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レイフ・オヴェ・アンスネス/ピアノ・リサイタル(2011年9月22日 東京オペラシティ コンサートホール)

レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル
2011年9月22日(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール(3階R1列42番)

レイフ・オヴェ・アンスネス(Leif Ove Andsnes)(Piano)

ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第21番ハ長調「ワルトシュタイン」Op.53
Beethoven / Piano Sonata No.21 in C major "Waldstein" Op.53

ブラームス/バラード集Op.10
Brahms / Ballades Op.10

~休憩~

ショパン/バラード第3番変イ長調Op.47
Chopin / Ballade No.3 in A flat major Op.47

ショパン/ワルツ第13番変ニ長調Op.70-3
Chopin / Waltz No.13 in D flat major Op.70-3

ショパン/ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2
Chopin / Waltz No.7 in c sharp minor Op. 64-2

ショパン/ワルツ第11番変ト長調Op.70-1
Chopin / Waltz in G flat major Op 70-1

ショパン/ワルツ第5番変イ長調Op.42
Chopin / Waltz No.5 in A flat major Op.42

ショパン/夜想曲第17番ロ長調Op.62-1
Chopin / Nocturne No.17 in B major Op.62-1

ショパン/バラード第1番ト短調Op.23
Chopin / Ballade No.1 in G minor Op.23

~アンコール~
ショパン/プレリュード第17番変イ長調Op.28-17
グリーグ/抒情小曲集 第5集 Op.54 II ノルウェー農民の行進曲
グリーグ/抒情小曲集 第3集 Op.43 VI 春に寄す

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ノルウェー出身で今や最も多忙なピアニストの一人、レイフ・オヴェ・アンスネスのリサイタルをはじめて聴いた。
前夜は台風で電車がとまり近くに宿泊した為帰宅できなかったのだが、あらかじめかばんにチケットを入れておいて助かった。
あやうくチケットを無駄にするところだった。

アンスネスはどの作品をとっても決して恣意的なパフォーマンスに走ることなく、極めて真摯に作品に向かう。
そして、それぞれの作品の核心をとらえて、真っ直ぐに表現することの出来る優れたピアニストと感じた。
ベートーヴェンもブラームスもショパンも、それぞれの作品の色や匂いを感じさせながら、素晴らしい響きで聴かせるテクニックと音楽性をもっていて、高く評価されているのがうなずける。
今後、大ピアニストとしての道を歩んでいくのだろう。
沢山のお客さんたちの大きな拍手を聞きながらそう感じた。

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ミハイル・シモニアン(VLN)&マルティン・ジークハルト(C)/日本センチュリー交響楽団 第164回定期演奏会(2011年9月15日 ザ・シンフォニーホール)

日本センチュリー交響楽団
第164回定期演奏会

2011年9月15日(木)19:00 ザ・シンフォニーホール(1階E列6番)

ミハイル・シモニアン(Mikhail Simonyan)(Violin: Dvořák)

日本センチュリー交響楽団(Japan Century Symphony Orchestra)
マルティン・ジークハルト(Martin Sieghart)(Conductor)

スメタナ/連作交響詩「わが祖国」より“モルダウ”
Smetana / "Vltava" from the Symphonic Poem "Má vlast"

ドヴォルザーク/ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品53
Dvořák / Concerto for Violin and Orchestra in A minor, Op.53

~休憩~

ベートーヴェン/交響曲 第6番 ヘ長調 作品68「田園」
Beethoven / Symphony No.6 in F major, Op.68 "Pastorale"

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遅い夏休みをとり、関西方面に行くついでに、今年も何か1つぐらいコンサートに行こうと探して、日本センチュリー交響楽団のコンサートを聴いてきた。
初めて行くザ・シンフォニーホールは、JR大阪駅から環状線で1駅目の「福島駅」で下車して徒歩5分強。
ちょっとした緑を抜けたところにホールがあり、老舗の佇まいが味わい深い建物である。
1階席は階段をいくつか上ったところにあり、現代のホールにはなかなかないほっとする雰囲気のロビーも心地よい。

