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二期会/ヴェルディ作曲 オペラ「ドン・カルロ」(2014年2月22日 東京文化会館 大ホール)

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《ドイツ・フランクフルト歌劇場との提携公演》
東京二期会オペラ劇場
ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi)/「ドン・カルロ(Don Carlo)」
オペラ(イタリア語・5幕版)
日本語字幕付き原語上演
原作:ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー「ドン・カルロス」
台本:フランソワ・ジョセフ・メリ、カミーユ・デュ・ロクル
イタリア語訳:アキッレ・デ・ロージェール

2014年2月22日(土)13:00 東京文化会館 大ホール
上演時間:約3時間45分(1-3幕:120分/休憩25分/4-5幕:80分)

フィリッポ2世(Filippo II):伊藤 純(Jun Ito)(BS)
ドン・カルロ(Don Carlo):福井 敬(Kei Fukui)(T)
ロドリーゴ(Rodrigo):成田博之(Hiroyuki Narita)(BR)
宗教裁判長(Il Grande Inquisitore):斉木健詞(Kenji Saiki)(BS)
エリザベッタ(Elisabetta di Valois):横山恵子(Keiko Yokoyama)(S)
エボリ公女(La principessa d'Eboli):谷口睦美(Mutsumi Taniguchi)(MS)
テバルド(Tebaldo):加賀ひとみ(Hitomi Kaga)(MS)
修道士(Un frate):三戸大久(Hirohisa San-nohe)(BSBR)
レルマ伯爵(Il Conte di Lerma):大槻孝志(Takashi Otsuki)(T)
天よりの声(Voce dal cielo):湯浅桃子(Momoko Yuasa)(S)
6人の代議士(6 deputati):岩田健志(Takeshi Iwata)(BR);勝村大城(Daiki Katsumura)(BR);佐藤 望(Nozomu Sato)(BR);野村光洋(Mitsuhiro Nomura)(BR);門間信樹(Nobuki Monma)(BR);湯澤直幹(Naoki Yuzawa)(BR)

合唱(Chorus):二期会合唱団(Nikikai Chorus Group)
合唱指揮(Chorus Master):佐藤 宏(Hiroshi Sato)
管弦楽(Orchestra):東京都交響楽団(Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra)
指揮(Conductor):ガブリエーレ・フェッロ(Gabriele Ferro)

演出(Stage Director):デイヴィッド・マクヴィカー(David McVicar)

装置(Set Designer):ロバート・ジョーンズ(Robert Jones)
衣裳(Costume Designer):ブリギッテ・ライフェンシュトゥール(Brigitte Reiffenstuel)
照明(Lighting Designer):ヨアヒム・クライン(Joachim Klein)
振付(Choreographer):アンドリュー・ジョージ(Andrew George)
演出補(Associate Stage Director):カテリーナ・パンティ・リヴェロヴィッチ(Caterina Panti Liberovici)

舞台監督(Stage Manager):幸泉浩司(Hiroshi Koizumi)
公演監督(Production Director):大島幾雄(Ikuo Oshima)

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東京二期会によるヴェルディ「ドン・カルロ」を見た。
このオペラ、以前メットのライブビューイングで見たが、今回も複数ある版の中からイタリア語5幕版(モデナ版とのこと)で演奏された。
冒頭の民衆が登場する場面はなく、いきなりドン・カルロのフォンテーヌブローの森の場面で始まった。

セットは大理石を模した岩や泉のモノトーンの装置が重々しい雰囲気を作り、この装置が部分的に上下して他の幕での場面にも流用できるようになっていた。
演出はオーソドックスなもので、衣装も派手な色合いは使用されず、このオペラの苦悩を象徴したかのような暗さが一貫していた。
第2幕のエボリ公女と貴婦人たちがヴェールの歌を歌うのが、オペラ中唯一ともいってよい明るい場面だろうか。
そこでの簡単な振りも含めたエボリ公女とテバルド、そして貴婦人たちの歌はスペイン色も感じられる聴衆にとっての一服の息抜きであった。
他の場面では、不幸を背負った複数の登場人物たちが敵対し、嫉妬し、威圧しという負の感情が生々しく描かれる。
だが、そうした中でドン・カルロと王の腹心でもあるロドリーゴとの友情は強固で、強い絆を感じる。
結婚相手を父親に奪われて、なお元婚約者を思い続けるドン・カルロの人間的な弱さをフランドルの救済という方向に転換させようとするロドリーゴ。
その彼も友情ゆえに銃弾にすすんで倒れる。
そして、フランドルを託されたドン・カルロも最後には父親の家臣たちによって殺されてしまうのである。
このドラマに救いはない。
友人の犠牲も結果的には無駄になってしまった。
だが、その過程を通じて極めてどろどろした人間的な感情がヴェルディのドラマティックな音楽で生々しく描かれるところに現代でも色あせない魅力がある。
決して昔話ではなく、現代にも通じるさまざまな感情がそこかしこにあらわれる。
それぞれの立場における、それぞれの悩み、一方では自己中心的に思えても、別の面から見るとそこに至る事情がある。
歯車の合わない者同士の感情の行き違いが、実在の人物の名を借りて描かれる。
そこに我々は共感し、何かを感じ取るのだろう。

