岡田博美/ピアノリサイタル「ふらんすPlus2010」(2010年11月13日 東京文化会館 小ホール)
岡田博美ピアノリサイタル
ふらんすPlus2010
2010年11月13日(土)19:00 東京文化会館 小ホール(M列23番)
岡田博美(Hiromi Okada)(ピアノ)
J.S.バッハ(ブラームス編曲)(Bach; Brahms)/左手のためのシャコンヌ(Chaconne)
ベートーヴェン(Beethoven)/ソナタハ長調Op.53「ワルトシュタイン(Waldstein)」
~休憩~
ルッセル(Albert Roussel: 1869-1937)/プレリュードとフーガ(BACHの名による)(Prélude et fugue sur le nom de Bach)Op.46
ルッセル/ソナティネ(Sonatine)Op.16
ルッセル/組曲(Suite)Op.14
プレリュード
シシリエンヌ
ブレー
ロンド
~アンコール~
サティ/ジムノペディ第1番
ダカン/かっこう
サン=サーンス/左手のためのエレジー
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ロンドンを拠点に活動するピアニスト、岡田博美のリサイタルを聴いた。
彼の名前は随分前から知ってはいたのだが、演奏を実際に聴くのは今回が初めて。
珍しいルッセルのピアノ作品が演奏されるとあって興味をもって上野に出かけてきた。
聴き終わり、こんな凄いピアニストをこれまで聴いていなかったことをつくづく後悔した。
完成された素晴らしいピアニストだった。
客席は9割以上埋まっていたのではないか。
ステージに登場した岡田博美は痩身で、朴訥とした雰囲気で拍手に応えて、椅子に座るやすぐに弾き始める。
最初のブラームス編曲によるバッハの「シャコンヌ」は左手のための作品で、舘野泉さんのCDで聴いてはいたが、生で聴くのははじめて。
当時右手を脱臼していたクラーラ・シューマンのためにブラームスが左手のみで弾けるように編曲したらしい。
岡田は右手を椅子に置いたまま、左手だけで音楽を紡いでいく。
それにしても岡田さんの細長い指のよく回ること。
左手だけとはとても信じられないほどポリフォニックに動く箇所も少なくないが、どの箇所でも生き生きと音が動いている。
例えばブゾーニが編曲した両手の作品だとぶ厚い和音が原曲とは異なる魅力を生み出しているが、ブラームスの左手による作品はオリジナルのヴァイオリン・ソロにより近い響きとなっているように感じられた。
常に高貴な香りを漂わせて演奏された音楽は、バッハの宗教曲を聴いているかのような崇高な響きにあふれていた。
それにしても手に障害のないピアニストがあえて左手のみの作品をレパートリーに加えるということは、この作品の価値を演奏者が認めたということなのだろう。
ブゾーニ版だけでなくブラームス版も今後より演奏されていくのかもしれない。
「ワルトシュタイン」なども前へ前へと進みながらしっかりとした構築感があり、表現の幅が広く、切れのいいテクニックもそれが一人歩きすることがない。
第3楽章のいわゆる「オクターブ・グリッサンド」も静かな音量をキープしつつ、急速なテンポで平然とオクターブのまま滑らしていた。
岡田さんのテクニックは完璧といっていいほど素晴らしく、あたかも外来のスターピアニストを聴いているかのようである。
ダイナミクスの幅の広さとスマートで速めのテンポで前進していく新鮮さは、一時も聴き手の集中力を途切れさせない。
前半のドイツの大きな作品2曲の後、休憩を挟んで後半はアルベール・ルッセルのピアノ曲が演奏された。
私がルッセルの作品で知っているのは「夜のジャズ」などの歌曲ぐらいである。
ルッセルは海軍軍人として活動した後、あらためて音楽を学んだという。
東洋の音楽からも影響を受け、新古典主義の作風をとるようになった。
今回岡田が弾いたのは「プレリュードとフーガ(BACHの名による)」「ソナティネ」「組曲」の3曲。
聴いているとやはり響きはいかにもフランス音楽らしい色彩感と新鮮さが感じられる。
近代フランス音楽の洒落た感じを古典的なスタイルの中で展開していくという感じだろうか。
