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F=ディースカウの1987年来日公演(NHK Eテレ 2012年6月30日)

バリトンのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを追悼して、NHK Eテレで1987年の来日公演からヴォルフのメーリケ歌曲集(11月1日)が放映されます。
2012年6月30日(土)0:00~1:15までとのことで、この記事を書いている時点で残り3時間半後には放送されることになります。

私もこの時はサントリーホールで生で聴き、非常に感銘を受けたのを思い出します。
ディースカウは本当に顔の表情が豊かなのです。
その顔の表情と声の表情がぴったり一致しているのは舞台人として素晴らしいと感じたものでした。
共演のピアニスト、ハルトムート・ヘルも当時まだ若く、ディースカウから多くのものを吸収していた時期と思われます。
ライヴで感動した後にさらにテレビ放映で細かな表情が見れたのを本当に懐かしく思い出します。

曲目などの詳細は以下のリンク先にあります。
ご都合があえばぜひご覧ください。
 こちら

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モイツァ・エルトマン&ゲロルト・フーバー/エルトマン ソプラノ・リサイタル(2012年6月10日 東京オペラシティ コンサートホール)

モイツァ・エルトマン ソプラノ・リサイタル
2012年6月10日(日)14:00 東京オペラシティ コンサートホール(1階4列13番)

モイツァ・エルトマン(Mojca Erdmann)(Soprano)
ゲロルト・フーバー(Gerold Huber)(Piano)

【第1部】

メンデルスゾーン(Mendelssohn)作曲

初すみれ(Das erste Veilchen) 作品19a-2
花束(Der Blumenstrauss) 作品47-5
ふたつの心が離れる時(Wenn sich zwei Herzen scheiden) 作品99-5
ズライカ(Suleika) 作品34-4
あいさつ(Grüß) 作品19a-5
歌の翼に(Auf Flügeln des Gesanges) 作品34-2
新しい恋(Neue Liebe) 作品19a-4

モーツァルト(Mozart)作曲

ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いた時(Als Luise die Briefe ihres ungetreuen Liebhabers verbrannte) K.520
すみれ(Das Veilchen) K.476
夕べの想い(Abendempfindung an Laura) K.523
静けさがほほえみながら(Ridente la calma) K.152
寂しい森の中で(Dans un bois solitaire) K.308
魔法使い(Der Zauberer) K.472

~休憩~

【第2部】

モーツァルト(Mozart)/歌劇「イドメネオ(Idomeneo)」より“私の悲惨なこの運命はいつ終わるのだろう?(Quando avran fine omai... Padre, germani, addio)”
モーツァルト/歌劇「ツァイーデ(Zaide)」より“虎よ!爪を研げ(Tiger, Wetze nur die Klauen)”

プッチーニ(Puccini)/歌劇「ラ・ボエーム(La Bohème)」より ムゼッタのワルツ(Musetta's Waltz)“私が街を歩くと(Quando m'en vo)”
ベッリーニ(Bellini)/歌劇「カプレーティとモンテッキ(I Capuleti e I Montecchi)」より“こうして私は晴れの衣装を着せられ~ああ幾たびか(Eccomi in lieta vesta.. Oh quante volte ti chiedo)”
ドニゼッティ(Donizetti)/歌劇「ドン・パスクワーレ(Don Pasquale)」より“あの目に騎士は~わたしも魔の力を知る(Quel guardo, il cavaliere... So anch' io la virtu magica)”

~アンコール~

プッチーニ/「ジャンニ・スキッキ(Gianni Schicchi)」より“私のお父さん(O mio babbino caro)”
ヨハン・シュトラウスⅡ/「こうもり」より“侯爵さま、あなたのようなお方は”
レハール/「ジュディッタ」より“私の唇は熱いキスをする”

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エルトマンは王子ホールの時と同じブルーのドレスで登場した。
私の席はピアニストの真前のあたりの前から4列目だったので、王子ホールの時と違ってエルトマンを真正面から見ることが出来、聴くことが出来た。
オペラシティのこのあたりの席だと、教会の中にいるかのようにかなり残響が聞こえる。
この席の響きに適さない作品もあるだろうが、今回これはこれで面白いと思った。

