえたことだろう。
前の座席との段差も低いので、お客さんの頭で舞台の大事な部分が隠れることもある。
意外とこの劇場、舞台が見えにくいように感じることが多いのだが、安い席ならば仕方ないのだろうか。

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椎名雄一郎/J.S.バッハ オルガン全曲演奏会第11回(2014年5月18日 東京芸術劇場コンサートホール)

《椎名雄一郎 J.S.バッハ オルガン全曲演奏会》
第11回「ライプツィヒ・コラール集」
~様々な手法による18のライプツィヒ・コラール集

Shiina_20140518


2014年5月18日(日)14:30 東京芸術劇場コンサートホール
椎名雄一郎(Yuichiro Shiina)(ORG)
石川洋人(Hiroto Ishikawa)(テノール:コラール唱)
淡野太郎(Taro Tanno)(バリトン:コラール唱)

ファンタジア「来たれ、聖霊、主なる神よ」BWV651
「来たれ、聖霊、主なる神よ」BWV652
「バビロンの流れのほとりにて」BWV653
「身を飾れ、おお愛する魂よ」BWV654
トリオ「主イエス・キリストよ、われらに目を向けたまえ」BWV655
「おお、罪のない神の子羊」BWV656
「いざ、もろびと、神に感謝せよ」BWV657
「わたしは神から離れまい」BWV658

〜休憩〜

「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659
「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV660
「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」BWV661
「いと高きところの神にのみ栄光あれ」BWV662
「いと高きところの神にのみ栄光あれ」BWV663
「いと高きところの神にのみ栄光あれ」BWV664
「イエス・キリスト、われらの救い主は」BWV665
「イエス・キリスト、われらの救い主は」BWV666
「来たれ、創り主にして聖霊なる神よ」BWV667
「われら苦しみの極みにあるとき」BWV668a

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椎名雄一郎のJ.S.バッハ オルガン全曲演奏会の第11回に出かけた。
来年の第12回が最終回とのことで、長く地道な計画を継続されてきたことに敬意を表したい。

以前彼の演奏を聴いたのは今は一般使用されていない御茶ノ水のカザルスホールだった。
あの後、カザルスホールの一般使用を求める活動が有志でされていたと記憶するが、どうなったのだろうか。

まあそれはともかく、椎名氏のバッハ全曲シリーズは池袋の東京芸術劇場に場所を移して継続されている。
普段オーケストラの定期公演に行く習慣のない私は、この東京芸術劇場に来るのもおそらく20年ぶりぐらいである。
前回何のコンサートで来たのかも全く思い出せないほどの無沙汰である。
今住んでいる場所から決して遠いわけではないのだが、来る機会がなく(池袋へはしばしば来るのだが)、今回が本当に久しぶりの訪問となった。

以前は東京芸術劇場のコンサートホールのフロアまで長~いエスカレーターが続いていたと記憶するのだが、現在は改装されて途中に一度踊り場が出来ていた(いまさらだが)。
そういえばこのホールでオルガンを聴いたのもはじめてかもしれない。
確かバロック用と現代用の2種類のオルガンが設置されていたと思うが、今回はもちろんバロックオルガンによる。

今回演奏された「ライプツィヒ・コラール集」は、この為にバッハが新たに作ったのではなく、以前に作ったものからの選集で、椎名氏曰く「バッハの自信作」となっているようだ。
今回はテノールの石川洋人とバリトンの淡野太郎によるユニゾンで、それぞれのオルガン曲に使用された元のコラールが歌われてからオルガンが演奏された。
2人の歌手はオルガン演奏中はオルガンのホール奥の暗い場所に待機して、歌唱の時のみ登場して歌うという形をとっていた。
東京芸術劇場のオルガンはホール2階に設置されていて、椅子は演奏者の足が見えるようになっている為、椎名氏の忙しそうに動くペダルさばきも見ることが出来た。

歌手たちによってア・カペラで素朴で美しいコラールが歌われる時はあたかも時が止まったかのような荘厳な雰囲気がホールを満たし、教会の中にさまよいこんだような錯覚を覚える。
そしてオルガン演奏になると、コンサートホールの適度な残響を伴いながら、バッハの音がクリアに伝わってくるのである。

