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シューベルト「水の上で歌うD774」を聴く

久しぶりに「歌曲」について投稿します。
シューベルトのあまたの歌曲の中で最も美しい作品のひとつ「水の上で歌う」を聴き比べようと思います。
シューベルトよりも50年近く前に生まれたシュトルベルク伯爵が32歳の時に作ったテキストに、シューベルトは1823年に作曲しました。
シュトルベルク伯爵によるオリジナルのタイトルは「水の上で歌う歌(Lied auf dem Wasser zu singen)」で、シューベルトは最初の「歌(Lied)」を曲名から省いたのでした。
ピアノパートの隣り合った音をこまかく下降させたピアノパートは、水に照り映える夕日のきらめきを思わせ、自然の営みと時の流れをリンクさせた詩の内容をきわめてデリケートな響きの有節歌曲としたのでした。
詩の内容は次のとおりです。

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Auf dem Wasser zu singen
 水の上で歌う


Mitten im Schimmer der spiegelnden Wellen
Gleitet, wie Schwäne, der wankende Kahn;
Ach, auf der Freude sanftschimmernden Wellen
Gleitet die Seele dahin wie der Kahn;
Denn von dem Himmel herab auf die Wellen
Tanzet das Abendrot rund um den Kahn.
 照り返す波の微光のただなかを
  白鳥のように、揺れる小舟がすべり行く。
 ああ、喜びの穏やかにきらめく波の上を
  魂は、小舟のようにすべり行く。
 なぜなら、空から波へと照りそそぐ
  夕日が、小舟のまわりで踊っているから。


Über den Wipfeln des westlichen Haines,
Winket uns freundlich der rötliche Schein;
Unter den Zweigen des östlichen Haines
Säuselt der Kalmus im rötlichen Schein;
Freude des Himmels und Ruhe des Haines
Atmet die Seel' im errötenden Schein.
 西の林の梢の上で
  我らに親しげに、赤い光が合図を送ってくる。
 東の林の枝の下で
  菖蒲が、赤い光の中でざわざわ音を立てている。
 空の喜びと林の静けさを
  魂は、赤くなった光の中で吸い込むのだ。


Ach, es entschwindet mit tauigem Flügel
Mir auf den wiegenden Wellen die Zeit.
Morgen entschwinde mit schimmerndem Flügel
Wieder wie gestern und heute die Zeit,
Bis ich auf höherem strahlendem Flügel
Selber entschwinde der wechselnden Zeit.
 ああ、露に濡れた翼で、
  揺れる波の上を、わが時は過ぎ去っていく。
 明日もまた、ほのかに光る翼で、
  昨日や今日と同じく、時よ、過ぎ去るのだ。
 私が、より大きな輝く翼にのって、
  みずから、移り行く時から消え去るまで。


詩:Friedrich Leopold, Graf zu Stolberg-Stolberg (1750.11.7, Bramstedt, Holstein - 1819.12.5, Gut Sondermühlen)
 フリードリヒ・レオポルト・グラーフ・ツー・シュトルベルク
音楽:Franz Peter Schubert (1797.1.31, Himmelpfortgrund in Wien - 1828.11.19, Wien)
 フランツ・ペーター・シューベルト

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まず詩の朗読をお聞きください。

間をたっぷりとった美しい朗読だったと思います。
個人的には"r"の巻き舌は聞いていてぐっとくる要素のひとつですね。

次にネットで聴けるこの曲の好きな演奏をご紹介します。

エリーザベト・シュヴァルツコプフ(S)&エトヴィン・フィッシャー(P)

シュヴァルツコプフの醸し出す気品は比類ないと思います。この曲のはかなさと美しさを見事に描き尽した名演です。フィッシャーも控え目なタッチですが美しいです。

ルチア・ポップ(S)&アーウィン・ゲイジ(P)

