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クリスチャン・ツィメルマン/ピアノ・リサイタル(2012年11月27日 川口リリア メインホール)

クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

2012年11月27日(火)19:00 川口リリア メインホール(1階13列13番)

クリスチャン・ツィメルマン(Krystian Zimerman)(Piano)

ドビュッシー(Debussy)/版画(Estampes)
  1.パゴダ(Pagodes)
  2.グラナダの夕べ(La soirée dans Grenade)
  3.雨の庭(Jardins sous la pluie)

ドビュッシー/前奏曲集 第1集より(Préludes 1 (Selection))
  2.帆(Voiles)
 12.吟遊詩人(Minstrels)
  6.雪の上の足跡(Des pas sur la neige)
  8.亜麻色の髪の乙女(La fille aux cheveux de lin)
 10.沈める寺(La cathédrale engloutie)
  7.西風の見たもの(Ce qu'a vu le vent d'ouest)

~休憩~

シマノフスキ(Szymanowski)/3つの前奏曲(3 Preludes from op.1)(「9つの前奏曲 作品1」より)
 第1番 ロ短調
 第2番 ニ短調
 第8番 変ホ短調

ショパン(Chopin)/ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58(Sonata No. 3 in B minor op.58)

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川口でクリスチャン・ツィメルマンのリサイタルを聴いてきた。
ツィメルマンの実演を聴くのは2回目。

会場に着いたもののリハーサルの為中に入れず、開演時間の7時になっても外でお客さんは待たされたまま。
結局リハーサルと調律が終わって、中に入ることを許されたのは7時2,3分ごろ。
リサイタルは7時15分ごろのスタートとなったが、こういうことは初めての経験だった。
遅れた理由についてもう少し説明があっても良かったのではないだろうか。

館内放送とパンフレットの文章によると、ツィメルマンのライヴをこっそり録音して某動画サイトにアップした人とレコード会社との間でかつて訴訟問題にまで発展したとのこと。
ツィメルマンからのお願いとあえて放送して、演奏の録音やネット上へのアップをしないようにとの注意があった。

前半はドビュッシーの「版画」全3曲と、「前奏曲集 第1集」からの6曲抜粋が演奏された。
ツィメルマンのドビュッシーはクールで知的な印象で、まさに精巧な職人技を感じさせる。
「雪の上の足跡」や「沈める寺」などでは、たっぷりと遅めのテンポを保ちながら緊張感が一切途切れず素晴らしかった。

後半最初はシマノフスキーの若い時の作品「9つの前奏曲 作品1」からの3曲。
メランコリックな曲調が魅力的だが、ツィメルマンは噛んで含めるような思い入れたっぷりな演奏に終始し、止まりそうなぎりぎりのテンポ設定は、作曲家の若い勢いを削ぐ結果にもなったのではないか。
少なくとも私の好みでは、もっと流れるように演奏した時にこれらの美しさが際立つように思った。

後半のショパンのソナタ第3番はピアノのリサイタルであまりにも頻繁に耳にする為、正直新鮮味は薄いものの(ツィメルマンの前回の来日公演でも演奏された)、どこまでもコントロールの行き届いた構築感とメロディを浮き立たせる歌が両立していてさすがと感じさせられた。

ツィメルマンは風邪気味だったようで、楽章間で自ら咳をしてみせて客席に視線を送るなど、客との言葉のないコミュニケーションをとりたがっているようにも思えた。
だが、アンコールも無く、サイン会も無く(それら自体は別に悪いことではないのだが)、一方でリハーサルを長引かせたり、放送でアナウンスを読ませたり、客の反応をうかがったり、楽譜を置いて演奏したり、ユニークなこだわりのある方なのかなという印象も受けた。
聴衆に媚びないピアニストなのかもしれず、またそれが許されるだけの豊かな音楽を聴かせてくれたことは紛れもない事実である。

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藤村実穂子&ヴォルフラム・リーガー/リーダー・アーベントⅢ(2012年11月22日 紀尾井ホール)

