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シューベルト「ライアー弾き(辻音楽師)」D911-24を聴く

久しぶりにシューベルトを聴こうと思います。
2週連続で大雪に見舞われたこともあり、「冬の旅」が聴きたい気分です。
そういうわけで最終曲「ライアー弾き」を聴き比べたいと思います。
これはあまりにも有名な作品でもあり、聴く人の好みが分かれるかもしれませんが、演奏はアップされている中から王道を中心に集めてみました。
この主人公がどういう精神状態まで行き着いたのか、そして目の前のライアー弾きに何かを求めているのか、何も求めていないのか、演奏者たちのメッセージに耳を傾けてみたいと思います。

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Der Leiermann
 ライアー弾き

Drüben hinterm Dorfe
Steht ein Leiermann
Und mit starren Fingern
Dreht er, was er kann.
 あの村のはずれに
 ライアーを弾く男が立っている。
 そしてかじかむ指で
 精一杯奏でている。

Barfuß auf dem Eise
Wankt er hin und her
Und sein kleiner Teller
Bleibt ihm immer leer.
 素足のまま氷の上を
 あちらこちら、ふらふらと歩いている。
 それでも彼の小さな皿は
 いつも空のままだ。

Keiner mag ihn hören,
Keiner sieht ihn an,
Und die Hunde knurren
Um den alten Mann.
 彼を聞こうとする者もなく、
 彼を見る者もない。
 そして犬がうなっている、
 この老人の周りで。

Und er läßt es gehen
Alles, wie es will,
Dreht und seine Leier
Steht ihm nimmer still.
 こうして彼は
 すべてをなりゆきに任せ、
 奏で続け、彼のライアーが
 鳴り止むことは決してない。

Wunderlicher Alter,
Soll ich mit dir geh'n?
Willst zu meinen Liedern
Deine Leier dreh'n?
 不思議なご老人よ、
 あなたと共に行こうか。
 私の歌に合わせ、
 あなたのライアーを奏でてはくれまいか。

詩:Wilhelm Müller (1794-1827)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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ミュラーの詩の朗読

原詩を朗読している為、シューベルトが変更した言葉とは異なる箇所があります(2節"Wankt"と3節"knurren"は、原詩ではそれぞれ"Schwankt"、"brummen")。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&アルフレット・ブレンデル(P)

1979年1月収録の映像。険しい横顔のディースカウの表情がすでに多くを語っています。語り口のはっきりした、強い意志を感じさせる歌唱です。ブレンデルのピアノの音がなんともいえない響きで低音を弾き効果的です。

ハンス・ホッター(BSBR)&ジェラルド・ムーア(P)

1954年5月録音。ホッターは平静を装ったかのように静かに歌いますが、思いを内に秘めているがゆえに強い印象を受ける歌唱です。ムーアは寂寥感のよくあらわれた演奏です。

ヘルマン・プライ(BR)&カール・エンゲル(P)

1:07:32~(この時間から始まります)。1961年10月録音。若きプライが若者の心情に沿った歌を聴かせ、最後の一言で思いを吐き出します。エンゲルもぴったり呼吸が合っています。

ゲルハルト・ヒュッシュ(BR)&ハンス・ウード・ミュラー(P)

1933年録音。ヒュッシュは一言一言を明瞭に発音して、言葉の背景を感じさせる歌唱です。ミュラーのピアノは前のめり気味のリズムが焦燥感を与えています。

トーマス・クヴァストホフ(BR)&ダニエル・バレンボイム(P)

2005年3月収録のライヴ映像。他の多くの歌手とは違い、クヴァストホフは口ずさむようではなく、しっかりと「歌って」います。そのふくよかな美声は第三者の語りのようにも思えました。バレンボイムが右手のリズムを崩し気味に弾くのは、ライアー弾きの指がかじかんでいる様を反映しているのでしょうか。

ペーター・シュライアー(T)&スヴャトスラフ・リヒテル(P)

ささやくように弱声で歌うシュライアーの歌唱は、主人公の気力が弱っていることを表現しているのでしょうか。最終行の盛り上がりも気力を振り絞ったようにも聴こえます。リヒテルは現実のライアーを模すのではなく、彼岸の響きのように美しく聴かせます。

イアン・ボストリッジ(T)&ジュリアス・ドレイク(P)

ささやきと歌の中間ぐらいのボストリッジの歌唱は主人公が放心状態にあるかのように感じられます。ドレイクは速めのテンポで丁寧に背景を描いています。

アンドレアス・シュミット(BR)&ルドルフ・ヤンセン(P)

シュミットの安定感ある声はなにか聴く者をほっとさせてくれます。ヤンセンもシュミットと一体になったいい演奏です。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

おそらく1962年録音。歌もピアノもすみずみまで行き届いていて素晴らしいです。この動画ではなぜか最後の和音が省略されてしまっているのが残念!

