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シューベルト「海の静けさD216」を聴く

シューベルト18歳の年にはゲーテの詩による多くの歌曲が生まれました。その中から今回は「海の静けさ」を聴きたいと思います。
シューベルトは生涯海を見ることはなかったと言われていますが、そんな彼が海をテーマにした作品で実に見事に海を表現していることは驚くほどです。
シューベルトは1815年6月20日にこの詩への最初の作曲をします(D215A)。
そして、その翌日の21日に彼は再びこの詩へ作曲し(D216)、それが作品3の2曲目として1821年に出版されることとなります。
この第2作に対してグレアム・ジョンソンは的確にも次のように述べています。
「曲は1ページに充たないが、時空の拡がりを感じさせ、水平線ははてしなく、船は緑なす海原をたゆたい、ピアノ伴奏は深い和音をまるで海の深さを測鉛するかのようにひびかせる。メロディ線には船に吹き寄せる微風も感じられない。(喜多尾道冬訳)」
現在普通に演奏されるのはこの第2作の方(D216)ですが、第1作(D215A)が未熟な作品かというと、そうは思えません。
第1作と第2作の関係についてもジョンソンの言葉を引用しておきます。
「第1作は完璧だが、第2作も別の意味で完璧である。もし唯一改良可能な(またきわめて重要な改良)点があったとすれば、それは声の線の上昇と下降から、最小の努力で最大の効果を発揮するよう完璧なまでに無駄を削ぎ落とすことにあったろう。(訳同上)」
つまりシューベルトはよく言われているように才能のおもむくままに手当たりしだいに作曲しているわけではなく、自身の作品に批判の目を加えて改良を加えていたという一つの例がここにあると思います。
第1作がはじめて出版されたのはようやく1952年になってからで、初めて録音されたのはおそらく1989年のアーメリングとジョンソンによるHyperion社のCDと思われます。
このアーメリングの暗みを帯びたなだらかなレガートの素晴らしさは是非聞いていただきたいところですが、あいにく動画サイトにはまだ掲載されていないので、レーベル会社のホームページで一部分ですが試聴してみてください。
第1作の全曲はペーター・シェーネというバリトンのサイトで聴けますので、そちらもご紹介しておきます。

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Meeres Stille
 海の静けさ

Tiefe Stille herrscht im Wasser,
Ohne Regung ruht das Meer,
Und bekümmert sieht der Schiffer
Glatte Fläche rings umher.
Keine Luft von keiner Seite!
Todesstille fürchterlich!
In der ungeheuern Weite
Reget keine Welle sich.
 水の中は深く静まり返り、
 動きもなく、海は憩っている。
 すると船乗りは心配になり
 あたり一面の滑らかな水面を見回す。
 どの方角からも風はない!
 死の静けさの恐ろしいこと!
 果てしなく遠くまで
 波一つ立っていない。

詩:Johann Wolfgang von Goethe (1749 - 1832)
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828)

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詩の朗読(ズザンナ・プロスクラ)

歌を聴く前に詩の朗読を味わってみてください。なお、朗読が終わっても30秒ほど無音が続くので、ご自身で停止することをおすすめします。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)
ジェシー・ノーマン(S)&ジェフリー・パーソンズ(P)

ディースカウの滑らかな弱声と明晰な発音は本当に魅力的です。ムーアのアルペッジョとの合わせ方も実にいいです。この動画の後半はJ.ノーマン&G.パーソンズですが、こちらは余裕のある息の長さで女王の貫録を聞かせてくれます。

ヘルマン・プライ(BR)&ヘルムート・ドイチュ(P)

プライは緊張感を維持したままソットヴォーチェを貫き、つい息を殺して聞き入ってしまいます。ドイチュの一音一音ゆっくりと響かせるアルペッジョが印象的です。

クリストフ・プレガルディエン(T)&ギター(?)伴奏

プレガルディエンのすっきりとした声が詩を素直に語ってくれます。弦の伴奏も雰囲気があります。

ブリギッテ・ファスベンダー(MS)&コルト・ガーベン(P)

ファスベンダーの個性的な声と巧みな語り口はまさに「Todesstille fürchterlich!(死の静けさの恐ろしいこと!)」を感じさせてくれます。ガーベンも歌と一体になった演奏です。

ハンス・ホッター(BSBR)&ジェラルド・ムーア(P)

2曲目(2:49~)が「海の静けさ」です。ホッターは予想に反して、速めにすっきりと歌っています。彼の包容力はやはり魅力的です。ムーアもホッターの解釈に沿った演奏です。

ブリン・ターフェル(BR)&ピアノ伴奏(マルコム・マーティノーか?)

