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セドリック・ティベルギアン/ピアノ・リサイタル(2013年9月26日 東京文化会館 大ホール)

都民劇場音楽サークル第610回定期公演
セドリック・ティベルギアン ピアノ・リサイタル
2013年9月26日(木)19:00 東京文化会館 大ホール

セドリック・ティベルギアン(Cédric Tiberghien)(piano)

シューベルト(Schubert)/楽興の時 D.780
 第1曲 ハ長調 モデラート
 第2曲 変イ長調 アンダンティーノ
 第3曲 ヘ短調 アレグレット・モデラート
 第4曲 嬰ハ短調 モデラート
 第5曲 ヘ短調 アレグロ・ヴィヴァーチェ
 第6曲 変イ長調 アレグレット

ベルク(Berg)/ピアノ・ソナタ ロ短調 作品1

~休憩~

シューベルト/12のドイツ舞曲 D.790
シューベルト/6つのドイツ舞曲 D.820

シューベルト/ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D.958
 第1楽章 アレグロ
 第2楽章 アダージョ
 第3楽章 メヌエット、アレグロ
 第4楽章 アレグロ

~アンコール~

ラヴェル(Ravel)/「鏡」~悲しげな鳥たち
ラヴェル/「鏡」~道化師の朝の歌

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フランスのピアニスト、セドリック・ティベルギアンを聴いた。
これまでにも数回生で聴く機会があったが、今回はシューベルトが中心のプログラムということと、東京文化会館大ホールという巨大な空間で聴けるという興味があって、当日券で聴いてきた(なんと最前列中央付近が空いていたのでそこを購入。S席ではなくA席だった)。

最初のシューベルト「楽興の時」は第3番だけが有名だが、全曲まとめて聴ける機会はなかなかない。
そういう意味でも楽しみだったが、私のシューベルトへの固定観念が強すぎたせいか、ティベルギアンの個性的なテンポルバートやタッチは個人的には違和感を感じる箇所があり、私の好みとはちょっと違っていた。
伴奏音形などはほとんど聞こえないほど弱く演奏されたりして(実際に音が出なかった箇所もあったように感じた)、かなりダイナミクスの幅を大きくとっていたのは、このホールの大きさに合わせたのかもしれない。
だが、強音はいいとしても弱音はもう少し"通る"音で弾いてほしかったという気はする(席のせいだろうか)。
もちろん、ティベルギアンのシューベルトへの愛情は強く感じられたのは良かったと思う。
彼なりによく歌い、作品を手中にしていたとは思う。
第6曲のたゆたうようなゆるやかな演奏は素晴らしかったと思う。
第1曲冒頭のおおらかなテーマの一部に私の知っているのとは異なる音が弾かれていたが、そういう版があるのかもしれない。

ウィーンつながりで選曲されたのか、前半最後は1楽章のみからなるアルバン・ベルク初期のピアノ・ソナタ。
こちらは自在な表現が好ましく、ティベルギアンの作品への没入具合がいい方向に働いたように感じられた。

休憩後、彼は見違えるように魅力的な演奏をしたように感じられた。
後半の演奏の充実をまのあたりにして、前半は緊張していたのかもしれないなと思った。
彼は「12のドイツ舞曲 D.790」と「6つのドイツ舞曲 D.820」をほんのわずかな間をあけただけで続けて演奏した。
D.790の方は私も聴き馴染みがあったが、彼の演奏する舞曲は本当に芸術品で、細やかな表情を付けて素朴な音楽に無限の多彩さを与えた。
D.820はおそらく初めて聴いたが、配布されたプログラムにも書かれていたとおり、1-2-1-3-1 4-5-4-6-4という具合に演奏されるのが興味深かった。
それぞれの短い舞曲の性格を明確にとらえて魅力的に演奏した。
舞曲も機会作品というだけにとどまらない価値があることを教えてもらった気分である。

