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チョ・ソンジン/ピアノ・リサイタル(2013年6月24日 浜離宮朝日ホール)

チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル
2013年6月24日(月)19:00 浜離宮朝日ホール(1階2列1番)

チョ・ソンジン(Seong-Jin Cho) (Piano)

シューベルト(Schubert)/ピアノ・ソナタ第13番イ長調 Op.120, D664

プロコフィエフ(Prokofiev)/ピアノ・ソナタ 第2番 ニ短調 op.14

~休憩~

ショパン(Chopin)/ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 Op.35「葬送」

ラヴェル(Ravel)/ラ・ヴァルス

~アンコール~

シューベルト/4つの即興曲集D899より 第2番 変ホ長調
リスト(Liszt)/超絶技巧練習曲より 第10番
シューマン(Schumann)/子供の情景より トロイメライ

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韓国の若手ピアニスト、チョ・ソンジンをはじめて聴いた。
1994年生まれというからまだ19歳。
おそるべき才能があらわれたものだ。

見た目は童顔の若者である。
しかし、まぁ涼しい顔してバリバリと弾くものだ。
指がよく回るだけでなく、作品への没入の仕方もすごい。
体をゆらしたり、腰を浮かしたり、全身を使って、音をつくりあげていくように見える。
フォルテが気持ち良いほどにすかっと響く。
しかも音が汚れずに華やかさを演出する。
そのテクニックは相当のものと思われる。
若さを思いっきり演奏にぶつけているさまは爽快ですらある。
そういう意味ではプロコフィエフのソナタのデモーニッシュな雰囲気や、ラヴェルでの狂気のような乱舞はうってつけであった。
だが、それだけでなく、作品の構築感という意味で良かったのがショパンのソナタ。
スケールの大きさもさることながら、作品を手中に収めていると思われる安定感が素晴らしい。
手垢にまみれた作品からこれほどの新鮮な魅力を引き出したのはすごいと思った。

一方、私の感覚ではシューベルトは今の彼からはちょっと遠い存在なのかなという印象を受けた。
フォルテでの充実とは逆に、静かな箇所では音に芯がないことがあり、のっぺりした感じに聞こえてしまうのである。
一生懸命歌おうとしているのは感じられるのだが、それがまだ自然な表情にはいたっておらず、とってつけたような感じにうけとられたのである。
おそらくこれは年齢を重ねることによって解決されると思われるので、成熟を待つことにしたいと思う。

アンコールは熱烈な拍手にこたえて3曲。
「トロイメライ」の表情の付け方がとても良かったので、シューマンは今の彼に向いているのではないか。

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シューベルト「水の上で歌うD774」を聴く

久しぶりに「歌曲」について投稿します。
シューベルトのあまたの歌曲の中で最も美しい作品のひとつ「水の上で歌う」を聴き比べようと思います。
シューベルトよりも50年近く前に生まれたシュトルベルク伯爵が32歳の時に作ったテキストに、シューベルトは1823年に作曲しました。
シュトルベルク伯爵によるオリジナルのタイトルは「水の上で歌う歌(Lied auf dem Wasser zu singen)」で、シューベルトは最初の「歌(Lied)」を曲名から省いたのでした。
ピアノパートの隣り合った音をこまかく下降させたピアノパートは、水に照り映える夕日のきらめきを思わせ、自然の営みと時の流れをリンクさせた詩の内容をきわめてデリケートな響きの有節歌曲としたのでした。
詩の内容は次のとおりです。

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Auf dem Wasser zu singen
 水の上で歌う


Mitten im Schimmer der spiegelnden Wellen
Gleitet, wie Schwäne, der wankende Kahn;
Ach, auf der Freude sanftschimmernden Wellen
Gleitet die Seele dahin wie der Kahn;
Denn von dem Himmel herab auf die Wellen
Tanzet das Abendrot rund um den Kahn.
 照り返す波の微光のただなかを
  白鳥のように、揺れる小舟がすべり行く。
 ああ、喜びの穏やかにきらめく波の上を
  魂は、小舟のようにすべり行く。
 なぜなら、空から波へと照りそそぐ
  夕日が、小舟のまわりで踊っているから。


Über den Wipfeln des westlichen Haines,
Winket uns freundlich der rötliche Schein;
Unter den Zweigen des östlichen Haines
Säuselt der Kalmus im rötlichen Schein;
Freude des Himmels und Ruhe des Haines
Atmet die Seel' im errötenden Schein.
 西の林の梢の上で
  我らに親しげに、赤い光が合図を送ってくる。
 東の林の枝の下で
  菖蒲が、赤い光の中でざわざわ音を立てている。
 空の喜びと林の静けさを
  魂は、赤くなった光の中で吸い込むのだ。


Ach, es entschwindet mit tauigem Flügel
Mir auf den wiegenden Wellen die Zeit.
Morgen entschwinde mit schimmerndem Flügel
Wieder wie gestern und heute die Zeit,
Bis ich auf höherem strahlendem Flügel
Selber entschwinde der wechselnden Zeit.
 ああ、露に濡れた翼で、
  揺れる波の上を、わが時は過ぎ去っていく。
 明日もまた、ほのかに光る翼で、
  昨日や今日と同じく、時よ、過ぎ去るのだ。
 私が、より大きな輝く翼にのって、
  みずから、移り行く時から消え去るまで。


