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シューベルト「鳩の便りD965A」を聴く

今回はZu-Simolinさんのご要望により、シューベルトの「鳩の便り」をとりあげます。

ザイドルの詩に作曲した「鳩の便り」は、シューベルトのあずかり知らぬところで「白鳥の歌」というタイトルの歌曲集の最後に置かれて出版されました。
それ自体は作品が知られるきっかけにもなり悪いことではないと思いますが、「美しい水車屋の娘」や「冬の旅」のようなストーリーがあるわけではない為、歌曲集から切り離して単独で歌われたり、曲順を変更して歌われたりもしています。
この「鳩の便り」と「岩の上の羊飼い」がシューベルトの残した最後の歌曲ということになっていますが、どちらが最後だったかはさだかではありません。
しかし、いずれにせよ、短いシューベルトの生涯の最後に、こんなにピュアで自然で一抹のもの悲しさもこめられた作品を書いてくれたことに我々は感謝の気持ちしかありません。
「あこがれ(Sehnsucht)」という名前の伝書鳩を飼っている主人公は、まさにシューベルトそのものという気もします。

以前ヘルマン・プライの実演でこの曲を聴いた時に忘れられない思い出があります。
ピアニストは若手のミヒャエル・エンドレスでした。
ちょうどシューベルトの生誕200年を記念してサントリーホールでプライとエンドレスがシューベルトのシリーズをしていた最終回でのことです。
最後に「鳩の便り」の前奏をエンドレスが弾き始め、プライが最初の1行を歌い出すとすぐに歌うのをやめてピアノも止めてしまったのです。
どうも歌詞が曖昧になっていたので、そのせいかと思ったのですが、次に再度歌い出したらまたすぐに止まってしまいました。
プライは一度舞台袖に引っこみ、最後登場して歌い直し、今度は完璧に最後まで歌い切りました。
プライの実演は幸い何度か聴く機会に恵まれていましたが、こんなことは後にも先にもありませんでした。
後にインタビューでこの時のことを聴かれたプライは、ハイネの世界とザイドルの世界の違いがあってうまく続けられなかったというようなことを言っていた記憶があります。
確かにハイネの歌曲「ドッペルゲンガー」を歌い終えていったんプログラムを終えて、アンコールとして「鳩の便り」を歌うという人もいます。
連作歌曲集ではない寄せ集めの「白鳥の歌」の難しさを実感させられた出来事でした。

なお、以前「詩と音楽 梅丘歌曲会館」にこの曲の記事を投稿していますので、よろしければご参考までに。
 こちら

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Die Taubenpost
 鳩の便り

Ich hab' eine Brieftaub' in meinem Sold,
Die ist gar ergeben und treu,
Sie nimmt mir nie das Ziel zu kurz,
Und fliegt auch nie vorbei.
 私は1羽の伝書鳩を雇っている。
 それは全く従順で信頼の置ける鳩だ。
 行き先にたどり着かないこともないし、
 通り過ぎてしまうことも決してない。

Ich sende sie vieltausendmal
Auf Kundschaft täglich hinaus,
Vorbei an manchem lieben Ort,
Bis zu der Liebsten Haus.
 私はその鳩を毎日何千回と放ち、
 偵察に行かせている。
 鳩はいくつかの大好きな場所を通り、
 私の恋人の家に到着する。

Dort schaut sie zum Fenster heimlich hinein,
Belauscht ihren Blick und Schritt,
Gibt meine Grüße scherzend ab
Und nimmt die ihren mit.
 そこの窓から鳩はこっそりと中を覗き、
 彼女のまなざしや足取りをうかがう。
 私からの挨拶をじゃれながら彼女に伝え、
 そして彼女の返事を持ち帰ってくる。

Kein Briefchen brauch' ich zu schreiben mehr,
Die Träne selbst geb' ich ihr;
O sie verträgt sie sicher nicht,
Gar eifrig dient sie mir.
 もう手紙を書く必要などないのだ、
 涙すら鳩に預けられるのだから。
 おお、鳩は涙も確実に届けてくれる、
 全く熱心に私に仕えてくれるのだ。

Bei Tag, bei Nacht, im Wachen, im Traum,
Ihr gilt das alles gleich:
Wenn sie nur wandern, wandern kann,
Dann ist sie überreich!
 昼も夜も、目覚めていても夢の中でも、
 鳩にとっては同じことなのだ。
 鳩はただ飛んで、飛んでいられるだけで
 満ち足りているのだ!

Sie wird nicht müd', sie wird nicht matt,
Der Weg ist stets ihr neu;
Sie braucht nicht Lockung, braucht nicht Lohn,
Die Taub' ist so mir treu!
 鳩は疲れたり弱ったりしない、
 空の道はいつも新鮮なのだ。
 無理に誘い出したり、褒美を用意する必要はない、
 この鳩はそれほど私に忠実なのだ!