ささやくような弱声からある程度の強さをもった声までターフェルの起伏に富んだ表現で惹きつけられます。ピアノはアルペッジョに趣があって良いです。

[参考]リストによるピアノ独奏用編曲(演奏:Rixt van der Kooij)

リストにしてはあまり自分の色を入れすぎない素直な編曲になっています。

[参考]シューベルト「海の静けさ」D215A(第1作)
ペーター・シェーネ(Peter Schöne)(BR) & Boris Cepeda(P)
こちら
プレーヤーの再生ボタン(三角マーク)をクリックして再生してください(プレーヤーが表示されないこともあるようです)。

[参考]シューベルト「海の静けさ」D215A(第1作)抜粋
エリー・アーメリング(S)&グレアム・ジョンソン(P)
こちら
10曲目の音符マークをクリックすると試聴出来ます。

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コメント

プレガルディエンのCDを持っています。
天才の音楽。この一言しか私には出てきません。

投稿: 田中文人 | 2013年9月 8日 (日曜日) 15時47分

田中文人さん、こんにちは。
コメント有難うございます。
まさに天才のみに可能だった音楽ですね!
プレガルディエンはいつも安定した良い演奏を聴かせてくれます。

投稿: フランツ | 2013年9月 8日 (日曜日) 16時40分

こんにちは。
いちはやく、『海の静けさ』を取り上げてくださったのですね。
家人の持っている楽譜を開けば、譜面の読めない私でもその簡潔な<図>は見て取れます。その不要なものをそぎ落とし、逆に沈黙が語るような、その曲。「十字軍」(D932)もそこに近いものを感じることもあるのですが、やはりあらためて聴けば『海の静けさ』には圧倒されます。シューベルトの海の歌曲は<白鳥の歌>にもありますし、シューベルトの心の中にあった海はどのようなものだったのだろう、と思いを馳せます。もしシューベルトが海を実際に見ていたら、どんな曲があらたに生まれていただろう……などと。しかし、これはつまらぬ感想です。
ありがとうございました。楽しませていただきました。味あわさせていただきました。

投稿: Zu-Simolin | 2013年9月10日 (火曜日) 17時43分

フランツさん、こんにちは。
海を見たことのないシューベルトが、ゲーテの詩に触発されて作ったこの曲。
シューベルトが、ゲーテの詩につけた曲はどれも、研ぎ澄まされた感がありますが、こんなに息を詰めて聞いてしまう曲もないですね。
「彼女の絵姿(白鳥の歌より)」をふと、思い出しました。

今回上げて下さった中で、ターフェル、ノーマンといったパワフルな歌手のPPにふれて、こんなに静かにも歌う人だったのだと、引き込まれて聴きました。
ターフェルは、PPまでも、響きが豊かですね。

プライさんは、温かく、甘味を含んだ声は健全ですが、このインターコード盤では(他の曲もそうですが)、「何か」に達したかのような演奏だと感じています。
今までにない厳しさのようなものが加味されているように思いす。

シャガールは「モーツァルトとベートーヴェンは天才です。しかし、シューベルトは奇跡です」と言ったそうですが(ヘルマン・プライ自伝P298より)、この曲を聴いていると、本当にそうだなあと思います。

一部だけでしたが、普段はチャーミングなアメリングの抑えた演奏も魅力的でした。

投稿: 真子 | 2013年9月11日 (水曜日) 13時19分

Zu-Simolinさん、こんばんは。
リクエストにお応えして私なりに書いてみたらこんな感じになりました。シューベルトと海についてZu-Simolinさんの視点での文章もご自身のブログで拝見できたらうれしく思います。
シューベルトは水にかかわる歌曲を沢山書いていますよね。海を見ていないにしても川や湖など水に対する思いは強かったのではないかと想像してしまいます。「白鳥の歌」の中の「海辺で」も最低限の音数で潮の香りが伝わってくるのは凄いと思います。水関係ではありませんが「十字軍」のコラール風の静謐さも大好きです。「海の静けさ」がシューベルト10代の作品ということを思うにつけ、詩に対する読みの深さに驚かされます。これからもシューベルトの天才を味わっていきたいですね。

