白井光子&ハルトムート・ヘル/ウィークエンドコンサート(2011年11月5日 第一生命ホール)
<ウィークエンドコンサート2011-2012>第一生命ホール10周年の10days第3日
音楽のある週末 第8回 白井光子&ハルトムート・ヘル リートデュオ
2011年11月5日(土)14:00 第一生命ホール(Dai-ichi Seimei Hall)(1階2列13番)
白井光子(Mitsuko Shirai)(mezzo soprano)
ハルトムート・ヘル(Hartmut Höll)(piano)
A.スカルラッティ/すみれ
Alessandro Scarlatti / Le Violette (anonymus)
F.シューベルト/ばら(詩:シュレーゲル)
Franz Schubert / Die Rose (Schlegel) D.745
C.レーヴェ/献身の花(詩:リュッケルト)
Carl Loewe / Die Blume der Ergebung (Rückert) op.62-6
F.リスト/花と香り(詩:ヘッベル)
Franz Liszt / Blume und Duft (Hebbel)
A.ウェーベルン/花のあいさつ(詩:ゲーテ)
Anton Webern / Blumengruß (Goethe)
R.シューマン/待雪草(詩:リュッケルト)
Robert Schumann / Schneeglöckchen (Rückert) op.79-26
R.シューマン/においすみれ(詩:シャミッソー)
Robert Schumann / Märzveilchen (Chamisso) op.40-1
R.シューマン/新緑(詩:ケルナー)
Robert Schumann / Erstes Grün (Kerner) op.35-4
R.シューマン/ジャスミンの茂み(詩:リュッケルト)
Robert Schumann / Jasminenstrauch (Rückert) op.27-4
R.シューマン/私のばら(詩:レーナウ)
Robert Schumann / Meine Rose (Lenau) op.90-2
R.シュトラウス/目ざめたばら(詩:ザレット)
Richard Strauss / Die erwachte Rose (Sallet) WoO.66
R.シュトラウス/イヌサフラン(詩:ギルム)
Richard Strauss / Die Zeitlose (Gilm) op.10-7
R.シュトラウス/矢車菊(詩:ダーン)
Richard Strauss / Kornblumen (Dahn) op.22-1
R.シュトラウス/きづた(詩:ダーン)
Richard Strauss / Efeu (Dahn) op.22-3
R.シュトラウス/ゲオルギーネ(詩:ギルム)
Richard Strauss / Die Georgine (Gilm) op.10-4
~休憩~
M.レーガー/希望に寄す(詩:ヘルダーリン)
Max Reger / An die Hoffnung (Hölderlin) op.124
C.レーヴェ/はすの花(詩:ハイネ)
Carl Loewe / Die Lotosblume (Heine)
R.フランツ/ばらは嘆いた(詩:ミルツァ=シャッフィ)
Robert Franz / Es hat die Rose sich beklagt (Mirza-Schaffy)
A.ウェーベルン/似たものどうし(詩:ゲーテ)
Anton Webern / Gleich und gleich (Goethe)
D.ミヨー/花のカタログ(詩:ドーデ)
Darius Milhaud / Catalogue de Fleurs (Daudet)
すみれ La Violette
ベゴニア Le Bègonia
フィティラリア Les Fritillaires
ヒヤシンス Les Jacinthes
クロッカス Les Crocus
ブラキカム Le Brachycome
エレムルス L'Eremurus
H.ヴォルフ/クリスマス・ローズにI:森の娘(詩:メーリケ)
Hugo Wolf / Auf eine Christblume I: Tochter des Walds (Mörike)
H.ヴォルフ/クリスマス・ローズにII:冬の大地は眠り(詩:メーリケ)
Hugo Wolf / Auf eine Christblume ll : Im Winterboden (Mörike)
H.ヴォルフ/花でわたしを覆って(詩:ガイベル)
Hugo Wolf / Bedeckt mich mit Blumen (Geibel)
H.ヴォルフ/めぐり来る春(詩:ゲーテ)
Hugo Wolf / Frühling übers Jahr (Goethe)
~アンコール~
シューマン(Schumann)/はすの花(Die Lotusblume, op.25-7)
シューマン(Schumann)/ばらよ、ばらよ(Röselein, Röselein, op.89-6)
ヴォルフ(Wolf)/癒えた者が希望に寄せて(Der Genesene an die Hoffnung)
山田耕筰(Kosaku Yamada)編/中国地方の子守歌
ウェーベルン(Webern)/似たものどうし(Gleich und gleich)