私は残念ながら各コラールをよく知らない為、バッハが曲の中にどう織り込んだのか判別するのは難しかった。
そのままコラールがむきだしで出てくる曲はあまりなかったように感じたのだが、どうなのだろう。
同じコラールで複数の曲が全く異なる趣で演奏されたりもするので、コラールをテーマにしたバッハの様々な創意工夫といったところなのだろうか。

椎名氏の演奏は安定したテクニックと適切なテンポ感で心地よく聴くことが出来て、心が癒された時間だった。
オリジナルのコラールが歌えるぐらいになれば、バッハがどういうことをしたのかが分かって楽しいかもしれない。

来年の最終回もぜひともうかがって、椎名氏の偉業のひとつの完結を見届けたいと思う。

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イアン・ボストリッジ&ジュリアス・ドレイクのテレビ出演(2014年5月17日&19日)

以下の予定でイアン・ボストリッジ(Ian Bostridge)&ジュリアス・ドレイク(Julius Drake)がテレビ出演するそうです。おそらくシューベルトの「魔王(Erlkönig)」を演奏するのではないかと思われます。

◆Eテレ「ららら♪クラシック」
2014年5月17日(土)21:30~
(再放送:2014年5月19日(月)10:25~)

ソースはこちら

ちなみにボストリッジがイギリス人ピアニスト、ロジャー・ヴィニョールズ(Roger Vignoles)と共演した「魔王」の動画も載せておきます。ボストリッジの若々しさも良いですが、ヴィニョールズの右手の節約術も見ものです。

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マティアス・ゲルネ&アレクサンダー・シュマルツ/シューベルト三大歌曲連続演奏会【第2夜&第3夜】(2014年5月14日&15日 紀尾井ホール)

マティアス・ゲルネ シューベルト三大歌曲連続演奏会

2014年5月14日(水)19:00 紀尾井ホール【第2夜】
2014年5月15日(木)19:00 紀尾井ホール【第3夜】

マティアス・ゲルネ(Matthias Goerne)(バリトン)
アレクサンダー・シュマルツ(Alexander Schmalcz)(ピアノ)

●2014年5月14日(水)

シューベルト/歌曲集「冬の旅」D.911
 おやすみ
 風見
 凍った涙
 氷結
 ぼだい樹
 雪どけの水流
 凍った河で
 かえりみ
 鬼火
 休息
 春の夢
 孤独
 郵便馬車
 霜おく頭
 からす
 最後の希望
 村で
 あらしの朝
 まぼろし
 道しるべ
 宿
 勇気
 幻の太陽
 辻音楽師

●2014年5月15日(木)

ベートーヴェン/歌曲集「遙かなる恋人に寄す」Op.98
 ぼくはこの丘辺に座って
 白くかすむ霧のはるか上に
 空高く帆をかけてゆく雲よ
 空高く流れゆく雲
 五月がまためぐってきて
 この歌を受けてほしい

シューベルト/歌曲集「白鳥の歌」D.957
 愛の使い
 戦士の予感
 春の憧れ(1,2,5番のみ)
 セレナーデ
 すみか
 秋D.945
 遠い地で
 別れ(1,2,3,6番のみ)

〜休憩〜

 アトラス
 彼女の肖像
 漁師の娘
 都会
 海辺で
 影法師

〜アンコール〜
シューベルト/歌曲集「白鳥の歌」D.957より第14曲「鳩の使い」

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バリトンのマティアス・ゲルネがピアニストのアレクサンダー・シュマルツと共にシューベルトの三大歌曲集を三日連続で演奏するという演奏会の2日目と3日目を聴いた。
本当は第1日目の「美しき水車小屋の娘」も聴ければよかったのだが、「冬の旅」と「白鳥の歌」を聴けただけでも満足すべきだろう。
途中で声を休める日を置かずに連続で歌うというのは声への負担が大きいように思ったが、ゲルネの声は2日目も3日目も崩れることなく快調であり、声のケアは万全なのだろう。

