ペーター・レーゼル/ベートーヴェンの真影【第7回&第8回】(2011年10月1日&12日 紀尾井ホール)
ドイツ・ピアニズムの威光
ペーター・レーゼル
ベートーヴェンの真影
ピアノ・ソナタ全曲演奏会【第4期2011年/2公演】全4期
(The Beethoven Piano Sonata Cycle)
【第7回】2010年10月1日(土)15:00 紀尾井ホール(1階4列13番)
【第8回】2010年10月12日(水)19:00 紀尾井ホール(1階3列15番)
ペーター・レーゼル(Peter Rösel)(Piano)
【第7回】2010年10月1日(土)
ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)作曲
ピアノ・ソナタ第24番嬰へ長調 Op.78
Adagio cantabile - Allegro ma non troppo
Allegro vivace
ピアノ・ソナタ第25番ト長調 Op.79「かっこう」
Presto alla tedesca
Andante
Vivace
ピアノ・ソナタ第11番変ロ長調 Op.22
Allegro con brio
Adagio con molt' espressione
Menuetto
Rondo: Allegretto
~休憩~
ピアノ・ソナタ第7番ニ長調 Op.10-3
Presto
Largo e mesto
Menuetto: Allegro
Rondo: Allegro
ピアノ・ソナタ第13番変ホ長調 Op.27-1
Andante - Allegro - Andante
Allegro molto e vivace
Adagio con espressione
Allegro vivace
~アンコール~
バガテルOp.126-3
---------
【第8回】2010年10月12日(水)
ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)作曲
ピアノ・ソナタ第2番イ長調 Op. 2-2
Allegro vivace
Largo appassionato
Scherzo: Allegretto
Rondo: Grazioso
ピアノ・ソナタ第31番変イ長調 Op.110
Moderato cantabile molto espressivo
Allegro molto
Adagio, ma non troppo - Fuga: Allegro, ma non troppo
~休憩~
ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調 Op.2-1
Allegro
Adagio
Menuetto: Allegretto
Prestissimo
ピアノ・ソナタ第32番ハ短調 Op.111
Maestoso - Allegro con brio ed appassionato
Arietta: Adagio molto semplice e cantabile
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2008年から毎年秋に2回ずつ行われてきたペーター・レーゼルのベートーヴェンソナタ全曲シリーズも今年で最後。
レーゼルというピアニストの真価をじっくり堪能できた好企画だった。
第7回は中期のソナタを中心に、そして最終回の第8回は最初と最後のソナタを2曲づつ組み合わせた興味深いプログラミングである。
第7回の前半は2つの楽章しかない第24番、「かっこう」というモティーフが頻繁に登場する第25番、そして4楽章からなる第11番を前半に置いた。
前半だけで1時間近くのボリュームだったが、その時間の長さを感じさせない魅力的な瞬間の連続であった。
後半は第7番と第13番だが、後者は楽章の間をあけずに続けて演奏し、しかも全体において特定のモティーフを出現させて統一をはかるという当時の新境地を感じさせる意欲作である。
そして最終回の第8回はベートーヴェンの最初と最後のソナタ2つずつを組み合わせた斬新で非常に興味深い配列にレーゼルの意欲がうかがえる。
ベートーヴェンは最初からベートーヴェンであったということをこのプログラミングから印象づけられた。
もちろん最初は先人たちからの影響もあったであろうし、学びの成果を作曲するうえでどれほど発揮するかという側面もあったに違いない。
しかし、第1番の最終楽章で聞かれる怒涛のように押し寄せるドラマは後のベートーヴェンの片鱗がはっきりと刻まれているように感じられるし、第2番最終楽章の細やかな分散和音を幅広い音域で響かせる華麗さは、ベートーヴェンの楽器への可能性の追求にも感じられた。
ベートーヴェン最後のピアノソナタ第32番は、第1楽章でごつごつしたドラマをレーゼルにしてはかなり大胆な表現で聞かせた後に演奏された第2楽章アリエッタは、これまでに聴いたレーゼルの演奏の集大成と行って良かったのではないか。
ここに到るまでの31ものソナタの響きは、すべてこの第32番第2楽章に向かうための序曲だったのだと言ったら言い過ぎだろうか(←それはやはり言い過ぎですね)。
しかし、この長大な変奏曲がこれほど美しく地上から足が浮いているかのような天上的な響きで私を魅了したことはかつてなかった。