そして、最後はシューベルト晩年の大作ソナタ ハ短調である。
この演奏を聴いて、ティベルギアンというピアニストがソナタ形式の型にはまった演奏を実に「ドイツ的」に演奏していたのが面白かった。
「楽興の時」であれほどルバートを大胆にかけていた同一人物とは思えないほど、カチッカチッとした型を押し出した演奏だったのが興味深く、またとても胸に響く演奏で素晴らしかった。
ベートーヴェン風のデモーニッシュな第1楽章、シューベルトらしい美しい歌の第2楽章、さりげないメヌエットの第3楽章、そしてタランテッラのリズムで熱狂渦巻く第4楽章と、異なる性格を見事に描き出した。
このソナタに今のティベルギアンの魅力が発揮されていたように感じられた。

会場の拍手にこたえて演奏したのはいずれもお国もののラヴェルの曲。
こちらは透徹した響きの自信に満ちた演奏だった。

最後に彼の演奏中に感じたこと。
とにかく良く鼻息をたて、ハミングをし、なにかをささやくという、あたかもグレン・グールドの映像を見るかのような状況であった。
ネットを見ると、最前列の客が歌っていたと思っている方もいるようだが、違いますよ!
ティベルギアン自身が気持ちよさそうに歌っていたのです。
最近の外来のピアニストはこのタイプが多いので、私ももう驚かなくなったが、はじめてこういう状況に接した方はびっくりしたのでは。

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シューベルト「十字軍D932」を聴く

シューベルトの晩年にカール・ゴットフリート・フォン・ライトナーの詩に付けた「十字軍」という曲を聴いてみます。
この作品はそれほど知られているとは言えませんが、コラール風の静かな曲調が一貫し、メロディーを歌だけでなくピアノが引き継いだりと、聴きごたえのある美しい作品です。
詩は修道士が独房から十字軍の遠征を見つめ、自身の境遇を巡礼者たる十字軍になぞらえるというものです。
つまり十字軍の遠征そのものがテーマではない為、シューベルトの音楽も勇壮さは一切なく、むしろ落ち着いた曲調になっています。
私がはじめてこの曲を聴いたのは、F=ディースカウを初めて生で聞いたときで、会場は神奈川県民ホールの大ホールでした。
ディースカウはこの曲が好きだったのか、リサイタルでもよく取り上げていたようで、録音も数種類残っています。

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Der Kreuzzug
 十字軍

Ein Münich steht in seiner Zell'
Am Fenstergitter grau,
Viel Rittersleut' in Waffen hell,
Die reiten durch die Au'.
 ある修道士が独居房に立っている、
 灰色の窓格子のそばで。
 明るく輝く武具に身をくるんだ多くの騎士たちが
 緑野を馬で行く。

Sie singen Lieder frommer Art
In schönem, ernsten Chor,
Inmitten fliegt, von Seide zart,
Die Kreuzesfahn' empor.
 彼らは敬虔な類の歌を歌う、
 美しく真剣な合唱で。
 彼らの中を、柔らかい絹の
 十字軍旗が舞い上がる。

Sie steigen an dem Seegestad'
Das hohe Schiff hinan;
Es läuft hinweg auf grünem Pfad,
Ist bald nur wie ein Schwan.
 彼らは海岸の
 高さのある船に乗り込む。
 それは緑の海路を進んでいき、
 すぐにただの白鳥のようになった。

Der Münich steht am Fenster noch,
Schaut ihnen nach hinaus:
,,Ich bin, wie ihr, ein Pilger doch,
Und bleib' ich gleich zu Haus.
 修道士はまだ窓辺に立っており
 彼らの方を見ている。
 「私は、きみたちと同じく、巡礼者の身である、
 家にはいるのだが。

Des Lebens Fahrt durch Wellentrug
Und heißen Wüstensand,
Es ist ja auch ein Kreuzes-Zug
In das gelobte Land."
 波の欺きと
 熱い砂漠の砂の中を進む人生の旅、
 それも、
 約束の地へと進む十字軍なのだ。」

詩:Karl Gottfried von Leitner (1800 - 1890)
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828)

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ヘルマン・プライ(BR)&レナード・ホカンソン(P)

プライは温かく共感あふれる歌唱で聴く者をじんわりさせてくれます。ホカンソンもプライの解釈にぴったり寄り添っています。

マティアス・ゲルネ(BR)&インゴ・メッツマッハー(P)