題名役の福井 敬は相変わらずの素晴らしさだった。
どこをとっても隙がなく、すべてがドン・カルロという人物に捧げられていた。
心の移ろい、弱さ、迷い、率直さといったものが福井 敬の歌唱と演技によって劇的に描かれていた。
そして、彼に劣らず素晴らしいと思ったのが、友人ロドリーゴ役の成田博之の歌唱だった。
彼の歌もまた真実味にあふれ、カルロの為に自己を犠牲にしようという覚悟が強く表現されていて感銘を受けた。
今回カーテンコールで一番拍手を受けていたようにも思えた。
そしてエリザベッタの横山恵子はよく通る声で恋心や苦悩の表情を強く押し出し、さすがである。
エボリ公女の谷口睦美も超絶技巧も難なくこなし、嫉妬と改心の心情の変化をたっぷりしたメゾの声で素晴らしく表現した。
宗教裁判長の斉木健詞は権威者の威厳と非情さをよく伸びる声で表現した。
フィリッポ2世の伊藤 純は、フランドルにとっての暴君というわりには声が穏やかでボリュームも必ずしも豊かではないが、激昂した時の表現はそのギャップゆえになかなかの効果があったと思った。
また、夫として父として孤立感を深める第4幕のアリアはよい味を出していた。
加賀ひとみや三戸大久も好演。

合唱団も抑制した響きが美しかった。
また、ガブリエーレ・フェッロ指揮の東京都交響楽団は後半に進むにつれて馬力を発揮し、実に雄弁に奏で、迫力に満ちて素晴らしかった。
このオペラは二期会で33年ぶりの上演とのこと。
もっと頻繁に上演する価値のある作品ではないだろうか。

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クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース/〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~第12篇(2014年2月20日 トッパンホール)

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~第12篇
クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース
別れ、そして旅立ち(Lieder von Abschied und Reise)

2014年2月20日(木)19:00 トッパンホール

クリストフ・プレガルディエン(Christoph Prégardien)(tenor)
ミヒャエル・ゲース(Michael Gees)(piano)

シューベルト(Franz Schubert)作曲

逢瀬と別れ(Willkommen und Abschied) D767
星(Die Sterne) D939
夜曲(Nachtstück) D672
弔いの鐘(Das Zügenglöcklein) D871
さすらい人(Der Wanderer) D489
さすらい人の夜の歌Ⅰ(Wandrers Nachtlied I) D224
ヴィルデマンの丘で(Über Wildemann) D884
亡霊の踊り(Der Geistertanz) D116
魔王(Erlkönig) D328
さすらい人の夜の歌Ⅱ(Wandrers Nachtlied II) D768
あこがれ(Sehnsucht) D879
ミューズの子(Der Musensohn) D764

~休憩~

ブルックの丘で(Auf der Bruck) D853
夕映えの中で(Im Abendrot) D799
憩いない愛(Rastlose Liebe) D138
囚われの狩人の歌(Lied des gefangenen Jägers) D843
竪琴弾きの歌より〈わたしは家の戸口にそっとしのび寄っては〉(Aus "Gesänge des Harfners" 'An die Türen will ich schleichen') D479
さすらい人(Der Wanderer) D649
さすらい人が月に寄せて(Der Wanderer an den Mond) D870
独り住まいの男(Der Einsame) D800
舟人(Der Schiffer) D536
御者クロノスに(An Schwager Kronos) D369
白鳥の歌 D957より〈影法師〉(Aus "Schwanengesang" D957 Nr.13 'Der Doppelgänger')
夜と夢(Nacht und Träume) D827

~アンコール~
シューベルト/白鳥の歌 D957より〈鳩の使い〉
シューベルト/冬の旅 D911より〈菩提樹〉
シューベルト/冬の旅 D911より〈春の夢〉

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テノールのクリストフ・プレガルディエン(メッセージビデオでは自分の名前をプレガルディ"ア"ンと発音していた)とピアニストのミヒャエル・ゲースによる「別れ、そして旅立ち」と題されたオール・シューベルト・プログラムをトッパンホールで聴いた。
プログラムは有名曲も無名曲もみな優れた作品が選曲されており、私の大好物ばかりである。
今回のプログラム、実はこのコンビで全く同じ順序でCD録音されている。
私も持っているが、すぐに見つけ出すことが出来ないので、出てきたら聴いてみたい。

今回は前半12曲、休憩をはさみ、後半12曲それぞれをあたかも一つのチクルスのように続けて演奏した。
お客さんもそのあたりは承知していて、「魔王」の後で若干拍手が起きた以外は最後まで拍手をおさえていた。
動と静の巧みな配置で聴き手をとらえて離さなかった。

