クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース/〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~第12篇(2014年2月20日 トッパンホール)
〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~第12篇
クリストフ・プレガルディエン&ミヒャエル・ゲース
別れ、そして旅立ち(Lieder von Abschied und Reise)
2014年2月20日(木)19:00 トッパンホール
クリストフ・プレガルディエン(Christoph Prégardien)(tenor)
ミヒャエル・ゲース(Michael Gees)(piano)
シューベルト(Franz Schubert)作曲
逢瀬と別れ(Willkommen und Abschied) D767
星(Die Sterne) D939
夜曲(Nachtstück) D672
弔いの鐘(Das Zügenglöcklein) D871
さすらい人(Der Wanderer) D489
さすらい人の夜の歌Ⅰ(Wandrers Nachtlied I) D224
ヴィルデマンの丘で(Über Wildemann) D884
亡霊の踊り(Der Geistertanz) D116
魔王(Erlkönig) D328
さすらい人の夜の歌Ⅱ(Wandrers Nachtlied II) D768
あこがれ(Sehnsucht) D879
ミューズの子(Der Musensohn) D764
~休憩~
ブルックの丘で(Auf der Bruck) D853
夕映えの中で(Im Abendrot) D799
憩いない愛(Rastlose Liebe) D138
囚われの狩人の歌(Lied des gefangenen Jägers) D843
竪琴弾きの歌より〈わたしは家の戸口にそっとしのび寄っては〉(Aus "Gesänge des Harfners" 'An die Türen will ich schleichen') D479
さすらい人(Der Wanderer) D649
さすらい人が月に寄せて(Der Wanderer an den Mond) D870
独り住まいの男(Der Einsame) D800
舟人(Der Schiffer) D536
御者クロノスに(An Schwager Kronos) D369
白鳥の歌 D957より〈影法師〉(Aus "Schwanengesang" D957 Nr.13 'Der Doppelgänger')
夜と夢(Nacht und Träume) D827
~アンコール~
シューベルト/白鳥の歌 D957より〈鳩の使い〉
シューベルト/冬の旅 D911より〈菩提樹〉
シューベルト/冬の旅 D911より〈春の夢〉
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テノールのクリストフ・プレガルディエン(メッセージビデオでは自分の名前をプレガルディ"ア"ンと発音していた)とピアニストのミヒャエル・ゲースによる「別れ、そして旅立ち」と題されたオール・シューベルト・プログラムをトッパンホールで聴いた。
プログラムは有名曲も無名曲もみな優れた作品が選曲されており、私の大好物ばかりである。
今回のプログラム、実はこのコンビで全く同じ順序でCD録音されている。
私も持っているが、すぐに見つけ出すことが出来ないので、出てきたら聴いてみたい。
今回は前半12曲、休憩をはさみ、後半12曲それぞれをあたかも一つのチクルスのように続けて演奏した。
お客さんもそのあたりは承知していて、「魔王」の後で若干拍手が起きた以外は最後まで拍手をおさえていた。
動と静の巧みな配置で聴き手をとらえて離さなかった。
プレガルディエンの声はますます円熟期の深みを増しているようだ。
表情の濃淡の付け方が実に自然で細やか、それにドイツ語の発音のキレのよさは母国語でない私が聞いても美しさを感じずにはいられない。
彼がエヴァンゲリストを得意としたことと、彼の語りの巧みさは無関係ではないだろう。
時に前後に動いたり、最低限の身振りを加えたりして、演劇的な効果も加わっていた。