オーケストラ曲に疎い私にはポピュラーな作品が2つも含まれているのは有難く、さらに初めて聴くヴァイオリニスト、シモニアンを迎えたドヴォルザークの協奏曲というのも楽しみだった。

まずはスメタナの“モルダウ”。
この曲はチェコの作品というのを越えて、世界的に有名なのが納得できるほど美しく親しみやすい音楽である。
河の流れに身を委ねるように聴かせてもらった。
私の席は1階左側で、第一ヴァイオリン奏者の最後尾の人を若干右に見るような位置だったせいか、一番ストレートに聞こえてきたのは真正面のトライアングルの音だった。
弦楽器群の音さえ楽々すり抜けてしまう打楽器の音というのは、それゆえに聴き手の印象を大きく左右するのだろう。
オケの内側から一つの要素としてトライアングルが聞こえてくる席というのが理想なのだろうなと思いながら聴いた。

続いてドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲が演奏されたが、この作品は初めて聴く。
スメタナに比べると、民族色はやや抑制されているような印象を受けたが、それでも郷愁を感じさせるような独特の節回しはやはりそこかしこにあり、魅力的である。
ソリストのミハイル・シモニアンはロシアのノヴォシビルスク生まれで、今年で25歳という若さ。
演奏は活気があり、爽快で指もよく回る。
時々オケのメンバーと顔を付き合わせるかのように近づいたり遠のいたりしていたのが興味深かった。

休憩後のベートーヴェン「田園」は、私にとっては某しゅうまい企業のCM曲として認識していたが、こうして全5楽章をじっくり聴いてみると、これは人の様々な感情を体験しながら最後には安らぎに落ち着いていくという、ベートーヴェンには失礼ながら、優れたヒーリング音楽の一種ではないかとさえ感じられた。

指揮のマルティン・ジークハルトはウィーン生まれで、歌曲のピアニストという一面ももっているそうだ(私はまだ聴いたことがないが)。
穏やかな笑みをたたえながら指揮する姿は楽団員を包み込むような大きな余裕が感じられ、萎縮することのない自発的なオケの演奏を引き出していたように感じた。

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ダニール・トリフォノフ/ピアノ・リサイタル(2011年9月9日 紀尾井ホール)

ダニール・トリフォノフ ピアノ・リサイタル

2011年9月9日(金)19:00 紀尾井ホール(2階BL2列12番)
ダニール・トリフォノフ(Daniil Trifonov)(Piano)

ショパン/舟歌 嬰へ長調 作品60
Chopin / Barcarole op.60

ショパン/練習曲集 作品25
Chopin / Etudes op.25

~休憩~

シューベルト;リスト編/
Schubert; Liszt /
 春のおもい Frühlingsglaube
 ます Die Forelle
 水の上で歌う Auf dem Wasser zu singen
 魔王 Erlkönig

シューマン;リスト編/献呈
Schumann; Liszt / Widmung

リスト/パガニーニによる超絶技巧練習曲集S140/R3aより 第3番 嬰ト短調「ラ・カンパネッラ(鐘)」
Liszt / La campanella

リスト/メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」
Liszt / Mephisto Waltz No.1, S514/R181 "Der Tanz in der Dorfschenke"

~アンコール~
チャイコフスキー/18の小品から 第15曲「少しショパン風に」
ショパン/ワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」変ホ長調 作品18
チャイコフスキー/18の小品から 第13曲「田舎のエコー」
ショパン/マズルカ ハ長調 作品56-2
ショパン/タランテラ 変イ長調 作品43
バッハ;ラフマニノフ/パルティータ第3番から ガボット