紀尾井の声楽 2012
藤村実穂子 リーダー・アーベントⅢ

2012年11月22日(木)19:00 紀尾井ホール(1階2列5番)

藤村実穂子(Mihoko Fujimura)(mezzo soprano)
ヴォルフラム・リーガー(Wolfram Rieger)(piano)

シューベルト(Schubert)作曲
湖で(Am See) D746
水面で歌う(Auf dem Wasser zu singen) D774
ゴンドラの船頭(Gondelfahrer) D808
湖上にて(Auf dem See) D543b
流れ(Der Fluss) D693

マーラー(Mahler)作曲
「亡き子をしのぶ歌(Kindertotenlieder)」
 1.今太陽が眩く昇ろうとしている(Nun will die Sonn' so hell aufgeh'n)
 2.なぜそんなに暗い炎を(Nun seh' ich wohl, warum so dunkle Flammen)
 3.母さんが扉から(Wenn dein Mütterlein)
 4.よく思う、子供達は出掛けただけと(Oft denk' ich, sie sind nur ausgegangen)
 5.こんな天気に(In diesem Wetter)

~休憩~

ヴォルフ(Wolf)作曲
ミニョンの歌Ⅰ(Mignon I)「語れと命じないで(Heiß mich nicht reden)」
ミニョンの歌Ⅱ(Mignon II)「ただ憧れを知る人だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt)」
ミニョンの歌Ⅲ(Mignon III)「このままでいさせて(So laßt mich scheinen)」
ミニョン(Mignon)「知ってる、レモンの花が咲くあの国を(Kennst du das Land)」

R.シュトラウス(Strauss)作曲
献呈(Zueignung) Op.10-1
何も(Nichts) Op.10-2
夜(Die Nacht) Op.10-3
もの言わぬものたち(Die Verschwiegenen) Op.10-6
イヌサフラン(Die Zeitlose) Op.10-7
万霊節(Allerseelen) Op.10-8

~アンコール~
R.シュトラウス/あなたの黒髪を私の頭に広げてください(2.Breit' über mein Haupt dein schwarzes Haar) Op.19-2
R.シュトラウス/ツェツィーリエ(Cäcilie) Op.27-2
R.シュトラウス/幸せがいっぱい(Glückes genug) Op.37-1

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メゾソプラノ歌手、藤村実穂子の紀尾井ホールでのリサイタルも今年で3回目となる。
そして、今宵、彼女がリート歌手としてもますます深化していることを目の当たりにすることが出来たのである。
共演のピアニストは前回と同じヴォルフラム・リーガー。
ハンプソンやファスベンダーなどの信頼あつい共演者として知られ、最近ではアネッテ・ダッシュとも来日した名手である。

今回彼女はいつものワインレッドのドレスではなく、ブルーの美しいドレスに身を包んで登場した。
そして、シューベルトの水に因んだ作品で始め、マーラーの「亡き子をしのぶ歌」へと進み、最後にシュトラウスの「万霊節」で締めくくるというプログラミングは、もしかすると彼女の震災への思いが反映されていると想像できないだろうか。
だが、アンコールの最後はシュトラウスの「幸せがいっぱい」であり、未来への希望を託した選曲といってもいいのではないだろうか。

そんな思いの詰まった彼女の歌唱、最初のシューベルトですでに私の胸を打つ。
いかに作品ひとつひとつに丁寧に取り組み、深く掘り下げられているのかが、発声の美しさだけでなく、言葉の語りの響きや表情からも感じられる。
マーラーでも一語一語から厳しい苦悩が滲み出る。
ヴォルフのミニョン歌曲集では、作曲家の書いた音を丁寧に紡ぎ、若き乙女の苦悩をあぶり出してみせる。第3曲の最後の締めは見事なまでに制御されたデクレッシェンドで強く訴えかけてきた。
最後のシュトラウス歌曲からは若き日のOp.10からの抜粋で、直截的で演奏効果の高い作品たちが藤村さんの丁寧で誠実な歌からほのかに匂い立つ響きがなんとも心地よい。