プレガルディエンの声はますます円熟期の深みを増しているようだ。
表情の濃淡の付け方が実に自然で細やか、それにドイツ語の発音のキレのよさは母国語でない私が聞いても美しさを感じずにはいられない。
彼がエヴァンゲリストを得意としたことと、彼の語りの巧みさは無関係ではないだろう。
時に前後に動いたり、最低限の身振りを加えたりして、演劇的な効果も加わっていた。
また当時の風習に則って、時に旋律に装飾を加えたりもしていたが(「夕映えの中で」等)、それはかなり限定して使っているようだった。
端正でさわやかな美声は相変わらずで、その声でシューベルトの歌で何が起きているのか、どういう状況なのかを分かりやすく語るように歌う。
それはもはや至芸と言ってよいように思えた。
まれに声が裏返ることを除けば衰えはほとんど感じられず、むしろ彼の描き出す世界がどこまで深化するのか、その充実ぶりに胸の高まる思いで聴き入った。

真面目な印象のプレガルディエンだが、「独り住まいの男」ではゲースと共にライヴならではのユーモラスな仕掛けを披露した。
こおろぎの鳴き声の聞こえる夜中の暖炉の前で一人くつろぐ男性の至福の時を歌った作品だが、いとしい人の姿を思い浮かべてゆっくり憩おうと歌う第4節で徐々にスピードが遅くなり、その後の間奏では止まりそうになり、ついにはプレガルディエンはいびきをかき始めたのである。
こういうちょっとした仕掛けは聴衆との信頼関係が成り立っていてはじめて成功するのだろう。
そういう意味でトッパンホールの聴衆とはよい関係が築けているようだ。

ピアノのミヒャエル・ゲースは、以前は正直私の好みの演奏ではなかった。
ところが好みというのは変わるもので、今回はとても楽しむことが出来た。
ゲースは後ろに束ねた髪といい、鼻眼鏡といい、独自の風貌をもった人だ。
ひょうひょうとしていて何かマジックでも始めそうな雰囲気すら漂う。
そして、その演奏もまたユニークなのである。
彼は歌曲の専門伴奏家の伝統的な表現をとらない。
かといってソロピアニストのようにテクニックの巧みさを前面に押し出したりもしない。
たとえて言えば即興演奏をしているかのように変幻自在に揺れ動く演奏といった感じだろうか。
おそらく専門伴奏家の演奏も、ソロピアニストの演奏も踏まえたうえで、あえて独自の路線を突き進んでいるのだろう。
ピアノの蓋は全開だが、ほとんどフォルティッシモを出さない。
むしろもやがかかったように薄いヴェールをかけたまま演奏が進行していく場合が多い。
しかし、その柔らかい響きの中から突如美しい対旋律が浮かび上がってきたりする。
普段和音の響きの中に埋没してしまいがちな音を拾い上げて、あたかも新しい響きのように演奏する。
そこに彼の創造性を見ることが出来るのではないか。
リズムもペダルの使い方も均一にはしない。
その歪みの中から生まれてくる響きに新鮮なものを感じると、彼の演奏はとても面白い。
「魔王」の右手を左手の助けを借りずに弾ききる彼のこと、テクニカルな点で非常に高いものをもっていることはおそらく疑いない。
だが、「御者クロノスに」のようなリズミカルな曲でさえ、柔らかい響きで通すことで、先入観にとらわれてはいけないということをあらためて考えさせられるのである。
おそらくゲースがこの日最も芯の強い強音を響かせたのは「魔王」でも「舟人」でもなく、「影法師」だろう。
精神的なドラマを彼が重視した証ではないか。

アンコールは「白鳥の歌」から「鳩の便り」と、「冬の旅」から有名な2曲である。
ここでも端正に語るプレガルディエンと、独自の読みをするゲースの演奏は面白い化学反応を起こしていた。

リートを歌い、聴く人が減少している中で、このコンビの果たす役割は少なくないはずである。
今後も頻繁に来日して、日本の歌曲ファンを増やしてもらえたら嬉しいものである。

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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ&ハルトムート・ヘル/R.シュトラウス・リサイタル(1982年)(オランダRadio4 Concerthuis)

バリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau)がハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)のピアノで開いたオール・R.シュトラウス・リサイタルのライヴがオランダのネット配信サイトConcerthuisで期間限定で聴けます。
 こちら

R.シュトラウスだけでF=ディースカウが一晩のリサイタルをもった貴重な記録です。
興味のある方はぜひ聴いてみてください。
詳細は以下の通りです。
個人的には18曲目から21曲目の「商人の鑑(Krämerspiegel)」op.66からの抜粋が聴きものだと思います。

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ)(BR)
Hartmut Höll(ハルトムート・ヘル)(P)