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今年はじめにショパンコンクール入賞者のガラ・コンサートの為に来日したダニール・トリフォノフが再来日してリサイタルをもった。
今回は第14回チャイコフスキー国際コンクールのグランプリ受賞記念とのことだが、その他にも5月にルービンシュテイン国際コンクールで優勝しており、その活躍は目覚ましい。
そのうちチケットを入手するのが困難なピアニストになるだろうと、今回は早めにチケットを購入して聴いてきた。

紀尾井ホールはピアノを聴くにはうってつけである。
舞台中央に置かれたピアノは、トリフォノフが好んで弾くFAZIOLIであった。

私の席はホール左横の2階席2列目。
背もたれに寄りかかると、トリフォノフの顔だけが見える位置だが、ピアノの鍵盤の蓋にトリフォノフの手が鏡のように写るので、蓋ごしに彼の指使いを楽しむことは出来た。

1月にショパンコンクール・ガラコンサートで聴いた時にはショパンばかりだったからだろうか、実に細やかで繊細、みずみずしさをたたえた演奏が印象に残っている。
そして、今回、さらに2つのコンクールでの優勝を経て、彼の演奏の幅がぐっと広がったように感じた。
前半のショパンの小品では以前に聴いた清々しいみずみずしさが前面に出ていて、気持ちの良い演奏だったが、後半のリスト作品に入ると、デモーニッシュで憑かれたような激しさが随所にあらわれていた。
そして、それが作曲者リストの意図したものを完全に再現していただけでなく、さらに余裕をもって自身のものとしていたような印象を受けた。
「メフィスト・ワルツ」はどこまでいけるのか自身でも挑みながら弾いているのではないかという程、急き立てるようなドラマティックな表現が素晴らしかった。
シューベルトやシューマンの歌曲をリスト編曲したものはロシア出身のピアニストがよく弾くが流行のようなものなのだろうか。
これらは時にシューベルトたちの歌曲を素材にしたリスト自身の作品のように響く時もあれば、原作者の意図をそのまま尊重してあまり装飾を加えていないものもある。
しかし、いずれの場合もピアノで歌うことが要求され、それをトリフォノフも見事に表現できていたように思う。
生で聴く「魔王」の迫力はやはり凄い。
選ばれた人のみのレパートリーであろう。
「ラ・カンパネッラ」はテクニック的には非の打ちどころのない見事なものだったが、さらに数年後にはより感銘深い演奏になっているのではないかという気がする。

満席の客席は大喝采でこの若きピアニストの名演を讃え、それに対して6曲ものアンコールが演奏された。
今後、このようなちょうどよい空間のホールで演奏する機会があるのか、それとも大ホール専門のピアニストになってしまうのか、ちょっと心配なところもあるが、まだ若い才能あふれるピアニストを環境が潰してしまわないことを祈りたい。

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あの日から半年

とてつもなく甚大な被害を受けた東日本大震災からちょうど半年。
もう半年なのか、まだ半年なのか、あの日から日本中があらゆる面で変わっていった。
犠牲となられた方々にあらためてご冥福をお祈りすると共に、今も不自由な生活を強いられている被災地の方々に心よりお見舞い申し上げます。

震災以降、音楽界でも来日のキャンセルが相次いだり、こういう時だからこそと来日を決める人がいたり、各人の決断を迫られた半年だったが、本来ならばボローニャ歌劇場の一員としてこの9月に来日して「エルナーニ」を歌う予定だったサルヴァトーレ・リチートラ(Salvatore Licitra)が不慮の事故により亡くなった。
私は残念ながら一度もその生声に接する機会もなく、また高額な外来のオペラ公演に行く余裕もなかったのだが、彼が被災した日本のためにメッセージを送ってくれていた動画を見つけたので、ご紹介したい。