ピアノのヴォルフラム・リーガーは完全に歌手の歌を把握して、細やか、かつ積極的な音の綾を響かせる。
伴奏者という専門職に徹した者のみが達成できるであろう高みに達した名演だったと感銘を受けた。

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大島富士子&ダルトン・ボールドウィン/リーダーアーベント(2012年11月20日 ルーテル市ヶ谷ホール)

大島富士子リーダーアーベント「後期ロマン派以降の作品より」

2012年11月20日(火) 19:00 ルーテル市ヶ谷ホール(全自由席)

大島富士子(Fujiko Oshima)(ソプラノ)
ダルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)(ピアノ)

大嶋義実(Yoshimi Oshima)(お話し)

ツェムリンスキー(Zemlinsky: 1871-1942)作曲
青い小さな星(Blaues Sternlein Op. 6/5)
妖精の歌(Elfenlied Op.22/4)
真夜中に(Um Mitternacht Op. 2/4)
愛らしいつばめ(Liebe Schwalbe Op. 6/1)
受胎(Empfängnis Op. 2/6)
私は手紙を書いた(Briefchen Op.6/6)

ヴォルフ(Wolf: 1860-1903)作曲
ミニヨンⅠ(Mignon I Op. 10/90)
ミニヨンⅡ(Mignon II Op. 10/91)
ミニヨンⅢ(Mignon III Op. 10/92)
ミニヨンⅣ(Mignon Op. 10/94)

~休憩~

ミヨー(Milhaud: 1892-1974)作曲
「花のカタログ(Catalogue des fleurs)」
 1.スミレ(La Violette)
 2.ベゴニア(Le Begonia)
 3.フリティラリア(Les Fritillaires)
 4.ヒヤシンス(Les Jacinthes)
 5.クロッカス(Les Crocus)
 6.ヒメコスモス(Le Brachycome)
 7.エレムルス(L’Eremurus)

メシアン(Messiaen: 1908-1992)作曲
「ミの為の詩(Poèmes pour Mi Op. I/17a)」より
 1.感謝の祈り(Action de grâces)
 2.風景(Paysage)
 8.首飾り(Le Collier)

「地と天の歌(Chants de terre et de ciel Op. I/19)」より
 6.復活(Résurrection)

ホセ=ダニエル・マルティネス(José-Daniel Martinez: 1957, Washington D.C.-)作曲
「水の渇き」第2部(La sed del agua: Segundo grupo I, II &III)(2000)全曲(本邦初演)

バーンスタイン(Bernstein: 1918-1990)作曲
「ソングフェスト(«Songfest»)」より「フリア・デ・ブルゴスへ(A Julia de Burgos)」

~アンコール~
1.不明(英語で歌われた)
2.ツェムリンスキー/受胎

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ダルトン・ボールドウィンの出演する演奏会をもう一つ聴いた。
ソプラノの大島富士子は初めて聴いたが、澄んだ透明な美声と芯のある響きが魅力的で、今後も機会があれば聴きたいと思わせる歌手だった。

ボールドウィンの演奏については数日前の演奏と大差はない。もちろん全曲楽譜を見ながらの演奏である。ただ、ミスや迷子になるところがありながらも、最終的には辻褄を合せるところも健在である。楽曲を知っている場合、やはり歯がゆく感じるところも出てくるが、ボールドウィンのタッチの無駄のない強さと温かい響き、そして歌と「共に歩む」演奏でありながら、歌手をこまやかにサポートしている点、これらの魅力は演奏上の衰えを充分補っていると言えるのではないだろうか。

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大塚恵美子&坂下忠弘Joint Concert~Dalton Baldwin氏を迎えて~(2012年11月15日 ルーテル市ヶ谷センターホール)

大塚恵美子&坂下忠弘Joint Concert~Dalton Baldwin氏を迎えて~
2012年11月15日(木)18:30 ルーテル市ヶ谷センターホール(全自由席)

大塚恵美子(Emiko Otsuka)(ソプラノ)
坂下忠弘(Tadahiro Sakashita)(バリトン)
ダルトン・ボールドウィン(Dalton Baldwin)(ピアノ)

