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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012-サクル・リュス-(その2)(2012年5月5日 東京国際フォーラム)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012 Le Sacre Russe

●2012年5月5日(土) 東京国際フォーラム

この日は晴れてくれて良かった!
昨日とはうってかわって大混雑の屋台ではカレーをおいしくいただいた。

●351
10:30-11:15 ホールD7(B列15番)

伊藤恵(Kei Itoh)(ピアノ)
北村朋幹(Tomoki Kitamura)(ピアノ)

チャイコフスキー(Tchaikovsky)(北村朋幹編)/組曲「白鳥の湖」より 前奏曲(ピアノ連弾版)
ヴィシネグラツキー(Wyschnegradsky)/2台ピアノのための24の前奏曲

伊藤、北村師弟の公演は昨年に続いて2度目。
今回はヴィシネグラツキーという見慣れない名前の作曲家の作品がある。
この作曲家についてちょっとネットで調べてみると「半音よりも狭い音程(Wikipedia)」を追究した人だそう。
そして、今回の「2台ピアノのための24の前奏曲」は四分音を用いた作品とのこと。
事前に某サイトで音源を少しだけ聴いてみると、微妙にずれた不協和な響きが続き、なんだか船酔いならぬ音酔いしそうな感じ。
ちょっと不安を抱きつつ会場に入ると、Rolandの電子ピアノが鍵盤を客席側に向けた形で2台並んでいる。
つまり、演奏者は客席にお尻を向けて演奏する形になる。
しかし、演奏する姿や指がはっきり見られる楽しみも増す。

まずは「白鳥の湖」の前奏曲を北村自身の編曲版で。
プログラムには「2台ピアノ版」と書かれていたが、実際には伊藤が北村の右側に座り、連弾の形で演奏された。

そして演奏の最後に伊藤が左側のピアノに移り、2台で「白鳥の湖」の有名なメロディーを弾いて、そのままヴィシネグラツキーの前奏曲に突入した。
四分音の設定をしたずれた音程で曲は進行していくが、演奏する姿を見ながら聴いてみると、少なくとも私は音酔いしなかったし、これはこれで面白かった。
24の前奏曲は様々なキャラクターの作品が入り混じって現れるので、聴き手が飽きることなく聴けるような工夫がされているように思った。

師弟の演奏の印象はいつも通り。
伊藤さんは背筋をぴんと張り、必要以上に無駄な動きはせず、安定した見事な演奏。
一方の北村さんは音楽に没入しているのが体の動きで感じられ、自己主張に磨きがかかった印象。
伊藤さんが自分の懐の中で愛弟子に自由に演奏させていたという感じだった。

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●312
12:00-12:45 ホールA(2階25列66番)

東京都交響楽団(Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra)
小泉和裕(Kazuhiro Koizumi)(指揮)

チャイコフスキー(Tchaikovsky)/交響曲第6番 ロ短調 op.74 「悲愴」

ホールAは相変わらず巨大だ(5000人収容できるのだから当然だが)。
私の席は「2階」だが、ホールの構造上はそうなのかもしれないが、入り口にたどり着くまでにエスカレーターや階段を一体どれだけあがったことだろうか。
余裕を見て会場に入らないと遅れてしまいかねないホールである。

せっかくロシアプログラムなのだから、たまにはいわゆる「名曲」も聴いておこうと「悲愴」交響曲を聴く。
2階席後方だと演奏者もはるか彼方だが、大型モニタに接近した映像が映し出されるので、そちらを見たり、実際のステージを見たりしながら、センチメンタルなこの名曲にゆったりと身を委ねた。
オケもいい具合に気持ちが入って、よい演奏だったのではないか。

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●313
14:15-15:00 ホールA(2階25列39番)

ウラル・フィルハーモニー管弦楽団(Orchestre Philharmonique de l'Oural)
ドミトリー・リス(Dmitri Liss)(指揮)

