アンデルシェフスキ/ピアノ・リサイタル(2011年5月21日 サントリーホール)
ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル
2011年5月21日(土)19:00 サントリーホール(1階2列11番)
ピョートル・アンデルシェフスキ(Piotr Anderszewski)(piano)
J.S.バッハ(Bach)/フランス組曲第5番 ト長調 BWV816
シューマン(Schumann);アンデルシェフスキ編(arr. Anderszewski)/ペダルピアノのための練習曲(6つのカノン風小品)(6 Etudes in Canonic for pedal piano) op.56
~休憩~
ショパン(Chopin)/マズルカ(Mazurka) イ短調op.59-1
マズルカ 変イ長調op.59-2
マズルカ 嬰ヘ短調op.59-3
J.S.バッハ/イギリス組曲第6番 ニ短調 BWV811(English Suite No. 6 in D minor)
~アンコール~
シューマン(Schumann)/ 「森の情景(Waldszenen)」op.82 から
3.孤独な花
6.宿にて
7.予言の鳥
9.別れ
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ピアニストのピョートル・アンデルシェフスキの実演を聴くのは今回が2度目である。
そして、前回を上回る極めて充実した演奏に私はすっかり魅了されたのだった。
招聘元のサイトで予告されていた通り、この日のコンサートはアンデルシェフスキによるサプライズがあった(予告されていたものをサプライズとは呼べないかもしれないが)。
サントリーホール大ホールの中央やや右よりにピアノが置かれ、その左側に小さなテーブルと3つのソファが置かれている。
しばらくは調律師が一人ピアノの調律を行っていたが、それが済んでから間もなく、それは始まった。
つまり、アンデルシェフスキが女性(おそらくスタッフ)と共にステージに現れ、ソファに腰かけ、お茶を飲みながら何やらおしゃべりを始めたのだ。
それは開演時間近くまで続き、女性が袖にはけると、アンデルシェフスキは本を読んだり、両手を鍋つかみのような手袋で温めたりして一人の時間を過ごす。
そして会場が暗くなり、ステージにライトが当たると、座ってくつろいでいた(ような演技をしていた)アンデルシェフスキはおもむろに立ち上がり、すぐそばのピアノの前に向かう。
ここで会場から拍手があり軽く会釈をした後、すぐに演奏が始まった。
つまりはステージをサロンに見立てて、お茶やおしゃべりの合間に演奏するというインティメートな雰囲気を演出しようとしたのだろうか。
休憩時も同じような演出をしていたから、アンデルシェフスキなりの考えあってのことなのだろう。
プログラムは事前に変更されていたが、当日になってまた変更が発表され、冒頭に弾かれるはずだったイギリス組曲第5番の代わりにフランス組曲第5番となった。
また、ショパンのマズルカも配布されたプログラムに記載されているop.17の4曲から、op.59の3曲に変更された。
バッハで、シューマンとショパンをはさむというプログラミングはなかなか面白い。
しかもシューマンの「ペダルピアノのための練習曲」は「6つのカノン風小品」という副題がついているだけあってポリフォニックな動きをするので、バッハの後に違和感なく続けられる。
このシューマンの第1曲をアンデルシェフスキは靄がかかったような響きで弾き始め、バッハとの相違を一瞬にして印象付けたのだった。
さて、アンデルシェフスキの演奏であるが、バッハの「フランス組曲第5番」と「イギリス組曲第6番」は音が素晴らしく生きていた。
飛んだり跳ねたり、歌ったり、沈んだりと、変幻自在でリズミカルな表現。
バッハを聴いてこれほど楽しいと感じたことはなかなか無いほどだ。
それほど各曲のキャラクターが際立っていた。
アンデルシェフスキは演奏している時、非常にリラックスしているように見える。
姿勢を正してほとんど不動のまま演奏したかと思えば、顔を左右に振ったり、上下に振ったり、使わない方の手をひらひらさせたりと、あたかも自宅で弾いているかのように自由である。
ソファやテーブルなどのセットが演奏者に集中力とリラックスを与える助けになっているのだとしたら、単なる演出というよりは演奏家の心理的な支えとして必要なものなのかもしれない。
シューマンはポリフォニックな作風であっても明らかにシューマンならではの語法で描かれた作品だった。
アンデルシェフスキは実に細やかにしかも間延びしない推進力をもって非常に豊かに歌ってみせた。
これらのめったに演奏されない作品がアンデルシェフスキの手にかかると、親しみやすさと温かみを帯びるのが素晴らしい。
特に第5曲は鋭い音で跳ねるように演奏されることが多い中、アンデルシェフスキはゆっくりめのテンポで噛んでふくめるような味わいを出していた。
休憩後に演奏されたショパンのマズルカは、よく知られたop.59の3曲。
アンデルシェフスキにとってお国物なのだから十八番といってもいいだろう。
いつもながらのしっかりとした手ごたえのある演奏だったが、バッハやシューマンがあまりにも素晴らしかった為か、これらショパンの演奏は若干印象が薄く感じられた。
ショパンの後、前半のようにソファに戻ってお茶を飲むということもせず、続けてバッハが演奏された。
「イギリス組曲第6番」の第1曲「プレリュード」の実に雄弁だったこと。
アンデルシェフスキは決して強音で圧倒するようなタイプではないのだが、耳に優しい音でドラマを表現してしまうところが凄い。
可愛らしいガヴォットを経て、最後のジーグは乗りに乗っていた。
アンコールはオール・シューマン。
いずれも演奏前に"From "Waldszenen"(「森の情景」から)とコメントし、「予言の鳥」など4曲を演奏した。
次回の来日時には「森の情景」の全曲が聴けるのだろうか。
そんな期待をさせる温かくも美しいシューマンだった。
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