録音:1982年2月18日, Concertgebouw, Amsterdam

Richard Strauss(リヒャルト・シュトラウス)作曲

1 Schlechtes Wetter(悪天候), op.69 nr.5 (02:24)
2 Zugemessene Rhythmen(整いすぎたリズム), WoO.122 (02:28)
3 Im Spätboot(夜更けの小舟で), op.56 nr.3 (04:10)
4 Stiller Gang(静かな散歩), op.31 nr.4 (01:41)
5 O wärst du mein(おお君が僕のものならば), op.26 nr.2 (03:31)
6 Ruhe, meine Seele(憩え、わが魂よ), op.27 nr.1 (04:00)
7 Herr Lenz(春さん), op.37 nr.5 (01:08)
8 Wozu noch, Mädchen(少女よ、それが何の役に立つのか), op.19 nr.1 (01:45)
9 Frühlingsgedränge(春の雑踏), op.26 nr.1 (01:49)
10 Heimkehr(帰郷), op.15 nr.5 (02:42)
11 Ach, weh mir unglückhaftem Mann(ああ辛い、不幸な俺), op.21 nr.4 (03:59)

12 Winternacht(冬の夜) op.15 nr.2 (01:50)
13 Gefunden(見つけた), op.56 nr.1 (01:54)
14 Einerlei(同じもの), op.69 nr.3 (02:38)
15 Waldesfahrt(森の走行), op.69 nr.4 (03:23)
16 Himmelsboten(天の使者), op.32 nr.5 (03:03)
17 Junggesellenschwur(若者の誓い), op.49 nr.6 (02:19)
18 "Krämerspiegel(「商人の鑑」)": O lieber Künstler(おお親愛なる芸術家よ), op.66 nr.6 (02:53)
19 "Krämerspiegel": Die Händler und die Macher(商人どもと職人どもは), op.66 nr.11 (01:29)
20 "Krämerspiegel": Hast du ein Tongedicht vollbracht(あなたが交響詩を書き上げたら), op.66 nr.5 (00:56)
21 "Krämerspiegel": Einst kam der Bock als Bote(かつて牝山羊が使者にやって来た), op.66 nr.2 (06:14)

22 Traum durch die Dämmerung(たそがれを通る夢), op.29 nr.1 (05:05)
23 Ständchen(セレナーデ), op.17 nr.2 (04:23)
24 Morgen(明日), op.27 nr.4 (07:17)

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シューベルト「ライアー弾き(辻音楽師)」D911-24を聴く

久しぶりにシューベルトを聴こうと思います。
2週連続で大雪に見舞われたこともあり、「冬の旅」が聴きたい気分です。
そういうわけで最終曲「ライアー弾き」を聴き比べたいと思います。
これはあまりにも有名な作品でもあり、聴く人の好みが分かれるかもしれませんが、演奏はアップされている中から王道を中心に集めてみました。
この主人公がどういう精神状態まで行き着いたのか、そして目の前のライアー弾きに何かを求めているのか、何も求めていないのか、演奏者たちのメッセージに耳を傾けてみたいと思います。

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Der Leiermann
 ライアー弾き

Drüben hinterm Dorfe
Steht ein Leiermann
Und mit starren Fingern
Dreht er, was er kann.
 あの村のはずれに
 ライアーを弾く男が立っている。
 そしてかじかむ指で
 精一杯奏でている。

Barfuß auf dem Eise
Wankt er hin und her
Und sein kleiner Teller
Bleibt ihm immer leer.
 素足のまま氷の上を
 あちらこちら、ふらふらと歩いている。
 それでも彼の小さな皿は
 いつも空のままだ。

Keiner mag ihn hören,
Keiner sieht ihn an,
Und die Hunde knurren
Um den alten Mann.
 彼を聞こうとする者もなく、
 彼を見る者もない。
 そして犬がうなっている、
 この老人の周りで。

Und er läßt es gehen
Alles, wie es will,
Dreht und seine Leier
Steht ihm nimmer still.
 こうして彼は
 すべてをなりゆきに任せ、
 奏で続け、彼のライアーが
 鳴り止むことは決してない。

Wunderlicher Alter,
Soll ich mit dir geh'n?
Willst zu meinen Liedern
Deine Leier dreh'n?
 不思議なご老人よ、
 あなたと共に行こうか。
 私の歌に合わせ、
 あなたのライアーを奏でてはくれまいか。

詩:Wilhelm Müller (1794-1827)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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ミュラーの詩の朗読

原詩を朗読している為、シューベルトが変更した言葉とは異なる箇所があります(2節"Wankt"と3節"knurren"は、原詩ではそれぞれ"Schwankt"、"brummen")。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&アルフレット・ブレンデル(P)

1979年1月収録の映像。険しい横顔のディースカウの表情がすでに多くを語っています。語り口のはっきりした、強い意志を感じさせる歌唱です。ブレンデルのピアノの音がなんともいえない響きで低音を弾き効果的です。

ハンス・ホッター(BSBR)&ジェラルド・ムーア(P)

1954年5月録音。ホッターは平静を装ったかのように静かに歌いますが、思いを内に秘めているがゆえに強い印象を受ける歌唱です。ムーアは寂寥感のよくあらわれた演奏です。

ヘルマン・プライ(BR)&カール・エンゲル(P)

1:07:32~(この時間から始まります)。1961年10月録音。若きプライが若者の心情に沿った歌を聴かせ、最後の一言で思いを吐き出します。エンゲルもぴったり呼吸が合っています。

