イアン・ボストリッジ&ジュリアス・ドレイク/ヴォルフ&ブリテン(2014年4月10日 王子ホール)
イアン・ボストリッジ&ジュリアス・ドレイク
2014年4月10日(木)19:00 王子ホール
イアン・ボストリッジ(Ian Bostridge)(テノール)
ジュリアス・ドレイク(Julius Drake)(ピアノ)
ヴォルフ(Hugo Wolf)/「ゲーテ歌曲集(Goethe Lieder)」
51. 人間性の限界(Grenzen der Menschheit)
50. ガニュメート(Ganymed)
16. ぶしつけで楽しくⅠ(Frech und froh I)
17. ぶしつけで楽しくⅡ(Frech und froh II)
13. 良い夫と良い妻(Gutmann und Gutweib)
11. ねずみをとる男(Der Rattenfänger)
ブリテン(Benjamin Britten)/「ミケランジェロの7つのソネット(7 Sonnets of Michelangelo)」Op. 22
1.ソネット第16番:ペンとインクの中には(Sonnet XVI: Sì come nella penna e nell'inchiostro)
2.ソネット第31番:一体なぜ私はこの激しい欲求を(Sonnet XXXI: A che più debb'io mai)
3.ソネット第30番:あなたの美しい目を借りて私は見る(Sonnet XXX: Veggio co' bei vostri occhi un dolce lume)
4.ソネット第55番:君は知っているね(Sonnet LV: Tu sa, ch'io so)
5.ソネット第38番:泉よ 川よ 僕の目に返しておくれ(Sonnet XXXVIII: Rendete agli occhi miei, o fonte o fiume)
6.ソネット第32番:もし清らかな愛が(Sonnet XXXII: S'un casto amor)
7.ソネット第24番:優れた精神よ(Sonnet XXIV: Spirto ben nato)
~休憩~
ブリテン/「6つのヘルダーリン断章(6 Hölderlin-Fragmente)」Op. 61
1.世に認められ(Menschenbeifall)
2.故郷(Die Heimat)
3.ソクラテスとアルキビアデス(Sokrates und Alcibiades)
4.若さ(Die Jugend)
5.人生のなかば(Hälfte des Lebens)
6.人生の行路(Die Linien des Lebens)
ヴォルフ/「メーリケ歌曲集(Mörike Lieder)」
1. 病の癒える希望(Der Genesene an die Hoffnung)
2. 子供と蜜蜂(Der Knabe und das Immlein)
9. 飽くことなき恋(Nimmersatte Liebe)
13. 春に(Im Frühling)
33. ペレグリーナⅠ(Peregrina I)
34. ペレグリーナⅡ(Peregrina II)
53. 別れ(Abschied)
~アンコール~
ブリテン/民謡編曲第3集 《イギリスの歌》より「流れは広く(おお悲しい)」(The water is wide (O Waly, Waly))
ブリテン/民謡編曲第1集 《イギリスの歌》より「オリヴァー・クロムウェル」(Oliver Cromwell)
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ボストリッジとドレイクによる歌曲のコンサートを王子ホールで聴いた。
今回のプログラムはヴォルフの「ゲーテ歌曲集」「メーリケ歌曲集」からの抜粋と、ブリテンの2つの歌曲集。
しかもブリテンの歌曲集は英語ではなく、イタリア語とドイツ語による作品が選ばれている。
中でもヴォルフのゲーテ歌曲集はなかなか実演で接する機会がなく、ボストリッジもまだ「良い夫と良い妻」「ガニュメート」以外は録音していなかったはずなので、これはどうしても聴きたかった。
しかも、現役最高のリート伴奏者の一人ドレイクのピアノで聴けるのだから期待もふくらむ。
最初のヴォルフ「ゲーテ歌曲集」では冒頭の「人間性の限界」の選曲に驚かされる。