ヴォルフ(Wolf)/似たものどうし(Gleich und gleich)
ウェーベルン(Webern)/花のあいさつ(Blumengruß)
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奇しくも世界的な「ミツコ」2人(内田と白井)を2日連続で聴くこととなった。
第一生命ホールははじめて訪れたが、都営大江戸線の「勝どき」駅から徒歩数分のところにある。
「築地市場」には浜離宮朝日ホールの公演でしばしば行くのだが、その隣駅にこんな立派なホールがあるとは気付かなかった。
晴海の雰囲気も散歩にちょうど良い素敵な場所であった。
プログラムはホール十周年記念で「花」にちなんだ作品が中心に編まれたとのことだが、二転三転の後、上記のように変更された。
震災の影響で「希望」にちなんだ作品が大量に追加される予定だったのだが、そのうちレーガーの「希望に寄す」以外は最終的に省かれていた(ヴォルフの曲は結局アンコールで歌われたが)。
白井光子は大病克服後、完全に復活したばかりか、新しい彼女の世界をつくりあげたようだ。
以前の完璧なコントロールの代わりに、彼女の表現には、俗な言い方だが“人間味”がより前面に出てきた。
昔ほど苦もなくあらゆる音域の声が出るというわけではないようだが、そこは彼女のこと、年齢に応じた表現方法を模索したのだろう。
もはや病気のことを云々する必要もないほどに、張った時にはコクのある味わい深い響きがホールを満たし、弱声ではその表情の豊かさに一層の磨きがかかったように感じた。
花を刺繍したピンクの和風な衣裳をまとって登場した白井光子は気のせいか一回り小さくなったような印象を受けた。
にこやかな笑顔で聴衆の拍手にこたえるが、演奏に入ると一瞬で顔つきが作品の世界に入りこんでいく。
その集中力と瞬発力は彼女ならではのものである。
冒頭のスカルラッティの「すみれ」は古典歌曲の定番ともいえるものだが、白井のイタリア歌曲はあまり聴いたことがなかったので新鮮だった。
ここでもドイツリートの時のような細やかな言葉さばきを聴かせながら、リズミカルに歌っていた。
そしてガラスのように繊細なシューベルトの「ばら」が続き、その後に珍しいレーヴェの「献身の花」が歌われた。
同じテキストによるシューマンの作品に比べて決して知られているとはいえないレーヴェの曲だが、その哀しげな表情はむしろシューマンの作品よりもテキストの内容に合っていて、より魅力的にすら感じられた。
バラード作曲家としてだけでなく、リート作曲家としてのレーヴェももっと評価されていいのではないか。
続くリストの「花と香り」は作曲家の記念年を意識した選曲なのかもしれない。
静謐な雰囲気の作品であった。
最初のブロックの締めはヴェーベルン初期の「花のあいさつ」。
まだ前衛色はなく、リート作曲の伝統にのっとった作品であった。
ここで拍手にこたえていったん袖に戻り、次はシューマン歌曲のブロック。
こうして集められてみると、シューマンの花にちなんだ作品はかなりよく歌われ、聴かれていることを実感する。
どれもシューマンらしい繊細な歌とピアノの表情が魅力的だが、とりわけケルナーの詩による「新緑」は、「緑のおかげで苦しみから癒されるのだ」というテキストが現状とリンクして白井さんの真摯な歌が沁みてきた。
前半最後のブロックはリヒャルト・シュトラウスばかり5曲。
シュトラウスもシューマン同様多くの花の歌を書いているが、白井さんは折にふれてコンサートでもそれらを披露してきた。
自分のものとしているレパートリーゆえに、自在な表現が心地よかった。
シュトラウスの歌曲は声を魅力的に響かせるように書かれているので、聴き手以上に歌い手が気持ちいいのではないかと思う。
この頃になると白井さんの声も完全に温まり、豊かな声の響きが聴かれるようになる。
休憩をはさんで後半はレーガーの比較的長い「希望に寄す」で始まった。
ヘルダーリンの詩ということで、これも白井さんのお得意のレパートリーなのかもしれない。
もともとはオーケストラ歌曲ということで、ヘルもピアノ歌曲の時以上に細部より全体の流れを意識した演奏だったように感じた。
この長大な作品の後、いったん袖にひっこみ、次のブロックはレーヴェ、フランツ、ヴェーベルン、ミヨーの歌曲。
「はすの花」もシューマンではなくレーヴェを選んだところに白井さんの様々な作曲家への愛情が感じられる。
フランツの「ばらは嘆いた」など、なかなか実演で聴く機会がないので貴重である。
ピアノパートの装飾音が印象的で、ちょっとブラームスの「ハンガリー舞曲」内の曲を思わせる哀愁漂う曲調が素敵な作品である。
ウェーベルンの「似たものどうし」は前衛色ばりばりだが、白井さんはよく歌うので、白井さんのファンにはお馴染みの作品だろう。
続くミヨーの「花のカタログ」は短い7曲からなる曲集で、当然フランス語により、白井さん自身による録音もある。
テキストは種袋の裏に書かれている説明のようなものとのことで、最後の曲など「開花は保証、・・・価格は郵便でお知らせします」などというテキストらしい。
いかにも洒落た雰囲気の小曲たちは白井さんの愛嬌あふれる歌でちょっとした息抜きとなった。
最後のブロックは白井さんお得意のヴォルフ4曲。
これらはもはや何も言う必要がないほどに、白井さんとヘルの絶妙な演奏に身を任せて楽しませていただいた。
本当に素敵な歌の花束!