ゲルネの聴き手をくるみこむような心地よい歌唱は本当に素晴らしいです。メッツマッハーが思いのこもった美しい響きを聴かせてくれます。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&クラウス・ビリング(P)

F=ディースカウ23歳の録音。この時からすでに彼の歌唱スタイルが完成されていることに驚かされます。ビリングの訥々としたピアノも悪くないです。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ハルトムート・ヘル(P)

F=ディースカウ晩年の枯れた声質もこの曲にはよく合います。ヘルも美しく演奏しています。

サンダー・ドゥ・ヨン(T)&レイン・フェルヴェルダ(P)

テノールで聴くのもいいですね。低音が多くて歌手は大変そうですが。ピアノもよくサポートしています。

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シューベルト「音楽に寄せてD547」を聴く

シューベルトのあまたの歌曲の中でも最も親しまれている作品の一つである「音楽に寄せて」を聴くことにします。
この曲のテキストはシューベルトの親友であったフランツ・フォン・ショーバーによります。
シューベルトはショーバーによって悪い遊びを知り、それが病の一因にもなるわけですから、シューベルティアンにとってはショーバーという人に対する感情は複雑であると思います。
しかし、このような不朽の名作が彼のテキストによって生まれたわけですから、その点に関しては素直に感謝したいものです。
人生の辛い時間に音楽が心に光をともしてくれたという思いはほとんど誰もが経験していることではないでしょうか。
その詩にシューベルトが1817年に作曲した素朴ながら美しい和音に支えられた讃歌が聴き手の心の琴線に触れないわけはありません。
動画サイトでも膨大な数の録音がアップされていて、あらためてこの作品の人気を実感しました。
中には珍しい人の録音なども見つけて興味深かったのですが、ここはやはり真に胸を打つ演奏を私なりに厳選してみました。
数が多くなってしまい、いくつかのよい演奏が漏れてしまったのが残念ですが、皆さんでも動画サイトで他にお気に入りの演奏を探してみるのも面白いのではないでしょうか。

私にとっては、この曲は名伴奏ピアニストのジェラルド・ムーアと結びついています。
ムーアが公での最後のロンドンの演奏会のアンコールとして、シュヴァルツコプフ、ロサンヘレス、F=ディースカウを前にして、自身の編曲でこの曲を一人で演奏したのです。
それはそれは思いのこもった感動的な無言歌で、CD化もされているのでお聴きになった方もおられるかもしれません。
動画サイトにもムーア編曲版を演奏したものがあったのですが、他人による演奏で、あまり上手くなかった為、ここではご紹介をあきらめました。

演奏家にとっても愛好家にとっても思い入れの強い作品の一つではないでしょうか。

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An die Musik
 音楽に寄せて

Du holde Kunst,in wieviel grauen Stunden,
Wo mich des Lebens wilder Kreis umstrickt,
Hast du mein Herz zu warmer Lieb entzunden,
Hast mich in eine bessre Welt entrückt!
 いとおしい芸術よ、どれほどのくすんだ時間、
 私が荒れ果てた人生の環にくるみ込まれた時、
 あなたは私の心に温かい愛の火をつけて、
 私をより良い世界に連れ去ってくれたことか!

Oft hat ein Seufzer,deiner Harf' entflossen,
Ein süßer,heiliger Akkord von dir
Den Himmel bessrer Zeiten mir erschlossen,
Du holde Kunst,ich danke dir dafür!
 しばしば、あなたの竪琴から発せられる嘆息、
 あなたの甘く厳粛な和音が
 より良い時間の天国を私に開いてくれた、
 いとおしい芸術よ、あなたに感謝する!

詩:Franz Adolf Friedrich von Schober (1796 - 1882)
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828)

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朗読(Susanna Proskura)

普通に会話するように自然に発音しています。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

F=ディースカウは言葉の一言一言を明瞭に伝えてくれて素晴らしいです。ムーアの歌にあふれたピアノの感動的なこと!