ゲルハルト・ヒュッシュ(BR)&ハンス・ウード・ミュラー(P)

1933年録音。ヒュッシュは一言一言を明瞭に発音して、言葉の背景を感じさせる歌唱です。ミュラーのピアノは前のめり気味のリズムが焦燥感を与えています。

トーマス・クヴァストホフ(BR)&ダニエル・バレンボイム(P)

2005年3月収録のライヴ映像。他の多くの歌手とは違い、クヴァストホフは口ずさむようではなく、しっかりと「歌って」います。そのふくよかな美声は第三者の語りのようにも思えました。バレンボイムが右手のリズムを崩し気味に弾くのは、ライアー弾きの指がかじかんでいる様を反映しているのでしょうか。

ペーター・シュライアー(T)&スヴャトスラフ・リヒテル(P)

ささやくように弱声で歌うシュライアーの歌唱は、主人公の気力が弱っていることを表現しているのでしょうか。最終行の盛り上がりも気力を振り絞ったようにも聴こえます。リヒテルは現実のライアーを模すのではなく、彼岸の響きのように美しく聴かせます。

イアン・ボストリッジ(T)&ジュリアス・ドレイク(P)

ささやきと歌の中間ぐらいのボストリッジの歌唱は主人公が放心状態にあるかのように感じられます。ドレイクは速めのテンポで丁寧に背景を描いています。

アンドレアス・シュミット(BR)&ルドルフ・ヤンセン(P)

シュミットの安定感ある声はなにか聴く者をほっとさせてくれます。ヤンセンもシュミットと一体になったいい演奏です。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

おそらく1962年録音。歌もピアノもすみずみまで行き届いていて素晴らしいです。この動画ではなぜか最後の和音が省略されてしまっているのが残念!

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&マレイ・ペライア(P)

1990年6月収録の映像。狂気をはらんだかのような鬼気迫るディースカウの表現が印象的です。ペライアも丁寧にサポートしています。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&クラウス・ビリング(P)

1948年1月録音。当時22歳のディースカウは全盛期よりも感傷的な響きが聴かれるのが興味深いです。一方のビリングは手綱を締めた演奏です。

ヘルマン・プライ(BR)&ヘルムート・ドイチュ(P)

本人映像。プライの温もりのある声と表現は明らかにライアーを弾く老人に共感を寄せているように感じられます。ドイチュはライアーの響きをちょうど良い加減で模しているように感じます。

ヘルマン・プライ(BR)&ミヒャエル・エンドレス(P)

おそらく日本でのライヴ映像。プライは一言一言語るように伝え、名人の味わいを醸し出しています。若いエンドレスもしっかりとしたサポートです。

ハンス・ホッター(BSBR)&ミヒャエル・ラウハイゼン(P)

ホッター1度目の1942-43年録音。厳格に表情を押し殺したホッターですが、最後の1行で感情を爆発させます。ラウハイゼンのピアノが寒々とした雰囲気を醸し出しています。

エレナ・ゲルハルト(MS)&クンラート・ファン・ボス(P)

往年の名歌手ゲルハルトの深みのある女声で聴くのも良いです。ピアノのボスはラウハイゼンやムーアよりも前に伴奏者として活動を始めていたオランダのピアニストです。

ミーシャ・マイスキー(VLC)&ダリア・ホヴォラ(P)

マイスキーのチェロの演奏で一息いれましょう。続けて「夜と夢」「海辺にて」も演奏されています。

Nataša Mirković De Ro(S)&マティアス・ロイブナー(Matthias Loibner)(hurdy-gurdy)

ドレーライアー(ハーディーガーディー)で楽譜に忠実に伴奏した演奏です。なるほどこういう響きをシューベルトは模していたのですね。女声は癒し系の声です。

男声&ドレーライアー(ハーディーガーディー)伴奏(演奏者名不明)

ライアーの伴奏は若干原曲と異なるところがありますが、出ない音があるのでしょうか。流しのような雰囲気で歌われる男声が心地よいです。

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ジェラール・スゼー&ドルトン・ボールドウィンによるシューベルト「幻の太陽」「ライアー弾き」映像(1977年)

先日シュライアーとリヒテルによるシューベルト「冬の旅」全曲の映像が見つかり喜んでいたところに、もう一つ貴重な映像がアップされた。
フランスのバリトン歌手で仏独両歌曲を得意としたジェラール・スゼー(Gérard Souzay: 1918-2004)と名パートナー、ドルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin: 1931-)による「冬の旅」最後の2曲の映像である。
この二人の演奏映像は(他の曲だが)かつてモノクロではDVDで出ていて、動画サイトにも一部アップされているが、カラー映像は私ははじめて見た。
カナダでの聴衆を前にした1977年のライヴらしい。

幻の太陽(幻日)(Die Nebensonnen)

ライアー弾き(辻音楽師)(Der Leiermann)

