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林美智子&望月哲也/シューマン生誕200年 歌曲と詩の朗読の夕べ(2010年10月29日 王子ホール)

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林美智子&望月哲也
~シューマン生誕200年 歌曲と詩の朗読の夕べ~

2010年10月29日(金)19:00 王子ホール(J列20番)

林美智子(Michiko Hayashi)(メゾ・ソプラノ)
望月哲也(Tetsuya Mochizuki)(テノール)
河原忠之(Tadayuki Kawahara)(ピアノ)
久世星佳(Seika Kuze)(朗読)

シューマン/歌曲集「詩人の恋(Dichterliebe)」Op.48(望月)

~休憩~

シューマン/歌曲集「女の愛と生涯(Frauenliebe und Leben)」Op.42(林)

シューマン/4つの二重唱曲(Vier Duette)Op.78(林&望月)
 舞踏歌(Tanzlied)
 彼と彼女(Er und Sie)
 あなたを思う(Ich denke dein)
 子守歌~病にふせる子供のため(Wiegenlied am Lager eines kranken Kindes)

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売れっ子の2人、メゾ・ソプラノの林美智子とテノールの望月哲也がシューマンを歌うコンサートを聴いてきた。
今回は宝塚出身の久世星佳を迎え、林と望月が訳した詩を演奏の合間に朗読するという趣向であった。
ピアノは河原忠之。

今回の演奏会を聴き終えて最も印象的だったのが、ピアノの河原忠之。
この人はコレペティートルとしての経験が豊富な為か、以前に聴いた時は勘所は押さえているものの若干大雑把な印象を受けた。
ところが、今日の演奏はその特質が素晴らしい方向に働いた。
あたかも往年のピアノの巨匠のようにシューマンの音楽の揺らぎを濃密に表現したのだ。
深い味わいがどの音からも感じられ、テキストの主人公の心情が雄弁に描き出されていた。

前半は望月の歌唱で「詩人の恋」。
1曲、あるいは数曲分の詩がまず久世によって朗読され、その後で演奏されていく。
望月の歌唱はオペラでの歌を歌曲にも持ち込んだような印象で、外に発散されていく。
爽やかな美声で各曲を真摯に表現していき、彼の声と曲との相性の良さを感じた。
一方で、さらに歌いこむことでより素晴らしくなる可能性も残しているように思われた。
久世の朗読は歌手たちの世界を壊さないようにという配慮からか、意外と薄味。
もちろん詩の言葉に反応した語り分けなどはきちんとなされているのだが、もう一歩思い切った表情の豊かさがあってもいいと感じた。
3曲分の朗読をした後で、2曲演奏された後に次の朗読を始めてしまったりといったハプニングもあった(ご本人はおそらく気付いていない感じである)が、ピアノの河原氏がさりげなく元に戻そうとしていたのはさすがだった。

後半は林の歌唱で「女の愛と生涯」。
彼女は数ヶ月前の公演を体調不良で降板したりしていたので、この夜も大丈夫だろうかと思っていたが、いたって元気な様子で安心した。
第1曲の前、真っ暗な舞台にそっと登場して、久世と背中合わせに立ち、まず正面の久世が第1曲を朗読し、その後、林がぐるりと回って正面に移り、歌唱が始まった。
林のリートをじっくり聴くのは実は初めてなのだが(以前「ロザムンデのロマンス」だけは聴いたが)、まずその声の重心の低い深さに驚いた。
メゾソプラノではあるが、アルトのような深みがある。
また声量も豊かで、懐の深い歌唱だった。
この声質が特に最終曲「今、あなたは私にはじめて苦痛を与えました」に生きたのは当然だろう。
ソプラノ歌手が歌うと軽くなりがちなこの曲の心痛をメゾソプラノの深みで真実味をもって表現していて素晴らしかった。
各曲の歌唱もしっとりとした味わいが素敵だったが、ちょっとした表情や軽い演技が女優顔負けのうまさで貫禄すら感じられた。
久世も曲の展開に従って、林とともにちょっとした動きをつけるのだが、むしろ林が主導して、久世が従っている感じだった。
この歌曲集では「詩人の恋」ほどピアノパートに見せ場は多くないが、最終曲の後に第1曲が回想されるシーンでは河原がとても味わい深い演奏を聴かせてくれた。