ヘルマン・プライ(BR)&レナード・ホカンソン(P)

やや早めのテンポでプライがストレートに音楽への情熱をぶつけていて素敵です。ホカンソンはさすがにプライと息がぴったりです。

ハンス・ホッター(BSBR)&ジェラルド・ムーア(P)

ホッターの温かみのある声は聴き手を包み込むようです。ムーアもホッター同様温かいタッチです。

エリー・アーメリング(S)&ドルトン・ボールドウィン(P)

アーメリングの彫りの深くなった歌唱が素晴らしいです!ボールドウィンのピアノも細やかで見事です。

アーリーン・オジェー(S)&ランバート・オーキス(fortepiano)

オジェーの透明な美声は天上から降り注ぐかのようです。オーキスのフォルテピアノも特有の趣があります。

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S)&ジェラルド・ムーア(P)

シュヴァルツコプフの気品にあふれた語りかけは音楽への真摯な姿勢が感じられます。ムーアの演奏する姿が見られるのも貴重です。

グンドゥラ・ヤノヴィッツ(S)&チャールズ・スペンサー(P)

ヤノヴィッツは生で聴いた時、あまりにも美しいその声に驚いた記憶があります。ここでの真摯な歌いぶりも素晴らしいです。スペンサーも内声を浮き上がらせたいい演奏です。

フリッツ・ヴンダーリヒ(T)&ピアノ伴奏(フーベルト・ギーゼン?)

甘美なテノールの美声でとろけるように歌っています。ピアノは素朴な味があります。

イアン・ボストリッジ(T)&ジュリアス・ドレイク(P)

ボストリッジの知性的な歌もいいです。ドレイクが細部まで神経の行き届いた美しい演奏を聴かせています。

カスリーン・フェリア(MS)&フィリス・スパー(P)

フェリア持ち前の深みのある声が感動的です。スパーは録音のせいか控え目ですが、よくサポートしています。

ピアノ伴奏のみ

楽譜の映像と音がずれている箇所もありますが、ピアノパートのつつましやかな和音を味わってみてください。

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シューベルト「ヘリオポリスよりⅡD754」を聴く

今回はシューベルトの情熱が迸る作品を聴いてみたいと思います。
彼の親友でもあったマイアホーファーの詩による「ヘリオポリスよりⅡD754」です。
ヘリオポリスとは古代エジプトの都市の名前で、ギリシャ語で「太陽の町」を意味していたそうです。
紀元前には宗教都市として名を残したそうです。
シューベルトは「ヘリオポリスより」と題した作品を2曲作りました。
第1曲は静かで抒情的な作品で、まさに「太陽の町」について歌っています。
一方、この第2曲は自然の猛威の中で詩人の生きざまを情熱的に歌い、曲はドラマティックに盛り上がっていきます。
詩は強弱強弱のメリハリのあるリズムで、単語も"F"や"W"の強い息が感じられる語で始まったり、選ばれている単語もかちっかちっとしたドイツ語の性格が強調されているように感じられます。
動画に詩の朗読が見つからなかったのが残念です。
なお、この第2曲のタイトルはマイアホーファー自身は「Im Hochgebirge(高山にて)」としているそうです。
フィッシャー=ディースカウのお得意の曲であり、ライヴも含めて、いくつもの録音を残しています。
私も彼の歌唱でこの曲を知り、大好きになりました。
今回は彼の異なる3つの演奏を聴いてみてください。

Aus Heliopolis II
 ヘリオポリスよりⅡ

Fels auf Felsen hingewälzet,
Fester Grund und treuer Halt;
Wasserfälle, Windesschauer,
Unbegriffene Gewalt.
 岩々が転がっているところ、
 安定した土台に確かな支え。
 滝、突然の突風、
 把握できない猛威。

Einsam auf Gebirges Zinne
Kloster - wie auch Burgruine:
Grab' sie der Erinn'rung ein!
Denn der Dichter lebt vom Sein.
 山地のぎざぎざの峰の上に寂しく立つ
 修道院や城の廃墟、
 それらを記憶に刻み込め!
 なぜなら詩人は存在によって生きるのだから。