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&マレイ・ペライア(P)

1990年6月収録の映像。狂気をはらんだかのような鬼気迫るディースカウの表現が印象的です。ペライアも丁寧にサポートしています。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&クラウス・ビリング(P)

1948年1月録音。当時22歳のディースカウは全盛期よりも感傷的な響きが聴かれるのが興味深いです。一方のビリングは手綱を締めた演奏です。

ヘルマン・プライ(BR)&ヘルムート・ドイチュ(P)

本人映像。プライの温もりのある声と表現は明らかにライアーを弾く老人に共感を寄せているように感じられます。ドイチュはライアーの響きをちょうど良い加減で模しているように感じます。

ヘルマン・プライ(BR)&ミヒャエル・エンドレス(P)

おそらく日本でのライヴ映像。プライは一言一言語るように伝え、名人の味わいを醸し出しています。若いエンドレスもしっかりとしたサポートです。

ハンス・ホッター(BSBR)&ミヒャエル・ラウハイゼン(P)

ホッター1度目の1942-43年録音。厳格に表情を押し殺したホッターですが、最後の1行で感情を爆発させます。ラウハイゼンのピアノが寒々とした雰囲気を醸し出しています。

エレナ・ゲルハルト(MS)&クンラート・ファン・ボス(P)

往年の名歌手ゲルハルトの深みのある女声で聴くのも良いです。ピアノのボスはラウハイゼンやムーアよりも前に伴奏者として活動を始めていたオランダのピアニストです。

ミーシャ・マイスキー(VLC)&ダリア・ホヴォラ(P)

マイスキーのチェロの演奏で一息いれましょう。続けて「夜と夢」「海辺にて」も演奏されています。

Nataša Mirković De Ro(S)&マティアス・ロイブナー(Matthias Loibner)(hurdy-gurdy)

ドレーライアー(ハーディーガーディー)で楽譜に忠実に伴奏した演奏です。なるほどこういう響きをシューベルトは模していたのですね。女声は癒し系の声です。

男声&ドレーライアー(ハーディーガーディー)伴奏(演奏者名不明)

ライアーの伴奏は若干原曲と異なるところがありますが、出ない音があるのでしょうか。流しのような雰囲気で歌われる男声が心地よいです。

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コメント

こんばんは。「辻音楽師」をアップされましたか。驚きました。紹介くださっている数々の演奏を一気に聴くのはしんどいですので、どれから聴こうかなあと見ていましたら、ドレーライヤー伴奏があるではないか、と喜びました。我が関西弁で言えば、「すごいやんすごいやん、あるやん、あるやん」です。

『冬の旅』の「辻音楽師」を聴くたびに、いつもシューベルトが夜の夜中に道端で奏でられる音を聞いていた、そしてどんな心持で耳にしていたかな、といつも感じていました。
ドレーライヤーで奏でられる「辻音楽師」はどのようだろう?とも。

Nataša Mirković De Ro(S)の演奏が面白かった。演奏者不明の演奏の方は、犬も啼くわいな、と思いました。
シューベルトはドレーライヤーの響きを、昇華させたのでしょうか。
ディースカウやプライの歌唱は、ゆくりゆくりと聴きなおします。

投稿: Zu-Simolin | 2014年2月21日 (金曜日) 18時51分

Zu-Simolinさん、こんばんは。
聴いてくださり、そして関西弁で驚いてくださり、有り難うございます!

ドレーライアー伴奏の演奏が動画サイトに2種類もアップされているとは私も思ってもみなかったので、自分の出身地風に言うと「すごいじゃん、すごいじゃん、あるじゃん」という気分でした(笑)

女声の方はライアーはシューベルトのピアノパートにほぼ忠実ですが、低音のドローンとよばれる機能が5度音程ではなくオクターブで奏しているように聴こえます。そうしないと右手パートが忠実に再現できないのかなぁなどと想像したりしながら聴きました。
シューベルトはライアーの響きのイメージを再現しようとしたのかもしれませんね。それにしてもうまくピアノで再現しているなぁと思います。

投稿: フランツ | 2014年2月22日 (土曜日) 20時02分

再び、失礼いたします。
あまりに面白かったもので。
ゲルハルトの映像は、SPレコードと蓄音機の懐かしさを楽しみましたが、それ以上、ディースカウの48年、62年、90年の歌唱を並べられ、紹介されたのですから。
特に48年の歌唱は、ディースカウが戦時中に聞かせた声や、大学かどこかでしたか、飛び入りで聞かせたころの歌声を、聞く思いでした。

投稿: Zu-Simolin | 2014年2月27日 (木曜日) 17時22分

Zu-Simolinさん、こんばんは。
面白がっていただけて嬉しいです!
ゲルハルトの音源はSP盤特有の味わいもあっていいですよね。あの針音はCD時代にはむしろ貴重に感じられます。
そしてディースカウですが、彼は「冬の旅」を何度も繰り返し録音してきたのですが、年代ごとに味わいが変わっているのが興味深いところです。48年の録音はディースカウの出発点に近い時期でしょう。まだこのころは感傷にひたったような歌い方をしているのが微笑ましく感じられます。