詩:Friedrich Leopold, Graf zu Stolberg-Stolberg (1750.11.7, Bramstedt, Holstein - 1819.12.5, Gut Sondermühlen)
 フリードリヒ・レオポルト・グラーフ・ツー・シュトルベルク
音楽:Franz Peter Schubert (1797.1.31, Himmelpfortgrund in Wien - 1828.11.19, Wien)
 フランツ・ペーター・シューベルト

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まず詩の朗読をお聞きください。

間をたっぷりとった美しい朗読だったと思います。
個人的には"r"の巻き舌は聞いていてぐっとくる要素のひとつですね。

次にネットで聴けるこの曲の好きな演奏をご紹介します。

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S)&エトヴィン・フィッシャー(P)

シュヴァルツコプフの醸し出す気品は比類ないと思います。この曲のはかなさと美しさを見事に描き尽した名演です。フィッシャーも控え目なタッチですが美しいです。

ルチア・ポップ(S)&アーウィン・ゲイジ(P)

ポップの透明で芯のある繊細な美声はこの曲にぴったりです。ゲイジも丁寧なタッチで好演でした。

エリー・アーメリング(S)&ルドルフ・ヤンセン(P)

アーメリングは若い頃にもゲイジと録音していて声の魅力はそちらに軍配があがりますが、ヤンセンとの録音では表現の彫りが深くなり、言葉への思いの強さに胸打たれます。ヤンセンも彼女の表現と一体となって素晴らしいと思います。

イルムガルト・ゼーフリート(S)&ジェラルド・ムーア(P)

ゼーフリートのドイツ語のディクションがなんともチャーミングです。ムーアはきらめく光を美しく表現しています。

ジャネット・ベイカー(MS)&ジェフリー・パーソンズ(P)

イギリスの名花ベイカーの温かみのある声はこの曲でも魅力的です。パーソンズのかちっかちっとした几帳面さは楷書風の個性を醸し出しています。

イアン・ボストリッジ(T)&ジュリアス・ドレイク(P)

曲の性質上、個人的には女声の方が美しく感じられますが、テノールの美声で聴くのも良いですね。ドレイクの演奏のきらきらした美しさは特筆ものです。

最後に絶対に忘れてはならないのが、この演奏!

バーブラ・ストライザンド(V) ピアニスト不明
ポップス歌手が、クラシックの名曲をこれほど見事に歌い切り、しかも自分の個性を出して成功した稀有な例でしょう。
なんと心に訴えかけてくる新しい「水の上で歌う」の響きでしょうか。脱帽というほかありません。
ハイトーンのビブラートがムーディーで心地よいです。
ただ、ピアノ伴奏があまりにも機械的な演奏なのが惜しかったと思います。

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岡田博美/《イベリア》全曲を弾く(2013年5月24日 トッパンホール)

岡田博美(ピアノ)《イベリア》全曲を弾く
2013年5月24日(金)19:00 トッパンホール(H列4番)

岡田博美(Hiromi Okada)(piano)

アルベニス(Albéniz)/《イベリア(Iberia 12 nouvelles impressions pour piano)》

第1集
 エボカシオン
 エル・プエルト(港)
 セビーリャの聖体祭

第2集
 ロンデーニャ
 アルメリーア
 トゥリアーナ

~休憩~

第3集
 エル・アルバイシン
 エル・ポロ
 ラバピエース

第4集
 マラガ
 ヘレス
 エリターニャ

~アンコール~

アルベニス(岡田博美:補筆)/ナバーラ
アルベニス/「スペインOp.165」より「タンゴ ニ長調」

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岡田博美の演奏するアルベニス「イベリア」全曲を聴いた。
第3集はかつて彼のリサイタルで聴き、その時にロビーで販売されていた全曲CDにサインをいただいたこともあったが、こうして実際に全曲を生で聴ける日が来るとは思わなかった。

岡田博美はいつも通り、ひょうひょうとしたステージマナーでなんでもないような表情で演奏をする。
そのテクニックは相変わらず素晴らしく、細長い指が丸まったり反り返ったり、あたかもタコ足のように縦横無尽に動き回る。

テンポの揺らし方や音の表情の付け方が以前聴いた時よりも濃密になっていたように感じられた。
つまり、作品への踏み込みがより深まっていたということではないだろうか。
曲を弾き進めるうちに乗りがよくなっていき、最後の「エリターニャ」など本当にスペインの華やかな色合いや香りがそのまま会場を満たしているかのような素晴らしさだった。
私が特に好きなのは第3集の「エル・アルバイシン」だが、この曲のとつとつとしたリズムからギターのつまびきのような和音を経て、情熱的に盛り上がっていく様などわくわくする演奏だった。
全曲を演奏するだけでも大変な仕事だろうが、そのどれをとっても血肉となった自発的な表現が生き生きと奏でられ、作品の魅力を最大限に感じさせてくれた。

アンコールの「ナバーラ」は以前のリサイタルではセヴラックの補筆版で演奏されたと記憶するが、今回演奏前に岡田さん自身のコメントがあり、「セヴラックの補筆は消極的で盛り上がりに欠けるので、私が補筆したものを演奏します」と話された。
これは自身の出来に余程の自信がないと言えない言葉であり、自分を追い詰めてまでも作品に深く入っていこうとする姿勢はすごいと思った。
私はセヴラック版との比較を聴きとれるほどこの曲を聴きこんでいない為、違いを感じ取ることは残念ながら出来なかった。
ラストの有名な「タンゴ」でお開きとなり、最後にいたるまで素敵なアルベニスの夕べであった。

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