Atme du den heil'gen Äther,
Schling' die Arme um die Welt;
Nur dem Würdigen, dem Großen
Bleibe mutig zugesellt.
 神聖な精気(エーテル)を吸いこめ、
 世界に腕を巻きつけろ、
 ただふさわしい者、偉大な者とのみ
 付き合う勇気をもて。

Laß die Leidenschaften sausen
Im metallenen Akkord;
Wenn die starken Stürme brausen,
Findest du das rechte Wort.
 激情を
 金属的な和音の中で響かせろ、
 強い嵐が吹き荒れるとき
 おまえはふさわしい言葉を見出すだろう。

詩:Johann Baptist Mayrhofer (1787 - 1836)
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828)

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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

13:23~(5曲目)が「ヘリオポリスよりⅡ」です。F=ディースカウの力強さと明晰な発音、ムーアの雄弁で完璧な土台と、言うことなしの名演です!

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&スヴャトスラフ・リヒテル(P)
こちら(埋め込みコードが正しくない為、リンクを貼りました)
59:05~(18曲目)が「ヘリオポリスよりⅡ」です。1977年ザルツブルクにて。ライヴならではの熱気が歌、ピアノともにひしひしと伝わってきます。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ハルトムート・ヘル(P)

F=ディースカウの演奏活動後期の演奏で、声からみずみずしさは失われつつありますが、そのめりはりのきいた設計は相変わらず見事です。ヘルはディースカウと互角に渡り合っています。

フラウケ・ヴィリムツィク(Frauke Willimczik)(MS)&ラルフ・ツェットラー(Ralph Zedler)(P)

女声でこれほど見事にこの曲を歌いこなすとは驚きです!声、語り口、表現力と見事に備わったメゾソプラノです。ツェットラーのピアノも情熱的に演奏していて、こちらも素晴らしいです。

ゲオルク・ハン(BSBR)&ミヒャエル・ラウハイゼン(P)

ハンは典型的な低声歌手で、この曲のキャラクターにふさわしい深々とした響きによる堂々たる歌唱です。ピアノ伴奏者の先駆的存在のラウハイゼンも立派に弾いています。1943年の古い録音ながら、価値は失われていません。

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アントネッロ/モンテヴェルディ作曲 歌劇《ポッペアの戴冠》(2013年9月3日 川口総合文化センターリリア 音楽ホール)

アントネッロ<オペラ・フレスカ>第1弾
クラウディオ・モンテヴェルディ(Claudio Monteverdi)/歌劇《ポッペアの戴冠》

2013年9月3日(火)19:00 川口総合文化センターリリア 音楽ホール

演出:彌勒忠史

ポッペア:和泉万里子(S)
ネローネ(ローマ皇帝):彌勒忠史(CT)
オッターヴィア(ローマ皇妃)&フォルトゥーナ(運命の神):澤村翔子(MS)
オットーネ&セネカの従者Ⅲ:酒井崇(BR)
ドゥルジッラ&ヴィルトゥ(美徳の神):末吉朋子(S)
アルナルタ(ポッペアの侍女)&セネカの従者Ⅰ:上杉清仁(CT)
セネカ:和田ひでき(BR)
アモーレ(愛の神):赤地佳怜(S)
ヴァレット(オッターヴィアの小姓):藤沢エリカ(S)
リベルト(近衛隊長)&リットーレ(警吏)&第二の兵士&セネカの従者Ⅱ:黒田大介(T)
ヌットリーチェ(オッターヴィアの乳母)&第一の兵士:島田道生(T)