リムスキー=コルサコフ(Rimski-Korsakov)/交響組曲「シェエラザード」

こちらも同じく超有名曲。
しかし、偏った嗜好の私はこの曲をまるまる聴いたことがこれまでに一度もなかった。
そんなわけで、曲を知るためにチケット購入。
今年はホールAのチケットの売れ行きがあまり芳しくないのではないか。
結構空席があった。
実際聴くとエキゾチックな響きが興味を掻き立てる。
ヴァイオリン・ソロの官能的な響きなど、いいですね。
「名曲」にはそれなりの理由があるのだなと感じつつ、こちらも身を委ねてリラックスして聴いた。

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●354
15:45-16:30 ホールD7(X1列15番)

ダヴィッド・カドゥシュ(David Kadouch)(ピアノ)

タネーエフ(Taneïev)/前奏曲とフーガ 嬰ト短調 op.29
メトネル(Medtner)/忘れられた調べ 第1集より 第1番 op.38-1
ムソルグスキー(Moussorgski)/展覧会の絵

最前列のピアノの蓋の前の席。
というわけで、全身でどっぷりピアノの響きを浴びてきた。

フランスのダヴィッド・カドゥシュははじめて聴くピアニストだが、まだ20台とのこと。
小柄な人だった。
最初の響きを聴いて、まず音が非常に美しいと思った。
ピアノがよいのか、ピアニストがよいのか、聴く場所がよいのか、おそらくそのすべての条件がうまく揃ったのかもしれない。

タネーエフもメトネルも軽快な箇所、静謐で美しい箇所がありながら、テクニカルな面での聴かせどころにも欠かない。
なかなか惹き付けられる作品であった。
特にメトネルは冒頭のどこか懐かしさを感じさせる人懐っこいメロディが、他の部分を挟みながら繰り返し現れる。
この作曲家の作品はもっと聴いてみたいと思った。

ムソルグスキーの「展覧会の絵」は私にとってはラヴェル編曲版よりもピアノ版の方が馴染みがあるので楽しんだ。
ところどころ私の記憶とは違うところがあったような気がするが、久しぶりに聴いたので、おそらく私の記憶違いだろう。

カドゥシュの演奏はかなり感情の動きをはっきりと立体的に表現するタイプだ。
演奏する時も情熱的で感情をあらわにする弾き方だ。
それが音楽の過剰感に陥らず、しっかり作品の形を維持しているのが素晴らしい。
かなり個性的な演奏家だが、その能力は凄いものがあると感じた。

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●325
17:30-18:15 ホールB7(15列13番)

清水和音(Kazune Shimizu)(ピアノ)
菊地裕介(Yusuke Kikuchi)(ピアノ)

ラフマニノフ(Rachmaninov)/2台ピアノのための組曲第1番 op.5 「幻想的絵画」
ラフマニノフ/2台ピアノのための組曲第2番 op.17

清水和音は私がクラシック音楽を聴き始めた頃からその名前(とビッグマウス)は知っていたが、何故か演奏に接する機会が今までなかった。
随分長いこと活動しているので結構年配になられたのかと思ったらまだ50台前半とのこと。
しかし、実際に初めて聴いてみて、どうしてもっと早く聴かなかったのだろうと後悔しきり。
ビッグマウスということは己の演奏にもそれなりの自信がなければ出来ないわけである。
ようやく聴いた清水の演奏はどこをとっても見事だった。
技術も音楽性も素晴らしい。
次はソロでじっくり聴いてみたいと思った。

一方の菊地裕介は若手の有望株。
以前NHKのベロフのレッスンに生徒として出ていなかっただろうか。
こちらも初めて聴いて、その堂々たる演奏の見事さに驚いた。

2台ピアノは向かい合ってピアノを置くわけで、ピアニスト同士のコンタクトは連弾よりもはるかにとりにくいように思える。
しかも難曲ラフマニノフである。
しかし、この2人のヴィルトゥオーゾはラフマニノフの難曲をなんの不安定さもなく、涼しい顔をして見事に演奏していた。
素晴らしいデュオである。

なお、清水和音は向かって左側、菊地裕介は右側のピアノに座り、全曲同じピアノで通した。
私の席からは清水の演奏姿が遠めながら見えたので、主に清水さんの演奏を見ながら聴いた。

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●346
20:00-20:45 ホールC(3階7列9番)

