藤村実穂子&リーガー/リーダー・アーベントII(2010年11月11日 紀尾井ホール)
紀尾井の室内楽vol.28
藤村実穂子 リーダー・アーベントII
~生誕200年 シューマンをうたう~
2010年11月11日(木)19:00 紀尾井ホール(1階2列5番)
藤村実穂子(Mihoko Fujimura)(メゾ・ソプラノ)
ウォルフラム・リーガー(Wolfram Rieger)(ピアノ)
シューマン(Schumann)/リーダークライス(Liederkreis)Op.39
1.異郷にて
2.間奏曲
3.森の対話
4.静寂
5.月夜
6.美しき異郷
7.城砦にて
8.異郷にて
9.哀しみ
10.たそがれ
11.森で
12.春の夜
~休憩~
マーラー(Mahler)作曲
春の朝(Frühlingsmorgen)
夏の交代(Ablösung im Sommer)
美しき喇叭の鳴るところ(Wo die schönen Trompeten blasen)
つらなる想い(Erinnerung)
ブラームス(Brahms)/ジプシーの歌(Zigeunerlieder)Op.103-1~7,11
1.さあ、ジプシーよ!
2.高く波立つリマの流れ
3.彼女が一番美しいのは
4.神よ、あなたは知っている
5.日焼けした青年が
6.三つのバラが
7.時々思い出す
11.赤い夕焼け雲が
~アンコール~
ブラームス/甲斐なきセレナードOp.84-4
ブラームス/セレナードOp.106-1
ブラームス/日曜日Op.47-3
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昨年に引き続き、バイロイトなどでも引っ張りだこのメゾソプラノ藤村実穂子が紀尾井ホールで歌曲の夕べを開いた。
共演ピアニストは去年のロジャー・ヴィニョールズ同様、歌曲ピアノの名手ヴォルフラム・リーガー。
プログラムは前半に生誕200年を記念してシューマンのアイヒェンドルフの詩による「リーダークライス」全12曲。
そして後半はこちらも生誕150年のマーラーの歌曲4曲と、ブラームスの「ジプシーの歌」独唱版である。
シューマンの「リーダークライス」第1曲「異郷にて」の第一声が響いた時、一年ぶりに聴いたその声のなんと神々しかったことか。
一瞬にしてその声の魔力に捕らえられてしまった。
よく声を極上のワインとかシルクとかに例える形容を目にすることがあるが、そんなふうに例えてもまだ足りないような熟成されたまろやかな声であった。
以前にも感じたが、この人の声はメゾソプラノといっても質自体はそれほど重くなく、ソプラノのような清澄さに深みと強さが加わったような感じである。
それがリートを歌う際に様々なタイプの作品に対応できる要因となっているのかもしれない。
凛としたたたずまいがどのような曲にも特有の気品を与え、短い個々の曲それぞれの特徴を的確に描き出していく。
ローレライを扱った「森の対話」では妖艶なローレライと正体を知ってしまった男との対話が実にくっきりと劇的に歌い分けられていた。
「たそがれ」の最後の警告を発する藤村の言葉はこれまでに聴いたことのないほどの切迫感にあふれていた。
「春の夜」の最後「彼女はきみのもの!(Sie ist dein!)」という締めくくりをインテンポでさらりと歌ったのも新鮮な解釈だった。
休憩後にまず歌われたマーラーの作品は一転して穏やかな「春の朝」で始まり、コミカルな「夏の交代」へと続く。
これらの曲に対する藤村のはまり方はまさにオペラ歌手の面目躍如であった。
次の「美しき喇叭の鳴るところ」ではリーガーの素晴らしいピアノも相俟って、静謐な美を感じさせられた。
最後に歌われた「つらなる想い」がこれほどドラマティックな作品だったとは彼女の今回の演奏を聴くまで気付かなかった。
彼女はオペラの一場面のように感情を激しく表面に出して、この小品から深い感情を引き出した。
これらの4曲があたかも交響曲の4つの楽章のように並べられ、様々なタイプのマーラーの作品を堪能できたのは、藤村の選曲センスの素晴らしさを物語っていた。
ブラームスの「ジプシーの歌」はもともと合唱曲として11曲が作曲され、後にその中の8曲が独唱曲として出版された。
その8曲はいずれも野性味あふれるとても魅力的な歌ぞろいで、私はこの歌曲集を何度録音で聴いたか分からないほど気に入っている。
それほど愛着があるにもかかわらず実演で聴けたのは今回がはじめてかもしれない。
案外演奏者にとっては難しい作品なのではないか。
藤村の歌唱はそれぞれの短い曲の魅力を実に細やかな表情で伝えてくる。