~フォーレとシューマンの夕べ~

シューマン(R.Schumann)作曲(大塚&ボールドウィン)
献呈(Widmung)作品25-1
くるみの木(Der Nußbaum)作品25-3
わたしのばら(Meine Rose)作品90-2
レクイエム(Requiem)作品90-7

フォーレ(G.Fauré)作曲(坂下&ボールドウィン)
夜明け(Aurore)
ひめごと(Le secret)
流れのほとりにて(Au bord l'eau)
漁夫の歌(La chanson de pêcheur)

シューマン(R.Schumann)作曲(大塚&ボールドウィン)
夕暮れの歌(Abendlied)作品107-6
月の夜(Mondnacht)作品39-5
羊飼いの別れ(Des Sennen Abschied)作品79-23
もう春だ(Er ist's)作品79-24

フォーレ(G.Fauré)作曲(坂下&ボールドウィン)
月の光(Clair de lune)
ひそやかに(En sourdine)
憂うつ(Spleen)
マンドリン(Mandoline)

シューマン(R.Schumann)作曲(大塚&ボールドウィン)
ミニョンの歌(4 Mignon Lieder)
語らずともよい(Heiss mich nicht reden)作品98a-5
ただ憧れを知る者だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt)作品98a-3
もうしばらくこのままの姿でいさせてください(So lasst mich scheinen)作品98a-9
ご存知ですか、レモンの花の咲く国を(Kennst du das Land)作品98a-1(作品79-29)

シューマン(R.Schumann)作曲(大塚&坂下&ボールドウィン)
夜に(In der Nacht)作品74-4

フォーレ(G.Fauré)作曲(坂下&ボールドウィン)
夕暮れ(Soir)
アルペジオ(Arpège)
ゆりかご(Les berceaux)
いつの日も(Toujours)

フォーレ(G.Fauré)作曲(大塚&坂下&ボールドウィン)
金の涙(Pleurs d'or)

~アンコール~
フォーレ/金の涙(Pleurs d'or)(大塚&坂下&ボールドウィン)

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歌曲ピアニストの名手として著名なダルトン・ボールドウィンが今年も秋に来日して、数人の日本人歌手たちと演奏会を開いた。
現在80歳のピアニストのここ数年の演奏を聴いた者としては、今年はパスした方がいいのだろうかなどと迷いもしたが、結局聴いてよかったと思うことが出来た。

数年ぶりに出掛けたルーテル市ヶ谷センターホールは、東京メトロ「市ヶ谷」駅5番出口から1、2分という便利な場所にある。

ソプラノの大塚恵美子がシューマンの独唱曲、バリトンの坂下忠弘がフォーレの独唱曲、そして各作曲家の二重唱曲を1曲ずつ2人で歌うという構成であった。
ソプラノとバリトンが数曲ずつ交互に歌っては袖に下がり、ボールドウィンは交替の間もピアノの前に座って次の歌手を待つという形で進められた。

楽譜を見ながらピアノの蓋を開けて演奏したボールドウィンは、今宵も確かにミスは散見された。
ペダルで響かせた和音が濁っていることも少なくない。
ただ、興味深いのが、どれほど行方不明になりそうになりながらも、演奏が決して止まらないのである。
年齢からくる記憶力の衰えはあるにしても、止まってもう一度やり直すということには全くならなかった。
それは長年舞台で積み重ねてきた様々な対処法が今も役立っているということではないだろうか。

「危なっかしい演奏は受け付けない」という人には現在のボールドウィンの実演はお勧めできないが、それを脇に置いて、彼の音楽そのものを聴いていると、ますます自在にピアノで歌って、今だからこそ聴ける豊かな音楽が確実にここにはあった。
歌とピアノが対決しているわけでもないのだが、いい意味で歌に遠慮がないのである。
もちろん配慮はいたるところに感じられるが、「控え目」という言葉は今のボールドウィンには当てはまらない。
歌とピアノが対等に二重唱を奏でているのである。
今宵のボールドウィンの演奏が聴けてこれほどうれしく感じたのはきっと私だけではないだろう。
技に頼れなくなった時に、音楽性でどれだけ聴衆を魅了できるかというのは多くの演奏家にとって切実な問題ではないだろうか。
そうした時にボールドウィンの演奏は、一つのヒントを与えてくれるのではないだろうか。

