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シューベルト「トゥーレの王D367」を聴く

シューベルトが最も多くの曲を付けた詩人はヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテですが、そのゲーテの詩による歌曲は今でも広く親しまれています。
その中で今回は「トゥーレの王」を聴こうと思います。
この詩は、ゲーテの著名な小説「ファウスト」の第一部「夕方」と題した箇所で、部屋に入ってきたマルガレーテ(グレートヒェン)が口ずさむ歌という設定になっています。
シューベルトは古雅な雰囲気の有節形式(2つ分をつなげて全3節にした形)で作曲しています。
歌声部の装飾音や、行末での軽いパウゼ(休止)、古雅な和声進行など、この歌曲の魅力を高めていると思います。
なお、小説での設定はグレートヒェンの歌なので、女性用となりますが、詩の内容自体は性を問わない為か、女声歌曲を歌うことを徹底して拒んだF=ディースカウでさえ録音しているのが興味深いです。
ゲーテお気に入りのツェルターによる歌曲や、ピアノのヴィルトゥオーゾのフランツ・リストによる歌曲も最後に掲載しておきましたので、参考までに聴いてみてください。

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Der König in Thule
 トゥーレの王

Es war ein König in Thule,
Gar treu bis an das Grab,
Dem sterbend seine Buhle
Einen goldnen Becher gab.
 かつてトゥーレに王がいて
 死ぬまで誠実そのものだった。
 彼の后は死ぬ間際に
 王に金の杯を渡した。

Es ging ihm nichts darüber,
Er leert' ihn jeden Schmaus;
Die Augen gingen ihm über,
So oft er trank daraus.
 王にはこの杯にまさるものはなく
 宴のたびにこれで飲み干した。
 王の目からは涙があふれた、
 この杯で飲むときはいつもだった。

Und als er kam zu sterben,
Zählt' er seine Städt' im Reich,
Gönnt' alles seinen Erben,
Den Becher nicht zugleich.
 そして王に死が近づいたとき、
 彼は国内の都市を数え上げ
 跡継ぎたちにすべてを分け与えたが、
 杯は別だった。

Er saß beim Königsmahle,
Die Ritter um ihn her,
Auf hohem Vätersaale,
Dort auf dem Schloß am Meer.
 王は食事の席についていた、
 周りを騎士たちが取り巻いていた。
 高みにある祖先たちの広間でのこと、
 そこは海辺の宮殿だった。

Dort stand der alte Zecher,
Trank letzte Lebensglut,
Und warf den heil'gen Becher
Hinunter in die Flut.
 そこに年老いた酒飲みが立ち、
 最後の生命の残り火を飲むと、
 神聖な杯を
 水に投げ入れた。

Er sah ihn stürzen, trinken
Und sinken tief ins Meer,
Die Augen täten ihm sinken,
Trank nie einen Tropfen mehr.
 彼は杯が落ち、飲み込まれ、
 海の底深く沈むのを見た。
 彼の両目は沈みこみ、
 もはや一滴も飲むことはなかった。

詩:Johann Wolfgang von Goethe(1749.8.28 – 1832.3.22)

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ゲルト・ヴァーメリング(Gerd Wameling)(朗読)

渋い男性の声で朗読しています。リズムと味わいのあるいい朗読だと思います。

エリー・アーメリング(S)&ドルトン・ボールドウィン(P)

アーメリングの純な美声がまっすぐ心に迫り感動的です。ボールドウィンは微妙な起伏の表現が絶妙です。

ヘルマン・プライ(BR)&ヘルムート・ドイチュ(P)

円熟のプライによる噛んで含めるような含蓄に富んだ歌が素晴らしいです。ドイチュはプライの意図を的確に表現してみせます。

ブリギッテ・ファスベンダー(MS)&グレアム・ジョンソン(P)

ファスベンダーの個性的な声が最高に生かされた名演です。ニュアンスの細やかさはジョンソンともども見事です。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

最初の3分ほどがこの曲です(終わったら止めないと30分ほどシューベルトの様々な歌曲が続きます)。ディースカウの語り部に徹したテノラールな美声がとても心地よいです。ムーアもいつもながら歌手を理解した名演です。

クリスタ・ルートヴィヒ(MS)&アーウィン・ゲイジ(P)

ルートヴィヒの母性を感じさせる包み込むような歌唱が素敵です。ゲイジも彼女にぴったり寄り添っています。

クリストフ・プレガルディエン(T)&ギター(?)伴奏

弦のなんとも言えない味のある響きにのって、哀愁漂うプレガルディエンの美声が映えています。

[参考] ツェルター(Zelter)作曲版(フリッツ・ラング監督の映像付き)

ツェルターの哀愁を帯びたメロディーは一度聴いただけで惹きつけられるものがありました。歌も楽器も素敵です。

[参考] リスト(Liszt)作曲版(Olena Tokar(S)&Ayala Rosenbaum(P))

ツェルター、シューベルトに比べて、あまりの濃厚さに驚かされます。音楽はリストらしさ全開で、演奏も優れています!