Drum heg' ich sie auch so treu an der Brust,
Versichert des schönsten Gewinns;
Sie heißt - die Sehnsucht! Kennt ihr sie? -
Die Botin treuen Sinns.
 だから私も忠実に鳩を胸に抱いてやるのだ、
 素晴らしいお土産を確信しながら。
 その鳩の名は-あこがれ!御存知だろうか。
 忠実な気質を持った使者を。

詩:Johann Gabriel Seidl (1804 - 1875)
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828)

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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ピアニスト(おそらくジェラルド・ムーア)(P)

F=ディースカウの詩と音楽への共感力のなんと素晴らしいことでしょう!ピアノ(おそらくムーア)は喜びも悲しみも描き尽くし、ただただ脱帽です!

ヘルマン・プライ(BR)&レナード・ホカンソン(P)

プライは一言一言をかみしめるように歌い、そこから滲み出る豊かな響きが魅力的です。ホカンソンはそんなプライが歌いやすいベッドを提供しているかのようです。

ヴォルフガング・ホルツマイア(BR)&イモジェン・クーパー(P)

14曲目(48:23~)です。ホルツマイアはどこまでも優しい声と朴訥な響きが魅力です。クーパーの美しく磨かれたタッチの音も素晴らしいです。

ハンス・ホッター(BSBR)&ジェラルド・ムーア(P)

14曲目(44:07~)です。ホッターのバスバリトンの声は包み込むような温かさが心地よいです。ムーアは重くなりすぎないように巧みに演奏しています。

ジョン・シャーリー=クワーク(BR)&ステュワート・ベッドフォド(P)

イギリスの名歌手シャーリー=クワークの渋みのある声と繊細な表情も魅力的です。ベッドフォドは一貫して美しい響きを聴かせています。

クリストフ・プレガルディエン(T)&アンドレアス・シュタイアー(P)

15曲目(48:51~52:10)が「鳩の便り」です。プレガルディエンのみずみずしく繊細な語り口のテノールと、シュタイアーの美しいピアノフォルテの響きが清涼感を感じさせてくれます。

ゲルハルト・ヒュッシュ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

ヒュッシュの言葉と音楽の絶妙のバランスが素晴らしいです。ムーアは隙なくサポートしています。

ゲルハルト・ヒュッシュ(BR)&小林道夫(P)

ヒュッシュの動画が見られます!!すでに盛期は過ぎていますが、その凛としたたたずまいは彼独自のものでしょう。若かりし小林道夫の演奏も安定感抜群で見事です。

ピーター・ピアーズ(T)&ベンジャミン・ブリテン(P)

硬質で誠実なピアーズのテノールで聴くのもいいです。作曲家ブリテンのピアノはスタッカート気味に弾く箇所を際立たせ、愛らしい演奏です。

ペーター・アンダース(T)&ミヒャエル・ラウハイゼン(P)

往年の歌手ですが、アンダースのリートも趣があって良いです。ラウハイゼンは素朴な味わいのあるピアノです。

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コメント

フランツさん、こんにちは。

勝手な想像ですが、私はこの「鳩の便り」がシューベルトの絶筆のような気がしてならないのです。
何の根拠もありませんが、この曲を聴く度、そう思うのです。

シューベルトの歌曲を通して流れている「あこがれ」や「明るい中にも潜む物悲しさ」には、本当に心惹かれます。
色々な聴き方があるでしょうが、私がプライさんの歌に特に惹きつけられるのも、彼がそういう憧れや、物悲しさを実直に歌いだしてくれるからなんだと思います。

20代・30代の情熱ほとばしる演奏、40代の滴るような美声で聴かせてくれるひたむきな演奏、50代の温かく包みこんでくれる演奏、60代のもう血肉となったシューベルトを目の前に見せてくれた演奏、全てに流れているのが、やはり「あこがれ」だったように思います。

フランツさんはあの伝説(?)の、シューベルテアーデの現場にいらっしゃったのですね。
とても羨ましいです。
私がその場にいたら、どうしようもなくハラハラしたでしょうが、一人の芸術家の深い精神に触れた瞬間ですものね。

ヒッシュの貴重な映像もありがとうございます。
ひところ、ヒュッシュ⇒ディスカウ、シュルスヌス⇒プライ、というようなくくりをされた事がありましたね。
どんな声、歌か気になって、ヒュッシュもシュルスヌスも買いました(なるほど!でした 笑)。

初めて聴きましたが、ジョン・シャーリー=クワークの声も結構好きです。
ホルツマイヤーは1枚だけ持っているのが「白鳥の歌」なんです。
とても柔らかい歌を歌う人ですね。

投稿: 真子 | 2013年10月28日 (月曜日) 14時44分

真子さん、こんばんは。

この曲、確かにシューベルトの絶筆かもしれませんね。そうであってほしいという気もします。明るさの中に垣間見せる悲しげな響き、これこそまさにシューベルトの響きであって、我々を魅了してやまないものだと思います。
プライがそれぞれの時期で異なる魅力をみせつつも、その基本には「あこがれ」があったというご意見、興味深く感じました。ドイツ人にとって"Sehnsucht(あこがれ)"という感情はきっと特別なものなのでしょうね。それをプライは歌の中で表現してきたのですね。
私にとってシューベルティアーデでのプライのシリーズは今でも色あせていません。あの血肉の歌唱はプライにとっての総決算であり、本当にその場に居合わせることが出来たのは幸運な体験でした。
ヒュッシュの映像、本当に貴重で、NHKもオケものばかりではなく、こういう遺産もDVD化してくれたらいいのにと思います。
ヒュッシュとシュルスヌスがディースカウとプライに例えられたのは確かに納得できますね。

