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アネッテ・ダッシュ&ヴォルフラム・リーガー/〈歌曲(リート)の森〉第10篇(2012年5月17日 トッパンホール)

〈歌曲(リート)の森〉 ~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第10篇
アネッテ・ダッシュ(ソプラノ)
2012年5月17日(木)19:00 トッパンホール(I列4番)

アネッテ・ダッシュ(Annette Dasch)(ソプラノ)
ヴォルフラム・リーガー(Wolfram Rieger)(ピアノ)

シューベルト(Schubert)作曲

なんと激しく流れる泉よ(O Quell, was strömst du rasch und wild) D874(1-4節の有節歌曲として演奏。補筆者は不明)
泉のほとりの若者(Der Jüngling an der Quelle) D300
隠者の庵(Die Einsiedelei) D393(1,3,5,6節)
小川のほとりのダフネ(Daphne am Bach) D411
ます(Die Forelle) D550
春の小川で(Am Bach im Frühling) D361
海の静けさ(Meeres Stille) D216
流れ(Der Fluss) D693
帰路(Rückweg) D476
ドナウ河で(Auf der Donau) D553
流れ(Der Strom) D565
湖上にて(Auf dem See) D543
水の上で歌う(Auf dem Wasser zu singen) D774

~休憩~

ブラームス(Brahms)作曲

湖上で(Auf dem See) Op.59-2
沈みゆく(Versunken) Op.86-5
夏の夕べ(Sommerabend) Op.85-1
月の光(Mondenschein) Op.85-2
落胆(Verzagen) Op.72-4
五月の夜(Die Mainacht) Op.43-2
空気はなまぬるく、そよともせず(Unbewegte laue Luft) Op.57-8
愛のまこと(Liebestreu) Op.3-1
「49のドイツ民謡集」より~あの柳の林のなかに(Dort in den Weiden)
乙女の歌(Mädchenlied) Op.85-3
乙女(Das Mädchen) Op.95-1
サロメ(Salome) Op.69-8
乙女の呪い(Mädchenfluch) Op.69-9

~アンコール~
ブラームス/「49のドイツ民謡集」より~あの谷の底では(Da unten im Tale)
ブラームス/「49のドイツ民謡集」より~静かな夜に(Im stiller Nacht)
シューベルト/至福(Seligkeit)D433
シューベルト/音楽に寄す(An die Musik)D547

トッパンホールの〈歌曲(リート)の森〉シリーズは、歌曲ファンにとって渇きを満たすに充分な有難い企画である。
今回はソプラノのアネッテ・ダッシュの登場である。
オペラ歌手として大活躍の彼女だが、ベルリンでは定期的に歌曲のサロンコンサートも催しているそうだ。
ウィーン・フォルクスオーパーの「メリーウィドウ」公演のために来日した彼女が日本初リサイタルをトッパンホールで開いてくれた。
ピアノが中堅ヴォルフラム・リーガーなのも嬉しい(リーガーは今年の秋に藤村さんの共演者として再来日するようだ)。

今回のプログラムがまた私の大好きなシューベルトとブラームスなのも期待をふくらませる。
シューベルトの「なんと激しく流れる泉よ」「隠者の庵」「小川のほとりのダフネ」などは実演ではめったに聴けないだろう。

リサイタル前半はシューベルトの水にちなんだ作品ばかり13曲演奏された。
冒頭の選曲にまず驚かされる。
シュルツェのテキストによる「なんと激しく流れる泉よ」D874は、本来ピアノ前奏4小節と歌声部14小節のみの未完成の作品なのである。
花と泉との対話による4つの節のテキストの第1節(花)の箇所のみ作曲されている。
この夜は、誰かによって補筆された楽譜により、全4節の有節歌曲として歌われた。
これはただ珍しい作品の紹介というだけではなく、シューベルトらしい楽想の美しさが確かにあり、未完に終わったのが惜しまれる。
こうして補完して演奏するのも一つの可能性の提示という意味でありだろう。

舞台に登場したアネッテ・ダッシュは空色(?)のきれいなドレスをまとって登場。
顔立ちが端正で美貌の持ち主なのだが、体格はかなりグラマラスでふくよかである。
後で知ったのだが、生後数ヶ月の赤ちゃんがいるそうだ。
そんな彼女を見ようとオペラグラスに釘付けの紳士たちもいた(トッパンホールでオペラグラスを使っている人は初めて見た)。