「めぐり来る春」でも、えいやっと出す高音は彼女のたゆまぬ訓練の賜物なのだろうと感無量であった。
アンコールは例によって大盤振る舞い。
最初の2曲はシューマンの花にちなんだ歌曲。
正規のプログラムで歌われたレーヴェ作曲の「はすの花」と同じテキストによるシューマンの有名な作品を今度は聴かせてくれる。
こうした心遣いがうれしい。
3曲目を歌う前に白井さんの話があり、「作曲家同士の相性というものがあって、プログラムをつくるのは難しいのですよ」と変更を繰り返した弁明を茶目っ気たっぷりに述べて会場をなごませる。
そして、本来追加される予定だったヴォルフのメーリケの詩による「癒えた者が希望に寄せて」(コンサートで予定されていた訳題は「希望の復活」)が歌われた。
この曲、希望に抱かれて苦しみから癒えたと歌われた後でピアノが堂々たるファンファーレを鳴らす。
一時は体を動かすこともままならなかったという白井さんが歌うだけに説得力絶大な選曲である。
そして、その次のアンコールがこの日一番の驚きであった。
はじめて彼女が日本語で歌うのを聴くことが出来たのである!
ヘルのしっとりしたピアノ前奏に導かれて「ねんねこしゃっしゃりまーせー」と聞こえてきた時に、かつて義理人情の世界を捨ててドイツに飛び込んでいったという彼女の言葉が脳裏に浮かんできた。
ドイツ人以上にドイツ人になりきった彼女は、とうとう故郷の音楽に戻ってきてくれたのだ。
そこには一人の立派な日本人歌手による明晰で気持ちのこもった歌があった。
来春には日本歌曲のみによるリサイタル(もちろんヘルのピアノで)も予定されているという。
彼女の音楽のさらなる広がりに期待感を抑えきれない。
その後は正規プログラムでも歌われたヴェーベルンの「似たものどうし」が再び歌われ、袖に引っ込んでから次に歌ったのは同じテキストによるヴォルフ作曲の「似たものどうし」。
ここまでくると演奏者と聴衆の根気比べの様相を呈してくる。
さらにヴェーベルンの「花のあいさつ」も再度歌われたので、次に同じテキストによるヴォルフの「花のあいさつ」が歌われるのかなと期待していたら、拍手が終わってしまい、ステージ横の扉も寂しく閉まってしまった。
本当はヴォルフの「花のあいさつ」も歌うつもりだったのかもしれない。
そうだとしたら残念!
ハルトムート・ヘルは、白井の復活後、彼女の声に配慮してしばらく封印していたのではと感じられたダイナミクスの幅の広さやテンポの自由な伸縮を今回ほぼ解禁していた。
例えば、シュトラウスの「ゲオルギーネ(ダリア)」の前奏を彼は非常にスピーディーにささっと弾き進めてしまう。
だが、それは前奏を粗雑に扱っているというのではなく、前奏の音楽を彼なりに咀嚼したうえで、音楽的に主張した結果の表現なのではないか。
一つ一つの音を均一に丁寧に響かせるというのはヘルにとってはおそらく重要なことではないのである。
そこに音楽としての説得力のある流れが生まれることをヘルは目指しているのではないか。
好きかどうかは別として、確かにヘルの演奏の方向はぶれていないと思う。
そのようなヘルの自在な表現が可能になるほど、白井の音楽もまた四つに組んで対等な歌唱が可能になっていたことをあらためて実感できて嬉しかった。
大病という試練から見事に復活した彼女は我々に身をもって「希望」をもつことの大切さを教えてくれた。
聴衆もここで彼女たちからいただいた希望を大切に育てて、花開かせなければなるまい。
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