ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012-サクル・リュス-(その1)(2012年5月3日 東京国際フォーラム)
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012 Le Sacre Russe
今年のテーマは「サクル・リュス」と題し、ロシア音楽三昧。
東京では5月3日~5日まで有料コンサートが催されたが、私は3日と5日に聴きに出かけた。
その備忘録を日にちごとにまとめておきたい。
●2012年5月3日(木) 東京国際フォーラム
この日は生憎朝から晩まで雨で、野外の屋台もお客さんは閑散としていて、寂しいぐらい。
しかし、屋内に入るとどこに行っても大入り状態で、LFJがファンの間に定着しているのが感じられる。
今年もガラス棟の小さな部屋のコンサートはチケットがすぐに売り切れてしまい、希望していたもののいくつかは入手できなかったのだが、それでもこれだけまとめて聴ける機会はやはり有難い。
ただホールAやよみうりホールのコンサートが当日になってもほとんど入手可能だったのはちょっと珍しいことではないか。
●174
15:00-15:45 G409(3列19番)
広瀬悦子(Etsuko Hirose)(ピアノ)
バラキレフ(Balakirev)/ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 op.102
プロコフィエフ(Prokofiev)/ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 op.83
広瀬さんは以前LFJでアルカンの超絶技巧の曲を楽々と弾いて驚かされたことがある。
そんなこともあり、今年最初の演目が広瀬さんのコンサートというのは楽しみであった。
ガラス棟の会議室G409という会場は153人というごく限られた人しか聴くことが出来ず、チケットを入手できただけでもラッキーなのである。
しかし、平べったい床にピアノといすをセットするわけだから、音響だけでなく、舞台の見易さという側面でも限界があることはいたし方ない。
私はちょうどピアニストの演奏する位置の前から3列目だったのだが、段差がないため、手が見えないどころか、弾いている広瀬さんの姿が全く視界に入らなかった。
つまり、演奏者が全く見えないまま音だけを聴くという形になり、これなら普段瞼が重くなって目をつぶって聴いている時とほとんど変わらない(音楽に集中できるという利点はあったが)。
今後は可能ならばもう少し列ごとに椅子をずらしてセットしてくれたらと望んでおきたい。
バラキレフのピアノ曲といったら超絶技巧の「イスラメイ」ぐらいしか知らなかったが、ピアノ・ソナタも書いていたのかとはじめて知る。
曲自体がはじめてなので、演奏うんぬんを言える立場ではないが、広瀬さんの演奏は相変わらず見事だと思った。
なかなか魅力的な作品だと思う。
その次のプロコフィエフのソナタ第7番は、これはもうピアノ好きには馴染みの作品。
広瀬さんもテクニック的にもほぼ完璧に弾き、演奏も乗っていてすかっと爽快さを感じた。
第3楽章などは誰が弾いても盛り上がるが、彼女もしっかりリズムに乗って素敵な演奏だった。
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●184
17:15-18:00 よみうりホール(2階L列9番)
アブデル・ラーマン・エル=バシャ(Abdel Rahman El Bacha)(ピアノ)
“ラフマニノフ 24の前奏曲 全曲演奏(第1部)”
ラフマニノフ(Rachmaninov)/前奏曲 嬰ハ短調 op.3-2
ラフマニノフ/10の前奏曲 op.23
レバノン出身の長身のピアニストによるラフマニノフの前奏曲集を聴いた。
よみうりホールは国際フォーラムのすぐ近くにあるビックカメラのビル内7階(だったと思う)にある。
比較的広めなホールだが、空席がかなり見られたのは以前にはあまりなかったことではないか。
私の席は2階の最後列、つまり、ステージから最も遠い席だったが、鍵盤や演奏する姿はよく見えたので思ったほど悪くない。
エル=バシャは誇張を排した端正、律儀な演奏だった。
テクニックは万全で強音のずっしりとくる手ごたえも、繊細な弱音の芯のある響きもともに見事で、どこまでも安定して作品の世界に没頭して聴ける演奏だった。