 その1

 その2

こうして日本のことを思い、来日しようとしてくれていた名テノールの訃報は残念というほかない。

リチートラの明るい歌声を聴きながら(なんと輝かしくも温かい歌唱だろう!)ご冥福をお祈りいたします。
 オー・ソレ・ミオ

本日は同時にあの9・11から丸10年でもある。
テレビのドキュメンタリー番組を見て、当時現場におられた多くの方々の混乱と悲しみが伝わってきた。
犠牲になられた方々に心から哀悼の意を表したいと思います。

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プライ&ヴァイセンボルン/1963年リーダーアーベントのライヴCD

Hermann Prey Liederabend 1963

Prey_weissenborn_1963_3

EDITION SCHWETZINGER SWR FESTSPIELE
ヘルマン・プライ 1963年リーダーアーベント
シュヴェッツィンゲン音楽祭エディション

hänssler CLASSIC: CD 93.713
録音:1963年5月15日, Schwetzinger Schloss (live)

Hermann Prey(ヘルマン・プライ)(バリトン)
Günther Weißenborn(ギュンター・ヴァイセンボルン)(ピアノ)

Peter Cornelius(コルネリウス: 1824-1874)/Neun geistliche Lieder(9つの宗教歌曲) Op.2(抜粋)
 Vater unser, der du bist im Himmel(天におられる私たちの父よ) Op.2-1
 Zu uns komme dein Reich(あなたの国が私たちへとやって来る) Op.2-3
 Führe uns nicht in Versuchung(私たちを誘惑に導かないでください) Op.2-8
 Erlöse uns von dem Übel(私たちを災いから救ってください) Op.2-9

Hans Pfitzner(プフィッツナー: 1869-1949)
 Im Herbst(秋に) Op.9-3
 In Danzig(ダンツィヒにて) Op.22-1
 Der Kuhne(勇敢な男) Op.9-4
 Der Gärtner(庭師) Op.9-1

Wolfgang Fortner(フォルトナー: 1907-1987)/Vier Gesänge nach Worten von Hölderlin(ヘルダーリンの詞による4つの歌)
 An die Parzen(運命の女神に)
 Hyperions Schicksalslied(ヒュペーリオンの運命の歌)
 Abbitte(謝罪)
 Geh unter, schöne Sonne(沈め、美しい太陽よ)

Johannes Brahms(ブラームス: 1833-1897)
 Dein blaues Auge(あなたの青い瞳) Op.59-8
 Wie Melodien zieht es mir(メロディーのように) Op.105-1
 Die Mainacht(五月の夜) Op.43-2

Richard Strauss(R.シュトラウス: 1864-1949)
 Morgen(明日) Op.27-4
 Befreit(解き放たれて) Op.39-4

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シュヴェッツィンゲン音楽祭のライヴ・シリーズとして、ヘルマン・プライ(1929-1998)の初出音源がhänssler CLASSICから発売された。
共演者がプライ長年の良きパートナーだったギュンター・ヴァイセンボルン(1911-2001)なのも嬉しい。
1963年といえば、プライが初来日した2年後。
初来日時のプログラムに含まれていたフォルトナー作曲の「ヘルダーリンの詩による4つの歌」が聴けるのは貴重である。
当時の実演もこんな風だったかもしれないと想像を巡らせる楽しみ方も出来るだろう。
また、プライは自伝の中でプフィッツナーの歌曲をヴァイセンボルンのおかげで知ったと述べており、それが今回のプログラミングにも反映されているのかもしれない。