スゼーの声は盛期を過ぎていて、ちょっとのっぺりした歌い方が気になる方もいるだろう。
だが誠実で真摯な表現は、声が衰えていても聴き手に伝わるものなのである。
アップで映し出される顔の表情は、スゼーが歌の世界に入り込んでいることを示している。

「幻の太陽」の前半、3つの太陽が見えると歌われる間、スゼーは上方の一点を見つめて視線を離さない。
その後「おまえは私の太陽ではない」と歌うところでようやく視線を落とす。
そして「暗闇の中のほうがここちよい」と目を閉じて歌いおさめるのである。

「ライアー弾き」ではスゼーは各フレーズの最後の音を普通よりも伸ばして歌う。
それと対照的にボールドウィンはきっちりとリズムを守り、ドローンの低音をかすかに響かせる。
スゼーはアンニュイな疲れたような声で中ぐらいのボリュームで歌い、時々ささやくようにボリュームをおとす。
しかし、「私の歌にあなたのライアーを合わせてくれまいか」と締めくくる時には強めにしっかりと歌い、決してボリュームをおとさない。
希望とも絶望ともつかない歌声は、聴き手の想像力を刺激する。
スゼーの歌う「ライアー弾き」は、若者とライアーを弾く老人が一体になってしまったような印象すら受ける。
年を重ねたかつての若者が過去の苦い思い出を回顧しているのか?
一方ボールドウィンのピアノはきりっと弾き締まったリズムと響きで主人公の若さを反映しているかのようだ。

それにしても海外の聴衆は「冬の旅」の後でも全員がスタンディング・オベーションで熱狂的に演奏者をねぎらっていたのが印象的だった。

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エリー・アーメリング81歳!

昨日(2014年2月8日)、オランダの名ソプラノ、エリー・アーメリングが81歳の誕生日を迎えました。
ファンの私はこのおめでたい日は当然彼女の録音を家で聴いてお祝いしました(実は大雪の為、新国立劇場の「蝶々夫人」を諦めて家にこもっていたからなのですが)。

一つは昨年80歳を記念して発売された5枚組のライヴ集"80 jaar"からヴォルフの巻です。
彼女の細やかな表情の付け方がヴォルフの語りを重視した旋律にぴったりはまって絶妙です!
特にメーリケ歌曲集の「エオリアンハープに寄せて」のアンニュイな旋律を歌うアーメリングがとても良いです!
そしてスタジオ録音を残さなかった「こうのとりの使い」でのチャーミングな語りかけ!
至福のひとときを味わいました。

そしてもう一つは相互リンクさせていただいている「Elly Ameling Discography」のSandmanさんのブログで知った情報なのですが、オランダのインターネット放送Radio4、Concerthuisで1975年のアーウィン・ゲイジとのシューベルト・ライヴを再配信(期間限定)しています。
 こちら
彼女がライヴになると、録音以上に表情が大きくなりドラマティックさを増すことをまざまざと味わうことが出来る素晴らしい録音です。
特に「あなたは私を愛していない」での歌唱には鬼気迫るものさえ感じられました。
まだお聴きでない方はあと2か月弱の間にぜひ聴いてみてください。

詳細データは以下の通りです。

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エリー・アーメリング(Elly Ameling)(soprano)
アーウィン・ゲイジ(Irwin Gage)(piano)

録音:1975年6月19日 Circustheater, Scheveningen (オランダ・フェスティヴァル)

シューベルト(Franz Schubert)作曲

春にD882(Im Frühling)
春の思いD686(Frühlingsglaube)
シルヴィアにD891(An Sylvia)
ガニュメデスD544(Ganymed)
ミューズの息子D764(Der Musensohn)

エレンの歌ⅠD837:憩いなさい、兵士よ(Ellens Gesang I: Raste, Krieger)
エレンの歌ⅡD838:狩人よ、狩をお休みなさい(Ellens Gesang II: Jäger, ruhe)
エレンの歌ⅢD839:アヴェ・マリア(Ellens Gesang III: Ave Maria)

ズライカⅠD720(Suleika I)
ズライカⅡD717(Suleika II)

ひそやかな愛D922(Heimliches Lieben)
孤独な男D800(Der Einsame)
あなたは私を愛していないD756(Du liebst mich nicht)
水の上で歌うD774(Auf dem Wasser zu singen)
糸を紡ぐグレートヒェンD118(Gretchen am Spinnrade)
幸福D433(Seligkeit)

~アンコール~

笑ったり泣いたりD777(Lachen und Weinen)
「ロザムンデ」D797~ロマンス:満月は輝き(Romanze aus "Rosamunde": Der Vollmond strahlt)
ますD550(Die Forelle)
「ヴィラ・ベラのクラウディーネ」D239~愛はいたるところに("Claudine von Villa Bella": Liebe schwärmt auf allen Wegen)
音楽に寄せてD547(An die Musik)

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そしてアーメリング・ファンにぜひ読んでいただきたいのが前出のSandmanさんがはるばるイギリスのBritish Libraryまでアーメリングの放送録音を聴きに行かれたブログ記事です。
 こちら
特にインタビュー放送については、アーメリング・ファンには興味尽きない内容になっています。