メンデルスゾーンもモーツァルトもある種の軽さが必要な作品だが、その点、彼女のリリカルな表現はまさにぴったりはまっていた。
声の清純さ、発音の美しさ、表情の豊かさはアーメリングやボニーに近いものを感じた。

明朗、軽やか、旋律美といった特徴をもつメンデルスゾーン歌曲の歌い手として、今彼女以上の適任者はなかなかいないだろう。
エルトマンのレパートリーの中枢に据えてもいいのではと思えるほど、メンデルスゾーンの歌曲の一つ一つが彼女の歌唱できらめいていた。
「新しい恋」での小悪魔的な表情のなんと豊かなこと!
ピアノのフーバーはちょっと雑な箇所もあったが、各曲の性格を見事に描き出していた。

モーツァルトの有名な歌曲6曲も彼女に歌われると宝石のように輝く。
その光沢のある美声は心地よく癒してくれる。
「静けさがほほえみながら」はメロディーに装飾を加えて、単調に陥らない工夫が感じられた。

前半のリートだけでも今の彼女の好調さが実感できたが、後半のオペラアリアの数々で全く異なるドラマティックな側面を聴かせてくれた。
こちらは1曲1曲拍手が起こり、会場もヒートアップしていく。
「ツァイーデ」のアリアのドラマティックな表情は、リート歌手としての清楚なイメージを払拭するのに充分だった。
コロラトゥーラを聴かせ、超高音を朗々と響かせ、その持ち駒の豊富さにただ驚かされると共に、徐々に聴きながら気分が高揚していくのを感じた。
これほど前半と後半で全く異なる側面を聴かせるリサイタルはなかなかないだろう。
正規のプログラムの高揚感はアンコールにまで持ち込まれ、会場を一体にさせた彼女の実力を思い知らされた時間だった。

ピアノのゲロルト・フーバーは前半のリートではもちろん彼の本領を遺憾なく発揮していたが、後半のオペラアリアでもこれほどの熱演を聴かせてくれるとは!
1曲1曲への投入の仕方に凄みがあった。
それは下手をすると行き過ぎになりかねないものだが、この日の彼の演奏はすべてがそうあってしかるべき表現となっていて見事だった。

リリカルなだけでないエルトマンの魅力が今後どのように進んでいくのか今から楽しみにしたい。

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モイツァ・エルトマン&ゲロルト・フーバー/リサイタル(2012年6月7日 王子ホール)

モイツァ・エルトマン
2012年6月7日(木)19:00 王子ホール(B列1番)

モイツァ・エルトマン(Mojca Erdmann)(Soprano)
ゲロルト・フーバー(Gerold Huber)(Piano)

フランツ・シューベルト(Franz Schubert)作曲

幸福(Seligkeit) D433
乙女(Das Mädchen) D652
恋はいたるところに(Liebe schwärmt auf allen Wegen) D239/6
あちこちに矢が飛び交っている(Hin und wieder fliegen die Pfeile) D239/3
男なんて 皆ろくでなし(Die Männer sind chamant!) D866/3

若き修道女(Die junge Nonne) D828
アルゼルモの墓で(Am Grabe Anselmos) D504
月に寄せて(An den Mond) D259
グレートヒェンの祈り(Gretchens Bitte) D564
糸を紡ぐグレートヒェン(Gretchen am Spinnrade) D118

~休憩~

リヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss)作曲

ひどいお天気(Schlechtes Wetter) Op.69-5
さまよう心(Ich schwebe) Op.48-2
万霊節(Allerseelen) Op.10-8
ぼくの考えのすべて(All mein Gedanken) Op.21-1
夜(Die Nacht) Op.10-3
知りはしない(Nichts) Op.10-2

