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シューベルト「ますD550」を聴く

(※以下、最初に投稿した内容(主に第5版の演奏について)に誤りがありましたので、取り消し線にて訂正いたします。申し訳ありません。)

今回は、シューベルトの歌曲の中でも1、2を争うほど有名な「ます」を聴こうと思います。
詩はよく似た名前のシューバルト(Christian Friedrich Daniel Schubart: 1739.3.24,Obersontheim - 1791.10.10,Stuttgart)によるものです。

第1節ではますが川の中で元気に泳いでいて、詩人がそれを安らいで見ています。
第2節では、釣り人が登場しますが、川が澄んでいる限り釣られることはないだろうと詩人は思います。
ところが第3節で、釣り人が川を濁らせてあっさりますを捕まえてしまい、詩人は憤りを感じながらその釣りあげられたますを見つめます。
原詩は4節からなるのですが、シューベルトは作曲する際に第4節を省きました。
第4節は、3節目までの内容を踏まえて、若い女の子に対して男に引っかからないようにと説教する内容で、シューベルトが省いたのも納得できるでしょう。

シューベルトは18161817年から18171821年にかけて、5つの版を作りました。
いずれも細かな箇所の変更にとどまり、全く別のアプローチをとったわけではない為、普通は、ディアベリ社が出版した第4版が歌われることが多いようです。
第4版までは本来前奏がついていないのですが、第4版(Op.32)出版の途中から(おそらく出版社により)前奏が付与されました。しかし、ベーレンライター社の新シューベルト全集において、再び前奏はカットされました。
第5版はベーレンライター社の新シューベルト全集の中で1975年にはじめて出版されましたが、この版でシューベルト自身による前奏がはじめて付けられます。
ロベルト・ホル(&デイヴィッド・ルッツ)や最近ではマティアス・ゲルネ(&アンドレアス・ヘフリガー)がこの第5版で歌っていましたは、新シューベルト全集版の第4版で歌っていますが、歌声部のリズムや、第3節1行目の"ward"に付けられた音程に違いが見られます(新シューベルト全集の提案に従って、第5版の前奏を付けた形で演奏されています)。

なお、このますのテーマをもとにシューベルトが後年ピアノ五重奏曲を作曲したことはよく知られていますね。

--------------

Die Forelle, D550
 ます

In einem Bächlein helle,
Da schoß in froher Eil
Die launische Forelle
Vorüber wie ein Pfeil.
Ich stand an dem Gestade
Und sah in süßer Ruh
Des muntern Fischleins Bade
Im klaren Bächlein zu.
 明るい小川の中で、
 楽しそうに素早く
 気まぐれなますが
 矢のように通り過ぎていった。
 私は岸辺に佇み、
 安らかな気持ちで
 元気なますが
 澄んだ小川で泳ぐのを見つめていた。

Ein Fischer mit der Rute
Wohl an dem Ufer stand,
Und sah's mit kaltem Blute,
Wie sich das Fischlein wand.
So lang dem Wasser Helle,
So dacht ich, nicht gebricht,
So fängt er die Forelle
Mit seiner Angel nicht.
 竿をもった一人の釣り人が
 岸辺に立ち、
 冷ややかに
 魚が身をくねらせる様を見つめていた。
 この水の明るさが、
 私が思うに、濁らないかぎり、
 奴がこのますを
 竿で捕まえることはないだろう。

Doch endlich ward dem Diebe
Die Zeit zu lang. Er macht
Das Bächlein tückisch trübe,
Und eh ich es gedacht,
So zuckte seine Rute,
Das Fischlein zappelt dran,
Und ich mit regem Blute
Sah die Betrogne an.
 だがついにこの盗人は
 待ち切れなくなった。奴が
 陰湿にも小川を濁らせると、
 あっという間に
 竿がぴくっと動き、
 あの魚がその先でピチピチ跳ねていた、
 そして私は煮えたぎる気持ちで
 この欺かれた魚を見つめた。

--------------

詩の朗読(ズザンナ・プロスクラ)

