内藤明美&平島誠也/テッセラの春・第10回音楽祭 第2夜(2012年5月12日 サロンテッセラ)
テッセラの春・第10回音楽祭「新しい耳」
第2夜 内藤 明美(Ms)/平島 誠也(Pf) ~大地の歌~
2012年5月12日(土)16:00 サロンテッセラ(全席自由)
内藤明美(MS)
平島誠也(P)
廻由美子(“新しい耳”企画・ナビゲーター)
ヴォルフ(Wolf)/『メーリケ歌曲集』より
希望に寄せる心癒えた者の思い(Der Genesene an die Hoffnung)
捨てられた娘(Das verlassene Mägdlein)
飽くことなき恋(Nimmersatte Liebe)
隠棲(Verborgenheit)
祈り(Gebet)
ヴァイラの歌(Gesang Weylas)
さようなら(Lebe wohl)
エーオルスの琴に寄せて(An eine Äolsharfe)
~休憩~
マーラー(Mahler)/『大地の歌(Das Lied von der Erde)』より
第六楽章「告別(Abschied)」
~アンコール~
ヴォルフ/祈り
渋谷から田園都市線で2駅目の三軒茶屋駅近くにあるサロンテッセラに初めて出かけた。
「テッセラの春」と題された年2回催される音楽祭の一環で、今回で10回目とのこと。
その第2夜は、メゾソプラノの内藤明美とピアノの平島誠也によるリサイタル。
地道な歌曲の伝道者たちであり、優れた演奏家たちである。
70席しかない親密な空間はリートを聴くのにはまさにうってつけ。
歌曲ファンにとっては非常に贅沢なコンサートとなった。
緑のあるこじんまりとした素敵なテラスでは休憩時間にワンドリンクがふるまわれた。
ピアニストでこの音楽祭の企画をした廻(めぐり)由美子さんがナビゲーターを務めた。
個人的には、クラシックのフリー情報誌「ぶらあぼ」で長いこと幅広い観点から執筆されていたエッセーを愛読していたのだが、今回は案内役と演奏者へのインタビュアーとしても秀でたところを発揮されていた。
今回のヴォルフとマーラーというプログラムは企画者からの希望とのことで、演奏者側がそれにこたえたということになる。
内藤さんがヴォルフとマーラーを歌うのを聴くのは私にとって初めてのことである。
廻さんの紹介により登場した内藤さんと平島さんはまずフーゴ・ヴォルフの「メーリケ歌曲集」から4曲を演奏した。
今宵も内藤さんの声は絶好調で、深々としたメゾの響きと、切れ味のある美しい発音が小さなサロンのすみずみにまで届く。
最初の「希望に寄せる心癒えた者の思い」では「死を思いつつ朝を迎えた(山崎裕視氏訳)」という言葉のとおり、平島さんの半音進行の苦悩を暗示するようなピアノ前奏にのって、静かな緊張感をもって歌い始められた。
そして、「希望」が「勝利の名乗り」をあげた箇所で内藤さんは歓呼のフルヴォイスを朗々と響かせ、平島さんは堂々とファンファーレを奏でる。
そして、「ああ、ただ一度でも苦しみなく/おまえの胸に抱きしめておくれ」と締めくくる箇所では祈るように声は高まり、最後は低く沈み込む。
希望による癒しを感謝するという内容を歌う内藤さんの表現した響きそのものが、すでに聴き手にとっての「癒し」であった。
ピアノ後奏は和音をふくらませてから徐々に減衰して消えてゆく。
その和音間の響きの微妙な加減が絶妙で、決して分かりやすくダイナミクスを派手にしないままこれほど豊かな表情をつくりあげる平島氏の演奏はさすがである。
続く「捨てられた娘」では薄情な男に捨てられた辛い思いを、抑制と、抑えきれなくなった感情の吐露との対比で、伝えてくる。
一転「飽くことなき恋」では庶民だろうがお偉方だろうが恋する時にはなんの違いもないと、コミカルな表情をこめて歌われた。
こういう作品でのさりげない上手さは内藤さんにとって新鮮な一面に感じられた。
テンポを揺らし、間をとって、コミカルな表情をさりげなく表現する平島さんも素晴らしかった。
「隠棲」はヴォルフの歌曲中もっとも有名であり、かつもっともヴォルフらしくない作品の一つでもある。
だが、そのヴォルフらしくないところが、親しみやすさを増していることも事実で、内藤さんも素直に曲の魅力を伝えていた。
その後、ナビゲーターの廻さんが演奏者お二人にインタビューをした。