なお、若手歌手のお2人は、この日はじめて聴いたが、どちらも豊かな才能をもった人たちであった。

ソプラノの大塚恵美子はとても澄んだ美しい声をしていた。
最初のうちこそ若干固さも感じられたが、徐々にシューマンの世界を素直にのびのびと表現して、気持ちよい歌を聴かせてくれた。

バリトンの坂下忠弘は、ノーブルでどこまでも安定した豊かな響きをもち、時折スゼーを思わせるほどであった。
スゼーのよきパートナーであったボールドウィンが「フォーレを歌うための声を持って生まれてきた」と坂下氏を称賛したというのもうなずけるほど素晴らしい逸材と感じた。
フランス語の響きもとても美しく、今後の歌曲における活躍を大いに期待したい。

若い歌手の発掘という意味でもボールドウィンの毎年秋の来日はやはり意義深いことだと感じた。

なお全プログラムが休憩なしで演奏され、1時間半ぐらいのコンサートであった。

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内藤明美&平島誠也/メゾソプラノリサイタル(2012年11月9日 東京オペラシティ リサイタルホール)

内藤明美メゾソプラノリサイタル

2012年11月9日(木)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール(全自由席)
内藤明美(Akemi Naito)(mezzo soprano)
平島誠也(Seiya Hirashima)(piano)

ゲーテの詩による歌曲(Lieder nach Gedichten von Goethe)

シューベルト(Schubert)/湖の上で(Auf dem See)
ベートーヴェン(Beethoven)/悲しみの喜び(Wonne der Wehmut)
レーヴェ(Loewe)/安らぎは失せ(Meine Ruh ist hin)
ヘンゼル(Mendelssohn-Hensel)/旅人の夜の歌(Wanderers Nachtlied)
リスト(Liszt)/空より来たりて(Der du von dem Himmel bist)

シュトラウス(Strauss)/見つけたものは(Gefunden)
クシェネク(Krenek)/新しいアマディス(Der neue Amadis)
シェック(Schoeck)/黄昏は空より降り(Dämmrung senkte sich von oben)
ベルク(Berg)/失った初恋(Erster Verlust)
レーガー(Reger)/孤独(Einsamkeit)

~休憩~

ヴォルフ(Wolf)作曲

アナクレオンの墓(Anakreons Grab)
現象(Phänomen)
ガニメード(Ganymed)

ミニョンⅠ(語れとは言わず)(Mignon I)
ミニョンⅡ(ただ憧れを知る人だけが)(Mignon II)
ミニョンⅢ(この装いのままで)(Mignon III)
ミニョンⅣ(あなたはご存知ですか)(Mignon IV)

~アンコール~
ブラームス(Brahms)/セレナーデ(Serenade)op.70-3
チャイコフスキー(Tchaikovsky)/ただ憧れを知る人だけが(Nur wer die Sehnsucht kennt)
島原の子守唄

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毎年秋に催される内藤明美と平島誠也によるリサイタルを聴くようになって何回目になるであろうか。
今宵もまたテーマをもったプログラミングと充実した演奏で、歌曲ファンを満足させてくれた。
今年のテーマは「ゲーテの詩による歌曲」。
前半は10人の作曲家による10様のゲーテ作品、後半はヴォルフ作曲という軸のもとで様々なゲーテ解釈を味わうという趣向。
昨夜ルプーを聴いた東京オペラシティを再び訪れ、今回は小ホールの響きを味わった。

ゲーテの詩による歌曲はシューベルトやヴォルフをはじめ膨大な作品が存在する。
その中から歌手の声や質に合った作品を選び出し一夜の選曲をするというのはそれだけでも気が遠くなるほど大変な作業であろう。
事実プログラムノートに山崎裕視氏が記しているように「その彼女(注:内藤さんのこと)をしても長い間、ゲーテへの接近は心怯むものがあったに違いない」のである。

