追悼 大島正泰、ブリジット・エンゲラー、ナン・メリマン、カルロ・カーリー
どういうわけか今年は馴染みの音楽家の訃報が多く、その度にショックを受けるのだが、こればかりは慣れるということがない。
哀しいことだが、ただただ安らかな眠りをお祈りするのみである。
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名伴奏ピアニストの故ジェラルド・ムーアが文筆も達者であったことは、多くの著書が示している通りだが、その著書を我々日本人が知ることが出来たのは大島正泰(おおしままさやす)氏の翻訳のおかげである。
大島氏はムーアの「伴奏者の発言(The Unashamed Accompanist)」「歌手と伴奏者(SINGER AND ACCOMPANIST)」の2冊を翻訳しているが、ご本人が優れた伴奏者であり、その翻訳の経緯について「伴奏者の発言」のあとがきの中で次のように述べている。
「・・・伴奏者として、いろいろ考えていることを述べてみたいと思うことが度々あった。しかし、わが国ではこの分野での先覚者の言もなく・・・自分の考え方に、多少なりとも確信をもたなければならなかったが、この点に一抹の不安がともなって」実現できないでいたという。
そこにムーアの著書が出ていることを知り、その態度に共感を覚え、伴奏者の立場や陰の努力を知ってもらおうと翻訳を思いついたとのこと。
もちろんそこには大島氏の謙遜も感じられるが、それと同時に伴奏者としての大島氏の強い使命感も感じられる。
その演奏を聴くことが出来なかったのは残念だが、大島氏のレコード録音が残されていないかどうかいつか調べてみたいと思う。
2012年6月15日没、92歳。
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以前ラ・フォル・ジュルネでベレゾフスキーと共にバッハの2台ピアノのコンチェルトを聴き、その温かく磨かれた音色に惹かれたブリジット・エンゲラー(Brigitte Engerer)も病気の為亡くなってしまった。
ラ・フォル・ジュルネの常連だったので、いずれリサイタルも聴けるだろうと思っていたのだが、今年のGWは来日中止となり、そのまま帰らぬ人となってしまった。
私は昔から経験豊かな女性ピアニストの演奏が好みとぴったり合うことが多く、ヘブラーや故ニコライエヴァは来日するたびに聴きに行ったものだが、エンゲラーの演奏を聴いて、この人の響きも好きなタイプだと直感した。
ルネ・マルタンも追悼のコメントを出していた。
2012年6月23日没、59歳。
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アメリカのメゾソプラノ歌手ナン・メリマン(Nan Merriman)は40台という早い時期に引退してしまったためか日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、ジェラルド・ムーアとのフランス歌曲、スペイン歌曲の録音(Testamentレーベル)を通じて、歌曲歌手としての素晴らしさを知っていた。
英語圏の歌手はともすれば外国語の歌を英語なまりで歌うことも少なくない。
しかし、メリマンの歌はネイティヴの発音を厳格に追及したものだったのではないだろうか。
私はフランス語やスペイン語の発音をどうこう言える立場にはないのだが、スゼーやロサンヘレスの歌で馴染んだ言葉の響きとそれほど違いがないように私には聴こえた。
そして人間味のあるメゾソプラノの響きは歌を聴く喜びを大きくしてくれる。
2012年7月22日没、92歳。
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オルガニストのカルロ・カーリー(Carlo Curley)をたった一度だけ生で聴いたことがある。
このブログを始めたばかりの頃であり、記事にもした。
井上圭子とのデュオ・コンサートだったが、恰幅のよい大柄なカーリーの体躯は井上さんの華奢な姿が隠れてしまうほどだった。
彼は最良の意味で優れたエンターテイナーだと感じた。
お客さんを楽しませ、満足させる。
しかし演奏に一切の妥協はない。
こういう演奏家はきっと持って生まれた資質と血のにじむような努力の両方を経てはじめてあらわれるのではないか。
まだ亡くなるには早すぎる。
2012年8月11日没、59歳。
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記事を書いていて気付いたが、大島氏とメリマンが享年92歳、エンゲラーとカーリーが享年59歳と不思議な符合を示している。
大島氏とメリマンは天寿を全うしたと言えるだろうが、エンゲラーやカーリーはまだまだ現役で活動できた年齢だけに残念でならない。
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