口の堅い者たち(Die Verschwiegenen) Op.10-6
高鳴る心(Schlagende Herzen) Op.29-2
心を飾る王冠(Du meines Herzens Krönelein) Op.21-2
あした(Morgen) Op.27, Nr.4
花束を編みたかった(Ich wollt' ein Sträusslein binden) Op.68-2
セレナード(Ständchen) Op.17-2

~アンコール~
メンデルスゾーン/歌の翼に(Auf Flügeln des Gesanges) Op.34-2
モーツァルト/魔術師(Der Zauberer) K.472
モーツァルト/ラウラに寄せる夕べの想い(Abendempfindung an Laura) K.523

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ソプラノのモイツァ・エルトマン(母国では"r"を母音化して“エアトマン”と発音することが多いようだ)の日本初リサイタルを聴いた。
ピアノはゲアハーアー(ゲルハーエル)の共演者として知られるゲロルト・フーバー。

胸元の大きく開いた鮮やかなブルーのドレスで登場したエルトマンは実物も美しい。
一体何頭身なのだろうかと思うほど顔は小さくブロンドの髪をもち、愛らしい容姿で舞台人としての魅力を発散していた。

声はリリカルで声量も充分、清楚な魅力をふりまいた。
前半のシューベルトではその選曲が今の彼女向きと思われる軽めの作品中心だったが、これがぴったりはまって、気楽に聴くことの出来る歌唱だった。
「糸を紡ぐグレートヒェン」では清楚な声で狂おしい恋心を歌うのだから、そのギャップでより惹きこまれる。
人によっては物足りないと感じる方もいると思うが、私にはこの作品、それほど重量感は必要ないと思うので、彼女の歌唱に素直に共感できた。
恋人の不実を目撃した女性の愚痴を歌った「男なんて 皆ろくでなし」では手を腰にあてて、表情豊かな語り口でコケットリーを発揮する。

後半のシュトラウスでは声はより柔軟に孤を描き、伸びやかな美声でホールを満たした。
他の多くの歌手のような濃密さではなく、爽快感が吹き抜ける歌唱で素敵だった。
「万霊節」の真摯さから、「花束を編みたかった」の珠をころがすようなメリスマまで、その表現の幅と技巧は素晴らしい。
女声歌手がこうして頻繁にシュトラウス歌曲をとりあげるのは、歌手、聴衆両者にとって好まれるということかもしれない。

ピアノのゲロルト・フーバーは、相変わらずオカルト映画ばりの低いうなり声を発しながら演奏するが、さすがにゲアハーアーの時よりは声のヴォリュームも頻度も抑えているようだ。
スタジオ録音では全く聴こえないのに(我慢しているのだろうか)、生演奏になると唸り出すというのが面白い。
演奏においては、抑えたり主張したりの変幻自在さは相変わらず見事で、ゲアハーアーの時ほどやりすぎ感は感じなかった。

アンコールは3曲。
いずれも3日後のコンサートの演目からメンデルスゾーンとモーツァルトの名作で、愛くるしい今の彼女にぴったり。
「ラウラに寄せる夕べの想い」などその美しさはめったに聴けないものだった。

男声歌手たちの活躍に比べて、リリック・ソプラノが今ひとつ冴えない昨今、彼女にはさらにリートを歌い続けてほしい(オペラに引っ張りだこでなかなか時間はとれないだろうが)。

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アーメリング最新インタビュー!(OPERA NEWS)

"OPERA NEWS"のサイト上にエリー・アーメリング(Elly Ameling)のインタビューが掲載されています。
最近のインタビューのようで、彼女の歌曲観などが語られています。
また、途中の"View More Images"をクリックすると、1977年イギリス公演のリハーサル風景などの貴重な写真も見ることが出来ます。
興味のある方はぜひご訪問ください。
 こちら

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ハンナ・エリーザベト・ミュラー&ヴォルフラム・リーガー/2011年歌曲リサイタル(Radio4 Concerthuis:期間限定配信)