また当時の風習に則って、時に旋律に装飾を加えたりもしていたが(「夕映えの中で」等)、それはかなり限定して使っているようだった。
端正でさわやかな美声は相変わらずで、その声でシューベルトの歌で何が起きているのか、どういう状況なのかを分かりやすく語るように歌う。
それはもはや至芸と言ってよいように思えた。
まれに声が裏返ることを除けば衰えはほとんど感じられず、むしろ彼の描き出す世界がどこまで深化するのか、その充実ぶりに胸の高まる思いで聴き入った。
真面目な印象のプレガルディエンだが、「独り住まいの男」ではゲースと共にライヴならではのユーモラスな仕掛けを披露した。
こおろぎの鳴き声の聞こえる夜中の暖炉の前で一人くつろぐ男性の至福の時を歌った作品だが、いとしい人の姿を思い浮かべてゆっくり憩おうと歌う第4節で徐々にスピードが遅くなり、その後の間奏では止まりそうになり、ついにはプレガルディエンはいびきをかき始めたのである。
こういうちょっとした仕掛けは聴衆との信頼関係が成り立っていてはじめて成功するのだろう。
そういう意味でトッパンホールの聴衆とはよい関係が築けているようだ。
ピアノのミヒャエル・ゲースは、以前は正直私の好みの演奏ではなかった。
ところが好みというのは変わるもので、今回はとても楽しむことが出来た。
ゲースは後ろに束ねた髪といい、鼻眼鏡といい、独自の風貌をもった人だ。
ひょうひょうとしていて何かマジックでも始めそうな雰囲気すら漂う。
そして、その演奏もまたユニークなのである。
彼は歌曲の専門伴奏家の伝統的な表現をとらない。
かといってソロピアニストのようにテクニックの巧みさを前面に押し出したりもしない。
たとえて言えば即興演奏をしているかのように変幻自在に揺れ動く演奏といった感じだろうか。
おそらく専門伴奏家の演奏も、ソロピアニストの演奏も踏まえたうえで、あえて独自の路線を突き進んでいるのだろう。
ピアノの蓋は全開だが、ほとんどフォルティッシモを出さない。
むしろもやがかかったように薄いヴェールをかけたまま演奏が進行していく場合が多い。
しかし、その柔らかい響きの中から突如美しい対旋律が浮かび上がってきたりする。
普段和音の響きの中に埋没してしまいがちな音を拾い上げて、あたかも新しい響きのように演奏する。
そこに彼の創造性を見ることが出来るのではないか。
リズムもペダルの使い方も均一にはしない。
その歪みの中から生まれてくる響きに新鮮なものを感じると、彼の演奏はとても面白い。
「魔王」の右手を左手の助けを借りずに弾ききる彼のこと、テクニカルな点で非常に高いものをもっていることはおそらく疑いない。
だが、「御者クロノスに」のようなリズミカルな曲でさえ、柔らかい響きで通すことで、先入観にとらわれてはいけないということをあらためて考えさせられるのである。
おそらくゲースがこの日最も芯の強い強音を響かせたのは「魔王」でも「舟人」でもなく、「影法師」だろう。
精神的なドラマを彼が重視した証ではないか。
アンコールは「白鳥の歌」から「鳩の便り」と、「冬の旅」から有名な2曲である。
ここでも端正に語るプレガルディエンと、独自の読みをするゲースの演奏は面白い化学反応を起こしていた。
リートを歌い、聴く人が減少している中で、このコンビの果たす役割は少なくないはずである。
今後も頻繁に来日して、日本の歌曲ファンを増やしてもらえたら嬉しいものである。
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コメント
フランツさん、こんにちは。このコンビの演奏は、私も3、4年前(?)に聴きました。CDもサインして貰いました。ピアニストは、まだ若く、勝手に引いている感じでしたが、プレガルディエンは、むしろそれを楽しんでましたね。今回は又別のプログラムだったみたいですが、楽しまれたようでよかったですね。
投稿: Clara | 2014年2月23日 (日曜日) 16時57分
Claraさん、こんにちは。
コメントを有難うございます!
Claraさんも数年前にお聴きになったのですね。
ゲースのピアノはかなり独特ではありますが、プレガルディエンが彼を重用しているのがなんとなく分かります。おっしゃるようにピアニストとの化学反応を楽しんでいるのでしょうね。
こういう新鮮な解釈が、リートファンを増やすきっかけになるといいなと思います。
投稿: フランツ | 2014年2月23日 (日曜日) 18時16分