ポップの透明で芯のある繊細な美声はこの曲にぴったりです。ゲイジも丁寧なタッチで好演でした。

エリー・アーメリング(S)&ルドルフ・ヤンセン(P)

アーメリングは若い頃にもゲイジと録音していて声の魅力はそちらに軍配があがりますが、ヤンセンとの録音では表現の彫りが深くなり、言葉への思いの強さに胸打たれます。ヤンセンも彼女の表現と一体となって素晴らしいと思います。

イルムガルト・ゼーフリート(S)&ジェラルド・ムーア(P)

ゼーフリートのドイツ語のディクションがなんともチャーミングです。ムーアはきらめく光を美しく表現しています。

ジャネット・ベイカー(MS)&ジェフリー・パーソンズ(P)

イギリスの名花ベイカーの温かみのある声はこの曲でも魅力的です。パーソンズのかちっかちっとした几帳面さは楷書風の個性を醸し出しています。

イアン・ボストリッジ(T)&ジュリアス・ドレイク(P)

曲の性質上、個人的には女声の方が美しく感じられますが、テノールの美声で聴くのも良いですね。ドレイクの演奏のきらきらした美しさは特筆ものです。

最後に絶対に忘れてはならないのが、この演奏!

バーブラ・ストライザンド(V) ピアニスト不明
ポップス歌手が、クラシックの名曲をこれほど見事に歌い切り、しかも自分の個性を出して成功した稀有な例でしょう。
なんと心に訴えかけてくる新しい「水の上で歌う」の響きでしょうか。脱帽というほかありません。
ハイトーンのビブラートがムーディーで心地よいです。
ただ、ピアノ伴奏があまりにも機械的な演奏なのが惜しかったと思います。

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コメント

ひえ~!、素晴らしい さんかく、企画。
いつもは、アーメリングしか聴いていないのですが。
これだけ並べられれば、ハァ~ッ!とためいき。
以前に色々と聴いた覚えはありますが。
ゼーフリートは若いころのアーメリング以上にチャーミングですね。
バーブラ・ストライザンドは あれ?と思ってCDを見ましたが載っていない。
水面に舞う白鳥ならぬ、バレリーナをイメージして聴いていますが
詩はやはり詩人単純でなく私には難解さも。

投稿: tada | 2013年6月25日 (火曜日) 20時18分

tadaさん、こんばんは。
ご返事が遅くなり、申し訳ありません。
動画を埋め込み過ぎたようで、スマホでアクセスするとすぐに消えてしまうのです。
さて、今回の企画、喜んでいただけてうれしく思います。
この詩は似た言葉を繰り返し使っていて、意味をとるのが難しかったです。
ストライザンドの歌はおそらくCD再発売の際に追加されたもののようです。これいいなぁと思いながら聴いていました。
白鳥ならぬバレリーナの舞として聴くというのも面白い発想ですね。優雅なだけでないはかなさも魅力を感じます。

投稿: フランツ | 2013年6月29日 (土曜日) 19時15分

フランツさん、こんばんは。
水の上で歌う、詩も曲も大好きです。
色々な演奏を上げてくださってありがとうございます。

実は初めてアメリングを聞いたのもこの曲です。
TV(NHKだったと思います)から流れてきたあまりの美しいメロディ、声に、慌ててメモを取り(歌手と、曲名が出ていましたので)、次の日レコード店へ行きアメリングのシューベルト歌曲集を買い求めました。

それにしても、こういうはかない美しさはシューべルトしか表現できない、そんな風に思います。
私は、バーバラ・ボニーの水の上で歌うも大好きです。
ここに載せてくださった往年の名歌手たちに比べて、近代的な感じはしますが。

イアン・ボストリッジもいいですね。
私もやはりこの曲は、ソプラノが合うように思いますが、繊細なボストリッジとよくあっているように思います。10年くらい前、彼の異色の水車小屋~の映像を見たような記憶があります。
こうして聴き比べるの、いいですね。
ありがとうございました。