生ではじめて聴くダッシュの声は硬質である。
芯の強さと華やかな響きが持ち味だろう。
声色の多彩さで聞かせるというよりは、むしろ強弱の幅と、ネイティヴならではの語り口、そして素直にメロディーラインを響かせることに彼女の特徴があるように感じた。
選曲は知的だが、歌唱はもっと素朴である。
そこになんらかのコクが加わるのはさらに年輪を重ねてからだろう。

2曲目の有名な「泉のほとりの若者」は短いながらシューベルトの音楽の魅力がぎゅっと凝縮されたような佳作。
最後の"Luise(ルイーゼ)"と抑えた声で呼びかける箇所が聴き所と言えるだろうが、ダッシュはまだ声が完全には温まっていない感じ。

続く「隠者の庵」「小川のほとりのダフネ」は珍しい曲だが、決して悪くない。
こういう曲の発掘を若いダッシュがしてくれるのは心強い。

「ます」はあまり表情を付けずにさらっと聴かせた。

「海の静けさ」のアルペッジョのピアノ伴奏は小節いっぱいにゆっくりと一音一音をずらしていくパターンと、通常のアルペッジョのように急速に弾き和音としての響きとなるパターンがあるが、リーガーの演奏は前者だった。
ダッシュの歌唱は後半の海の不気味さを伝える箇所でかなりボリュームを出して歌っていたが、個人的にはここも抑えた中で微妙にふくれあがる感じの方が好みである。

ダッシュの声は「ドナウ河で」あたりからボリュームが増し、それに応じてピアノのリーガーも歌と拮抗するような押しの強さを出し始めた。
F.シュレーゲルの詩によるイタリアオペラのアリアのような美しい「流れ」D693も、印象的なメロディーの「帰路」D476も、激しい「流れ」D565も、シューベルトの作品のもつ魅力をまっすぐに伝えていたが、ダッシュほどの人ならばさらにより高みを求めたくなる。
前半最後の「水の上で歌う」にしてもダッシュならではの魅力で聞かせるにはまださらなる何かが欲しい気もした。

休憩をはさみ、後半はオール・ブラームスだが、こちらの方が現在のダッシュには合っていたようだ。
ブラームスの選曲も基本的には「水」がテーマだが、それがシューベルトの時ほど前面に出ず、むしろ背景を彩っているような印象。
そして、ブラームスの器楽曲のようなメロディーラインをダッシュは丁寧に余裕をもって響かせ、なかなか聴き応えがある。

シューベルトでは聴衆の拍手は最後の「水の上で歌う」が終わるまでなかったのだが、ブラームスの最初の数曲は1曲ごとにフライング気味の拍手がちらほら。
曲が終わってからならばまだしも、重要なピアノ後奏を弾いている最中に拍手を始めるのはいただけない(家で聴いているのではないのだから)。
周囲の注意によって、数曲後にはフライング拍手も収まり、ようやくブラームスの世界に集中できたのである。

「落胆」のような激しい曲調のものはとりわけ現在の彼女の良さがよく出ていたように感じた。
またブラームスの「あの柳の林のなかに」という作品は、Op.97-4と、「49のドイツ民謡集」の中の31曲目とがあり、プログラムの予告では前者だったのだが、実際に歌われたのは後者だった(個人的には後者の方が好きなので良かった)。
このユーモラスな表情はオペラ歌手ダッシュの持ち味がよく出ていて見事だった。

そして乙女の歌2曲を歌った後の「サロメ」「乙女の呪い」はいずれも威勢のよい女性の歌で、これらのドラマティックな表現の迫力は実に素晴らしかった。
今の彼女はブラームス歌曲にその魅力が発揮されていたのが感じられた。

ピアノのヴォルフラム・リーガーは、最初のうち、歌手の声が温まっていないことに配慮したのだろう、かなり控えめな演奏だったが、それでもやるべきことはしっかりとやる演奏で、さすが名手である。
ダッシュの声がよく出るようになってからは、リーガーのピアノも突然歌と拮抗するようなダイナミクスを聞かせるようになり、「ドナウ河で」などは急激なスフォルツァンドに驚かされるほどだった(効果的だったが)。
どの曲もそれぞれの性格を把握して、実に音楽性豊かな演奏を聴かせた。
まさに旬の演奏という感じで、実に味わい深く、血肉とした余裕も感じられて、素晴らしいピアノだった。

盛大な拍手にこたえて、アンコールは4曲。
いずれも名作ばかり、くつろいで楽しく聴けた。

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