「冬の旅」ではゲルネが声、表現ともに現在絶頂期にあり、ピアノのシュマルツの音楽性が見事に開花したことを感じた。
ゲルネが最初の「おやすみ」を歌い始めて感じたのが、ドイツ語特有のこすったり、はじいたりする子音の心地よさ。
ドイツ語のネイティヴだからといって、誰もがここまで美しく発音できるというものでもないだろう。
今回「冬の旅」は1階最後列の席で聴いたのだが、中ホールだからか響きは悪くないどころか、かなり良い。
ゲルネがソットヴォーチェでささやくように語る声も充分聴きとることが出来た。
彼は「冬の旅」を24曲の連続するストーリーととらえているのだろう、第12曲の「孤独」で第一部が終わってもほぼ間を開けずに第13曲の「郵便馬車」へとつなげた。
ゲルネの声は万華鏡のようだ。
様々な色あいが混ざったような豊かな声の響きが各曲に味わいと深みを与える。
師匠のディースカウやシュヴァルツコプフほど言葉が前面に立ちすぎることがなく、むしろ流れるように歌われる。
だが、メロディーラインを大切にしながらも、必要なだけの言葉のめりはりは充分に感じられて、言葉と音楽のバランスが素晴らしい。
「冬の旅」は恋にやぶれた若者が冬のさなかに旅立つ話である。
テキストでは自己陶酔ともとられかねない失恋にやぶれた自分への憐憫と卑下は時に激しい感情の吐露へと向かう。
しかし、ゲルネは「冬の旅」の中であまりフォルティッシモを使わない。
感情の起伏は充分に描くのだが、どちらかというと声の威力を抑えて、内面を掘り下げていくスタイルをとっていた。
そのことが、この連続する(ミュラーの順序とは違うものの)ドラマの心理描写を一層印象深いものにしていたと思う。
「辻音楽師」の最後のひとふしをどのように歌うかは聴き手の大きな関心事だろう。
ゲルネは声をやわらかくふくらませながらも、弧を描くというよりも自然に減衰していくように歌った。
その自然な表情が素晴らしく感じられた。

3日目は「白鳥の歌」だが、最初にベートーヴェンの歌曲集「遙かなる恋人に寄す」が歌われた。
抒情的な風景の中にベートーヴェンの作曲上の野心がこめられている。
その心象風景をやわらかく温かみをもってゲルネとシュマルツは演奏した。
前日の「冬の旅」とはまた違った穏やかな表情であった。

そして一度袖に引っ込んでから再び登場して「白鳥の歌」のレルシュタープによる歌曲を歌い(「秋」D945が追加された)、「別れ」が終わった後に拍手を浴びて休憩となった。
後半はハイネの詩による6曲が歌われ、ザイドルの「鳩の使い」はアンコールとして演奏された。
ハイネ歌曲集と「鳩の使い」の趣の違いを考えれば、このやり方に一理あると言えるだろう。
ゲルネは前日とは異なり、ここではフォルティッシモもかなり使った。
彼の強声は体の中から尽きることなく豊かに湧き出てくるかのようで、そのあふれんばかりの豊かさはかつてプライを生で聴いた時に感じたものに近かった。
「戦士の予感」での低音は戦慄を感じさせるほどだった。
「秋」での寂寥感などもまた格別の趣だった。

ハイネ歌曲集では、シューベルトの踏み出した新境地を気負わず、しかしまっすぐに表現したものだった。
「彼女の肖像」でのソットヴォーチェの素晴らしさは強く印象に残るものだった。
「海辺で」と「影法師」はシュマルツのゆったりとしたテンポのピアノにのって、悠然と歌われたが、そのクライマックスでは全霊を傾けた凄みもあった(「影法師」では若干シャープ気味だったが)。

アンコールで演奏された「鳩の使い」のなんとくつろいだ穏やかな表情だったことだろう。
シューベルトの最後の境地がこんなに平穏で、「憧れ」の切なさも滲ませた名曲であったことに感謝したい気持ちであった。