投稿: 真子 | 2013年7月 4日 (木曜日) 21時10分

真子さん、こんにちは。
「水の上で歌う」をお好きとのことで、うれしく思います。
今回聴き比べということでいろいろな動画を事前に聴いてみましたが、ここにご紹介できなかった中にも素敵な演奏は沢山あり、その一例がボニーやプライの演奏でした。名曲だけにいろいろな人の録音があるのはうれしいですね。
真子さんはアーメリングの演奏をテレビで聴かれたそうで、うらやましいです。
今後もこのような記事を続けていけたらと思っていますので、よろしければご覧くださいね。

投稿: フランツ | 2013年7月 6日 (土曜日) 12時24分

フランツさん、こんにちは。
フランツさんも、プライさんの「水の上で歌う」お聴きになっているのですね。
ソプラノで聴く繊細な演奏とまた違いますが、胸に迫ってくるものが有り、やはりプライさん大好きです。
私は、フィリップス盤を持っています(もし、フィリップス盤~1973年録音~以外をお持ちでしたら、レーベル名をお教えいただけますか?)。


こういう聴き比べ大好きですので、またこのような企画をしてくださると嬉しいです。
フランツさんの記事はとても素晴らしいので、これからも楽しみに拝見いたします。

投稿: 真子 | 2013年7月 8日 (月曜日) 10時48分

真子さん、こんばんは。
プライの「水の上で歌う」、私の持っている録音もフィリップスのCDです。プライの光沢のある歌も素敵ですね。

またいつか聴き比べの記事を掲載したいと思います。あくまで私の好みでチョイスしていますので、他にこんないい演奏もあるよという情報もありましたら大歓迎です。

投稿: フランツ | 2013年7月 9日 (火曜日) 20時53分

拍手喝采。スタンディング・オベイションです。
今回の、この試みはどんどん展開してください。
とても楽しみ味わいました。
朗読(それがよい朗読かどうかは判断できませんが)があるのも嬉しい。
今までこの試みをされていなかったのが、むしろ不思議に思われるほどです。
シューベルトの数々を数々、こうした形で紹介くだされば、嬉しく思います。プレッシャーをかけるつもりはありませんが。

投稿: Zu-Simolin | 2013年7月11日 (木曜日) 18時26分

Zu-Simolinさん、こんにちは。
お褒めいただき、うれしいです。
有難うございます!
随分長いこと、コンサートの感想文だけになってしまっていたので、そろそろ歌曲に関する記事を書かなければという思いで聴き比べをしてみました。
お陰様で有難いコメントをいただけましたので今後もこのシリーズを続けたいと思っています。ただ、相変わらず作業は遅いので、気長〜に待っていただけたら幸いです。

投稿: フランツ | 2013年7月13日 (土曜日) 08時45分

フランツさん、こんばんは。

久しぶりに「水の上で歌う」を聴きました。
いつも聴いている声楽家の声とは違うバーブラ・ストライザンドの演奏は、かえってシューベルトの美しいメロディを浮き上がらせているように思いました。
ピアノは確かにちょっと残念ですね。
しかし、ここまできっちり?弾くのも逆にむつかしかったかもしれませんね。

シュトラウスの「春」を今じっくり聴いています。
またコメントさせて頂きますね。

投稿: 真子 | 2014年5月15日 (木曜日) 22時19分

真子さん、こんにちは。

バーブラ・ストライザンドの歌、素晴らしいですよね。クラシックの歌手だけに独占させているのはもったいないということの見本のような名演です。

ピアノは多分クラシック畑ではないピアニストが弾いているのでしょう。クラシックの曲だから楽譜通りに演奏しようとして杓子定規のようになってしまったのではないでしょうか。普段当たり前のように聴いているピアノパートがどれほど難しいかを明らかにしてくれたように感じます。

投稿: フランツ | 2014年5月17日 (土曜日) 09時54分

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