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シューベルト「岩の上の羊飼いD965」を聴く

今回は、Zu-Simolinさんのご希望でシューベルトの「岩の上の羊飼い」をとりあげます。
シューベルト最後の歌曲のひとつとされ、規模が大きく、クラリネットの助奏が付くことでもユニークな作品です。
助奏が付くということではホルン助奏の「流れの上で(Auf dem Strom)D943」(レルシュタープの詩)もありますが、そちらも晩年の作品で、シューベルトが新しい試みを始めようとしていた可能性があります。

さらにこの作品の特殊な点は複数の詩をつなげて一つの歌曲を作っていることで、マーラーが後にやったことをすでに先取りしていたと言えるかもしれません。
最初の4節はヴィルヘルム・ミュラーの「山の羊飼い(Der Berghirt)」、次の2節がファルンハーゲンの「夜の響き(Nächtlicher Schall)」、最後の1節が再びミュラーによる「愛の思い(Liebesgedanken)」から引用されています。
真ん中の2節はかつては「ロザムンデ」の作家として知られているヘルミーナ・フォン・シェジによるものと推測されていましたが、後にファルンハーゲンの詩であることが判明したようです。

歌はかなりの技術を要しますが、一方でピアノパートは和音を刻むなど伴奏にとどまっている箇所が多い印象を受けます。
その分助奏のクラリネットが歌とデュエットを奏でるように活躍します。
歌は、ヨーデルを思わせる跳躍、メリスマティックな技術、息の長いフレーズ、さらに中間部の心痛の表現力等々、多くの要素を歌手に求めますが、それゆえにやり甲斐があるのか、多くの女声歌手たちに人気のある作品です。
普段ドイツリートを歌わないようなイタリア系のソプラノ歌手までこの曲をとりあげていることからも、その特殊性がうかがえます。

以下のリンク先でシューベルトによる自筆譜の最初のページが見られます。
 こちら

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Der Hirt auf dem Felsen
 岩の上の羊飼い

Wenn auf dem höchsten Fels ich steh',
In's tiefe Tal hernieder seh',
Und singe,
 私が一番高い岩の上に立ち
 深い谷を見下ろして
 歌うとき、

Fern aus dem tiefen dunkeln Tal
Schwingt sich empor der Widerhall
Der Klüfte.
 深く暗い谷底からはるかに
 深淵のこだまが
 舞い上がる。

Je weiter meine Stimme dringt,
Je heller sie mir wieder klingt
Von unten.
 私の声が遠くへ届けば届くほど
 明るくこだまが響き返ってくる、
 下の方から。

Mein Liebchen wohnt so weit von mir,
Drum sehn' ich mich so heiß nach ihr
Hinüber.
 私の恋人は私からとても離れたところに住んでいる、
 だから私は彼女にこれほど熱烈に憧れるのだ、
 あのかなたへ。

In tiefem Gram verzehr' ich mich,
Mir ist die Freude hin,
Auf Erden mir die Hoffnung wich,
Ich hier so einsam bin.
 深い心痛のあまり私は憔悴している、
 私から喜びは去ってしまった、
 この世で私から希望は消え、
 ここにいる私はこれほど孤独なのだ。

So sehnend klang im Wald das Lied,
So sehnend klang es durch die Nacht,
Die Herzen es zum Himmel zieht
Mit wunderbarer Macht.
 こんなに憧れにあふれて歌が森に響きわたった、
 こんなに憧れにあふれて歌が夜をとおして響きわたった、
 心を歌は天に向かわせる、
 不思議な力で。

Der Frühling will kommen,
Der Frühling, meine Freud',
Nun mach' ich mich fertig
Zum Wandern bereit.
 春が来ようとしている、
 春、我が喜びよ、
 もう私は
 旅立つ用意が出来ている。

詩:Wilhelm Müller (1794-1827)(1-4,7節)
  Karl August Varnhagen von Ense (1785-1858)(5-6節)
曲:Franz Peter Schubert (1797-1828)

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エリー・アーメリング(S)&ハンス・ダインツァー(CL)&イェルク・デームス(Fortepiano)

アーメリング30代前半の極上の美声が堪能できます。技巧的な箇所から抒情的な箇所まで完璧です。ダインツァーとデームスのひなびた雰囲気も心地よいです。

バーバラ・ボニー(S)&シャロン・カム(CL)&ジェフリー・パーソンズ(P)