この曲は低音歌手のために書かれ、おそろしく低い音も歌わなければならない。
だが実際ボストリッジが歌うのを聴くと、この曲を低音歌手だけに限定することもないとあらためて感じさせられた。
確かにボストリッジは低音を出すのに余裕があったわけではなかったが、メロディの流れの中でうまく処理していたように感じた。
「ガニュメート」の官能的な響きを描き出すドレイクの表現力にもあらためて脱帽。
ボストリッジは言葉を鋭く発する。
そして強弱の変化を大きく付ける。
そのやり方はF=ディースカウの歌い方をある部分で引き継いでいると言えるのかもしれない。
「良い夫と良い妻」ではメーリケの物語をドラマティックに描いてみせた。
ピアノ後奏が充実して長い時、ボストリッジはピアノの蓋に体重をかけてドレイクの弾く姿を覗き込む。
以前ほど激しくはないものの相変わらずあちこち歩き回り、ポケットに手をつっこみ、足を交差させたりと自由な人である。
ブリテンの「ミケランジェロの7つのソネット」はブリテン特有の世界が築かれていて、イタリア語が使われていても、そこにあるのは英国歌曲のたたずまいだ。
詩の中身はミケランジェロらしく芸術を織り交ぜたものもあるが、結局のところ愛の歌である。
堂々たる曲もあれば、諧謔味のある曲もあり、静かな曲もあるという具合だが、どれもどこか不思議なハーモニーに彩られた感情の機微が感じられる。
歌とピアノは完全に対等で、あたかも二重奏である。
ボストリッジは朗々と豊かに声を響かせ、ドレイクは雄弁に磨き抜かれた音を響かせる。
後半に移り、今度はブリテンのドイツ語歌曲集「6つのヘルダーリン断章」である。
こちらはヘルダーリンの渋みあふれるテキストにブリテンの多彩な音楽が付けられている。
「世に認められ」はリズムに特徴があり、「故郷」はピアノが歌を遅れてなぞっていくのが印象的。
「ソクラテスとアルキビアデス」は偉人の問答を少ない音で表現している。
「若さ」はテキストに応じて柔軟に曲調が変化し、例えばヘリオス、ルナといった名前が登場するとピアノパートは竪琴の響きになる。
「人生のなかば」はアンニュイな歌とピアノの緊密な絡み合いが聴きもの。
そして終曲の「人生の行路」はコラール風の和音を進めるピアノが人生の"線(Linien)"を描いていき、最後には壮大なクライマックスを築く。
ボストリッジは自在に気ままに歌っているように見えて、実は細やかな設計がされているのではないか。
その設計が前面に出てこないところがボストリッジの非凡なところと思った。
最後のブロックはヴォルフの「メーリケ歌曲集」。
こちらは私にとって馴染みの作品ということもあって気楽に楽しめた。
「病の癒える希望」もまた低音歌手のレパートリーという印象があり、特に歌い収めの下降するフレーズはテノールには厳しいと思われるが、そこもあえてチャレンジしていたのだろう。
ここでも、単独では弱くなる低音も、歌の流れの中でうまく処理していたように思う。
「飽くことなき恋」のかなり直截的な恋のありようをボストリッジも誇張して表現していたように感じたが、それによってヴォルフの意図も生きたように思える。
「ペレグリーナ」も情熱的な名唱である。
最後の「別れ」は批評家をおちょくった内容で、ヴォルフも大いにおふざけをしているが、ボストリッジは心から楽しんでそのおふざけに乗っかっていたし、ドレイクが見事なまでにヴォルフの皮肉を表現していた。
アンコールは2曲のブリテンによる民謡編曲だが、どちらも有名な作品で、特に「オリヴァー・クロムウェル」はその早口であっという間に終わってしまうのが惜しいぐらいの楽しさだった。
ピアノのジュリアス・ドレイクはいまどき珍しくピアノの蓋をわずかに開けただけの状態で演奏したが、それでもあれほど雄弁でずっしりとした立体的な表現が出来るのは素晴らしかった。
タッチは磨き抜かれ、音楽づくりは考え抜かれ、時に迫力をもって、時に繊細にと自在に表現し、ステージマナーも素晴らしく、伴奏者の鏡を見ているようだった。
こういう人にピアノを弾いてもらえるボストリッジも幸せだと思う(レコード会社はもっと専門の伴奏者の素晴らしさを理解すべきだ)。
なおNHKのカメラが入っており、7月ごろにクラシック倶楽部で放映予定とのこと。
楽しみにしたい。
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