録音:2011年8月27日, Kerk van de heilige Maria te Vilabertran

ハンナ・エリーザベト・ミュラー(Hanna Elisabeth Müller)(soprano)
ヴォルフラム・リーガー(Wolfram Rieger)(piano)

1.シューベルト(Schubert)作曲
湖上で(Auf dem See) D543
沈み行く太陽に寄せて(An die untergehende Sonne) D457
夜と夢(Nacht und Träume) D827

2.シェーンベルク(Schönberg)/4つの歌(4 Lieder) Op.2
 1)期待(Erwartung)
 2)あなたの金の櫛を私におくれ(Schenk mir deinen goldenen Kamm)
 3)高揚(Erhebung)
 4)森の日射し(Waldsonne)

3.ショーソン(Chausson)作曲
セレナード(Sérénade) Op.13-2
ハチドリ(Le colibri) Op.2-7
蝶々(Les papillons) Op.2-3
リラの花咲くとき(Le temps des lilas) Op.19-3

4.ラフマニノフ(Rachmaninov)作曲
リラの花(Seringen) Op.21-5
わが窓辺で(Voor mijn raam) Op.26-10
ねずみ捕りの男(De rattenvanger) Op.38-4

5.R.シュトラウス(Strauss)作曲
夜(Die Nacht) Op.10-3
赤いばら(Rote Rosen) AV.76
ばらのリボン(Das Rosenband) Op.36-1
わが子に(Meinem Kinde) Op.37-3
言いました-それだけでは済みません(Hat gesagt - bleibt's nicht dabei) Op.36-3
悪い天気(Schlechtes Wetter) Op.69-5

~アンコール~
R.シュトラウス/ときめく胸(Schlagende Herzen) Op.29-2
R.シュトラウス/万霊節(Allerseelen) Op.10-8

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しばしば弊サイトを訪れてくださるtadaさんのご紹介によるソプラノのハンナ・エリーザベト・ミュラーのリサイタルをご紹介したい。
ピアノはハンプソンらの共演者として著名な名手ヴォルフラム・リーガー。

 こちら

シューベルト、シェーンベルク、ショーソン、ラフマニノフ、シュトラウスといった様々な言語の作品を並べて、歌曲のプログラムを組んでいる。

ソプラノのハンナ・エリーザベト・ミュラーについて感じたこと。
まずはどの音域でも安定して響かせるリリカルな声の魅力。
そしてテキストを歌にのせる技術、それに美声を適切にコントロールする感覚。
シューベルトでは素直にかつ細やかに、シェーンベルクでは妖艶に、ショーソンでは愛らしく、ラフマニノフではひんやりと、そしてシュトラウスでは伸びやかに、各作曲家の核心を突いた表現の幅広さをもって素晴らしく対応している。
そして、歌手のうまさが前面に出ず、作品の姿がくっきりと立ち上がってくるのが見事なところだ。

ベテランのヴォルフラム・リーガーの細部まで読みの深い周到なピアノと渡り合えるだけの豊かな音楽性を、ミュラーは有している。
今後が楽しみな歌手である。

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ワーグナー/ローエングリン(2012年6月1日 新国立劇場 オペラパレス)

2011/2012シーズン
[New Production]
リヒャルト・ワーグナー(Richard Wagner)/ローエングリン(Lohengrin)(全3幕)
【ドイツ語上演/字幕付】
上演時間:第1幕65分 休憩40分 第2幕85分 休憩40分 第3幕65分
合計4時間55分

2012年6月1日(金)17:00 新国立劇場 オペラパレス(4階1列7番)

【ハインリヒ国王(Heinrich der Vogler)】ギュンター・グロイスベック(Günther Groissböck)
【ローエングリン(Lohengrin)】クラウス・フロリアン・フォークト(Klaus Florian Vogt)
【エルザ・フォン・ブラバント(Elsa von Brabant)】リカルダ・メルベート(Ricarda Merbeth)
【フリードリヒ・フォン・テルラムント(Friedrich von Telramund)】ゲルト・グロホフスキー(Gerd Grochowski)
【オルトルート(Ortrud)】スサネ・レースマーク(Susanne Resmark)
【王の伝令(Der Heerrufer des Königs)】萩原 潤(Hagiwara Jun)
【4人のブラバントの貴族(Vier brabantische Edle)】大槻孝志(Otsuki Takashi);羽山晃生(Hayama Kosei);小林由樹(Kobayashi Yoshiki);長谷川 顯(Hasegawa Akira)