イギリスでSandmanさんが聴かれた曲の中には、まだ商業録音で聴くことの出来ない内容も含まれています(フォーレの「月の光」やルーセルの歌曲など)。
こういう珍しいライヴがどんどん発掘されてCD化は無理でもせめて配信してもらえないだろうかと願っています。

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新国立劇場/ビゼー作曲 オペラ「カルメン」(2014年1月26日 新国立劇場 オペラパレス)

Carmen_20140126


2013/2014シーズン
ジョルジュ・ビゼー/オペラ「カルメン」
Georges Bizet/Carmen
全3幕〈フランス語上演/字幕付〉

2014年1月26日(日)14:00 新国立劇場 オペラパレス
(第1幕:55分-休憩25分-第2幕:45分-休憩25分-第3幕:70分)

【カルメン(Carmen)】ケテワン・ケモクリーゼ(Ketevan Kemoklidze)
【ドン・ホセ(Don José)】ガストン・リベロ(Gaston Rivero)
【エスカミーリョ(Escamillo)】ドミトリー・ウリアノフ(Dmitry Ulyanov)
【ミカエラ(Micaëla)】浜田理恵(Hamada Rie)
【スニガ(Zuniga)】妻屋秀和(Tsumaya Hidekazu)
【モラレス(Moralès)】桝 貴志(Masu Takashi)
【ダンカイロ(Le Dancaïre)】谷 友博(Tani Tomohiro)
【レメンダード(Le Remendado)】大野光彦(Ono Mitsuhiko)
【フラスキータ(Frasquita)】平井香織(Hirai Kaori)
【メルセデス(Mercédès)】清水華澄 (Shimizu Kasumi)

【合唱(Chorus)】新国立劇場合唱団(New National Theatre Chorus)
【児童合唱(Children Chorus)】TOKYO FM 少年合唱団(TOKYO FM BOYS CHOIR)
【ダンサー(Dancers)】新国立劇場バレエ団(The National Ballet of Japan)
(竹田仁美;楠元郁子;大湊由美;今井奈穂;島田沙羅;鈴木優;小柴富久修;八木進;林田翔平;福田紘也(交代出演))
【管弦楽(Orchestra)】東京交響楽団(Tokyo Symphony Orchestra)

【指揮(Conductor)】アイナルス・ルビキス(Ainars Rubikis)
【演出(Production)】鵜山 仁(Uyama Hitoshi)
【美術(Scenery Design)】島 次郎(Shima Jiro)
【衣裳(Costume Design)】緒方規矩子(Ogata Kikuko)
【照明(Lighting Design)】沢田祐二(Sawada Yuji)
【振付(Choreographer)】石井 潤(Ishii Jun)
【再演演出(Revival Director)】澤田康子(Sawada Yasuko)

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新国立劇場で2010年6月に上演された「カルメン」の再演を聴いた。
前回は鼻炎薬の副作用で半ば眠っていたので、今回初めてしっかりと鑑賞することが出来た。

鵜山 仁の演出はオーソドックスで分かりやすい。
この日もおそらくはじめてオペラに接するのであろう学生たちが沢山聴きに来ていたから、この演出はちょうど良かっただろう。
衣装も美術もすべてが王道ど真ん中である。
あらためて聴いてみるとビゼーの音楽は実に耳に心地よく、時に美しく、時に楽しく、時に悲劇的で、ドラマを飽きずに楽しめるエッセンスが詰まっているかのようだ。
そのような職人技による音楽はそれだけでも充分魅力的だが、実際にステージで歌われると、その楽しさは倍増する。
はすっぱで男を虜にするが、なかなか振り向いてくれず、振り向いたと思ったらすぐに気が移ってしまうカルメンという存在がこのオペラの出来の鍵を握っているのは間違いないところだ。
その点、今回のカルメンを演じたグルジア出身のケテワン・ケモクリーゼは充分にカルメンに必要な条件を備えたステージを見せてくれた。
天井桟敷から見た限りでは演技も良かったし、歌ははすっぱな感じも加えてよく表現していたと思う。
だが、それ以上に素晴らしかったのはドン・ホセを歌ったウルグアイ系のガストン・リベロだった。
素晴らしく輝かしい美声と表現。
彼は将来スター歌手になるのではないだろうか。
花形闘牛士エスカミーリョを歌ったロシア出身のドミトリー・ウリアノフは独特の癖のある声質が生かされた歌唱だった。
脇を固めた日本人たちもみな健闘していたが、やはりミカエラの浜田理恵は良く歌ったと言えるのではないか。

いつもながら新国立劇場合唱団の豊かなボリュームと充実した歌唱は見事だったが、TOKYO FM少年合唱団の健闘も称えたい。
新国立劇場バレエ団は第2幕のリリヤス・パスティアの酒場で場を盛り上げた。
女性5人、男性2人の出演だったが、交代出演とのことで、プログラムに掲載されたどの人が出演したのかは分からなかった。