今回の選曲、前半は私が初めて聴く作品が圧倒的に多く、いつもながらその選曲の斬新さに敬意を覚えずにいられない。
シューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」ではなく、同じ詩にレーヴェが作曲した「安らぎは失せ」、またシューベルトの「旅人の夜の歌Ⅰ」ではなく、ファニー・ヘンゼルやリストによる同じ詩による作品、さらにヴォルフではなくクシェネクによる「新しいアマディス」など、その変化球の見事さに興味は尽きない。

内藤さんの歌唱は相変わらず懐の深いもの。
声が聴き手を包み込み、そして作品の各キャラクターに変幻自在に対応して、短い時間に一つのドラマを凝縮して描き出す。
年々増してきた温かみは、通好みの作品であろうが、ポピュラーな作品であろうが、平等に聴き手の作品への近寄りやすさを感じさせる。
だが、もちろんホールいっぱいに広がる豊かで強靭さすら感じさせる響きも健在である。
こうして、日の目を見ることの少ない作品をも照らし出して、それを自分のものとして消化して提示するということを毎年続けていると、これほどまでに充実した空間を作り出せるものなのだろう。

今回楽しみだったヴォルフの「ミニョン」歌曲群は、その真摯さと充実感で、感動的であった。
とりわけ「この装いのままで」の最後の一節"Macht mich auf ewig wieder jung!(永遠の若さをまた私にお与えください!)"(山崎裕視訳)の高音から低く降りて、再度ディミヌエンドしながら高く舞い上がる際の内藤さんのメッツァヴォーチェの見事さは本当に胸に響いた。

平島誠也氏のピアノはいつもながらストレートに作品に向き合ったものだった。
実直なまでにくっきりと作品の細部まで照らし出す平島氏だが、例えばヴォルフの「あなたはご存知ですか」ではテンポの変化や強弱、音色など、いつも以上の大胆さを見せ新鮮な驚きを覚えた。
彼のその柔軟な対応が作品の壮大さを充分に描き出していたことは特筆すべきだろう。

なお、この日会場ロビーで待望のCD「ブラームス歌曲集」が販売された。
内藤さんのホームページでも買えるようだ。
秋の夜長に温かい声に包まれるのも素敵ではないだろうか。

毎年最後に同じことを書いている気もするが、来年のコンサートが今から待ち遠しい。

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ラドゥ・ルプー/ピアノ・リサイタル(2012年11月8日 東京オペラシティ コンサートホール)

ラドゥ・ルプー ピアノ・リサイタル

2012年11月8日(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
ラドゥ・ルプー(Radu Lupu)(piano)

-シューベルト・プログラム-
16のドイツ舞曲 D783, op.33

即興曲集 D935, op.142
 1.ヘ短調
 2.変イ長調
 3.変ロ長調
 4.ヘ短調

~休憩~

ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960 (遺作)

~アンコール~
シューベルト/ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D958から 第2楽章
シューベルト/楽興の時D780から 第1番ハ長調

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前回の来日時(2010年秋)にチケットをとって楽しみにしていたところ、来日後に体調を崩して帰国してしまったルーマニアのピアニスト、ラドゥ・ルプーを今回とうとう聴くことが出来た。
すでにスタジオレコーディングやライヴ録音、インタビューの類は一切拒絶して久しいそうで、コンサートホールに行くしか現在の彼の演奏に触れる機会は無い為、今回無事にコンサートが行われたことに安堵した。
とはいうものの、この次に予定されていた11月10日(土)の川西みつなかホールでのコンサートは左手中指に蜂窩織炎(ほうかしきえん)という症状が出て中止となってしまい、兵庫のファンの方たちにとっては残念な結果となった。

