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プレガルディエン&シュタイアー/歌曲(リート)の森(2011年2月17日 トッパンホール)

〈歌曲(リート)の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik~ 第4篇
〈アンドレアス・シュタイアー プロジェクト 6〉
クリストフ・プレガルディエン&アンドレアス・シュタイアー

2011年2月17日(木)19:00 トッパンホール(C列6番)

クリストフ・プレガルディエン(Christoph Prégardien)(テノール)
アンドレアス・シュタイアー(Andreas Staier)(ピアノ)

第1部 シューマンの歌曲を集めて

ロベルト・シューマン(Robert Schumann)

ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフの詩による歌曲
 楽しい旅人 Op.77-1
 宝捜しの男 Op.45-1
 春の旅 Op.45-2

5つのリート Op.40
 においすみれ
 母親の夢
 兵士
 楽師
 露見した恋

ハインリヒ・ハイネの詩による歌曲
 2人の擲弾兵 Op.49-1
 海辺の夕暮れ Op.45-3
 憎悪し合う兄弟 Op.49-2

N.レーナウの6つの詩による歌曲集と古いカトリックの詩によるレクイエム Op.90
 鍛冶屋の歌
 ぼくのばら
 出会いと別れ
 牛飼いの娘
 孤独
 ものうい夕暮れ
 レクイエム

~休憩~

第2部 シューベルト ゲーテの詩による歌曲集

フランツ・シューベルト(Franz Schubert)

竪琴弾きの歌 Op.12
 孤独にひたりこんでいるものは D478
 涙を流しながらパンを食べたことのないひとたち D479
 わたしは家の戸口にそっとしのび寄っては D480

5つのリート Op.5より
 トゥーレの王 D367
 恋人のそばに D162
 憩いない愛 D138
 はじめての失恋 D226

3つの歌 Op.19
 ガニュメデス D544
 ミニョンに D161
 御者クロノスに D369

~アンコール~
シューベルト/「白鳥の歌」D957より~漁師の娘
シューマン/「詩人の恋」Op.48より~第1曲〈うるわしい、妙なる5月に〉、第2曲〈ぼくの涙はあふれ出て〉、第3曲〈ばらや、百合や、鳩〉
シューマン/「詩人の恋」より~第15曲〈むかしむかしの童話のなかから〉

※使用楽器:ベーゼンドルファー Model 290 Imperial

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テノールのクリストフ・プレガルディエンと、ピアニストのアンドレアス・シュタイアーによる歌曲の夕べを聴いた。
本来はフォルテピアノが使用される予定だったのだが、この時期特有の乾燥の為、古楽器の調子が思わしくなかったようで、モダンピアノが使用されることになった。
ご丁寧に葉書でその旨連絡をいただいたが、それだけシュタイアーの古楽器演奏目当てで来場する人が多いということなのだろう。
だが、私などはむしろモダンピアノでリートを聴く方に慣れているので、シュタイアーがモダンピアノ(ベーゼンドルファーが使われた)をどのように演奏するのかという興味も含め、歓迎気分であった。

前半はシューマンの歌曲からアイヒェンドルフ、シャミッソー、ハイネ、レーナウによる詩人ごとのグループによる意欲的なプログラミング。
後半はシューベルトの歌曲をゲーテの詩という共通項のもとで集め、出版番号でグループ化した選曲がなされていた。
まさに私のような歌曲好きにとっては垂涎の選曲である。

プレガルディエンは前回来日した際にも感じたが、テノールとはいえ中低音域が充実してきており、時々バリトン歌手を聴いているような錯覚に陥るほど。
一方高音域が若干苦しくなっているのは年齢を考えれば無理もないであろう。
しかし、叙情的な作品であろうとドラマティックな作品であろうと、様式を踏まえつつも自由自在に作品の生命力を表現しているのはやはり凄いリート歌手だなと改めて感じた。
借り物ではなく彼自身ならではの表現をしながら、聴き手はいい作品を聴けたという満足感に浸れるのである。

「竪琴弾きの歌」の全3曲は竪琴弾きの老人が目前で歌い弾いているような深い悲しみが伝わってきて特に素晴らしかった。
「トゥーレの王」では歌、ピアノともに装飾をあちこちに加えてもともとの古色蒼然とした雰囲気をさらに強めていたのが印象的だった。

シュタイアーの演奏を実際に聴くのは今回が初めてだが、指を内側に折り曲げながら弾く弾き方は古楽器の奏法から来ているのだろうか。
ダイナミクスの付け方なども不自然さがなく端正ですらあるのは、プレガルディエンのもう一人の共演者であるゲースとは対照的だが、私としては今回のシュタイアーの方が好みである。
テンポの変化などは畳み掛けるところはかなり大胆に前進するが、それはテキストの進行を反映したものであり、決して作品を歪曲するものではなかった。
時にプレガルディエンの歌唱を引っ張っていく感もあった。
音色はさらさらと軽めに響き、やはり古楽器奏者ならではの端正さが印象的だった(先入観もあるかもしれないが)。
しかしシューマンの作品などではペダルを効果的に使い、シューマネスクな世界を彼なりに表現していたように感じた。
たまに普通の和音をアルペッジョにしてずらして弾いていたのは古楽の経験がそうさせていたのかもしれない。
新鮮でなかなか面白い効果を挙げていた。

Pregardien_staier_20110217_chirashi

面白かったのはアンコール。
2回目に登場した際にプレガルディエン自ら「詩人の恋の最初の3曲」とアナウンスして、連続して3曲が演奏されたのだ。
3回目も「詩人の恋」の中の最後から2番目の曲が演奏されたので、次に終曲を演奏して締めるつもりかなと期待していたら、これでお開きとなってしまった。
全部聴きたければ、20日の横浜公演へどうぞということなのだろうか(遠いので残念ながら横浜公演はパスしてしまった)。

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