投稿: フランツ | 2014年2月28日 (金曜日) 01時02分

フランツさん、こんにちは。

これだけの映像、録音を集めるのは大変だったでしょうね。
名歌手が次々歌ってくれる、贅沢な楽しみです。
また、同じ歌手の年代の違う録音を聴き比べるのもとても好きです。

クヴァストホフの深々とした演奏、スモーキーなシュライヤーをまず聴いてみました。
あとの演奏もじっくり聞いてまたコメントさせて頂きますね。

投稿: 真子 | 2014年3月 3日 (月曜日) 11時39分

真子さん、こんばんは。
この曲は有名なだけあって、動画サイトに沢山ありました。
選ぶのに迷うぐらいでした。
様々な演奏家が演奏すれば、その数だけ様々な異なる声や解釈を楽しむことが出来るので、私自身楽しみながら聴き比べています。

クヴァストホフの立派な歌唱、シュライアーのライヴ感あふれる歌唱もいいですよね。
じっくり他の演奏も楽しんでくださいね。

投稿: フランツ | 2014年3月 3日 (月曜日) 20時51分

フランツさん、こんにちは。

ディースカウさんの年代別聴き比べをもう少ししたいので、今日は「冬の旅」考を。

ドイツリートといえば陰影のあるバリトンで聴く方がよりリートらしい気がして、私も好んでバリトンで聴いています。
特に「冬の旅」は、そうですよね。
しかし、シューベルトはこの曲集を、テノールの音域で書いています。
友人のテノール歌手を意識してのことだったのかもしれませんが、やはりどこまでも、若者の失恋、失意の歌としてシューベルトは、ミュラーの詩を捉えていたのではないかと思うのです。

だから、「冬の旅」は歌う哲学のような音楽、老練な演奏でないと、と思われているけれど、本当はどうなんだろうと思うことがあります。
時代の演奏スタイルというものもあるでしょうね。
リートが民謡のように歌われていた時代もあったそうです。
詩が、ハイネやゲーテでなくミュラーだからでしょうか。

私もリートの哲学的な演奏を愛でるものですが、ふと、これまでの「冬の旅」の殻を割るような演奏を聞いてみたいと思うことがあります。
例えば、音大を出たばかりの、今まさに失恋した若者の、心の叫びとしての「冬の旅を」。

それが、22歳時のディースカウさんや、32歳時のプライさんの演奏といえば言えなくもないですが・・。
イタリア人は歌わないでしょうが、イタリア人が歌ったらどんな「冬の旅」になるのかも興味があります。

「ライアーマン」は、24曲の旅をして来てなお、どこにも持って行きようのない気持ちを抱えている、「冬の旅」は終わりのない旅なんだとシューベルトが言っているように思います。

投稿: 真子 | 2014年3月18日 (火曜日) 18時50分

真子さん、こんにちは。
真子さんの「冬の旅」考を興味深く拝見しました。有り難うございます!
「冬の旅」は深刻な顔をして聴くものというイメージが確かにありますね。往年の名バリトン、ゲルハルト・ヒュッシュのレコードは当時の愛好家たちのバイブルになっていたようですし、どの一語もおろそかにしない楷書風のヒュッシュの歌い方が後の世代に大きく影響したとしても不思議はありません。ディースカウもプライもホッターもヒュッシュの土台があってこその歌唱だと思います。それゆえに、シューベルトがフォーグルのような高声を意図して書いているにもかかわらず、例えばシュライアーのような人が声の成熟を待ってから歌うということにもなるのでしょう。
失恋したての10代の若者がこの曲集を歌っても不思議はないと思います。聴衆に披露できるレベルかどうかは別にして、シューベルトの音楽を歌ったり聴いたりするのに年齢は問わないと思います。
動画サイトを探してみると素人さんの歌もたまにアップされていて、そういう歌唱から気付かされることもありますね。
「終わりのない旅」をこれからも楽しんでいきましょう。

投稿: フランツ | 2014年3月19日 (水曜日) 13時01分

フランツさん、こんにちは。

おっしゃるとおり、『聴衆に披露できるレベルかどうか』は、特にプロの歌手としては一番の問題ですよね。
この歌曲集24曲を、どう構成して歌うかとなると、歌手としての力量のない人には難しいでしょうから。
そう思いつつも、未熟であっても若さのほとばしる冬の旅を聴いてみたい。
冬の旅には、そう思わせる魔力があるように思います。

私は「ライアーマン」を聴き終わると、また「おやすみ」からかけてしまうことがあります。
そんなときは、この旅は永遠に続くんだよ、とシューベルトが言っているように聞こえます。
シューベルトは本当にすごいですね。

投稿: 真子 | 2014年3月19日 (水曜日) 17時40分

真子さん、こんばんは。
若さのほとばしる「冬の旅」というのがきっと本来の「冬の旅」なのでしょうね。そういう意味ではプロになりたての歌手の「冬の旅」も面白そうな気がします。
永遠に続く「冬の旅」、ライアーマンも旅の途中の風景に過ぎないのかもしれないと思ったりもします。
シューベルトの魅力は果てしないですね。

投稿: フランツ | 2014年3月20日 (木曜日) 12時41分

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