スイスのテノール、ユーグ・キュエノー108歳で逝去
スイスのテノール、ユーグ・キュエノー(Hugues-Adhémar Cuénod)が2010年12月3日(6日説もある)にスイス、ヴヴェ(Vevey)で亡くなった。
1902年6月26日生まれというから享年108歳(!)という大往生。
キュエノーはオペラやコンサート(若かりしアーメリングも参加したフランク・マルタン「降誕の秘蹟」の1959年世界初演にも出演)で幅広く活動した名テノールだが、歌曲ではとりわけフォーレやデュパルクなどのフランス歌曲に独自の味わいを醸し出した。
以前のブログ記事でも彼のフォーレ歌曲集のCDについて書いたが、そこでの歌唱も素晴らしいものだった。
キュエノーを偲ぶにあたって、今回私が選んだのはブラームス!
ブラームスの四重唱とピアノ連弾による18曲からなる「愛の歌、ワルツ(Liebeslieder-Walzer)」Op.52。
EMIからかつて出ていたCDではドイツ系演奏者(下記の17~34トラック)とフランス系演奏者(38~55トラック)の2種類が同じ盤に収録されて聴き比べが出来るようになっていた。
内訳は以下のとおり。
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EMI CLASSICS: 7243 5 66425 2 2
ブラームス作曲
1~16トラック
ピアノ独奏版ワルツOp.39(全16曲)
Wilhelm Backhaus(P)
(1936年1月27日, No.3 Studio, Abbey Road, London録音)
17~34トラック
「愛の歌、ワルツ」Op.52(全18曲)
Irmgard Seefried(S)
Elisabeth Höngen(A)
Hugo Meyer-Welfing(T)
Hans Hotter(BS)
Friedrich Wühler(P)
Hermann von Nordberg(P)
(1947年11月15&16日, Brahmssaal, Wien録音)
35~37トラック
ピアノ連弾版ワルツOp,39~Nos.2,15 & 6
Friedrich Wühler(P)
Hermann von Nordberg(P)
(1947年11月24日, Brahmssaal, Wien録音)
38~55トラック
「愛の歌、ワルツ」Op.52(全18曲)
Comtesse Jean de Polignac(S)
Irène Kedroff(A)
Hugues Cuénod(T)
Doda Conrad(BS)
Dinu Lipatti(P)
Nadia Boulanger(P)
(1937年3月, Paris録音)
56~62トラック
ピアノ連弾版ワルツOp,39~Nos.1,2,5,6,10,14 & 15
Dinu Lipatti(P)
Nadia Boulanger(P)
(1937年3月25日, Paris録音)
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34歳のキュエノーによる若々しい歌唱である。
ドイツ勢による演奏がゼーフリート、ヘンゲン、ホッターといった錚々たる大家たちの最盛期の記録ということもあり、まさに正統的で安定感のあるものだったが、フランス勢の演奏はその点ネイティヴではないというハンデを差し引いても珍しいものにチャレンジしてみたという感があるのは仕方ないだろう。
ドイツ語の発音も特に女声陣は若干完全でない箇所もあるが、キュエノーはなかなかまともなドイツ語で歌っていた。
しかし、このフランス勢の歌唱、単なる珍品かというと実はそうでもなくて、ドイツ勢からは望めないような軽やかで愛らしいブラームスを聴かせてくれている。
サロンで愛好家たちが集まって合わせてみたような重唱の楽しくくつろいだ印象はむしろフランス勢の演奏により強く感じられ、その場に居合わせて楽しく聴いている感覚を味わわせてくれる。
歌手だけでなく、ピアニストもディヌ・リパッティとその師匠ナディア・ブランジェという名手たち。
しかし、この録音当時リパッティはまだ無名だったらしく、解説によると、"Dinu"ではなく"Dina"と誤表記されるほどだったとのこと。
このCDジャケットの貴重な写真も、フランス勢の演奏者たちが写っているが、何故かリパッティだけいない(左からケドロフ、ブランジェ、コンラッド、ポリニャック、そしてキュエノー)。
キュエノーの独唱を聴くのならば54トラックの"Nicht wandle, mein Licht"がある。
一見折れてしまいそうな細い声ながら、何故か惹き付けられるなんともチャーミングな歌唱である。
機会があればぜひお聴きいただきたい。
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コメント
ご無沙汰しております。
最近こういう情報にとんと疎くなってしまっており、過去の名歌手の訃報なども、こちらで初めて知ることが増えて参りました。今回もお世話になります。ご紹介の録音は私も全く知りませんでした。見つけられればぜひ聴いてみたいと思います。
キュエノーの歌では、私はドビュッシーが絶品だと思っております。なかなかないフランスのテナーによるドビュッシー、繊細な彼の声は繊細な音楽に絶妙にはまってただただ息をのむしかありません。機会がありましたらぜひ(またデュパルクも素敵です)。
私の方は、フォーレの「幻影」を追悼記事にしようと思っております。詩が難しいのでなかなかはかどりませんがいずれ全曲ご紹介できればと思います。
投稿: FUJII | 2010年12月23日 (木曜日) 23時38分
FUJIIさん、こんばんは。
コメントを有難うございます!
キュエノーのドビュッシー、良さそうですね。
彼の細身の声は繊細な味わいのある作品で特に生きると思います。
フォーレの「幻影」の記事も楽しみにしております。
ところで、キュエノーがジェフリー・パーソンズと共演したNimbusの録音を2枚持っているのですが、その中のManziarlyという作曲家による「ラ・フォンテーヌの3つの寓話」という歌曲集中の「牛になろうとした蛙の話」という作品の演奏が大好きで、昔からこの曲だけ何度も聴いています。FUJIIさんが訳してくださったおかげで歌詞を見ながら聴くことが出来ます。
こういう珍しい曲の発掘をしたという意味でもキュエノーの功績は大きかったのではないかと思います。
投稿: フランツ | 2010年12月24日 (金曜日) 21時03分