投稿: フランツ | 2013年10月29日 (火曜日) 01時07分

こんにちは、フランツさん。
もっと早く取り上げてくださった御礼をとは思ったのですが、ちゃんと聴いてからでなければとぐずぐずしている間に遅くなってしまいました。ご寛恕下さい。

「鳩の便り」いつ聴いてもいい曲ですね、これがまず最初の感想です。
コメントで真子さんがお書きになっておられるように、私もこの曲が絶筆であればとも思いますが、同時に「岩の上の羊飼い」も捨てがたいという気持ちもあります。難しいところです。クラリネットの伴奏が加わって彼の新しい試みだったのかしら、とも思うので……。実は「岩の上……」を次にリクエストしたいと思ってもいるのですが、どうでしょう。

「鳩の便り」。ヒュッシュ&ムーアの録音は気に入りました。それとムーアといえば、ディースカウはもちろんですが、プライとも録音していますでしょう。その演奏も、とてもじっくりと歌われています。どちらかというと鳩の、あるいは「憧れ」の軽やかな速めの演奏となりそうなところを……。比喩として(真子さんから)叱られそうですが、プライの歌唱は、「憧れ」という女性の肌をやさしく撫ぜているように思いました。

ところで、思うのですが、シューベルトは普通なら「die Sehnsucht」を繰り返しそうなものなのに、そうではなく、「ご存知か、ご存知か」と繰り返しています。今回、それも面白いかも、と思った次第です。

投稿: Zu-Simolin | 2013年11月 2日 (土曜日) 16時13分

Zu-Simolinさん、こんにちは。
ご感想をありがとうございます。

本当にいい曲ですね!
これはシューベルトにしか書けない音楽でしょう。
こういう曲がこの世に存在することを感謝したいほどです。

ヒュッシュとムーアの演奏が良かったとのことですね。あらためて聴いてみると、ヒュッシュの楷書風の律儀な歌にドイツ人の魂がこもっているような気がして素晴らしいと思いました。
ムーアはヒュッシュ、プライ、ホッター、それからディースカウとは3回も録音しているのですが、ディースカウとの録音は私にはムーアの凄さがとても良く出ているように感じます。
ムーアはプライとも「白鳥の歌」全曲をステージ引退後に録音しているのですよね。プライのムーア共演盤はヴァルター・クリーンとの熱い録音とは全く異なる冷静さと落ち着きが感じられます。女性の肌を撫ぜているようかどうか、後でCDで確認してみますね。

「die Sehnsucht」ではなく「Kennt ihr sie?」を繰り返しているというご指摘、確かにその通りですね。私の考えでは一回目の「ご存知ですか」はためらいがちなシャイな問いかけであるのに対して、二回目は恥じらいを通り越した本心の訴えで、念を押しているようにも聞こえます。
「あこがれ」を繰り返さないのもシューベルトの慎みかもしれないなどと思ったりもします。

リクエスト、承りました。
長い詩なので、訳すのにちょっと時間がかかるかもしれませんが、ご了承ください。

投稿: フランツ | 2013年11月 2日 (土曜日) 17時27分

Zu-Simolinさん、こんにちは。

>プライの歌唱は、「憧れ」という女性の肌をやさしく撫ぜているように思いました。
さすが、うまいこと表現されますね。
怒らないですよ(笑)

そうなんですよね。
プライさんは、私の心も撫でられます(笑)


フランツさん、こんにちは。

ムーアは本当に素晴らしいピアニストですね。
クリーンとの「白鳥の歌」も他では聞けない魅力に満ちていますが、正反対のムーアとの「白鳥の歌」にも、強く惹きつけられています。
言葉でうまく表現できないんですが、ムーアのピアノがいんですね。
このフィリップス盤の魅力は、ムーアのピアノ力が引き出しているところが大きいように思います。

投稿: 真子 | 2013年11月 4日 (月曜日) 12時01分

真子さん、こんばんは。
真子さんにもムーアの良さを感じていただき、ムーアファンの私にはうれしい限りです。
プライとムーアの「白鳥の歌」をさきほど久しぶりにCDで全曲聴いてみました。
プライがムーアに影響されたのか、その逆かは分かりませんが、とてもコントロールの行き届いた演奏で、クリーン盤の情熱的な演奏とは本当に対照的で、それぞれに良さがありますね。
プライも時期によってアプローチの仕方が変化するということでしょうが、それは演奏家として健全なことだと思います。
この録音当時、ムーアはDGのためにはフィッシャー=ディースカウと、フィリップスのためにはプライとほぼ同時期に録音していたことになりますが、それぞれの歌手の特性に合わせた演奏をしているのはさすがだと思います。

投稿: フランツ | 2013年11月 4日 (月曜日) 21時06分

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