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シューベルト「泉のほとりの若者D300」を聴く

「泉のほとりの若者」は、ヨハン・ガウデンツ・フライヘル・フォン・ザリス=ゼーヴィスの詩にシューベルトが作曲した中で最も有名な作品です。
簡素ですが繊細の極致のようなミニアチュールの傑作と言ってもいいのではないでしょうか。
シューベルト以外の誰もこのような作品は生み出せないでしょう。
さらさらと流れる泉の音や静かにそよぐポプラの葉擦れを、ピアノパートの右手の十六分音符が実に見事に描き出します。
凝ったことをしなくても、これほど微細な表情を付けられるシューベルトの天才を感じずにはいられません。
特に最後の2行でこれまでの穏やかだった雰囲気が変わり、詩人の心の痛みが表現されています。
最後に「ルイーゼ」と名前を繰り返す箇所は再び甘い思い出に浸っているかのようです。

詩は、主人公が泉やポプラのもとで失恋の痛手を慰めてもらおうとしたのだが、その響きは忘れようとしていたルイーゼを思い出させるという内容です。

第2節最終行の"Dir nach(おまえに向けて)"は、原詩では"mir zu(私に)"となっていて真逆ですが、後者のテキストで歌われることも多いようです(利用した楽譜に掲載された歌詞の関係と思われます)。
第2節最終行の"Luise(ルイーゼ)"は"Geliebte(恋人)"と歌われることもあります(シュルスヌスの歌唱など)。

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Der Jüngling an der Quelle
 泉のほとりの若者

Leise rieselnder Quell,
Ihr wallenden flispernden Pappeln,
Euer Schlummergeräusch
Wecket die Liebe nur auf.
 静かにさらさら流れる泉よ、
 きみたち、揺れてそよぐポプラの木々よ、
 きみたちのまどろみの音は
 ただあの愛を呼び覚ますのみ。

Linderung sucht' ich bei euch
Und sie zu vergessen, die Spröde.
Ach, und Blätter und Bach
Seufzen, Luise, Dir nach!
 癒しを私はきみたちのところで求めていたのだ、
 そして彼女、あのつれない女(ひと)を忘れることを。
 ああ、すると木の葉も小川も、
 ルイーゼよ、おまえに向けてため息をつくではないか!

詩:Johann Gaudenz Freiherr von Salis-Seewis (1762 - 1834)
曲:Franz Peter Schubert (1797 - 1828)

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それなりに知られている作品なので録音数は決して少なくない筈ですが、動画にアップされているプロの演奏があまり多くない為、今回は限られた数の演奏をご紹介します。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

この黄金コンビの演奏は、この曲の一つのスタンダードと言っていいのではないでしょうか。すべてにおいて神経の行き届いた名演だと思います。

エリー・アーメリング(S)&イェルク・デームス(Hammerflügel)

30代だったアーメリングのよく伸びる美声をコントロールした名唱です。デームスは1835年のハンマーフリューゲルを使って古雅な響きを聴かせてくれます。

エディト・ヴィーンス(S)&ルドルフ・ヤンセン(P)

雰囲気のあるヴィーンスの歌唱も魅力的です。ヤンセンは繊細にサポートしています。

ハインリヒ・シュルスヌス(BS)&フランツ・ルップ(P)

20世紀前半の歌手たちに共通する自在なテンポの揺れも興味深く、今となっては貴重な演奏です。楽器奏者との共演も多かったルップはここでのように歌の伴奏も実に見事です。

アダム・リース(Adam Riis)(T)&クリスチャン・ヴェスタゴー(Christian Westergaard)(P)

「泉のほとりの若者」は3:13から演奏されます。デンマークのテノールは真摯で柔らかい美声をもった若々しい才能を感じさせる演奏です。最後の「ルイーゼ」の語りかけも素晴らしいです。ピアノもきれいな音です。余裕がありましたら、1曲目のプーランク「矢車菊(Bleuet)」も素晴らしいので聴いてみてください。

Lee Kyung-Hee(S)& Federica Mancini(harp)

