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ジェラルド・ムーア没後25周年

今日3月13日は、歌曲愛好家にとって馴染みの深いピアニスト、ジェラルド・ムーアが1987年に亡くなってちょうど25年となる。
歌曲の伴奏ピアニストとしての彼についてはあまりにもよく知られているので、今回は珍しい楽器奏者の共演者としての録音をご紹介したいと思う。

その昔"Solo Instruments of the Orchestra(オーケストラのソロ楽器)"というEPレコードのシリーズが、各巻ごとに楽器を変えてHMVからリリースされていたらしい。
例えば第1巻はヴァイオリンのイェフディ・メニューヒン(Yehudi Menuhin)、第2巻はヴィオラのハーバート・ダウンズ(Herbert Downes)、第3巻はチェロのジャクリーン・デュ・プレ(Jacqueline du Pre)が担当しているらしい(これらは私は所有していない)。

そして、その第4巻ではコントラバスのステュアート・ナッセンとトランペットのフィリップ・ジョーンズが登場する。
このEPをあるサイトで入手することが出来た。

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Knussen_jones_moore_ep_3Solo Instruments of the Orchestra No. 4
-The Double Bass & The Trumpet

STUART KNUSSEN, PHILIP JONES with GERALD MOORE
Music by Bozza and Koussevitzky

Koussevitzky / Concerto for double-bass, Op. 3~Mvt. 1
Stuart Knussen(double bass)
Gerald Moore(piano)

Bozza / Caprice
Philip Jones(trumpet)
Gerald Moore(piano)

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クーセヴィツキーのコントラバス協奏曲は、この楽器のレパートリーとして貴重なもののようだが、ここでは第1楽章のみがピアノ伴奏版で演奏されている。
独奏者のステュアート・ナッセンはロンドン交響楽団の首席コントラバス奏者で、指揮者、作曲家として知られるオリヴァー・ナッセンの父親でもある。
ここでのムーアの演奏は、オケの代わりというよりもデュオの相手という感じで、オケの色彩感よりはオリジナルのピアノパートを弾いているような印象を受ける。
地味かもしれないが、やることはしっかりやっているという印象で、テキストの付いていない作品を演奏する時もどことなくリートを弾く時のような柔らかさ、繊細さが感じられるのが面白い。
そこが物足りないという人もいるだろうが。

ボザ作曲のカプリースは、華やかなトランペットに負けず、ピアノパートもなかなかの活躍ぶりである。
楽器同士の火花が散るような燃焼型の演奏ではもちろんなく、トランペットとピアノで1つの音楽に溶け合わせようとしているのがいかにもムーアらしい。
レガートの美しさはさすがである。

歌曲での定評に比べて、器楽曲でのムーアはあまり評価されないきらいがある。
確かにムーア自身の資質の問題もあるのかもしれないが、私は歌曲演奏者としての美質を器楽曲にも適用している(無意識かもしれないが)点に彼の存在意義を感じる。
バリバリ弾くピアニストは沢山いても、真にカンタービレを感じさせるピアニストは圧倒的に少ない。
耳をそばだてて聴く時にはじめて、声高に主張する演奏者からは得ることの出来ない良さを感じることが出来る-それが器楽曲を演奏するジェラルド・ムーアの味わいである。

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