ラトヴィア生まれのアイナルス・ルビキスが指揮した東京交響楽団の演奏は、最初のうち歌と合わない箇所も散見されたが、徐々に持ち直した。
「カルメン」は悲劇だが、あまり深刻にならずに美しい音楽を楽しめるので、これほどまでにポピュラリティを勝ち得ているのだろう。
他の演出でもいつか見てみたいものだ。

Carmen_20140126←出演者のサイン

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アントニーノ・シラグーザ&藤原歌劇団/ロッシーニ作曲「オリィ伯爵」(2014年1月31日 東京文化会館 大ホール)

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藤原歌劇団創立80周年記念公演
ジョアキーノ・ロッシーニ(Gioachino Rossini)作曲
「オリィ伯爵(Le Comte Ory)」
オペラ2幕
<字幕付き仏語上演>
ニュープロダクション

2014年1月31日(金)18:30 東京文化会館 大ホール
(70分-休憩20分-70分)

オリィ伯爵(Le Comte Ory):アントニーノ・シラグーザ(Antonino Siragusa)
アデル(La Comtesse Adèle):佐藤 美枝子(Mieko Sato)
伯爵の教育係(Le Gouverneur):彭 康亮(Kang-Liang Peng)
イゾリエ(Isolier):向野 由美子(Yumiko Kono)
ランボー(Raimbaud):柴山 昌宣(Masanobu Shibayama)
ラゴンド(Ragonde):牧野 真由美(Mayumi Makino)
アリス(Alice):清水 理恵(Rie Shimizu)
騎士(Chevalier):岡坂 弘毅(Hiroki Okasaka)

合唱(Chorus):藤原歌劇団合唱部(Fujiwara Opera Chorus Group)
合唱指揮(Chorus Master):安部 克彦(Katsuhiko Abe)
管弦楽(Orchestra):東京フィルハーモニー交響楽団(Tokyo Philharmonic Orchestra)
指揮(Conductor):デニス・ヴラセンコ(Denis Vlasenko)

演出(Stage Director):松本 重孝(Shigetaka Matsumoto)
公演監督(Production Director):岡山廣幸(Hiroyuki Okayama)

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藤原歌劇団によるロッシーニ「オリィ伯爵」を東京文化会館で見た。
実はこの日は小ホールの公演が目当てだったのだが、すでに完売で当日券が出ないと知り、急遽大ホールでオペラを聴くことにした(そうでなくとも日曜日の公演には行こうと思っていたが)。
だが、アントニーノ・シラグーザのようなスター歌手が聴けるのだから有難いことこのうえない。
他の歌劇団とは違い(と言っては失礼だが)、こちらは結構安価な席も当日券で入手可能だったので、4階席を購入できたのだが、音も決して悪くない。

「オリィ伯爵」を舞台で見るのは初めてだが、以前にメットのライヴビューイングの映画上映では見ているので、その時の楽しかった記憶が残っている。
その時の記事はこちら
今回はシラグーザ、彭 康亮以外は日本人キャストだが、みな大健闘であった。

イタリア、メッシーナ出身のシラグーザは途中から出てくるのだが、彼が第一声を発するやいなや会場の空気が変わったように感じられた。
なんというか、文化会館の大きなスペースを楽々と操っているかのような感さえあった。
かなり高めの美声でヴォリュームはさすがだが、アンサンブルでは輪に溶け込み、決して一人舞台にはならない。
イタリア・テノールに伝統の華やかな美声と、知性が合わさった印象を受けた。
そしてコミカルな表現もお手の物、たまに日本語を織り交ぜ(村人の願いを聞き「Wakatta!」と様々な表情で歌い分けた!)、余裕のある歌唱と表情はこれぞエンターテイナーであった。

日本人歌手の中ではまずズボン役、オリー伯爵の小姓イゾリエを演じた向野 由美子が素晴らしかった。
豊かな声と細やかな表情で、アデルへの思慕を軽快に演じ、強く印象に残った。
この人の名前は覚えておこう。
そしてアデル役の佐藤 美枝子は貫録の歌唱と演技で華があった。
シラグーザと共に超絶技巧もこなし、さすがである。
そして忘れてならないのが、ラゴンド役牧野 真由美の渋みあふれる歌唱とコミカルな演技である。
彼女の歌が舞台を引き締め、喜劇を生み出す様々なきっかけを作りだす。
名脇役あってこその名舞台と実感した。

指揮者は予定されていたアントネッロ・アッレマンディからデニス・ヴラセンコに変更された。
彼は30代前半の若い指揮者で、今回が日本デビューとのこと。
東京フィルを軽快な音楽で統率し、素晴らしくめりはりのある演奏を引き出した。

舞台美術は最初のうち、若干お粗末な(失礼!)印象を受けたが、このようなコメディではこういうアプローチもありかもしれないと思った。
藤原歌劇団合唱部がルーティンに陥らない細かい演技を各人に付けており、歌唱もよく揃い見事だった。

こういう珍しい作品が上演されるためにはいろいろな困難をクリアしなければならないだろうが、その結果このような見事な上演が実現したことに拍手を送りたいと思う。
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