朗々と歌い上げる歌唱も悪くないです。ハープ伴奏もせせらぎをうまく表現していますね。

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コメント

素晴らしい歌ですね。
あまり聴きなれない名曲が色々ありますね。
私にも分かりやすい詩です。
アーメリング(E・サラ)があるので
思わず、私は落脱せず懲りずに来てしまいました。
どれも素晴らしく目移りします。
ディースカウ、アーメリングが素晴らしい。
ふたりとも 自分のなかのイメージを歌に乗せて歌ってるように聴こえます。
おしつけがましくなく心のなかが見わたせるような。
(これが”抑制のきいた”ですかね)
(あ、私は歌う人の性格を聴いている様なところがあったります)
アダム・リース he~、素晴らしいと思って聴いていましたが
良すぎて3分もしたら飽きてしまいました。
へそまがりな私の感想でした。
*ジェラルド・ムーアでした。 (若い感じの キレの良い響き)

投稿: tada | 2013年8月19日 (月曜日) 13時19分

フランツさん、こんにちは。
これはまた美しい曲ですね。
恥ずかしながら初めて聴きました。
若い頃は、R・シュトラウスやシューマンといった濃厚なロマン派に惹かれた時期もありますが、年々シューベルトのこういう繊細さや儚さに心奪われています。

アダム・リースというテノール歌手は最近の方でしょうか。
男声は好んでバリトンで聴いていましたが、いいですね。
矢車菊も美しかったです。

シュルスヌスはヘルマンプライさんがお好きだったということで、CDを持っています。
よく、ヒッシュ=ディスカウ・シュルスヌス=プライという図式で語られたそうですね。
プライさんは、この曲を録音していませんが、シュルスヌスの演奏を聴きつつ想像しました。

投稿: 真子 | 2013年8月19日 (月曜日) 16時40分

tadaさん、こんばんは。
喜んでいただけてうれしく思います。
この歌曲、一見地味ですが、その美しさは他の有名な作品に決して引けをとらないと思っています。
ディースカウとアーメリングはこの曲の良さを十分に感じさせてくれる名演だと思います(もちろんムーアとデームスも)。「おしつけがましさがない」というのは彼らの演奏が作品への敬意を失っていない証だと思いました。おっしゃるように歌には演奏家の性格も反映されているのでしょうね。
今回も興味深いコメントを有難うございました。

投稿: フランツ | 2013年8月20日 (火曜日) 02時13分

真子さん、こんばんは。
この美しい歌曲をご紹介できてうれしく思います。
濃厚なロマン派からシューベルトへの回帰、分かる気がします。私もあれこれ聴いた後でシューベルトを聴くとほっとするんです。
アダム・リース、いいですよね。私も今回はじめて知った歌手なのですが、まさに歌曲を歌うのにうってつけの逸材と感じ、うれしくなりました。デンマーク出身のリート歌手というのも珍しいと思います。
シュルスヌスについてはプライの自伝でも触れられていましたね。シュルスヌスを記念するコンサートにプライが呼ばれて、シュルスヌスの伴奏者だったペシュコと共演したとのこと、甘美な美声が似ていたのかもしれませんね。

投稿: フランツ | 2013年8月20日 (火曜日) 02時14分

フランツさん、こんにちは。

例えば、シューマンの歌曲は完成度が高く、余分な音が一音たりともないような切迫したものを感じますが、聴いていてホッとする音楽ではないように思うんです。
シューマン臭も強いですし。
それが魅力といえば魅力ですが・・。

一方、シューベルトの音楽は、そっと心に寄り添ってくれる、そんな感じがしますね。
無色透明で、聞く時々の自分の気持ちによって淡い色が着くようなイメージです。
もちろん、魔王のようなドラマチックな曲もありますが、総じてシューベルトには安らぎを感じます。
私は音楽に安らぎを求めて聞いているところがありますから、今回の「泉のほとりの若者」のような曲は大好きです。
いい曲を教えてくださってありがとうございました。

投稿: 真子 | 2013年8月20日 (火曜日) 14時39分

真子さん、こんばんは。
シューマンとシューベルトについて興味深いお話を有難うございました。おっしゃるようにシューベルトの作品には聴き手の気持ちに寄り添う懐の深さがありますね。同じ曲でも聴く時の気持ちによって違った印象を受けることがあります。だからこそ繰り返し聴きたいと感じさせる音楽なのだと思います。安らぎを与えてくれるシューベルトの音楽はもはや必要不可欠なものですね。

投稿: フランツ | 2013年8月20日 (火曜日) 22時06分

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