【合唱(Chorus)】新国立劇場合唱団(New National Theatre Chorus)
【管弦楽(Orchestra)】東京フィルハーモニー交響楽団(Tokyo Philharmonic Orchestra)
【指揮(Conductor)】ペーター・シュナイダー(Peter Schneider)

【演出(Production)】マティアス・フォン・シュテークマン(Matthias von Stegmann)
【美術・衣裳(Scenery and Costume Design)】ロザリエ(rosalie)
【照明(Lighting Design)】グイド・ペツォルト(Guido Petzold)

新国立劇場の今シーズン最後の演目、ヴァーグナーの「ローエングリン」をはじめて生で聴いた。
シュテークマン演出の新プロダクションの初日である。
この日は5時開演とのことで、あらかじめ休暇をとり、睡眠と体調管理をしっかり整えたうえで会場に向かった。
その成果が出たのか、9割方は起きていられたのは私としては珍しいぐらいだ。
ヴァーグナーのオペラは演奏者も大変だろうが、聴く方もある種の持久力が求められる。
各幕間40分ずつを含めて5時間もの長丁場は私のようなヴァーグナーに普段あまり馴染んでいない者にとっては徐々に辛くなってくる。
何故これほどストーリーの展開を長々と続けるのか、その必然性はあるのか、正直なところ今の私には分からない。
だが、聞き終えた時の解放感と充実感は確かに他の作曲家のオペラでは味わえないものであろう。

マティアス・フォン・シュテークマンの演出は簡素で、象徴的な装置が置かれた中、格子模様の背景にこれまた抽象的な光の効果を用いて、必要以上のものをつめこまないスタイルだった。
衣裳は分かりやすく役柄に応じたものだったが、決して現代風アレンジではなく、オーソドックスといっていいのではないか。

今回は、タイロルロールのテノール、クラウス・フロリアン・フォークトの圧倒的な歌唱と存在感に尽きるといえるだろう。
声質が普通のヴァーグナー歌手とは異なり、優しい肌触りの心地よい声なのだが、声がどの音域でも全くむらがなく、無理せずとも会場の隅々にまで響き渡る声のヴォリュームをもっている。
さらに常に安定した音程、それに華やかな舞台姿は、紛れもなく世界的なスターであり、日本のオペラハウスでこのような素晴らしい歌手と出会えた幸運にただ感謝したい気持ちである。

エルザのリカルダ・メルベートは時々固さも感じられたものの、全般的にはこの役の複雑な心理を素晴らしく表現していた。
ハインリヒ国王(鳥刺しハインリヒ?)のグロイスベックの重厚な声の素晴らしさ、テルラムントのグロホフスキーの美声と細やかな演技、それにオルトルートの威力を見事に表現しきったレースマークにも感銘を受けた。
王の伝令を務めた萩原潤が外国勢に全く見劣りしない朗々たる歌唱を聴かせてくれた。
合唱団も演技を伴いながらも素晴らしいハーモニーを聴かせていた。
ペーター・シュナイダー指揮の東京フィルも後半若干疲れが感じられたものの、最後までヴァーグナーの世界をくっきりと描ききっていてブラヴォーである。

なお、第1幕の途中、ローエングリンが天上から登場して「私の氏素性を決して尋ねてはならない」と歌う箇所で比較的揺れの大きい地震が来た。
一瞬客席がざわめいたが、オケも歌手たちも全く動じず、何事もないかのように演奏が継続されたのは凄いと思った。
後で知ったのだが、地震が起きた時の心構えが事前に打ち合わせされていたようだ。

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