ラドゥ・ルプー/ピアノ・リサイタル(2012年11月8日 東京オペラシティ コンサートホール)
ラドゥ・ルプー ピアノ・リサイタル
2012年11月8日(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
ラドゥ・ルプー(Radu Lupu)(piano)
-シューベルト・プログラム-
16のドイツ舞曲 D783, op.33
即興曲集 D935, op.142
1.ヘ短調
2.変イ長調
3.変ロ長調
4.ヘ短調
~休憩~
ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960 (遺作)
~アンコール~
シューベルト/ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D958から 第2楽章
シューベルト/楽興の時D780から 第1番ハ長調
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前回の来日時(2010年秋)にチケットをとって楽しみにしていたところ、来日後に体調を崩して帰国してしまったルーマニアのピアニスト、ラドゥ・ルプーを今回とうとう聴くことが出来た。
すでにスタジオレコーディングやライヴ録音、インタビューの類は一切拒絶して久しいそうで、コンサートホールに行くしか現在の彼の演奏に触れる機会は無い為、今回無事にコンサートが行われたことに安堵した。
とはいうものの、この次に予定されていた11月10日(土)の川西みつなかホールでのコンサートは左手中指に蜂窩織炎(ほうかしきえん)という症状が出て中止となってしまい、兵庫のファンの方たちにとっては残念な結果となった。
今回のルプーのプログラムはお得意のシューベルトのみで、私にとっても大好きな作品がそろっていた。
舞台に登場したルプーはひげを蓄えた仙人のような風貌で、椅子の背もたれに寄りかかって腕を伸ばして弾く姿はブラームスのようでもある。
今回の実演に接して感じたのは、20世紀の伝説的な巨匠たちを思わせるような個性がくっきりと音に刻まれていることだった。
この日の彼はほとんどフォルティッシモを使わず、盛り上がる個所でも咆哮しない。
ピアノを大きく鳴らすことにそれほど興味がない風で、人によっては物足りなかったかもしれないが、私にはとても心地よく聴けた。
最初の「16のドイツ舞曲」など、ダンスの伴奏としてこんな風に弾かれたら、踊りそっちのけで音楽にじっくり浸ってしまうだろうなと思わせる趣のある演奏だった。
現代のピアニストたちが弾くスマートで洗練されたシューベルト演奏とは全く趣の異なる、武骨だが雰囲気たっぷりの響きは、この場でしか味わえない演奏だったと感じた。
拍手もはさまず続けて演奏された「即興曲集」は、こちらもなんとも味わいの深い演奏。
決してテクニック面では完璧ではない部分も聞かれたが、そういうことはこの日の演奏においては大したこととは思えなかった。
彼の聴衆にこびずに己に向き合って弾いているかのような響きは、久しく忘れていたシューベルトの心地よい長さを思い出させてくれた。
同じ箇所を何度も繰り返す為、従来シューベルトを冗長と感じる人も多く、それももちろん分からないことはないのだが、美しい音楽が何度も聴けるという風にとらえたら、シューベルトの音楽はとても魅力的なものになるのではないか。
そして、繰り返しを忠実に守った(と思う)ルプーの姿勢は、確かにシューベルトの「天国的な長さ」をたっぷりと味わうのにうってつけであった。
休憩後のシューベルト最後のソナタも第1楽章提示部の繰り返しを省かずに演奏したわけだが、リピート直前の「タラッ・タラッ・タラッ・タラッ・タンタンターン」という隣接する音を繰り返す箇所でルプーはペダルを使って濁らせた。
他の人の演奏だと普通ここはペダルなしで休符もしっかりはさみ、明瞭に響かせることが多いが、ルプーはあえて濁らせたことで、ここから曲頭に戻って繰り返しますよという合図をあえて不明瞭にしたような印象を受けた。
決して大声を出さずに静かにわが道を行くかのようなルプーの演奏は、この長大なソナタを確かにより長大にしたかもしれない。
だが、そこここで聴ける美しい響きにこだわったルプーの演奏は、シューベルトが「こんなにきれいなフレーズを思いついたんだよ」と喜んでいる顔が浮かぶようであった。
アンコールの2曲がまた珠玉の演奏。
ルプーには悪いが、正規のプログラム以上に心に染みる素晴らしさだった。
それにしてもアンコールで1,2分で演奏できるような軽い作品でなく、ソナタの緩徐楽章をマイペースに弾くルプーはやはり孤高の人なのだなぁと思った一夜だった。
たまに鼻をすすったり、くしゃみしたりしていたので体調は万全ではなかったのかもしれないが、彼がなぜこれほど好まれるのか、その一端を感じることは出来たと思う。
もうしばらくルプーを聴かなくてもいいと思えるほど(いい意味で)満腹感に満たされたコンサートだった。
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コメント
フランツさん、今晩は。
まだPCが直らないと言うことですが、久しぶりのブログ更新、読ませていただきました。
ラドゥ・ルプーは、まだ生で聴いたことはありませんが、折角のコンサート、一部取りやめになったりしたようで、楽しみにしていたファンはガッカリしたことでしょう。
少し前の演奏会のあと、CDを買った人の長い列にサインしていたという話を何処かで読みましたが、ピアニストにとって、命である指、演奏の後で、サインなんかさせないで欲しいと思います。
ルプーの指の故障がそれと関係有るかどうかは知りませんが、最近、習慣みたいになっている演奏者のサイン、主宰者の要望か、演奏者自身の主体的サービスなのかわかりませんが、アンコールの強要と同じく、私は疑問に思っています。
(話が脱線してごめんなさい)
フランツさんのお聴きになったシューベルトなどのプログラム、いい演奏だったようで良かったですね。
私もいつか、生で聴きたいと思います。
投稿: Clara | 2012年11月18日 (日曜日) 21時59分
Claraさん、こんばんは。
書きたいことがたまる一方なので、インターネットカフェで2つ記事を書いてきました。
コメント、うれしく拝見しました。
ルプーは今は幻のピアニスト扱いですが、
今回のパンフレットに過去の来日公演記録が
掲載されていて、
昔はもっと頻繁に来日していたようです。
指の怪我については兵庫公演のみ中止となり、
その後の公演は開催したそうなので、
兵庫の人たちはさぞ残念だったことでしょう。
アンコールについては、
演奏家に委ねられている為
拍手喝采を遠慮しなくてもよいと読んだことがあります。
でも節度も必要でしょうね。
サインはおそらくCDを売るために契約に含まれているのかもしれませんね。
私も悪いと思いつつ、
サイン会に並ぶことがあるのですが
演奏者はどう思っているのか
確かに気になります。
負担にならないようにするのもマナーかもしれませんね。
投稿: フランツ | 2012年11月18日 (日曜日) 23時50分