内藤さんは海外での生活が長く、それゆえに"u"という母音は西欧語と日本語に大きな違いがあると述べ、日本語の"u"の方が特殊であると語る。
平島さんは呼吸を意識して演奏するようにお弟子さんたちに指導し、それがソロ演奏にも役立つことと思うと述べつつ、「でも僕はソロはしないから分からないけれど」と言って笑わせる。
話の後、さらに「メーリケ歌曲集」から「祈り」「ヴァイラの歌」「さようなら」といった名作が深い思いをこめて歌われ、前半最後は美しい「エーオルスの琴に寄せて」で締められた。
休憩後はマーラー「大地の歌」の終楽章「告別」。
30分ほどかかる大規模な作品だが、内藤さんは一貫して美しいレガートの響きを聴かせ、聴き手を魅了した。
平島さんのピアノは、かなり雄弁な演奏だったが、例えば数ヶ月前に同じ曲を演奏したゲロルト・フーバーのようなとげとげしさはなく、ピアノ歌曲としてのスタイルをわきまえた中で色彩豊かな表現を聴かせてくれた。
拍手にこたえ、アンコールとしてヴォルフの「祈り」を再度歌ってくれた。
ピアノの平島氏は内藤さんが異なる歌詞を歌おうとしたり、歌い出すタイミングが違っていたりすると、少し待ってから軌道修正する。
それは長年の共演関係から得た熟練技に違いない。
そういうハプニングも楽しみつつ(失礼ながら)、理想的な空間に響き渡る名歌曲の数々を堪能させていただいた。
やはりサロンコンサートには、大ホールにはない魅力が確かにある。
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コメント
フランツさん、今晩は。
平島さんと内藤明美さんのコンサート、私はしばらく聴いていませんが、ヴォルフとマーラーの歌曲、ナビゲーターもいて、いいコンサートだったようですね。
こういう音楽祭があったこと、知りませんでした。
20年ほど前、三軒茶屋に住んだことがありましたが、その頃は、こういう場所はなかったような・・・。
歌曲などにはピッタリのいい音楽サロンみたいですね。
オペラシティの近江楽堂が70人くらいのホールですが、そんな感じでしょうか。
私も一度、いいプログラムがあったら行ってみたいと思います。
投稿: Clara | 2012年5月15日 (火曜日) 00時23分
かつてキャロットタウンで落語会聴いた後に偶然入ったデニーズがサロンテッセラと同じビルだと知りました。外の音がホールに漏れないよう細心の設計だそうで、音響がいいのも当然というかサントリーホールと同じ永田音響設計によるものだからだそうです。椅子まで指定されたものを使用しているとか。個人でそこまでのサロンを作り上げたオーナー夫妻は立派ですね。
投稿: ぐらばー亭 | 2012年5月15日 (火曜日) 09時01分
Claraさん、こんばんは。
いいコンサートでした!
Claraさんは三軒茶屋に住んでおられたことがあったのですね。私はこの駅に降りたのははじめてだったのですが、お洒落な町ですね。
サロンテッセラというところは1、2階にコンビニやファミレスが入っている建物の4階だったのですが、サロン専用の入り口はコンクリートの味のある雰囲気で、エレベーターで4階にあがると落ち着いて温かい親密な感じのサロンがあって素敵でした。
機会がありましたらぜひサロンでコンサートをお聴きになってみてください。
オペラシティの近江楽堂はいつも横を通るだけで一度も中に入って聴いたことがないので、いつか聴いてみたいと思っています。
投稿: フランツ | 2012年5月15日 (火曜日) 20時53分
ぐらばー亭さん、こんばんは。
私ははじめてこの街に降りたのでキャロットタワーの存在に気付きませんでしたが、落語会なども三軒茶屋で催されているのですね。
デニーズの上にあるサロンというのもそのギャップが面白いなぁと思いました。
サロン内は確かに外の喧騒が一切入ってこないうえ、響きもとても美しく、いいサロンだなと思ったのですが、こだわりぬいた設計がされているのですね。
そういう良心的なサロンをつくられたというオーナーご夫婦はきっと音楽に対する愛情の深い方々なのでしょう。 そういう場所でこのようなコンサートを堪能できるのは幸せな時間でした。ぐらばー亭さんも私とは違った位置でサロンの響きの素晴らしさを感じられたのでしょうね。
投稿: フランツ | 2012年5月15日 (火曜日) 21時05分