ブラームス「五月の夜Op.43-2」を聴く
シューベルト・シリーズの番外編として、たまには別の作曲家の名曲を聴いてみるのも息抜きになることでしょう。
私はブラームスの歌曲も大好きなのですが、その中でも最も著名で美しい曲の一つがヘルティの詩による「五月の夜」でしょう。
ヘルティの原詩は全部で4つの節からなりますが、第2節はブラームスによって省かれました。
詩は周りの動物たちがパートナーと共に幸せな鳴き声を聞かせる中、恋人のいない孤独な主人公は涙を流すという内容で、静かな箇所から徐々にドラマチックに盛り上がり、最後にまた落ち着くという構成は、ブラームスがこの詩をどのように解釈したかという答えになっているようです。
ピアノパートの左手はバス音が中心で、右手に動きが集中していますが、そのリズムの変化の仕方などは器楽曲的発想にも感じられます。
ブラームスにとっては、歌も楽器の一パートなのかもしれず、歌とピアノの二重奏のように作曲されている印象を受けます。
また、最後のひとふしが長調で終わるのが、涙を流してすっきりしたかのようにも受け取れると感じました。
同じ詩にシューベルトが付けた曲もあるので、最後に載せておきます。
ブラームスとは随分違った解釈をしているようです。
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Die Mainacht
五月の夜
Wann der silberne Mond durch die Gesträuche blinkt,
Und sein schlummerndes Licht über den Rasen streut,
Und die Nachtigall flötet,
Wandl' ich traurig von Busch zu Busch.
銀の月が潅木に光注ぎ、
そのまどろむ光の残照が芝に散りわたり、
ナイティンゲールが笛のような歌を響かせる時、
私は藪から藪へと悲しくふらつき回る。
Überhüllet von Laub girret ein Taubenpaar
Sein Entzücken mir vor; aber ich wende mich,
Suche dunklere Schatten,
Und die einsame Träne rinnt.
葉に覆われて鳩のつがいが
私に陶酔の歌を鳴いて聞かせる。だが私は踵を返して
より暗い影を探し求め、
そして孤独な涙にくれるのだ。
Wann, o lächelndes Bild, welches wie Morgenrot
Durch die Seele mir strahlt, find ich auf Erden dich?
Und die einsame Träne
Bebt mir heißer die Wang herab!
いつになったら、おお微笑む姿よ、朝焼けのように
私の魂に輝きわたる姿よ、この世であなたを見出せるのだろうか。
すると孤独な涙が
私の頬を伝ってさらに熱く震え落ちた。
詩:Ludwig Heinrich Christoph Hölty (1748.12.21,Mariensee - 1776.9.1,Hannover)
曲:Johannes Brahms (1833.5.7,Hamburg - 1897.4.3,Wien)
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クリスタ・ルートヴィヒ(MS)&レナード・バーンスタイン(P)
5曲目(13:14~)から聴けます。ふくよかなルートヴィヒの美声が詩と音楽の世界と見事に同化して素晴らしいです。バーンスタインは前へ前へという主張の強さが目立ちますが、ドラマチックな表現に成功していると思います。
小川明子(A)&山田啓明(P)
丁寧で深みのある小川の歌唱は胸に響きます。山田のピアノは推進力があり、歌をうまく導いています。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ヴォルフガング・サヴァリッシュ(P)
F=ディースカウはブラームスのリサイタルではあまりこの曲を歌わなかったようですが、音楽の流れだけでなく言葉の表情により焦点を当てたという点で他の演奏とは違ったユニークな存在意義があると思います。サヴァリッシュは相変わらずうまいです。
フランシスコ・アライサ(T)& Rogelio Riojas-Nolasco(P)
久しぶりにアライサの演奏を聴き、ただただ懐かしいです!(2012年の録音)。かつてのスターも年をとりましたが、歌唱には風格も出てきて良かったです。ピアニストはテンポの流動が大胆です。
アンネリーゼ・ローテンベルガー(S)&ジェラルド・ムーア(P)
可憐なソプラノのローテンベルガーによるストレートな歌唱も、ブラームスのフレーズの流れによく合っていて魅力的です。ムーアはよく歌い美しい響きです。
ロッテ・レーマン(S)&ピアノ伴奏(演奏者名は不明)
身を焦がすような情熱的な歌唱を聴かせる往年のレーマンの歌唱もリート史に欠かせない存在でしょう。表情の濃密さが特徴的です。
ピアノ伴奏のみ(演奏者名は不明)
ブラームス歌曲のピアノパートがどうなっているのか聴いてみてください。他の作曲家の場合よりも器楽曲的な発想に感じられましたし、それがまた魅力的です。演奏も素晴らしいです。
[参考] シューベルトによる同じ詩による歌曲D194(ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P))
シューベルトは有節形式で作曲しています。ブラームスよりも素朴な感じはしますね。黄金コンビは共感を寄せて演奏しています。
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コメント
シュトゥッツマン、オッター、ファスベンダーで聴いています。ブラームスならではの渋い傑作ですよね。
シューベルトの作品については、全く知りませんでした! 機会があったら何としても聴きたいです。