言葉さばきもいいし、テンポの揺らし方もいい意味で節度があった。
第2曲の「高く波立つリマの流れ」は後半を繰り返すのだが、歌声部に高低2種類のバリエーションがあり、どちらも同じ旋律を選んで2回繰り返す歌手が多い中、彼女はかつてC.ルートヴィヒが歌っていたように、最初を低い方、2回目を高い方で締めくくった。
このやり方だと変化も出て盛り上がるので私も気に入っている。
個人的に特に気に入っている第7曲「時々思い出す(Kommt dir manchmal in den Sinn)」を彼女は非常に美しく歌ってくれて感動的だった。
ピアノのヴォルフラム・リーガーをかつて実演で聴いたのはもう20年ほど前、フェルトキルヒのシューベルティアーデにおいてであった。
その頃はまだういういしい印象だった彼もすでに髪に白いものが混じる年齢になっていた。
あくまでも歌手をたてる彼のピアノはしかし実際にはかなり細やかな表情をたたえていた。
ピアノパートの聴かせどころをあえて抑えてまでも歌手の声を徹底して際立たせようとする姿勢は、これはこれで一つのよき歌曲演奏のあり方ではないかと感じた。
ただ「ジプシーの歌」では、声を消さないようにという配慮が痛いほど伝わってきたが、もっと前面に出ても彼女の声は聴こえたのではないかという気もする。
アンコールは3曲。
いずれもブラームスの名作が歌われた。
「甲斐なきセレナード」では男女の駆け引きがコミカルに歌われ、藤村の役者っぷりを充分に感じる歌唱だった。
リーガーが後奏を軽めにフェードアウトしていったのも洒落た演出で素敵だった。
最後の「日曜日」は演奏会で聴く機会はそれほど多くないものの、ブラームスの歌曲の中ではよく知られた小品である。
私にとっても高校時代の音楽の時間に歌のテストでピアノ伴奏を弾かされた懐かしい思い出が甦る。
こうした有節歌曲でも藤村は強弱のコントラストを付けてなんとも洒落っ気のある素敵な歌唱を披露していた。
なお、配布されたパンフレットの歌詞対訳も藤村さん自身の手によるものだったが、1行ごとに歌詞に対訳をつけていく形は演奏会で字を追っていくのには特に有効な方法と感じられた。
ただ、これらを演奏中にチラッと確認するためには客席をもう少し明るくした方がいいかもしれない。
昨年のリサイタルツアーのライヴ録音がCD化され、会場で先行発売されていたものを購入して、終演後にサイン会の長蛇の列に並んだが、ステージでの堂々たる貫禄とは全く異なる腰の低さで感謝の気持ちをファン一人一人に向ける魅力的な女性がそこにはいた。
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コメント
フランツさん、今晩は。
実は、昨日は私も、偶然紀尾井ホールに行ってました。
フランツさんがいらっしゃったとは気付かず、残念なことをしました。
私は、フロアから少し高くなった、左横のバルコニー席でしたが、来る筈の友だちがいないので、出入り口ばかり気にしていて・・・。
藤村さんのコンサート、昨年春に続き2度目ですが、とても素晴らしく、感動しました。
高音がきれいで、私の好きな声質です。
繊細で豊かな表現力と、お客を緊張させず、気持ちよく聞かせてくれる大きさが、素晴らしいと思いました。
マーラーの「つらなる想い」と、むかし合唱で歌ったことのある「ジプシーの歌」は、特に良かったです。
アンコール曲、タイトルが分からないまま帰りましたが、ブラームスだったのですね。
曲名、メモさせていただきます。
さすが歌曲に造詣の深いフランツさん、丁寧な鑑賞記事、とても参考になりました。有り難うございました。
投稿: Clara | 2010年11月13日 (土曜日) 19時18分
Claraさん、こんばんは。
コメントを有難うございました。
Claraさんもお聴きになっていたのですね。
同じコンサートの感動を後で分かち合えるというのもいいものですね。
「気持ちよく聞かせてくれる」彼女の声はきっと天性のものであると同時に、たゆまない向上心、そして徹底した節制の賜物なのではないかと想像します。
以前何かの記事で、声のために良くないことは一切せずに、歌のためにすべてを捧げているというような話を読んだ記憶があります。
完璧な自己管理によって現在の美しい声が維持されていると知り、そのプロ意識にただただ頭が下がる思いです。
それにしてもClaraさん、「ジプシーの歌」の合唱版を歌っていらしたのですね!この作品を歌えたらきっと気持ちいいでしょうね。私もこの作品大好きなので、合唱版もいつか生で聴いてみたいです。
投稿: フランツ | 2010年11月13日 (土曜日) 23時10分