最後のブロックは作品番号78の二重唱曲を全4曲。
芸達者な二人の歌手がこれらの曲で、さらに生き生きとしていたのは偶然ではないだろう。
楽譜を見ながらではあったが、第1曲「舞踏歌」など、ちょっとしたオペラの一場面を見ているかのようだった。
久世はこの曲集に関しては最後の曲「子守歌」のみに登場し、河原のピアノに合わせて朗読し、その後すぐに歌が始まった。
病にふしている子供に向けた設定だからだろうか、子守歌にしては暗い響きの作品だが、メロディーの美しさは一度聴けば忘れられない。
最後にふさわしい作品だった。

Hayashi_mochizuki_20101029_chirashi

満席の会場から何度も拍手でステージに呼び戻されたが、アンコールはなかった。
なお、久世が出入りする際にいつも駆け足なのだが、これは宝塚の習慣なのだろうか。
林もそれを真似したりして、茶目っ気のある人である。

良質の演奏でシューマンの代表作を満喫できて満足の一夜だった。

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ホル&オルトナー/シューベルト「美しき水車屋の娘」(2010年10月28日 川口リリア 音楽ホール)

Holl_ortner_20101028

ロベルト・ホル(バス・バリトン)
「美しき水車屋の娘」をうたう

2010年10月28日(木)19:00 川口リリア 音楽ホール(C列6番)

ロベルト・ホル(Robert HOLL)(バス・バリトン)
みどり・オルトナー(Midori ORTNER)(ピアノ)

シューベルト(Schubert)/歌曲集『美しき水車屋の娘』D795
 1.渡り歩き
 2.どこへ
 3.とまれ
 4.小川よ ありがとう
 5.仕事じまいの夕べ
 6.知りたい
 7.いてもたってもいられぬ気持ち
 8.おはよう
 9.粉ひきの花
 10.涙雨
 11.おれのもの

~休憩~

 12.しばしの休み
 13.リュートにつけた緑のリボン
 14.狩人
 15.ねたみと強がり
 16.好きな色
 17.いやな色
 18.枯れた花
 19.粉ひきと小川
 20.小川の子守歌