プライの来日公演を私は幸いにも1980年代前半から聴くことが出来たが(今となっては懐かしい思い出である)、日本ではもっぱら「冬の旅」や「水車屋の娘」ばかり歌っていて、レパートリー的に若干新鮮味に欠ける印象をもっていた(もちろんプライの意向だけではないだろうが)。
しかし、この1963年のシュヴェッツィンゲン・ライヴのプログラム・ビルディングのなんと魅力的なことか!
コルネリウスもプフィッツナーもフォルトナーも、現代のリーダーアーベントですら決して頻繁に演奏される作曲家ではない。
ドイツ本国とはいえこれらを50年前に立て続けに演奏するということが、興行的にいかに勇気のいることだったかと思わずにはいられない。
しかし、このライヴ録音を聴くと、そういう危惧も無意味なことに思われてくる。
馴染みの薄いレパートリーでさえプライに歌われるとこれほどまでに親しみを増すのである。
当時33歳のプライはあふれるほどの豊潤な美声をもっていた。
惜しげもなく朗々と甘美な声を響かせるここでのプライは、歌を聴くという素朴な喜びを味わわせてくれる。
しかし、20世紀初頭の名歌手たちのような、声をアピールする為の歪曲の類は一切なく、作品への誠実なアプローチがその前提にあるのが素晴らしい。

コルネリウスの4つの歌曲は敬虔な響きながら、プライの歌はどこまでも人の温もりを感じさせる。
一方、プフィッツナーのアイヒェンドルフの詩による名作4曲は、心の深いところをぞくぞくと震わせるような冷たい肌触りの表現が秀逸だった。
フォルトナーの歌曲はヘルダーリンによる愛の表現(愛する対象はディオティーマ(Diotima)と名付けられている)を多彩な音楽で描いていて、なかなか面白い作品がそろっている。
第2曲などはモーツァルトの「トルコ行進曲」付きソナタの1楽章を思い出させるリズムが前半を貫き(アルバン・ベルクにもこのモーツァルトのリズムによる歌曲があったような)、後半は力強く厳格な雰囲気に転じる。
第4曲は非常に美しい作品で、耳に馴染みやすい。
こうした知られざる作品がプライの親しみやすい歌唱でぐっと身近に感じられるのは素晴らしいことだ。
そしてブラームスの旋律美をプライの歌唱で味わえる喜び!
若さゆえの情熱的な盛り上がりもブラームスのラブソングではなかなか聴けないプライならではの魅力である。
「五月の夜」で若干音程があがり切らない箇所があったほかは、絶好調のコンディションと感じられた。
そしてR.シュトラウス「解き放たれて」の最後の長大なフレーズのなんと豊かで素晴らしいことか。
ライヴなので、拍手が完全にカットされているのは惜しい気がする。
拍手が含まれていたならばこの場にいた聴衆の反応も多少は伝わってきただろうに。

ピアニストのギュンター・ヴァイセンボルンは、指揮もこなし、教育者としても優れた後進を生んだ(小林道夫氏もたしかその一人)というから、多才な人だったのだろう。
F=ディースカウやペーター・アンダース、ローテンベルガーなどとの共演でも知られるが、プライ&エルナ・ベルガーと録音したヴォルフの「イタリア歌曲集」はヴァイセンボルンの素晴らしさを味わうことが出来る(YouTubeで聴けます)。
今回のプライとのライヴでも、コルネリウスの単純な和音の連続でさえ繊細な歌心を感じさせるのは豊かな音楽性の証だろう。
プフィッツナーでの聴き手を惹きこむ雰囲気づくりの妙技、ブラームス「五月の夜」での絶妙なテンポの揺らし方、フォルトナーでの多彩な音色など、ヴァイセンボルンのリート解釈の深さとそれを表現する技の見事さをたっぷり堪能した。

このような優れたリートのライヴ録音がさらに発掘されることを願ってやまない。

余談だが、来週はNHK-FMで今年のシュヴェッツィンゲン音楽祭のライヴ録音が放送される予定(19:30~)で、特にソプラノのクリスティーネ・シェーファー・リサイタル(7日)やイモジェン・クーパー等による「ます」五重奏(8日)は楽しみである(音楽祭のサイトで聴ける音源もあるが)。
最近インターネットでも無料でNHKのラジオを聞くことが出来るようになったので、アンテナの具合で雑音が入る心配もなく楽しめるのは有難い。
 こちら(らじる★らじる)

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