管弦楽:アントネッロ(Anthonello)
指揮:濱田芳通

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モンテヴェルディの現存する3つのオペラを演奏しようとするアントネッロの企画が始まった。
演出は自身出演もするカウンターテナーの彌勒忠史で、音楽監督が濱田芳通である。
会場は家から比較的近い川口リリアだったので、仕事帰りに急いで川口に向かい当日券で聴いた。
今回はモンテヴェルディ晩年の作品「ポッペアの戴冠」。
この時代のオペラにはほとんど馴染みがない為、どんなものか楽しみに聴き、終演後大いに満足した。
古楽オーケストラによる古い時代の音楽というのは私には若干敷居が高く感じていたのだが、彌勒氏の演出はコメディの要素を随所に織り込み、照明も工夫しつつ、観客をいかに楽しませるかというエンターテインメントの要素が強く、本当に楽しかった。
このオペラ、他の人の手が加わった声楽譜とバスが残っているだけとのことで、アレンジする人の裁量にかかっているという面も強いのだろう。
そこは古楽を極めたアントネッロ、時々遊びも加え(私の聴き違いでなければ、ブラームスの「子守唄」の一節まで出てきた)、歌手たちも今時の流行りやギャグを織り交ぜたりとなかなか柔軟である。
だが、おそらくモンテヴェルディの時代も同じようなことをやっていたのではないか。
配布されたプログラムの彌勒氏の言葉を引用すれば、このオペラは「ローマ皇帝ネローネの愛人ポッペアが正妻になるまでの玉の輿物語」ということになる。
暴君で知られたネローネ(ネロ)と正妻の地位をぶんどるポッペアという、いささか感情移入しにくい主役たちではあるが、そこは舞台上の話、素直に人間の欲望や嫉妬といったドロドロした部分を楽しめば(?)いいのだと思った。
セネカの従者たちがセネカに向かい自殺するようことづてを受けた旨を告げる場面で前半が終わり、後半のはじまりではすでにセネカが死んだ後の話として始まった(80分+休憩20分+80分)。
オケは全員舞台中央に位置し、そのまわりが歌手たちのスペースとなる。
冒頭、ホール2階に設置されたパイプオルガンのスペースを使って、運命の女神、美徳の女神、愛の神がやりとりする場面でスタートするが、美徳の神は婦警さんの格好で登場、運命の神はセクシーなドレス姿という具合に、衣装も面白い。
ポッペアはネグリジェのような格好、ネローネは極道の親分、オッターヴィアは和服をびしっと決めて極道の妻に扮した。
歌手陣ではネローネ役の彌勒忠史が圧倒的な存在感と歌唱を披露した。
ファルセットであれだけ強靭かつ表情豊かな歌唱が可能なのかと驚かされる。
次いでポッペアの和泉万里子が舞台姿の良さも含め、見事だった。
また、ヴァレットを演じた藤沢エリカはなかなか個性的な声をしており、印象に残った。
他の歌手陣もそれぞれキャラクターになりきった魅力を発散しており、裏社会に設定された物語を楽しく、時にシリアスに魅せてくれた。
ところで帰宅後、パンフレットを読んでいて気付いたのだが、コミカルなおばあさんとして登場したヌットリーチェ役の島田道生は、かつてテレビのお笑い番組で「島田夫妻」として出演していた本人だった。
そういえばオペラ内のどこかのタイミングで「カンツォーネ!」とさりげなく言っていたような…。

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シューベルト「海の静けさD216」を聴く

シューベルト18歳の年にはゲーテの詩による多くの歌曲が生まれました。その中から今回は「海の静けさ」を聴きたいと思います。
シューベルトは生涯海を見ることはなかったと言われていますが、そんな彼が海をテーマにした作品で実に見事に海を表現していることは驚くほどです。
シューベルトは1815年6月20日にこの詩への最初の作曲をします(D215A)。
そして、その翌日の21日に彼は再びこの詩へ作曲し(D216)、それが作品3の2曲目として1821年に出版されることとなります。
この第2作に対してグレアム・ジョンソンは的確にも次のように述べています。
「曲は1ページに充たないが、時空の拡がりを感じさせ、水平線ははてしなく、船は緑なす海原をたゆたい、ピアノ伴奏は深い和音をまるで海の深さを測鉛するかのようにひびかせる。メロディ線には船に吹き寄せる微風も感じられない。(喜多尾道冬訳)」
現在普通に演奏されるのはこの第2作の方(D216)ですが、第1作(D215A)が未熟な作品かというと、そうは思えません。
第1作と第2作の関係についてもジョンソンの言葉を引用しておきます。
「第1作は完璧だが、第2作も別の意味で完璧である。もし唯一改良可能な(またきわめて重要な改良)点があったとすれば、それは声の線の上昇と下降から、最小の努力で最大の効果を発揮するよう完璧なまでに無駄を削ぎ落とすことにあったろう。(訳同上)」
つまりシューベルトはよく言われているように才能のおもむくままに手当たりしだいに作曲しているわけではなく、自身の作品に批判の目を加えて改良を加えていたという一つの例がここにあると思います。
第1作がはじめて出版されたのはようやく1952年になってからで、初めて録音されたのはおそらく1989年のアーメリングとジョンソンによるHyperion社のCDと思われます。
このアーメリングの暗みを帯びたなだらかなレガートの素晴らしさは是非聞いていただきたいところですが、あいにく動画サイトにはまだ掲載されていないので、レーベル会社のホームページで一部分ですが試聴してみてください。
第1作の全曲はペーター・シェーネというバリトンのサイトで聴けますので、そちらもご紹介しておきます。