楽想が変化に富み、華やかな見せ場にも欠かないため、聴き手を飽きさせない。
もっと演奏されてもいい作品だと感じた。
とりわけ興味深かったのは「プレリュードとフーガ(BACHの名による)」。
プレリュードは細かい音形が怒涛のように押し寄せ、あっという間に終わってしまう。
メロディだけでなく、リズムの感覚も印象的だった。
それに続く「フーガ」はバッハの名前のドイツ音名「B(変ロ)」「A(イ)」「C(ハ)」「H(ロ)」をつなげたテーマによる作品だが、CからHを半音下行させるのではなく、7度上行させているのが非常に目立って面白い。
解説の寺西基之氏はそれを「ねじれたような響き」と表現しておられるが、その箇所が異様に浮き立つのが作曲者のねらいでもあるのだろう。
岡田はこれらの馴染みの薄いルッセル作品でもスマートに弾き進め、ありのままの作品の魅力を引き出していたように感じた。
岡田博美にはテクニックのうえで不可能な曲など一つもないのではないか。
それに聴衆を魅了する豊かな音楽性にもあふれており、全く非の打ちどころがない。
今後、このピアニストがどのようなレパートリーで我々を楽しませてくれるのか、来年のリサイタルも今から期待が高まってきた。
ブラームス編曲による左手作品ではじまったコンサートを岡田はサン=サーンスの「左手のためのエレジー」で締めくくった。
ちらし裏の「プログラムというのは、料理のコースのようなもので、前菜から最後のデザート(アンコール)まで、よく念を入れて考えなければいけません」という岡田自身のメッセージが実践された心憎い選曲であった。
余談だが、この翌週の火曜日にヴァイオリニストの天満敦子さんとのデュオでフランクのソナタなどを共演することを知って紀尾井ホールまで行ってみたが、残念ながら(半ば予想通りだったが)全席完売で当日券はなかった。
フランクのヴァイオリン・ソナタはピアノパートが非常に魅力的なので、聴けたらどんなによかっただろう。
また次の機会を待つことにしよう。
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コメント
はじめまして。
ルチア・ポップの情報を探していて辿り着きました。充実した内容、品のある明晰な文体に感服致しました。岡田氏のルーセル、聞き逃したのが残念です。ルプーはキャンセルになりましたか。。久々の来日だったのに残念でしたね。
投稿: ISATT | 2010年11月21日 (日曜日) 03時19分
ISATTさん、はじめまして。
コメントを有難うございました。
岡田氏のルーセルは珍しいというだけにとどまらず、作品の魅力をしっかり伝えてくださったように思います。
ISATTさんの歌曲のブログ(http://kunstlied.blog23.fc2.com/)も拝見させていただいています!
1行ごとに対訳を並べていく形は非常に見やすいですね。
フランス歌曲を中心に歌曲への愛情が伝わってくる素敵なブログですね。
今後のご発展を楽しみにしております!
投稿: フランツ | 2010年11月21日 (日曜日) 04時02分
ルーセルのピアノ曲は大好きなのですが、実演はまだ聴いたことがありません。「ソナチネ」Op.16、「組曲」Op.14、「前奏曲とフーガ」Op.46、「3つの小品」Op.49は盛んに演奏されるべき曲目と思います。ジャン・ドワイアン、ジャン・ボゲのCDを持っていますが、今ではいずれも入手が難しくなっているようです。
投稿: anator | 2010年11月21日 (日曜日) 21時07分
anatorさん、こんばんは。
コメントを有難うございます。
anatorさんはすでにルーセルのピアノ曲に馴染んでおられるのですね。
私は今回初めて実演で聴く機会に恵まれ、なかなか魅力的な作品だと感じました。CDを何か入手したいなと思いましたが、anatorさんのお持ちの録音はすでに入手困難なのですね。amazonなどで探してみることにします。「3つの小品」Op.49という曲は未聴なので聴いてみたいと思います。
投稿: フランツ | 2010年11月22日 (月曜日) 00時13分