望月哲也&河原忠之/Wanderer Vol.5~世紀末以後のウィーンに寄せて~(2014年3月6日 王子ホール)
望月哲也 Wanderer Vol.5 ~世紀末以後のウィーンに寄せて~
2014年3月6日(木)19:00 王子ホール
望月哲也(Tetsuya Mochizuki)(Tenor)
河原忠之(Tadayuki Kawahara)(Piano)
マーラー(Gustav Mahler: 1860-1911)/若き日の歌(Lieder und Gesänge aus der Jugendzeit)より
春の朝(Frühlingsmorgen)
思い出(Erinnerung)
セレナーデ(Serenade)
自尊心(または《うぬぼれ》)(Selbstgefühl)
ツェムリンスキー(Alexander von Zemlinsky: 1871-1942)/歌曲集第1集Op.2より(Aus "Lieder" Heft 1, Op. 2)
聖なる夜(Heilige Nacht)
夜のささやき(Geflüster der Nacht)
真夜中に(Um Mitternacht)
街のはずれで(Vor der Stadt)
シェーンベルク(Arnold Schönberg: 1874-1951)/4つの歌曲(Vier Lieder)Op.2
期待(Erwartung)
あなたの金の櫛を私に(Schenk mir deinen goldenen Kamm)
森の太陽(Waldsonne)
高揚(Erhebung)
~休憩(Intermission)~
ヨーゼフ・マルクス(Joseph Marx: 1882-1964)/
5月の花(Maienblüten)
マリアの歌(Marienlied)
愛はあなたに触れる(Hat dich die Liebe berührt)
ベルク(Alban Berg: 1885-1935)/初期の7つの歌(Sieben Frühe Lieder)
夜(Nacht)
葦の歌(Schilflied)
夜鳴きうぐいす(Die Nachtigall)
夢にみた栄光(Traumgekrönt)
部屋で(Im Zimmer)
愛の讃歌(Liebesode)
夏の日(Sommertage)
コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold: 1897-1957)/12の歌Op.5より(Aus "Zwölf Lieder" Op. 5)
少女(Das Mädchen)
夕べの風景(Abendlandschaft)
山より(Vom Berge)
森の孤独(Waldeinsamkeit)
歌う気持ち(Sangesmut)
~アンコール~
山田耕筰(Kosaku Yamada)/からたちの花(Karatachi no hana)
山田耕筰/鐘がなります(Kane ga narimasu)
R.シュトラウス(Richard Strauss)/献呈(Zueignung)
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テノールの望月哲也が毎年王子ホールで開いているリサイタルシリーズ"Wanderer"の5回目を聴いた。
オペラの舞台で聴く機会の多い望月だが、久しぶりのドイツリートのリサイタルを楽しんできた。
ピアノはこのシリーズでお馴染みの河原忠之で、彼の演奏もまた聴きものだった。
今回は配布プログラムの歌手自身の言葉を借りるならば「世紀末という激動の時代に、お互い刺激し合って創作活動を行っていた作曲家たちの初期の歌曲作品」を取り上げたとのこと。
マーラーに始まり、ツェムリンスキー、シェーンベルク、マルクス、ベルク、コルンゴルトと様々な大家たちの名前が並ぶが、彼らの何人かに特徴的な無調音楽になる前のまだロマン派の流れを汲んでいた時期の作品なだけに聴きやすい。
望月哲也の声は相変わらず爽やかで美しい。
この爽快な声質は持って生まれたものであろうから、歌手一人だけでなく、聴き手にとっての財産でもあり、大事に育み、維持していっていただけたら嬉しい。
彼の活動の大半はおそらくオペラであろうから、リートを余技に思う方もいるかもしれないが、この日聴いた彼の歌唱は一人の立派なリート歌手による演奏であった。
もちろんマーラーの「自尊心」のように、自分がどうなってしまったか分からない主人公に対して診察する医者のセリフの歌い方やさりげない仕草などの巧みさはオペラでの経験が大きく影響しているのは間違いないだろう。
だが、これらの必ずしも馴染み深いとは言い難い作品全曲をすべて暗譜で完全に自分のものにしてしまうのは、リートを本格的に歌うという覚悟なしには難しいだろう。