このままもっとずっと聴いていたい、終わって欲しくないという神々しいまでの響きが私の心をとらえて離さなかった。
はじめて第32番の素晴らしさが分かったような気がした。
そんな感動的な演奏に酔い痴れながら、ベートーヴェンの闘争を経て勝ち取った至福をたっぷり味わったひとときであった。
第7回の前半で、ピアノの最後の音がまだ消えないうちに拍手する人がいて、それが休憩時間に問題になっていたようだ(ロビーでやりあっている怒号が聞こえたが、あまり気持ちのいいものではない。もっと冷静な対応が望まれる)。
結局休憩時間の終わり頃に「拍手は最後の音が消えてから」というアナウンスが入り、後半はフライングもほぼなくなった。
その余波は最終回にも持ち越され、配布されたプログラム冊子に、同様の注意事項が印刷された紙が挟まれ、「ご一緒に優しい静寂をつくりあげましょう」と聴衆の気遣いを促していた。
レーゼルのピアノは確かなテクニックに裏付けられた自在さをさらに増したのではと思わせる安定感に貫かれ、作品と聴衆との誠実な媒介者たらんとしているかのようだった。
その音はいつもながらきわめてまろやかで、決してとげとげしくはならない。
しかし、激しい箇所ではわめかなくとも充分に劇的な表現が出来るのだよと言っているかのような徹底したコントロールが見事だった。
彼の演奏から感じられる温かさは他のピアニストとは異なるレーゼルだからこそ醸し出されるものと思われた。
それでいながらただ温和なだけではない、ドイツ人らしいごつごつした感触も感じられる。
非常にいい音楽を聴いたと感じさせてくれる稀有のピアニストであることをあらためて感じた。
毎回アンコールで弾かれるバガテルは、ソナタで集中した気持ちをほぐしてくれるような癒しのひとときを与えてくれた。
CD化する際にこれらのバガテルもまとめて余白におさめてはどうだろうか。
最終回のみはアンコールを弾かずに自らピアノの蓋を閉じたが、最後のソナタの後にもはや音楽は不要であるというように受け取られた。
お疲れ様でした & Vielen Dank, Herr Rösel!
来年からは3年にわたる新プロジェクト「ドイツ・ロマン派 ピアノ音楽の諸相(仮題)」が始まる。
リサイタル、協奏曲、室内楽の各ジャンルにおいて、ドイツ・ロマン派の音楽の様々な作品を聴かせてくれるらしい。
来年は10月下旬から11月にかけてメンデルスゾーンの無言歌、ブラームス&シューベルトのソナタ、ブラームスの協奏曲第2番、シューマンのピアノ五重奏曲が予定されており、今から楽しみである。
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コメント
こんにちは。2回ともリサイタルに行かれたのですね。1日のフライング拍手(とロビーでの騒ぎ)は随分顰蹙を買ったようですが、演奏会に行くと、マナーの悪い人が結構いて困ったものです。
それは別として、レーゼルの演奏は期待どおりというか、それ以上に良かったようで、CDで聴くのが楽しみです。(CDは1/25発売予定だそうです)
2回のリサイタルのプログラムでは好きな曲が多いのですが、やはり最終日のプログラムの構成は面白いですね。特に最後の2つのソナタは一番好きな2曲です。
それに第1番と第13番も好きなので、この記事を読むと、ますます聴きたくなりました。
> 第1楽章でごつごつしたドラマをレーゼルにしてはかなり大胆な表現で聞かせた
実際、どういう解釈で弾いていたのかとても興味が沸いてきます。第2楽章も、レーゼルなら天上的に美しい”無私”的なものだったに違いないですね。
32番ソナタの後に、アンコールで何か弾くことなどありえないと、ブレンデルが言っていたと記憶してます。レーゼルも同じ気持ちだったのでしょう。
> 非常にいい音楽を聴いたと感じさせてくれる稀有のピアニストであることをあらためて感じた。
その通りですね!CDで聴いてもそう思いますが、実際ホールで聴けばそれ以上の満足感があるでしょう。いつかは関西でもリサイタルをして欲しいものです。
投稿: yoshimi | 2011年10月19日 (水曜日) 09時58分
yoshimiさん、こんばんは。
興味深いコメントを有難うございました!
私はこのレーゼルのシリーズ、第1回だけチケットをとれなかった(確か完売でした)のですが、第2回以降は最終回まで7回とも聴くことが出来て、とても幸運だったと思います。レーゼルのような名手が毎年来日してくれるというのもこのシリーズのおかげですし、主催の紀尾井ホールにはただ感謝あるのみです。
ただ、ホール主催ということで、東京公演だけだったのは残念ですね。全国ツアーの形にすれば、東京近郊以外のファンの方々にも楽しんでいただけるのにと申し訳ない気にもなりました。しかし、今回のシリーズはご存知のとおりすべてCD化されていますので、来年1月発売の最後の2枚も楽しみにしたいですね。
おっしゃるように第32番のアリエッタはもはやレーゼルという存在を通り越した天上の響きのように感じて非常に感銘を受けました。”無私”的な境地に達していたのでしょうね。
ブレンデルの言葉に納得です。この32番の後はただただ余韻を味わって帰路につきたいですからね。
来年からの新シリーズ、東京だけでなく、関西でもやってくれたらいいのですがどうなるでしょうか。
投稿: フランツ | 2011年10月20日 (木曜日) 01時49分