今回のルプーのプログラムはお得意のシューベルトのみで、私にとっても大好きな作品がそろっていた。

舞台に登場したルプーはひげを蓄えた仙人のような風貌で、椅子の背もたれに寄りかかって腕を伸ばして弾く姿はブラームスのようでもある。
今回の実演に接して感じたのは、20世紀の伝説的な巨匠たちを思わせるような個性がくっきりと音に刻まれていることだった。
この日の彼はほとんどフォルティッシモを使わず、盛り上がる個所でも咆哮しない。
ピアノを大きく鳴らすことにそれほど興味がない風で、人によっては物足りなかったかもしれないが、私にはとても心地よく聴けた。

最初の「16のドイツ舞曲」など、ダンスの伴奏としてこんな風に弾かれたら、踊りそっちのけで音楽にじっくり浸ってしまうだろうなと思わせる趣のある演奏だった。
現代のピアニストたちが弾くスマートで洗練されたシューベルト演奏とは全く趣の異なる、武骨だが雰囲気たっぷりの響きは、この場でしか味わえない演奏だったと感じた。

拍手もはさまず続けて演奏された「即興曲集」は、こちらもなんとも味わいの深い演奏。
決してテクニック面では完璧ではない部分も聞かれたが、そういうことはこの日の演奏においては大したこととは思えなかった。
彼の聴衆にこびずに己に向き合って弾いているかのような響きは、久しく忘れていたシューベルトの心地よい長さを思い出させてくれた。
同じ箇所を何度も繰り返す為、従来シューベルトを冗長と感じる人も多く、それももちろん分からないことはないのだが、美しい音楽が何度も聴けるという風にとらえたら、シューベルトの音楽はとても魅力的なものになるのではないか。
そして、繰り返しを忠実に守った(と思う)ルプーの姿勢は、確かにシューベルトの「天国的な長さ」をたっぷりと味わうのにうってつけであった。

休憩後のシューベルト最後のソナタも第1楽章提示部の繰り返しを省かずに演奏したわけだが、リピート直前の「タラッ・タラッ・タラッ・タラッ・タンタンターン」という隣接する音を繰り返す箇所でルプーはペダルを使って濁らせた。
他の人の演奏だと普通ここはペダルなしで休符もしっかりはさみ、明瞭に響かせることが多いが、ルプーはあえて濁らせたことで、ここから曲頭に戻って繰り返しますよという合図をあえて不明瞭にしたような印象を受けた。
決して大声を出さずに静かにわが道を行くかのようなルプーの演奏は、この長大なソナタを確かにより長大にしたかもしれない。
だが、そこここで聴ける美しい響きにこだわったルプーの演奏は、シューベルトが「こんなにきれいなフレーズを思いついたんだよ」と喜んでいる顔が浮かぶようであった。

アンコールの2曲がまた珠玉の演奏。
ルプーには悪いが、正規のプログラム以上に心に染みる素晴らしさだった。
それにしてもアンコールで1,2分で演奏できるような軽い作品でなく、ソナタの緩徐楽章をマイペースに弾くルプーはやはり孤高の人なのだなぁと思った一夜だった。

たまに鼻をすすったり、くしゃみしたりしていたので体調は万全ではなかったのかもしれないが、彼がなぜこれほど好まれるのか、その一端を感じることは出来たと思う。
もうしばらくルプーを聴かなくてもいいと思えるほど(いい意味で)満腹感に満たされたコンサートだった。

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PC故障中の為、しばらく更新はお休みします

みなさん、お久し振りです。
実は私が普段使っているパソコンが起動しなくなってしまい、リカバリーディスクを現在探しているところですが、なかなか見つかりません。
そんなわけでしばらく更新がストップしておりますが、ご了承ください(そうでなくでも最近ご無沙汰でしたが)。

この記事も現在ネットカフェから書いています。

ちなみにコンサート通いは相変わらず続けています。
皆さんの中にもコンサートシーズンが始まり、あれこれ聴かれている方もいらっしゃることと思います。
私のコンサート記録などは再開した時にまとめて投稿できればと思っております。

なお、コメントはスマホからの操作が容易ですので、ご返事できると思います。

それではパソコンが使えるようになる日までしばらくお待ちください。
いつもご訪問くださる方々、申し訳ございません。

どうぞ素敵な秋の日々をお過ごしください!

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