ボニーの伸びやかなつやのある美声が存分に生かされた名唱です。この曲では比較的地味な役割に甘んじているピアノパートですが、さすがにパーソンズの上手さ、タッチの美しさは隠しようがありません。

キャスリーン・バトル(S)&カール・ライスター(CL)&ジェイムズ・レヴァイン(P)

バトルのクリーミーな美声が惜しげなく披露されています。名手ライスターの演奏は歌心にあふれていて素晴らしいです。レヴァインも好サポートです。

アーリーン・オジェー(S)&シア・キング(CL)&グレアム・ジョンソン(P)

オジェー最晩年のいぶし銀の名唱で、ヨーデルを模しているかのような"singen"の歌い方が印象的でした。とりわけ中間部の抑えた哀愁が円熟味を感じさせて素晴らしかったです。キングとジョンソンは穏やかにオジェーを支えています。

マーガレット・プライス(S)&ハンス・シェーネベルガー(CL)&ヴォルフガング・サヴァリシュ(P)

プライスの清澄さと強靭さを併せ持った歌唱もまた素敵です。シェーネベルガーとサヴァリシュが引き締まった演奏を聴かせます。

バーバラ・ヘンドリックス(S)&ザビーネ・マイアー(CL)&ラドゥ・ルプー(P)

名手3人が相まみえた名演です。ヘンドリックスの細身の声は相変わらず魅力的です。

エディタ・グルベローヴァ(S)&ペーター・シュミードル(CL)&エリク・ヴェルバ(P)

グルベローヴァに適した作品で、彼女の良さが出ていますが、ただ技巧を聴かせるだけでなく、中間部の悲痛な表現も訴えかけてくるものがあります。シュミードル&ヴェルバのウィーン情緒あふれる演奏もいいです。

ベニタ・ヴァレンテ(S)&ハロルド・ライト(CL)&ルドルフ・ゼルキン(P)

ヴァレンテのライヴならではの起伏のある歌いぶりも魅力的です。巨匠ゼルキンがさすが味のあるピアノを聴かせます。

マックス・エマヌエル・ツェンチッチ(Boy soprano)&クラリネット&ピアノ(演奏者名不明)

実際の少年の声で聴くのが、このテキストには最も理想的かもしれないですね。これだけ歌えるボーイソプラノはすごいです!

サンドリーヌ・ピオー(S)&Antoine Tamestit(Viola)&マルクス・ハドゥラ(P)

ドイツリートもこなすフランス人ピオーの歌唱も端正で表情も豊かで良いです。ヴィオラ助奏だと牧歌的な要素が薄まり、サロンで聴いているかのような感じです。ハドゥラもいい演奏です。

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コメント

今晩は、フランツさん。
「岩の上の…」を早速に取り上げてくださりありがとうございます。
フランツさんの「シューベルト・・・を聴く」シリーズは、聞きなれていた曲をあらためてじっくり聴きなおさせてくださっています。
 今回の「岩の上の…」ももちろんそうです。

シューベルトが、ホルンでなくクラリネットを使ったのはなぜなのか?このように長い曲になったのはなぜなのか?シューベルトが繰り返している語句はどこだどこだ?オペラのアリアにしたかったのではないだろうか?……などなど、フランツさんのおかげで妄想を膨らませることができました。


「鳩の使い」と全く異なる曲想の「岩の上の…」ですが、それが面白い。非常に面白い。そう思いました。

投稿: Zu-Simolin | 2013年11月13日 (水曜日) 20時07分

Zu-Simolinさん、こんにちは。
この曲は多くの動画がアップされていて、女声歌手に非常に人気のある作品なのだとあらためて実感しました。
私もこんな機会でもないと、この長大な歌曲を聴き比べようなどとは思わなかったでしょうから、Zu-Simolinさんに感謝です!
「鳩の便り」と同じ頃に作られたとは思えないほど異なる魅力のある作品ですね。
Zu-Simolinさんがおっしゃった妄想、よく分かります。
亡くなる直前になって、どうしてこのような新しい試みを始めたのだろうか、テキストの繰り返しは帳尻合わせなのか、それとも意図的なものなのか、等々妄想のふくらむ曲ですね。

投稿: フランツ | 2013年11月14日 (木曜日) 12時35分

フランツさん、こんにちは。

2回通り聴いて、さらに出てきたエリカ・ケートやマリア・シュターダーまで聴いていたら、日にちが経ってしまいました(笑)。

私の好きな歌手が勢ぞろいして聴き応えがありました。
アメリング、ボニー、バトルは中でも大好きですが、オジェーの歌はシューベルトそのもののもとへ連れ行ってくれる、そんな風に思いながら聴きました。