舞台姿の絵になる様はさすがオペラ界のスターだけのことはあるが、テキストへの細やかな配慮や、どの音も手を抜かずしっかり歌いきる姿勢は素晴らしいと思う。
彼は奇をてらったことはせず、どの作品へもまっすぐに向かう。
ただやみくもに歌いあげるのではなく、抑制した表情や細やかな配慮も聴かせてくれた。
それが後期ロマン派の流れを汲んだやや素朴でロマンティックな作品群にはよく合っていた。
最初のマーラー「春の朝」のういういしさも「思い出」の切なさも「セレナーデ」の素朴さも「自尊心」のユーモアも、優れたリートの演奏を聴いているという実感があった。
馴染みの薄いツェムリンスキーの4曲では、最後に楽師の軽快な音楽が盛り上がる「街のはずれで」という楽曲で締めくくるのがプログラミングのうまさをも感じさせてくれた。
そしてシェーンベルクのOp.2の4つの歌曲はミステリアスで濃密な表情が望月の清澄な声で歌われるギャップも楽しめた。
後半はマルクスの3曲ではじまったが、望月氏が「カンツォーネ」に例えたように、マルクスの作品は分かりやすく、聴きやすく、それゆえ聴き手の琴線にすぐに触れる可能性を秘めていると思う。
それにもかかわらず知名度が低いのが残念ではあるが、今回取り上げられた3曲の中で私も唯一知っていた「愛はあなたに触れる」はずっしりと響く充実したピアノパートと共に歌が情熱的に歌いあげるタイプの作品で、望月の歌唱も見事に決まっていた。
アルバン・ベルクの「初期の7つの歌」は7曲まとめてでも抜粋でもよく歌われる作品ではあるが、本来ソプラノの為の作品の為、テノールで歌われるのは珍しいとのこと。
しかし、詩の内容から言えば、どの声種の人にも門戸は開かれているようにも思える。
望月氏は特に第3、4曲がお気に入りとのこと。
だが、実際の演奏はすべての曲が望月氏の端正な歌唱で感動的に表現されていた。
最後のコルンゴルトの作品は(プログラムには書かれていなかったが)すべてアイヒェンドルフの詩によるもの。
望月氏も指摘しているように「非常に耳触りのいい音楽」が並び、特に「少女」や「歌う気持ち」はもう一度聴いてみたいと思わせる魅力を感じた。
ピアノの河原忠之は多くの歌手たちから共演を求められる売れっ子ピアニストである。
そして、この日の演奏でも彼の“音を慈しむ”ような姿勢は一貫して感じられ、それは指が鍵盤を離れた後もしばしば感じられたのであった。
決してけばけばしい音は出さず、曲にふさわしい芯のある温かい音色を作り出そうとしているところに彼の美質があるのではないだろうか。
それは例えばシェーンベルクの「期待」のようなひんやりとした冷たさ(アーウィン・ゲイジはかつてマスタークラスで「オカルト映画のよう」と言っていた)が持ち味の作品であっても、どこか河原氏の温もりの余韻のようなものが残って感じられたのである。
アンコールの前にお二人からのコメントがあり、来年の"Wanderer"シリーズでは日本歌曲を取り上げるとのこと。
その早めのお披露目が2曲演奏された。
望月氏の歌う日本歌曲というのも案外貴重かもしれない。
そして大好きだというR.シュトラウスの「献呈」を歌、ピアノ共に情熱的に演奏してお開きとなった。
プログラミングといい、歌といい、ピアノといい、大変充実したいい時間を過ごすことが出来た。
望むらくは、望月氏が1年に1度と言わず、さらにリートを歌う機会を増やしてくれたらうれしいのだが、彼の多忙さがそれを許さないのだろう。
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コメント
フランツさんこんにちは。
めづらしい曲を集めたコンサートですね。
テノールの望月さんは存知上げていなかったので、YouTubeでお声を聴いてみました。
例えば、パバロッティはイタリアの晴れ渡った青い空のような、まさにテノール!ですが、この声で2時間コンサートを聴くとちょっと疲れるかもしれません。
望月さんの声は、日本人だからでしょうか、若干の湿気を含んでいて、とても耳に心地よい声だと思いました。
一口にテノールといっても、お国によって音色に違いがあるのを面白く思います。
投稿: 真子 | 2014年3月18日 (火曜日) 11時54分
真子さん、こんにちは。
そうなんです。このコンサート、普段馴染みの薄い曲が多かったので、どんな感じだろうという好奇心をかきたてられました。
ベルクの「7つの初期の歌」は真子さんにもおすすめです。ロマン派の流れを汲んだ美しい曲ばかりです(^^)
望月さんは今やオペラで引っ張りだこのスターですが、リートにも真摯に取り組んでいるのがうれしいです。
真子さんはYouTubeで聴かれたそうですね。心地よい声ですよね。今後の活躍を期待したいと思います。
投稿: フランツ | 2014年3月18日 (火曜日) 21時49分