勅使川原三郎(Saburo Teshigawara)(ダンス)
佐東利穂子(ダンス)
ジイフ(ダンス)
鰐川枝里(ダンス)
高木花文(ダンス)
山本奈々(ダンス)
ヴォックス・クラマンティス(Vox Clamantis)(合唱)
ヤーン=エイク・トゥルヴェ(Jaan-Eik Tulve)(指揮)

クレーク(Kreek)/夜の典礼(The evening liturgy. The beginning song)
作曲者不明(Anonyme)/讃歌「沈黙の光」(ズナメニ聖歌)(Hymne "Svete tihi", chant znamenny)
ペルト(Pärt)/カノン・ポカヤネンより(オードI、オードIII、オードIV、コンタキオン、イコス、カノンの後の祈り)(Excerpts from "Kanon Pokajanen" (Ode I, Ode III, Ode VI, Kontakion, Ikos, Priere apres le Canon))

微分音のずれた音程のコンサートで始まったこの日の締めに、浄化されるような美しいハーモニーの合唱を聴くというなんとも面白い一日となった。

今回のLFJ公演、私の参加したほとんどの公演で以前より客席の明かりを暗くせず、余裕で字を読めるほどの明かりがついたままだったのだが(地震対策の一つだろうか)、さすがにこの公演は、ダンスの演出効果ゆえに完全消灯の中で行われた。

クレークの「夜の典礼」と作曲者不明の「沈黙の光」は静かで美しい響き。
左右に女声が並び、真ん中を男声が固まって並んだ合唱は、どこかが飛び出すということもなく、全体で美しいハーモニーとなって心地よいことこの上ない。
この2曲では勅使川原さんと佐東さんがほとんど腕のゆっくりとした動き中心で、曲の静謐さを表現していた。

続くペルトの「カノン・ポカヤネン」抜粋は、他のダンサーも加わり、静と動の対比を面白く見た。
音楽はさきほどの2曲とはうってかわって深刻な暗い表情で、不協和な響きもあらわれ、苦悩が表現されていたように感じられた。
ダンサーも小刻みに震える動きで苦悩を表現していたように感じられた。
ヴォックス・クラマンティスの合唱は相変わらず素晴らしい。
胸に沁みこんでくる感じで、哀しみや苦悩の表現すら心地よく感じてしまう。

ただ、最後の数分前あたりから客席から出て行く人多数。
次のベレゾフスキーの公演に行くのか、帰りの電車の時間を気にしたのか、とにかく堂々と靴音をたてて早足で出て行く人のなんと多いことか!
音を愛する者ならば、もう少し自分の歩く音にも気をつかってほしかった。
静謐な空間が破られたのは残念。

拍手の時、勅使川原さんが先頭にたって、合唱団とダンサーが横一列になり、オペラや芝居のような流儀でカーテンコールに応えていたのが面白かった。
こういう試みもなかなかいいものである。
清涼感を感じたよい時間を過ごすことが出来た。

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昨年震災の影響で縮小して開催されたLFJだったが、今年は元の規模に戻して普通に開催できたことをまずは喜びたい。
一つ感じたのが、ボランティアスタッフの絶叫型の注意の連呼がなくなったこと。
とても静かになった。
これは良かったと思う。
一方で、ここにいてほしいという所にスタッフがいず、一箇所に複数のスタッフが必要以上にいるという点は改善の余地があるのではないかと感じた。
また、入り口にあれだけスタッフがいるのなら、配布プログラムを机に置いておくだけでなく、出来る範囲で手渡ししてもらえたらとも思った。
あくまでも一個人の勝手な願望ですが。
それから空席の目だった公演に関してなど、今騒動になっているが、広報に改善の余地があるということは言えるかもしれない。
だが、これだけお客さんが入れば良い方ではないかと思うのは素人の浅はかな感想なのだろう。
今年は配布プログラムに曲目解説が一切省かれていたが、初心者の方も多いことを考えると簡単な解説ぐらいはつけてほしかった。

来年は「フランスとスペイン」がテーマらしい。
どんな音楽と出会えるのか楽しみにしたい。

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