演奏者の過剰な思いいれ(エゴ)が一切なく、非常に好感をもって聴けた。
常に演奏する姿勢も背筋がぴんと伸びて、視覚的にも、他に気をとられずに聴けるタイプのピアニストである。
最初のop.3-2と、op.23中の第2曲・第5曲は聞き覚えがあった。
こういうピアニストこそ、もっと評価されていいのではないだろうか。
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●191
19:00-19:45 相田みつを美術館(2列23番)
ヤーナ・イヴァニロヴァ(Yana Ivanilova)(ソプラノ)
ボリス・ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)(ピアノ)
メトネル(Medtner)/何故にお前は水の上へ(Pourquoi courbes-tu,saule…) op.24-2
メトネル/干からびた花(La Fleur) op.36-2
メトネル/眠れぬ夜(Insomnie) op.37-1
メトネル/囁きと、遠慮がちな息づかいと…(Un murmure,une timide respiration…) op.24-7
メトネル/冬の晩(Soirée d'hiver) op.13-1
ラフマニノフ(Rachmaninov)/夜は哀しい(La Nuit est triste) op.26-12
ラフマニノフ/ここは素晴らしいわ(C'est beau ici) op.21-7
ラフマニノフ/リラの花(Le Lilas) op.21-5
チャイコフスキー(Tchaikovsky)/僕は窓を開けた(J'ai ouvert ma fenêtre) op.63-2
チャイコフスキー/セレナード(Sérénade) op.63-6
チャイコフスキー/舞踏会のざわめきの中で(Au milieu d'un bal bruyant) op.38-3
チャイコフスキー/昼の光が満ちようと(Le jour rayonne) op.47-6
~アンコール~
グリンカ(Glinka)/理由なく私を誘わないで(Не искушай меня без нужды)(Do not tempt me for no reason)
グリンカ/あなたと一緒ならどんなにかすばらしい(Как сладко с тобою мне быть)(How sweet it is to be with you)
グリンカ/ひばり(Жаворонок)(The Lark)
瀧廉太郎(Rentaro Taki)/花
国際フォーラム内にある相田みつを美術館で、味のある筆跡による相田氏の数々のことばに囲まれながらコンサートを聴いた。
ロシア歌曲ばかりまとめてコンサートで聴くことは私にとってこれまでになかったと思うが、実に心地よく満たされた時間だった。
ロシア語の響きもまたなんとも言えない味があり、ロシア歌曲のもつ甘美さ、陰鬱さ、素朴さ、繊細さが、聴き手を知らずにその世界に引き込んでいく。
その吸引力の強さを感じながら、日本人が昔からロシア民謡のメランコリックなメロディーに惹かれて、歌ったり聴いたりし続けてきたのもむべなるかなという気になる。
ソプラノのヤーナ・イヴァニロヴァは初めて聴いたと思うが、その透明で澄んだ美声は私の好みだ。
特に抑制した箇所の歌いぶりが素敵だ。
だが、リリカルであるだけでなく、声を張った時の押しの強さもあり、ロシアのソプラノ歌手の伝統が脈々と受け継がれているのが感じられた。
彼女、黒いドレスに白いショールをまとってにこやかに登場したが、ロシアの肝っ玉母さん的なふくよかな方で、曲間で手にした扇子をしきりにあおいでいたのが印象的だった(空調はついていたが私も若干暑く感じた)。
最初にメトネルの歌曲を5曲。
未知の作品ばかりだが、ロシアの土臭さはそれほど強くなく、洗練されたロマン派歌曲のような感じで親しみやすい。
メトネル自身が優れたピアニストだからだろう、ピアノパートはかなり手が込んでいて雄弁である。
「眠れぬ夜」最後のヴォカリーズの箇所のイヴァニロヴァの歌がなんとも美しく、心に響いた。
ラフマニノフ、チャイコフスキーの美しい名作を聞いた後に、4曲もアンコールに応えてくれた。
最初のアンコール時に、ベレゾフスキーが「グリンカ、ロシアオンガクノチチ」と日本語で説明して会場を沸かし、芸達者なところを見せる。
グリンカのとびきりの名作が3曲も歌われ、至福の時だった!