シューバルトの原詩の朗読と思われます。省略された第4節も朗読しています。

フリッツ・ヴンダーリヒ(T)&フーベルト・ギーゼン(P)

正真正銘の美声を惜しげなく聴かせたヴンダーリヒによる名演です!ギーゼンは独特の味わいがあります。

ヘルマン・プライ(BR)&レナード・ホカンソン(P)

滴るような美声で温かく語りかけるプライの名唱を味わえます。ホカンソンの雄弁な演奏も見事です。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(BR)&ジェラルド・ムーア(P)

ディースカウの演劇的なめりはりのきいた語りかけはやはり強く印象に残ります。ムーアはぴちぴちと跳ねるますを彷彿とさせます。

バーバラ・ボニー(S)&エマニュエル・アックス(P)

ボニーの歌の表情の豊かさがなんとも魅力的です。アックスは川の深さを彷彿とさせる強弱の妙を聴かせます。

ジェラール・スゼー(BR)&ドルトン・ボールドウィン(P)

流麗でノーブルなスゼーの魅力でいっぱいです。ボールドウィンのうまさにも脱帽です。

イルムガルト・ゼーフリート(S)&エリック・ヴェルバ(P)

往年の名リート歌手と、著名な伴奏者の演奏する姿を見ることが出来る貴重な映像です。両者の生き生きとした演奏が印象的です。

エリーザベト・シューマン(S)

あたかも目の前で見ているかのような臨場感にあふれたE.シューマンの歌唱は素敵です!

ロベルト・ホル(BSBR)&デイヴィッド・ルッツ(P)

1975年にはじめて出版された第5版新シューベルト全集版の第4版(前奏のみ第5版)による演奏です。歌のリズムや前奏が微妙に違うので、聴いてみてください。

ピアノ伴奏のみ

この映像の演奏自体うまいので、気持ちよく歌えるのではないでしょうか(間奏の最初の小節が繰り返されるところが、普段馴染んでいる版とは違いますが、第1版から第3版まではそうなっており、出版された第4版で繰り返さなくなりました)。

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コメント

こんにちは。
来ましたねえ、「♪ます」で来ましたねえ。
SPレコードのシューマンの歌唱がリアルなのには驚きましたし、第5版の演奏は、私、はじめて耳にした次第です。
それにしても、朗読は人にもよるのか、特に R の発音が朗読ではフランス語の喉を鳴らす音に近いと思われません?そして歌で聞くと、ディースカウの R の発音は下をrrrと巻いていたり、いなかったり。何か規則があるのでしょうかしら?
とても興味深い試みを喜んで楽しませていただいております。どんどんお願いします!

投稿: Zu-Simolin | 2013年7月30日 (火曜日) 18時09分

フランツさん、こんばんは。
シューベルトが、5つも版を作っていたとは知りませんでした。

第5版、興味深く聴きました。
伴奏も、伴奏だけ聞くことは普段ないのですが、ところどころメロディラインが浮き上がっていますね。

ドイツ語の朗読を聞いてみると、改めてシューベルトが、ドイツ語のリズムにのっとって作曲したことが分かりました。

シューベルトの音楽いいですね♪
もともと好きでしたが、近年ますます好きになってきました。
今回も、色々な演奏をありがとうございました。
朗読、伴奏のみがあるのもすごく勉強になります。


Zu-Simolin さん、はじめまして。
横からすみません。
ドイツ語のRの発音ですが、「通常会話は、喉びこを震わせるように発音し、舞台(演劇、声楽)では巻き舌にする」と昔習いました。
マイクを使わない舞台で、発音をはっきりさせるためだそうです。
しかし、次第にその傾向は減っている、という事でした。

例えば「ベルリン」は会話では日本人には「ベャリーン」と聞こえます。これを舞台用で発音すると、「ベルリン」の「ル」が巻き舌になります。
私の大好きなヘルマン・プライさんも自分の名前を「ヘャマン」と言っていました(そう聞こえました)。