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コメント

フランツさん、こんにちは。
トゥーレの王、大好きな曲です。
何とも言えない、懐かしい気持ちにさせてくれる名曲ですよね。
抑制されたがゆえの美しいメロディ。
シューベルトはすごいですね。

一流の歌手たちの歌は、どれもそれぞれ素晴らしいですね。
ツェルターの哀愁を帯びたメロディー、本当に惹きつけられました。
シューベルトとどこか通ずるものを感じましたが、リストは全く別物ですね。
同じ詩を使いながらこうまで違うというのが興味深かったです。

弦伴奏でのプレガルディエンは古楽の趣きがあり、アメリングは、グレートヒェンそのものを思わせてくれました。

そして、ここに取り上げて下さったプライさんのこの演奏を、どれほど聴いたかわかりません。
ゆったりと歌われるこの演奏は何度聴いても、郷愁に誘われ涙が出るのです。
猫を抱いた、若き日のお宝映像が入っていたのも感謝です(*^^*)

投稿: 真子 | 2013年8月26日 (月曜日) 14時43分

真子さん、こんばんは。
「トゥーレの王」は真子さんもお好きな曲だそうですね。抑制された表現から深い感動が生まれるシューベルトのすごさを私も感じています。
ご感想を楽しく拝見しました。有難うございます!
ツェルターの曲は本当に掘り出し物で、何度も繰り返し聴くほど気に入ってしまいました。ドイツでは民謡のように親しまれているのかもしれませんね。
プライの動画をアップした方もきっと真子さんのようにプライのファンなのでしょうね。貴重な写真やサインも見ることが出来て、興味深い動画でした。プライのかみしめるような味わい深い歌唱は素晴らしいですね。真子さんは何度も繰り返し聴かれているのですね。天国のプライも喜んでいるのではないでしょうか。

投稿: フランツ | 2013年8月26日 (月曜日) 23時20分

フランツさん、こんにちは。
また改めて聴いています。

ディスカウさん、語り部のようにとフランツさんが書いておられましたが、改めてディスカウ、プライという偉大な二人の歌手を聴き比べてみますと、ディスカウさんは「声で演技する」歌手、プライさんは「声に感情が乗る(入る)」歌手なんだなあと思います。
ここでのプライさんは、シューベルトの曲想に合わせて、極力感情を抑えて歌っていますが。

ディスカウさんは本来はテノールだけれどバリトンとして歌手活動をしたと聞いたことがありますが、本当ですか?
確かにテノーラルな音色を聴くと、なるほどと思います。
同じ音域ですと、プライさんの方が声に厚みがあって、バリトン!という感じがします。
しかし、低音部等聴きますと、重厚で豊かな声をされていますから、そういう部分でもすごい歌手なのですね。

同じメゾでも、ファスベンダーとルートヴィヒも違いますし、聴き比べるのは本当に面白いです。

投稿: 真子 | 2013年8月29日 (木曜日) 14時09分

真子さん、こんばんは。
繰り返し聴いてくださり、有難うございます!コメントも興味深く拝見しました。
プライとディースカウの特徴の違いはまさにおっしゃる通りだと思います。ディースカウが本来テノールだったかどうかは分からないのですが、その音域の広さが従来のバリトンを超えていることは確かですね。声質もテノールとバリトンの中間のような爽やかさを感じます。プライはもっとバリトンらしい厚みのある声をもっていると思います。いずれにせよ、二人の偉大な歌手を聴くことが出来るのは聴き手にとっては歓迎すべきことですね。
おっしゃるようにファスベンダーとルートヴィヒも同じメゾにもかかわらず異なる個性をもっていて、それが聴き比べの醍醐味だと思います。

投稿: フランツ | 2013年8月30日 (金曜日) 03時17分

真子様と同様、私もこの曲は大好きなので、喜んで数々の歌唱を聴かせていただきました。それにしても、面白い演奏や映像を掘り出して来られますね。
 でも、やっぱりH・プライの、証言者がじっくり歌い語るような演奏が一番好きです。ディースカウは別格ではありますが。

 ここで、リクエスト!
 『トゥーレの王』の前年に作曲の、これも私の大好きな、やはりゲーテ詩による『海の静けさ』(D216)。これを採用していただけませんか。
 いつまでも待ちますので。

投稿: Zu-Simolin | 2013年8月31日 (土曜日) 17時36分

Zu-Simolinさん、こんにちは。
今回も聴いてくださり、有難うございます!
動画サイトには「あれがない」ということ以上に「こんなのがあるのか」と驚かされることが多くて、興味は尽きません。
人様がアップしたものを利用させていただいているので贅沢は言えませんが、こうしてまとめてみるのも意味のないことではないのではと思っています。
さて、リクエストをいただきましたが、実は「海の静けさ」は将来このシリーズで採り上げようと考えていた曲の一つですので、いずれ近いうちに掲載できたらと思います。ただ、いつになるかは分かりませんので、気長にお待ちいただけますと幸いです。

投稿: フランツ | 2013年8月31日 (土曜日) 18時27分

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