そして最後は拍手喝さいに応えてなんと日本語で「花」。
外国人の歌う日本語としては、これまで聴いた他の多くの歌手よりもうまく感じられた。
誰か日本語の先生がいるのかもしれない。
LFJで八面六臂の活躍を見せるベレゾフスキーのピアノも、歌曲だからといって一切の手抜きをせず、むしろ繊細に各曲の世界を彩っていく姿勢は、襟を正したくなるほどだ。
このピアニストがこれだけ慕われているのもよく分かる素晴らしい伴奏を聴かせてくれた。
配布された一柳富美子氏の対訳を見て気付いたのだが、ラフマニノフの「リラの花」の後にチャイコフスキーの「僕は窓を開けた」が続くのだが、この曲、息苦しくなって窓を開けたらリラの香りが漂ってきたという内容で、2人の作曲家の間を粋に橋渡しした見事なプログラミングであった。
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●136
20:15-21:00 ホールB5(5列41番)
ツェムリンスキー弦楽四重奏団(Quatuor Zemlinsky)
ヴァインベルク(Weinberg)/弦楽四重奏曲第8番 op.66
グラズノフ(Glazounov)/弦楽四重奏曲第3番 ト長調 op.26 「スラヴ」
~アンコール~
チャイコフスキー(Tchaikovsky)/スケルツォ
どちらもはじめて聴く作品だが、夜に小さな空間で聴く弦楽四重奏もなかなかいいものである。
ヴァインベルクは模糊とした静かな雰囲気で始まり、徐々に高揚していく。
一方グラズノフは終始明るく、村祭りの民族舞曲のような分かりやすさがあった。
ツェムリンスキー弦楽四重奏団、メンバーはいずれも若そうだが、演奏は生き生きと溌剌としたもの。
時折、音の切れ目で残響が濁った感じになるのは、音楽ホールではない会場ゆえか。
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●193
22:00-22:45 相田みつを美術館(1列16番)
パヴェル・バランスキー(Pavel Baransky)(バリトン)
アルフォンス・スマン(Alphonse Cemin)(ピアノ)
リムスキー=コルサコフ(Rimski-Korsakov)/八行詩(Oktava) op.45-3
アレンスキー(Arensky)/灯りを点さないで(Do not light fire) op.38-3
グリンカ(Glinka)/素晴らしい一瞬を覚えている(Je me souviens d'un instant merveilleux)
ルビンシテイン(Rubinstein)/夜(Night) op.44-1a
ヴラソフ(Vlasov)/バフチサライ宮殿の泉(To the Fountain of Bakhchisarai Palace)
メトネル(Medtner)/夢想家へ(À un rêveur) op.32-6
シャポーリン(Shaporin)/呪文(Le Charme) op.10-4
ナデネンコ(Nadenenko)/別れ(Farewell)
チャイコフスキー(Tchaikovsky)/狂おしい夜(Nuits de frénésie) op.60-6
チャイコフスキー/昼の光が満ちようと(Le jour rayonne) op.47-6
ラフマニノフ(Rachmaninov)/昔のことだろうか?我が友よ(Il n'y a pas si longtemps,mon ami!) op.4-6
ラフマニノフ/密やかな夜の静寂の中で(Lorsque la nuit m'entoure) op.4-3
ラフマニノフ/僕は再び独り(À nouveau je suis seul) op.26-9
ラフマニノフ/雪解け水(Les Eaux du printemps) op.14-11
~アンコール~
1,2曲目は不明(ロシア語の歌曲だった)
ラフマニノフ/雪解け水 op.14-11
再びロシア歌曲のコンサートを聴いた。
バリトンのパヴェル・バランスキーはそれほど大柄というわけではないが、胸板が厚いのが目についた。
一方のピアニスト、アルフォンス・スマンは華奢で手も人並みはずれて大きいというわけではなさそう。
私の席がピアニストのどまん前という場所で、かぶりつきでピアニストの演奏を浴びることが出来たのは貴重な体験だった。
プログラム中、先ほどのイヴァニロヴァのコンサートとかぶった選曲はチャイコフスキーの「昼の光が満ちようと」のみである。
各曲を始める前にピアニストのスマンが作曲家名を歌手バランスキーに伝えている(曲順を間違えないようにということだろう)。
リムスキー=コルサコフやグリンカの歌曲、あるいはラフマニノフのいくつかの曲は知っていたが、他は馴染みのないものばかり。
しかし、配布された一柳富美子氏の対訳を見ながら聴いていると、それぞれの曲の世界のイメージが広がっていくのが感じられる。
ロシア歌曲の内にこもった重みと、それを解放する時の晴れやかさが心地よく、ヴラソフ、シャポーリン、ナデネンコといった馴染みのない作曲家の作品も同様に素晴らしかった。
バランスキーの声はロシア人歌手から我々がイメージする深くどっしりした低音ももっているのだが、意外だったのが高音域もとても輝かしく、ある意味、テノール歌手のハイCを聴く時の感覚に近い愉悦感が感じられた。
スマンは指も細く、繊細な印象だが、ダイナミックさにも欠けない。
かつてムーアが難曲として指使いを提案していた「雪解け水」もスマンは余裕をもって楽々と演奏していた(アンコールで再度演奏した!)。
歌とピアノが密接に一つの作品を作り上げていく姿勢は素晴らしいと思った。
今後が楽しみな歌手、ピアニストである。
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