ただし、例外もあって「ファーター(父)」や「ムッター(母)」等は、巻かないようです(ほかにもあるかもしれません)。
でも、へルツ少年合唱団なんかの70年頃の録音では「ムッター」を「ムッテル」と発音し、最後のRを巻いていました。
個人的には、巻き舌でのRの発音の方がメリハリがあって好きです。

投稿: 真子 | 2013年7月31日 (水曜日) 20時05分

Zu-Simolinさん、こんばんは。
今回も楽しんでいただけたようで、うれしく拝見しました。
第5版はめったに歌われないのですが、シューベルトの度重なる細部へのこだわりはさすがと感じました。
ドイツ語の"r"については真子さんが解説してくださっていますが、フランス語風ののどびこの発音と、巻き舌の発音のどちらをとるかは個人差、地域差があるのではないでしょうか。普通に会話するうえではのどびこの方が楽だと思いますが、舞台用の発音は巻き舌が推奨されているようです。
ディースカウは巻き舌を曲に合った形で使い分けているのではないでしょうか。多分音節の強弱なども考慮しているのでしょうね。フランス歌曲の場合は響かせるためにあえて巻き舌を使っているようです。

投稿: フランツ | 2013年7月31日 (水曜日) 20時55分

真子さん、こんばんは。
今回も聴いてくださり、有難うございます。
「ます」に複数の版があることは知っていたのですが、実際に録音で第5版が聴けるようになったのは最近だと思います。いい時代になりました。
伴奏だけで歌曲を聴くという経験はなかなか出来ないことですが、YouTubeにはいろいろ投稿されていて、伴奏を聴く喜びを味わうことが出来ました。
シューベルトの音楽はやはりいいですよね。私も一生聴き続けていきたい作曲家です。
それからZu-Simolinさんのご質問に答えてくださり有難うございます。"r"は母音化するので「ヘアマン・プライ」と発音するのですよね。

投稿: フランツ | 2013年7月31日 (水曜日) 21時38分

フランツさん、こんにちは。
Rの発音について、勝手に書いてしまい、すみません。

ヘルマン・プライさん自身の発音によると、私の耳には「へヤマン・プアイ」に聞こえました。
「ヘルマンじゃないんだ!プライじゃないんだ!」と、結構衝撃でした(笑)

次は、どんな曲を取り上げてくださるのか、楽しみにです。
フランツさんの、各演奏の解説を読むのも楽しいです。

投稿: 真子 | 2013年8月 1日 (木曜日) 08時38分

真子様へ。
わたしの素朴な疑問にお答えくださり、恐縮いたしております。ありがとうございます。やはりルールがあったんですね。
日本でも、ポップスや歌謡曲、ロックは英語か何かのような発音で歌いますし、日常語会話ではそんなことはしないし、これはルールというより暗黙の了解というやつでしょうかしら。これは冗談です。

フランツ様へ。真子様のコメントにお返事させていただくのに使わせていただき、掲示板のようになってしまい、すみません。

投稿: Zu-Simolin | 2013年8月 1日 (木曜日) 16時34分

真子さん、こんばんは。
「r」の発音について答えてくださり、有難うございました。コメントをくださる方同士でのやりとりも歓迎いたします。
プライの名前には2箇所も「r」が出てきますね。ドイツ語特有の響きがありますよね。
なお、「ます」の第5版の演奏としてご紹介しましたロベルト・ホルの演奏、第5版ではない可能性があります。確認してみますので、今しばらくお待ちください。すみません。
今後とも楽しんでいただけるような記事を目指して頑張ります。

投稿: フランツ | 2013年8月 2日 (金曜日) 23時57分

Zu-Simolinさん、こんばんは。
コメントをくださる方同士でのやりとりはむしろ歓迎すべきことだと思っておりますので、掲示板のように気楽に使っていただければ幸いです。
なお、「ます」の第5版の演奏としてご紹介しましたロベルト・ホルの演奏、第5版ではない可能性があります。確認してみますので、今しばらくお待ちください。すみません。