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Meeres Stille
 海の静けさ

Tiefe Stille herrscht im Wasser,
Ohne Regung ruht das Meer,
Und bekümmert sieht der Schiffer
Glatte Fläche rings umher.
Keine Luft von keiner Seite!
Todesstille fürchterlich!
In der ungeheuern Weite
Reget keine Welle sich.
 水の中は深く静まり返り、
 動きもなく、海は憩っている。
 すると船乗りは心配になり
 あたり一面の滑らかな水面を見回す。
 どの方角からも風はない!
 死の静けさの恐ろしいこと!
 果てしなく遠くまで
 波一つ立っていない。

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749 - 1832)
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828)

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詩の朗読(ズザンナ・プロスクラ)

歌を聴く前に詩の朗読を味わってみてください。なお、朗読が終わっても30秒ほど無音が続くので、ご自身で停止することをおすすめします。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)
ジェシー・ノーマン(S)&ジェフリー・パーソンズ(P)

ディースカウの滑らかな弱声と明晰な発音は本当に魅力的です。ムーアのアルペッジョとの合わせ方も実にいいです。この動画の後半はJ.ノーマン&G.パーソンズですが、こちらは余裕のある息の長さで女王の貫録を聞かせてくれます。

ヘルマン・プライ(BR)&ヘルムート・ドイチュ(P)

プライは緊張感を維持したままソットヴォーチェを貫き、つい息を殺して聞き入ってしまいます。ドイチュの一音一音ゆっくりと響かせるアルペッジョが印象的です。

クリストフ・プレガルディエン(T)&ギター(?)伴奏

プレガルディエンのすっきりとした声が詩を素直に語ってくれます。弦の伴奏も雰囲気があります。

ブリギッテ・ファスベンダー(MS)&コルト・ガーベン(P)

ファスベンダーの個性的な声と巧みな語り口はまさに「Todesstille fürchterlich!(死の静けさの恐ろしいこと!)」を感じさせてくれます。ガーベンも歌と一体になった演奏です。

ハンス・ホッター(BSBR)&ジェラルド・ムーア(P)

2曲目(2:49~)が「海の静けさ」です。ホッターは予想に反して、速めにすっきりと歌っています。彼の包容力はやはり魅力的です。ムーアもホッターの解釈に沿った演奏です。

ブリン・ターフェル(BR)&ピアノ伴奏(マルコム・マーティノーか?)

ささやくような弱声からある程度の強さをもった声までターフェルの起伏に富んだ表現で惹きつけられます。ピアノはアルペッジョに趣があって良いです。

[参考]リストによるピアノ独奏用編曲(演奏:Rixt van der Kooij)

リストにしてはあまり自分の色を入れすぎない素直な編曲になっています。

[参考]シューベルト「海の静けさ」D215A(第1作)
ペーター・シェーネ(Peter Schöne)(BR) & Boris Cepeda(P)
こちら
プレーヤーの再生ボタン(三角マーク)をクリックして再生してください(プレーヤーが表示されないこともあるようです)。

[参考]シューベルト「海の静けさ」D215A(第1作)抜粋
エリー・アーメリング(S)&グレアム・ジョンソン(P)
こちら
10曲目の音符マークをクリックすると試聴出来ます。

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