ピアノのアレクサンダー・シュマルツはその表現力に一層磨きがかかったのではないか。
「冬の旅」で聴いた演奏はこれまでに聴いたシュマルツの実演の中で最も素晴らしいものだった。
ジェラルド・ムーアを生で聴いたら、こんなふうだったのではないかと想像させるものがところどころあった。
シュマルツは決して歌手と対峙してピアニスティックな仕掛けをしたり、鋭利なタッチで歌手と渡り合うというタイプではない。
蓋は全開だが、対決ではなく融合へと向かう。
耳を澄ませば、その音色は磨かれぬかれ、常に美しい響きで貫かれているのが感じられる。
時に思いもしない内声が遠慮がちに際立たされ、それがシューベルトの音楽のもつ奥深さを気付かせてくれる。
ゲルネとの共同作業はさすがに密接である。
あるところで弓をぎりぎりまで引いたと思うと、手を離して矢が勢いよく放たれる。
そのエネルギーの流れがゲルネとぴったり一致しているのである。
伴奏ピアニストの王道をゆったりと進んでいることを実感したシュマルツの演奏だった。

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シューベルト「春にD882」を聴く

シューベルトは春をテーマにした歌曲を多数書いています。
その中にあって、その美しさと切なさで聴き手の胸に迫ってくるのが、シュルツェの詩による「春に」です。
私がリートを聴き始めたばかりの頃、シュヴァルツコプフのシューベルト歌曲集のLPで聴いて好きになった作品です。
この天真爛漫な純朴さ、そして無垢な悲しみもたたえて、シューベルトそのものといってもいいほどの魅力が感じられます。
ピアノパートの美しさもちょっと比類がありません。

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Im Frühling, D882
 春に

Still sitz' ich an des Hügels Hang,
Der Himmel ist so klar,
Das Lüftchen spielt im grünen Tal,
Wo ich beim ersten Frühlingsstrahl
Einst, ach so glücklich war.
 私は静かに丘の斜面に座っている、
 空はとても澄み切っており、
 風は緑の谷間を戯れる。
 ここは最初の春の光が注いだとき、
 かつて、ああ、とても幸せだった場所だ。

Wo ich an ihrer Seite ging
So traulich und so nah,
Und tief im dunkeln Felsenquell
Den schönen Himmel blau und hell
Und sie im Himmel sah.
 ここは彼女の隣で
 とても心地よく、近くで歩いた場所、
 そして暗い岩の湧き水の深くに
 美しい空が青く明るく映り、
 その空の中に彼女が見えたものだ。

Sieh, wie der bunte Frühling schon
Aus Knosp' und Blüte blickt!
Nicht alle Blüten sind mir gleich,
Am liebsten pflückt' ich von dem Zweig,
Von welchem sie gepflückt!
 ほら、すでに色とりどりの春が
 蕾や花々からのぞいている!
 私にとってはどの花も同じなのではない、
 この枝から摘むのが最も好きなのだ、
 彼女が摘んだその枝から。

Denn alles ist wie damals noch,
Die Blumen, das Gefild;
Die Sonne scheint nicht minder hell,
Nicht minder freundlich schwimmt im Quell
Das blaue Himmelsbild.
 なぜならすべてが当時のままだから、
 花も野原も。
 太陽は同じように輝き、
 泉の中では同じように親しげに
 青い空の姿が漂っている。

Es wandeln nur sich Will und Wahn,
Es wechseln Lust und Streit,
Vorüber flieht der Liebe Glück,
Und nur die Liebe bleibt zurück,
Die Lieb' und ach, das Leid.
 ただ意志や空想だけが変わり、
 喜びやいさかいは移り行く、
 愛の幸福は逃げ去り、
 ただ愛だけが残される、
 愛、そしてああ、苦痛が。

O wär ich doch ein Vöglein nur
Dort an dem Wiesenhang,
Dann blieb ich auf den Zweigen hier,
Und säng ein süßes Lied von ihr,
Den ganzen Sommer lang.
 おお私が
 あそこの草原の斜面にいる小鳥ならば、
 この枝々にとまり、
 彼女のことを甘く歌うだろうに、
 夏の間ずっと。

[Ich säng von ihr den ganzen Sommer lang.]
 [夏の間ずっと彼女のことを歌うだろうに。]