投稿: フランツ | 2013年8月 2日 (金曜日) 23時59分

フランツさんのお言葉に甘えまして・・。
Zu-Simolin さん、こんばんは。
国によって言語によって、いろいろなんですね。
こうして聴き比べるの楽しいですね。
これからもよろしくお願い致します。

投稿: 真子 | 2013年8月 3日 (土曜日) 22時23分

Zu-Simolinさん
真子さん
ご訪問くださったみなさん

最初に投稿した内容に誤りがありました。
ロベルト・ホルとデイヴィッド・ルッツの演奏は、新シューベルト全集の新しい研究成果が反映された第4版による演奏であることが判明いたしました。申し訳ありませんでした。

投稿: フランツ | 2013年8月 4日 (日曜日) 17時51分

フランツさん、こんばんは。
こんなむつかしい演奏形態をお調べくださって、お教えくださいまして、ありがとうございます。
私など、「ます」に、そんなにたくさんのヴァージョンがあることすら、知りませんでした。
これからも、フランツさんの記事を楽しみにしています♪

投稿: 真子 | 2013年8月 4日 (日曜日) 22時53分

フランツさんこんばんは。真子さん、お返事ありがとうございます。

ホル&ルッツの演奏についてのフランツさんのご訂正記事。確認いたしました。フランツさんの誠実な姿勢は何よりです。さて、次の<シューベルト……を聴く>はどの歌曲でしょうか。リクエストは無理ですよね。

投稿: Zu-Simolin | 2013年8月 5日 (月曜日) 18時10分

真子さん、こんばんは。
こちらこそよく確かめないまま誤った情報をお伝えしてしまい、申し訳なく思っております。
いつも真子さんには温かい言葉をかけていただき、大きな励みになっています。このシリーズは今後も続けていけたらと思っていますので、またいろいろとご意見を聞かせてくださいね。

投稿: フランツ | 2013年8月 5日 (月曜日) 21時21分

Zu-Simolinさん、こんばんは。
いつも励みになるコメントを有難うございます。
リクエストがございましたら可能な範囲内でお答えできればと思っております。
あまり頻繁にはアップできないと思いますが(遅筆のため)、気長におつきあいいただければと思います。

投稿: フランツ | 2013年8月 5日 (月曜日) 21時27分

エリーザベトが無いので今回も脱落か。
いや エリーザベトがあるので来ました。
今となっては エリーザベトさえ時代がかって聴こえるのに
エリーザベトはそのまま今に持ってきても素敵!? 容姿もですが。(がだったり)
色々並べられると弊害もあります私の好きは何処にとか(うれしい混乱ですが)
あと 多少、やはり音質が落ちるようです。元も聴かなければとか。
前回の 夜と夢 ポピュラー歌手(ソウル? ブルース?)オリジナルの
ソウルミュージックのようですね。(シューベルトにも魂をゆさぶる歌がある?)
たまたま ELISABETH SCHUMANN のFrauenliebe und Leben Op.42 のCD
があるのを思い出して書きました。(勿論 中身はモノラルSP時代の音)
KERST MET THIJS VAN LEER enELLY AMELING と言うのもありますが。
現地ではゴロゴロしているのでしょうね。
ヴォルフ まで遠い道のりついて行けるか私は?

投稿: tada | 2013年8月11日 (日曜日) 23時33分

tadaさん、こんばんは。
聴いてくださり有難うございます。
これらの演奏は動画サイトにアップされている中から、私の単なる好みによって選んだものですので、tadaさんのお気に入りの演奏がここになくてもどうぞ気になさらないでくださいね。ちなみにtadaさんのお好きなハンナ=エリーザベト・ミュラーのシューベルトの動画は残念ながらないようです。
音質についてはあまり期待しない方がいいかもしれませんが、ものによるということは言えそうですね。
エリーザベト・シューマンの「女の愛と生涯」はムーアとの録音でしょうか。この人の歌は生き生きとした表情が素敵だと思います。
アーメリングとテイス・ファン・レーアのKerst metはCD化もされていますね。素敵なクリスマスソング集だと思います。

投稿: フランツ | 2013年8月12日 (月曜日) 23時40分

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