それにしても、歌詞を見れば、これは明らかに男性の気持ちを歌っていますよね。
メロディが女声向けだからか、競い合って女性が歌っているのが面白いなあと思いました。
男声歌手でこの曲を歌っている人はいるのでしょうか?ちょっと興味があります(ヴンダーリヒなどが歌ったら合いそうに思います)。


牧歌的に始まって、中間部で短調に変調するあたり、また明るい調になる「Die Herzen es zum Himmel zieht・・」のあたり、シューベルトの真骨頂ですね。
やはりここにも「憧れ」が出てきていますね。

もしシューベルトが後10年、20年と生きていたら、オペラのスケールに負けないこのような曲をもっともっと書いたのでしょうか。
もしかしたら、クラリネット以外の楽器も使ってみたのだろうかと、私も色々想像してみた今回の聴き比べでした。

投稿: 真子 | 2013年11月14日 (木曜日) 19時37分

真子さん、こんにちは。
2回も聴いていただき、有難うございます!長い曲なので、聴き比べに時間がかかったことと思います。真子さんも聴かれたケートやシュターダー、さらにE.シューマンなどの往年の名歌手たちも動画サイトには掲載されていて、本当に演奏家と聴き手の双方に愛されている曲なのだなぁと感じました。個人的にはエディット・マティスも誰かアップしてくれないかなと思ったりしました。
オジェーの歌唱も素晴らしいですよね。彼女がこの録音を残してくれたのは有難いことだと思いました。
確かに男声歌手はこの曲に手を出さないようですが、ボーイソプラノが歌っているのは印象的でした。

真子さんのコメントを拝見して、そうか、ここにも「憧れ」の気持ちが歌われているのかと、気付かさせていただきました。「鳩の便り」と全く正反対だと思っていましたが、どちらにもシューベルトの"憧れ"が込められていたのですね。晩年のシューベルトの心境に思いを馳せながら、あらためて聴いてみようと思いました。

投稿: フランツ | 2013年11月15日 (金曜日) 12時57分

フランツさん、こんにちは。

確かに少年がこの曲を歌いきったというのは驚きですね。
最後に顔写真が出てきましたが、マックス・エマヌエル君、将来はどんな声楽家になるのか楽しみです。

あと、6行目「・・Der Klüfte」、9行目「・・Von unten」のそれぞれ最終音に低い音が当てられていますね。

バトルなどは、かなり頭声の響きが強いのでこのあたり無理をしていませんが、同じく細い声のボニーは、かなりこの低音を出しています。
しかし、低音も充実しているグルベローヴァが、あまりこの低音部を出していないことが不思議でした。
ボニーは、シューマンなどでも、結構低音部を張る?ので、何か考えがあるのかもしれないですが。

聴き比べて見えてきたおもしろさです。

投稿: 真子 | 2013年11月15日 (金曜日) 17時30分

真子さん、こんにちは。
ツェンチッチは1976年生まれとのことなので、すでに37歳になり、現在はカウンターテノールとして活動を続けているようです。確か数年前に東京でリサイタルを開いたと思います(私は聴きませんでしたが)。動画もアップされていたのでよろしければご覧になってみてください。Max Emanuel Cencicで検索すればご覧になれると思います。
確かに「岩の上の羊飼い」は高声歌手には厳しい低音がかなり出てきますね。あらためて聴いてみるとグルベローヴァは低音があまり出ておらず、まだこのころは低声があまり充実していなかったのかもしれませんね。
ボニーはリリックソプラノとして、低い音域も訓練してきたのかもしれませんね。詩を語るには低い音域も必要ですからね。

投稿: フランツ | 2013年11月16日 (土曜日) 13時08分

お尋ねです。
岩上の羊飼いの訳詞をコンサートのプログラムに使わせて頂くことは可能でしょうか?

投稿: ナオコ | 2017年2月 7日 (火曜日) 11時41分

ナオコさん、はじめまして。
「岩上の羊飼い」の訳詞はどうぞご自由にお使い下さい。
ただ、なにぶん素人の訳ですので、至らない点があると思いますがご了承ください。
コンサートのご成功をお祈りいたします!

投稿: フランツ | 2017年2月 7日 (火曜日) 19時22分

有難うございます。

投稿: ナオコ | 2017年2月 7日 (火曜日) 21時11分

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