詩:Ernst Konrad Friedrich Schulze (1789.3.22, Celle - 1817.6.29, Celle)
曲:Franz Peter Schubert (1797.1.31, Himmelpfortgrund - 1828.11.19, Wien)

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詩の朗読(Susanna Proskura)

歌手プロスクラさんの朗読です。

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S)&エトヴィン・フィッシャー(P)

1952年録音。シュヴァルツコプフとフィッシャーの気品に満ちた演奏はなんとも魅力的です。

エリー・アーメリング(S)&イェルク・デームス(Hammerflügel)

1965年録音。アーメリングの伸びやかな美声がなんとも気持ちよく、デームスの慈しむようなピアノも素晴らしいです。

ヘルマン・プライ(BR)&カール・エンゲル(P)

1973年録音。天性の明るいキャラクターのプライが悲哀を歌うとそこにも希望の光が見えるかのようです。エンゲルは推進力のある演奏ぶりです。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

4:27からが「春に」です(1曲目は「ぼだいじゅ」)。ディースカウの言葉さばきの美しさと若さ、ムーアのタッチの絶妙さがあいまった名演です。

ハンス・ホッター(BSBR)&ジェラルド・ムーア(P)

ホッターほど聴き手の心を温めてくれる歌手はなかなかいないでしょう。ムーアも歌うようなタッチを聴かせてくれます。

マティアス・ゲルネ(BR)&ヘルムートドイチュ(P)

2014年録音。ゲルネの包みこむような奥行きのある声がなんとも素晴らしいです。ドイチュの神経の細やかなピアノがまた美しいです。

イアン・ボストリッジ(T)&ピアニスト(ジュリアス・ドレイク?)

ボストリッジの美声で繊細に歌われるのも良いです。ピアノもとても美しいタッチです(おそらくドレイク)。

アンゲリカ・キルヒシュラーガー(MS)&ヘルムートドイチュ(P)

2003年録音。キルヒシュラーガーは若い世代のリート歌手として勢いのある見事な名唱です。ドイチュがよく歌い、ピアノパートの魅力を引き出しています。

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ヘルマン・プライの「白鳥の歌」、シュトラウス歌曲など再発録音発売情報(DECCA)(初CD化を含む)

DECCAレーベルの数多くの歌手たちのアリア集や歌曲集をリマスターして再発するシリーズ"DECCA MOST WANTED RECITALS"が始まりました。
スゼーやホッター、パツァーク、カレーラス、デラ・カーザなど錚々たる名前が挙げられています。
早速ハンス・ホッターがパーソンズと録音した1973年のCDを購入して楽しみましたが、このシリーズにヘルマン・プライのリサイタルも加わることが発表されています。
どうやらプライの録音は発売されるのが6月半ばのようで、ファンの方々はいましばらく我慢が必要です。

内容は以下のとおりです。

・シューベルト:歌曲集『白鳥の歌』 D.957(全曲)

 ヘルマン・プライ(バリトン)
 ヴァルター・クリーン(ピアノ)
 録音時期:1963年4月13-15日
 録音場所:ヴィーン、ゾフィエンザール

シューベルト:歌曲集
・野ばら D.257
・遠く離れた人に D.765
・憩いなき愛 D.138
・最初の喪失 D.226
・馭者クロノスに D.369
・羊飼いの嘆きの歌D.121
・出会いと別れ D.767

 ヘルマン・プライ(バリトン)
 カール・エンゲル(ピアノ)
 録音時期:1964年2月14-18日
 録音場所:ロンドン、デッカ・スタジオ

R.シュトラウス:歌曲集
・私は恋を抱いて Op.32-1
・解き放たれて Op.39-4
・道楽者 Op.41-4

 ヘルマン・プライ(バリトン)
 ジェラルド・ムーア(ピアノ)
 録音時期:1963年6月4-7日
 録音場所:ロンドン、デッカ・スタジオ

※ソースはこちらです。

「白鳥の歌」は情熱的なプライ第1回目の録音の久しぶりの復活です。
海外ではまだCD化されていなかったのかもしれません。
そしてエンゲル伴奏のシューベルト歌曲7曲も復活し、さらに注目なのが、ムーア伴奏のシュトラウス歌曲集がとうとうCD化されることです。
たった3曲なのが残念なところですが、録音データも今回明記されているようで、これらの演奏がほぼ同時期の録音ということになります。
6月まで首を長くして待ちましょう。

DECCAさん、次回はシュトラウス歌曲集の残りと、ヴォルフ&プフィッツナー歌曲集(ムーア伴奏)もお願いします!