投稿: 田中文人 | 2013年9月 1日 (日曜日) 21時12分
フランツさん、こんにちは。
ブラームスのこの曲もいいですよね。
ドイツリートは汲めども尽きぬ泉のようです。
こうして聴いていますと、ディススカウさんはリートを「メロディのついた詩」と考えておられたように聞こえて来ます。
普段男声はバリトンを聴くことが多いのですが、アライサいいですね。
昨年の録音ということですから、もう60歳を超えているんですよね。
深みと若々しさが同居して、ひたむきな、誠実な歌をより魅力的にしていると感じました。
1991年のメトの「魔笛」のビデオを持っているのですが、今回聴いたリートの方が好きです。
私は、レッジェーロ系のソプラノが好きなので、やはり、この中では、ローテンベルガーの声に惹かれるのですが、こうして色々な演奏を聴いていますと、深みのあるあるとやメゾで聴くのもいいなあと思います。
同じ詩でも、ブラームスとシューベルトでは、わくイメージが違い、同じブラームスの曲でも、歌手それぞれが違うイメージを持っている。
深くも広い世界ですね。
投稿: 真子 | 2013年9月 2日 (月曜日) 14時06分
田中さん、こんばんは。
コメントを有難うございます。
シュトゥッツマンとオッターのブラームス・アルバムは私も持っています。
動画には両者の演奏がアップされていなかったので、今回の記事には掲載出来ませんでした。
シュトゥッツマンやオッターのような低い声はブラームスにうってつけですね。
投稿: フランツ | 2013年9月 2日 (月曜日) 21時24分
真子さん、こんばんは。
ブラームスもいいですよね。
ディースカウはおっしゃるように詩に比重を置いているところがユニークですね。でも決して音楽もおろそかにしないのはすごいところです。
アライサもいいですよね。確かに年齢を重ねてはいるのですが、昔の若さもかなり保たれているのが驚きでした。またいつか来日してくれたらいいのですが。
女声歌手もソプラノからアルトまでそれぞれの良さがあって、楽しみは尽きません。
今後も楽しんでいただけるような記事を掲載していけたらと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
投稿: フランツ | 2013年9月 3日 (火曜日) 03時15分
フランツさん、今晩は。
あるきっかけがあって、最近ブラームスが好きになり、管弦楽や室内楽を聴くことが多くなりましたが、歌曲もいいですね。
この「5月の歌」、いろいろな歌い手の動画があって、同じ歌でも、ずいぶん違う物だと思いました。
昔ナマで聴いたことのあるクリスタ・ルートヴィッヒと、古い映画でシューベルトの歌が吹き替えで入っていたので、ロッテ・レーマンを聴きましたが、いいなと思いました。
最近、動画を沢山表示されているので、文章と共に、楽しませて頂いています。さすが歌曲の好きなフランツさん、いい演奏動画を紹介してくださってますね。これからも訪問させて頂きます。
投稿: Clara | 2013年9月17日 (火曜日) 01時35分
Claraさん、こんばんは。
Claraさんはブラームスをいろいろと聴かれているそうですね。
私はまだまだ聴いていないブラームスの曲が沢山あるのですが、はじめて聴いてもすんなりと心に染み込んでくるのがブラームスの良さではないかと個人的には感じています。
私はやはり歌曲やピアノ曲が特に好きなのですが、「五月の夜」は中でもよく知られた名作です。以前ラジオで淡谷のり子がこの曲を歌ったことがあると言っていて、往年の流行歌歌手はクラシックも歌いこなしていたのかと驚かされたものでした。
ロッテ・レーマンの録音の多くはSP盤の針音も含まれていますが、そのような音も単なる雑音ではなく、ほのかなノスタルジーも感じさせてくれるのがいいですね。
これからも出来る範囲内で歌曲のご紹介を続けていきたいと思っておりますので、楽しんでいただけたら幸いです。
投稿: フランツ | 2013年9月17日 (火曜日) 21時44分
フランツさん、昔の流行歌手は、音楽学校を出た人が多いようですよ。淡谷のり子、藤山一郎など、クラシックを学んでいるので、歌唱はしっかりしています。
クラシックでは食べていけなくて、流行歌手になった人も多かったのではないでしょうか。
口先で、マイクを舐めるようにして歌う現代の流行歌手(こんな言葉も、今は使わないのでしょうね)とは、基本が違うんでしょうね。
言い忘れましたが、シューベルトの「五月の歌」も素敵ですね。
フィッシャー・ディースカウのその歌にしびれました。
投稿: Clara | 2013年9月18日 (水曜日) 00時26分
Claraさん
道理で昔の流行歌の歌手は発声がしっかりしているわけですね。納得しました。藤山一郎は確かにあのよい姿勢のままクラシックを歌っていても違和感ないですね。
教えてくださり有難うございました。
シューベルト版の「五月の夜」も気に入っていただけてうれしいです。
投稿: フランツ | 2013年9月18日 (水曜日) 01時56分
この際だから、ハイペリオンのシューベルト歌曲全集の第15巻を入手しました。シューベルトの作曲した〈五月の夜〉が収録されています。歌手はマーガレット・プライスです。好きな歌手なので、このディスクがずっと気になってはいました。
シューベルトの方は確かに素朴な味わいですね。まるで別物の様です。
投稿: 田中文人 | 2013年10月18日 (金曜日) 06時08分
田中文人さん、こんばんは。
マーガレット・プライスの歌ったハイペリオン全集15巻を入手されたそうですね。
プライスといえば、クールビューティーとでもいいましょうか、ひんやりとした質感の声が魅力と感じていました。ボリューム豊かな声をコントロールして歌われるリートもまたいいなぁと思います。
「五月の夜」は、テキストに率直なのはむしろシューベルトの方ではないかと思ったりもします。でもブラームスの曲はやはり沁みますね。
投稿: フランツ | 2013年10月18日 (金曜日) 19時45分