投稿: フランツ | 2013年9月11日 (水曜日) 20時57分

真子さん、こんにちは。
この曲は真子さんもおっしゃるように「息を詰めて聞いてしまう」作品ですね。
一見単純なアルペッジョの上を一見素朴な歌のメロディラインが乗った1ページしかない短い楽譜は、控えめな印象すら受けます。しかし、実際に演奏されると、不安をはらんだ広大深遠な世界が繰り広げられ、シューベルトの天才(シャガール風に言えば「奇跡」だそうですね)を目の当たりにさせられます。こういう深さが18歳の青年から生み出されるとはただただ驚きです。
このような傑作は演奏者にも多くのものを求めていると思います。
ノーマンやターフェルといった重量級の歌手たちの抑えた響きの素晴らしさ、プライやアーメリングの新たな境地に足を踏み入れたような凄さなど、名手たちの演奏は聴く者をふっと引きずりこむ世界をもっていると思います。

投稿: フランツ | 2013年9月12日 (木曜日) 21時18分

再度、失礼いたします。
「海の静けさ」について、わが拙ブログで何か書いては、というお言葉をありがとうございます。少し考えてみますが、少しばかりはその歌曲に既に触れてはおりますので、とりあえずはわがブログ  http://tsujimasa.at.webry.info/ を訪問いただき、お手数ですが、サイト内検索で<海の静けさ>で試していただけますか。何を綴ったか私があまり覚えていませんが(失笑)。

 ついでにいやらしく宣伝することになりますが、数ヶ月前に自費出版した短編集『光の破片』にそのあたりの幻想を書いております。

 ところで、次のリクエストがあるのですが……。
 D547 <音楽に寄せて>です。ショーバーによる詩自体のレベルは私にはわかりませんが、シューベルトのその歌曲は大好きなのです。
 しかし、私ばかりがリクエストしても良くない気もしますので、適当に聞き流してくださって結構です。
 
 

投稿: Zu-Simolin | 2013年9月13日 (金曜日) 16時36分

Zu-Simolinさん、こんにちは。
実はZu-Simolinさんの書かれた『光の破片』、すでに購入しております(Zu-Simolinさんのサイトで知って購入しました)。
本当は全部拝読してからご報告しようかと思っていたのですが、本当にZu-Simolinさんらしい味わい深い文章ですね。「シューベルト幻想」という章の「海の静けさ」を扱った文章も拝見しました。なんだか私もシューベルトの家の中で見守っているような気がしました。それから「ハルピュイアイの影」という章も素敵ですね。娘にだけ見える犬と親との対話から幸せな風景が見えてきました。
「音楽に寄せて」のリクエスト、承りました。数週間いただければ投稿できるのではと思います。それまで気長にお待ちいただければと思います。

投稿: フランツ | 2013年9月14日 (土曜日) 16時33分

またまた失礼いたします。
「ハルピュイアイの影」を少しは気に入っていただけましたのでしたかしら?そうであれば嬉しく思います。

いつもご丁寧なお言葉をありがとうございます。
では、「音楽に寄す」のリクエスト!よろしくお願いします。次は何をリクエストしようかしら、と思ってしまいますが、私のリクエストばかりでは駄目駄目です。もっと強烈にリクエストを募ってはいかがでしょう?

投稿: Zu-Simolin | 2013年9月14日 (土曜日) 18時54分

Zu-Simolinさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
「ハルピュイアイの影」少しどころかとても良かったですよ!

リクエストの件ですが、ただでさえ遅筆ですので、Zu-Simolinさんのリクエストにもこっそりお応えしているつもりです。
これからもマイペースにのんびりと進めたいと思っていますので、ご了承ください。
ただ、そう言っていただけたのはうれしいです。ありがとうございました!

投稿: フランツ | 2013年9月14日 (土曜日) 19時11分

Hello! Just wanted to say great blog. Keep up the good work!

投稿: toms for cheap | 2013年10月 6日 (日曜日) 17時09分

Hello, toms for cheap!
Thank you for coming my blog and your comment.

投稿: Franz | 2013年10月 6日 (日曜日) 18時00分

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