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(2014年5月29日追記)

junさんにコメント欄で教えていただいたサイトをご紹介いたします。
このプライの「白鳥の歌」を含む"DECCA MOST WANTED RECITALS"シリーズはすでに下のサイトでは販売しているようです(まだ日本で取り扱っていないCDも含みます)。
amazonなど日本で流通するのを待つか、下のサイトで先に買ってみるか迷うところですね。
驚くことに、プライ&ムーアのシュトラウス&ヴォルフ&プフィッツナー歌曲集がCD化されているようなので、私は購入してみようと思います(5月29日現在、amazonなどには掲載されていません)。

シリーズ一覧
 こちら

プライ&クリーン他「白鳥の歌」他
 こちら

プライ&ムーア「シュトラウス、ヴォルフ&プフィッツナー歌曲集」
 こちら
「白鳥の歌」にカップリングされている3曲を含めれば、ムーアとのシュトラウス歌曲集は全曲揃います。
ヴォルフ&プフィッツナーも全曲復活しているようです。

junさん、有難うございました。

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(2014年6月2日追記)

上記のシリーズでまだ国内で入手できない盤をPRESTO CLASSICALのサイトから購入する方法を簡単にWordにまとめましたので、参考にしていただければと思います。

 「presto_classical.docx」をダウンロード

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2014(2014年5月3日&4日 東京国際フォーラム、よみうり大手町ホール)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2014

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2014年5月3日(土・祝) 東京国際フォーラム
2014年5月4日(日・祝) よみうり大手町ホール

[2014年5月3日]

●公演番号175 19:30-20:15 よみうりホール
ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)

ラヴェル/夜のガスパール
 第1曲 オンディーヌ(水の妖精)
 第2曲 絞首台
 第3曲 スカルボ

ラフマニノフ/13の前奏曲 op.32より 第2、3、4、5、9、13番
(第4番が演奏されず、代わりに第10番、12番が演奏された?)

~アンコール~
ラフマニノフ/前奏曲 (op.23-6?)

●公演番号117 22:15-23:10(実際には23:35ぐらいに終演) 東京国際フォーラム ホールA
特別追加公演「祝祭の夜」

マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)※
酒井茜(ピアノ)※
ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
堀米ゆず子(ヴァイオリン)
川本嘉子(ヴィオラ)
ギードゥレ・ディルバナウスカイテ(チェロ)
吉田秀(コントラバス)
ジュリエット・ユレル(フルート)
ラファエル・セヴェール(クラリネット)
安江佐和子(パーカッション)

ストラヴィンスキー/春の祭典(2台ピアノ)※
 第1部:大地の礼賛
 第2部:生贄の儀式

サン=サーンス/動物の謝肉祭
 第1曲 序奏と獅子王の行進曲
 第2曲 雌鶏と雄鶏
 第3曲 騾馬(らば)
 第4曲 亀
 第5曲 象
 第6曲 カンガルー
 第7曲 水族館
 第8曲 耳の長い登場人物
 第9曲 森の奥のカッコウ
 第10曲 大きな鳥籠
 第11曲 ピアニスト
 第12曲 化石
 第13曲 白鳥
 第14曲 フィナーレ

〜アンコール〜
サン=サーンス/動物の謝肉祭〜フィナーレ

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[2014年5月4日]

●公演番号284 16:15-17:00 よみうり大手町ホール
「音楽の捧げもの<最期の音楽>」
フィリップ・カサール(ピアノ)

シューベルト/ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960(遺作)
 第1楽章 モルト・モデラート
 第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
 第3楽章 スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ・コン・デリカテッツァ
 第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ

〜アンコール〜
シューベルト/即興曲変ト長調 D899-3

●公演番号285 18:00-19:10 よみうり大手町ホール
「音楽の捧げもの<最期の音楽>」
アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 op.109
 第1楽章 ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ
 第2楽章 プレスティッシモ
 第3楽章 歌うように、心の底から感動をもって:アンダンテ・モルト・カンタービレ・エド・エスプレッシーヴォ

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 op.106「ハンマークラヴィーア」
 第1楽章 アレグロ
 第2楽章 スケルツォ:アッサイ・ヴィヴァーチェ-プレスト-テンポ・プリモ
 第3楽章 アダージョ・ソステヌート、アパッショナート・エ・コン・モルト・センチメント
 第4楽章 ラルゴ-アレグロ・リゾルート

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今年もラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンを聴いた。
初日に2公演、2日目に2公演を聴いたのだが、2日目は今年出来たばかりのよみうり大手町ホールという会場で聴いた(有楽町の国際フォーラムとは離れた大手町駅C3出口近くの読売新聞本社内にあり、無料のシャトルバスで行き来できるようになっている)。
東京春祭と同様、ラ・フォル・ジュルネも今回10周年とのことで、今年のテーマは「Jours de Fêtes 10回記念 祝祭の日」。これまでにテーマになった作曲家や音楽が再度登場して記念年を盛り上げるというものだった。

第1日目は夜の公演に間に合うように遅く家を出たせいか、到着した夕方の国際フォーラムの人手は例年のように立錐の余地もないほどというわけではなかった印象だった。
まずイカスミパエリアで腹ごなしをしてから地下の広場でムジカーシュというハンガリーの民俗音楽アンサンブルを聴いた(無料公演)が、これが思った以上に盛り上がって楽しかった。メンバーもノリがよく、きさくな感じ。巧みな技術で聴衆を楽しませてくれた。

その後、よみうりホールで常連のボリス・ベレゾフスキーの公演を聴いた。
ラヴェルの「夜のガスパール」は精巧な織物のような繊細さもある一方でグロテスクさも併せ持つ作品だが、それをロシアの大男ベレゾフスキーがどう演奏するのか聴きものだったが、結果は予想以上に合っていたと思う。
さらりとさくさく演奏するベレゾフスキーのある種の冷静さが、ラヴェルの音楽のひんやりとした感触とマッチしていたように感じられた。重量級の豪快なタッチで小悪魔「スカルボ」の飛び跳ねる様を彼が演奏すると、巨大モンスターのようにも感じられはしたが、それはそれで面白い。
だが、ベレゾフスキーの良さがさらにあらわれていたのはラフマニノフの前奏曲集抜粋だった。
こちらは甘美なロマンとテクニシャンとしての豪快さが見事に決まって、前奏曲の様々な色合いが万華鏡のように変化をもって輝いていた。

第1日目に聴いたもう1公演は、急に実現したアルゲリッチの初参加が話題になったもので、クレーメルほか、超豪華なメンバーがそろった。
アルゲリッチは大昔に藤沢でラビノヴィッチとのデュオを聴いたことがあったが、他のメンバーはクレーメルも含めて生で聴くのははじめての人たちばかり。
だが、日本人奏者たちはいずれもよく名の知られた人たちばかりで一度にまとめてこれら名手たちが聴けるとはうれしい公演であった。
最初にピアノ2台で「春の祭典」が演奏されたが、ホールAは巨大(5000席)なのでカメラ映像が同時に左右のスクリーンに映し出されるのだが、ピアニストたちの手元や表情がよく見えるのが有難い。アルゲリッチの強靭なタッチは健在で、余裕をもってキレのある音を響かせる。
最初のうち、やはり「春の祭典」はオーケストラの方が面白いなぁなどと思いながら聴いていたら、いつのまにか彼女たちの気迫に引き込まれて、ピアノ2台だけから繰り出される豊かな世界に魅了されていた。
さすがアルゲリッチ!
パートナーの酒井茜もアルゲリッチと互角に渡り合い見事だった。
続いて全員が登場しての「動物の謝肉祭」は名手たちの楽しいお祭りだった。
意外と2台ピアノが活躍する場面が多いこの作品でもアルゲリッチが全員を見事に引っ張り、酒井さんもよいアンサンブルを築いていた。
クレーメルや堀米さん、川本さんらベテラン勢は弦で楽しい情景をつくりあげていたし、パーカッションの安江さんも素敵なアクセントを与えていた。
若手の注目株セヴェールのクラリネットは、「森の奥のカッコウ」でピアノの後ろに隠れ、姿が全く客席から見えないところで演奏し、森の奥から聞こえるカッコウの効果をうまく出していた。
「ピアニスト」ではアルゲリッチと酒井さんが思い切り遊んで、下手なピアノ初心者の様子を見事に模してみせた。
ディルバナウスカイテの演奏する有名な「白鳥」も美しかった。
ちなみに2台のピアノのうち、左側のピアノ(プリモ?)は「春の祭典」が酒井さん、「動物の謝肉祭」がアルゲリッチだった。
メンバー全員が心から楽しんで演奏しているのが伝わってくるような本当に素晴らしい時間で、アンコールでフィナーレだけもう一度演奏されたが、時間が許すならば全曲をもう1度聴いてもいいと思えるほどだった。

2日目は今年3月に開館したばかりというよみうり大手町ホールで2つの公演を聴いた。
某新聞社に対抗したのか、ようやくこちらの新聞社もホールをもつことになったわけである。
500席というから室内楽向けの中ホールといったところだろうが、木の落ち着いた雰囲気をもち、なかなかいい響きに感じられた(まだちょっと硬い感じはあるが、徐々に馴染んでくるのだろう)。

フィリップ・カッサールは先月ドゥセの共演者として聴いたばかりだが、そちらがあまりに素晴らしかったので、今回ソロのチケットをとってみた。
演奏するのはシューベルトの最後のソナタ第21番。
カッサールがどのようにシューベルトを演奏するのか期待して聴いたが、彼はソフトな音を本当に美しく演奏した。
やわらかくデリケートなタッチで丁寧に音を紡いでいくのが実に素晴らしかった。
だが、一方で強い音は若干きつめに感じた。
もう少し強い音のタッチもデリカシーのある音を求めたくなる。
確かに作品に没入しているのは感じられ、この作品の世界観をしっかり表現しているのは伝わってきたのだが、惜しいかな、今回若干ミスが多かった。
数回ならまだしも、結構目立つミスも多く、この音楽祭での過密スケジュールでお疲れなのかもしれない。
また別の機会に聴いてみたいと思わせる良さは確かにもったピアニストだった。
アンコールの「即興曲D899-3」は実に美しく、素敵な贈り物だった。

同じ会場で、次にアブデル・ラーマン・エル=バシャを聴いた。
彼もラ・フォル・ジュルネでの常連で、聴くたびに感銘を受けるピアニストである。
非常に高く安定した技術の持ち主で、演奏は自己を全面に押し出すことなく、楽曲に誠実に向き合うピアニストで、私好みの演奏である。
今回もベートーヴェン晩年の2作品を適度に歌心ももちながら、贅肉のとれたすっきりとしたテンポと表情で、見通しのよい演奏を聞かせてくれた。
特に「ハンマークラヴィーア」の長大な第3楽章など、ともすれば持て余したような演奏になりかねない中、彼のすっきりとした表現が、この楽章の素敵な部分を伝えてくれたような気がする。
第2楽章のスケルツォが意外と落ち着いたゆっくりめのテンポ設定なのが印象的だった。
先に演奏された第30番は小規模の作品だが、実に魅力的なスマートな演奏だった。
彼の演奏は今後も聴き続けていきたい。

その後、シャトルバス10分ほどで国際フォーラムに戻り、屋台のカレーを食べて、私の今年のLFJを終えた。
有楽町側のガラス棟にNHK FMのブースがあり、そこでラジオ放送の生中継を今年もやっていた。
私も家に帰ってから、ラジオを付けて、シューベルトの八重奏曲の生中継を楽しんだ。

来年のテーマは6月ごろ発表されるらしい。
それを楽しみに待つことにしよう。

Yomiuri_otemachi_hall_01


Yomiuri_otemachi_hall_02←よみうり大手町ホール

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