~アンコール~
シューベルト/夕映えの中で(Im Abendrot)D799

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オランダ出身の大ベテラン、バスバリトンのロベルト・ホルと、ピアニストのみどり・オルトナーのコンビによる川口でのコンサートに出かけてきた。
このコンビによる川口リリアでの公演もすっかり恒例になった。
今回の演目は意外なことに「美しき水車屋の娘」。
かつて往年の名バスバリトン歌手ハンス・ホッターは、この歌曲集を歌おうかと考えた際、声に合わせて低く移調すると小川の響きではなくなることに気付き諦めたというようなことを語っていたのを読んだ記憶がある。
そのように低声歌手のレパートリーになりにくい「水車屋」にあえてホルが取り組んだ。
どんな感じになるのか興味津津で聴いたが、結果はロベルト・ホルの円熟の表現により、声の高低やら詩の設定やらに固執するレベルを超えた歌唱となっていた。
確かに恰幅のいい体躯のホルによる朗々と泉のように響き渡る充実した低声は、修行中の職人というよりも、どうみても「親方」の歌である。
親方になった粉屋が若い頃を思い出して・・・という設定だとしたらどうだろうか。
しかし、最終曲でこの職人は小川の底で永遠の眠りにつくわけだからそういうことにはなるまい。
ホルは相変わらず右手の親指と人差し指で輪を作り、それを覗き込むようにして体を動かしながら歌う。
高音を弱声で歌うと若干響きが薄くなるが、そうなることを恐れずに、むしろ弱声を積極的に使っていたように思う。
それが一般的にはフォルテで歌うところであっても、抑制して歌われることでかえって心に訴えかけることも多かったように感じられた。
ホルの歌唱はどうみても第三者による達観した歌唱ではなく、若者に同化して歌っているようだった。
その語りの細やかさと自在な伸縮は年輪がなせる技と感じられたが、それでも最初の方は詩の設定とのギャップを感じながら聴くことになった。
「狩人」などは通常聴かれるよりも随分テンポを落として歌っていたが、こうすると早口でまくしたてる若者の怒りというよりも、年配の人がかんで含めるように説明しているようだった。
ところが、最後の3曲「枯れた花」「粉ひきと小川」「小川の子守歌」になると、詩の主人公の年齢が気にならなくなり、音楽の深みとホルの歌唱の深みが同調してきた。
このあたりになると、若者であることは重要ではなく、老若男女誰もがもつであろう普遍的な苦しみ、哀しみ、そして癒しといった要素が要求されるのだろう。
ホルの歌唱がすっと心に入ってきて、シューベルトの切なくも達観したかのような音楽にただただ惹き込まれるのみであった。
それにしても「粉ひきと小川」はなんと心が締め付けられる音楽なのだろう。
いつ聴いても心が揺さぶられる曲である。
フランツ・リストもセンチメンタルなピアノ・ソロ編曲をしているが、この作品が気に入っていた証ではないだろうか。

ピアノのみどり・オルトナーはロベルト・ホルの表現を知り尽くした完璧なパートナーだった。
彼女はおそらく「水車屋」の音楽が好きで好きでたまらないのではないか。
そのような曲への愛着がそこかしこにあらわれていたように私には感じられた。
「しばしの休み」や「リュートにつけた緑のリボン」では同時に弾かれる箇所でアルペッジョを施したりしていたが、これなどは他のピアニストもしばしば行う普通のことだろう。
しかし、そのちょっとしたところに彼女の音への慈しみのようなものが込められていたように感じたのだ。
単なるテクニック、装飾というのを超えた思いの深さのようなものといったらよいだろうか。
「涙雨」では繰り返しの際に歌唱からではなく前奏から繰り返していたのも新鮮だった。

Holl_ortner_20101028_chirashi

最終的には誰もが共感しえる感情をホルが歌い、オルトナーが弾き、それを聴いた私たちも共にその感情を体験して感銘を受けたということではないか。
アンコールの「夕映えの中で」でも、浄化されるような感銘を受けた。
自在な境地に達したロベルト・ホルが感受性豊かなオルトナーのピアノを得て、今回も素敵な時間を与えてくれたことに感謝したい。

なお、今回第11曲の後に10分の休憩が入ったが、連作歌曲集であっても途中で休むことによって、聴衆にとってもだれることなく最後まで聴けて良いのではないかと感じるようになった。
1時間継続して集中するというのはいくら好きな作品であってもなかなか難しいものである。

余談ですが、「リリア開館20周年記念事業」として、ホール1階の催し広場で「モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト資料展」が11月2日(火)まで催されています。
ウィーン楽友協会の提供による全10点の貴重な資料が展示されており、しかも入場無料です。
入場時に配布されるパンフレットには全展示物の写真と説明が印刷されており、いたれりつくせりです。
歌曲ファンにとっては「美しい水車屋の娘」の第15曲「ねたみと誇り」の年代入り草稿、モーツァルトの「喜びに胸はおどり」K579のピアノ版楽譜などが注目されます。
その他、第九のスケッチなどもあり、作曲家を身近に感じられる資料が楽しめるので、お近くの方にはおすすめです。

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レーゼル&アルミンク指揮新日本フィル/ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」ほか(2010年10月23日 すみだトリフォニーホール)

新日本フィルハーモニー交響楽団
第468回定期演奏会『恍惚のベートーヴェン・ナイト』
2010年10月23日(土)18:00 すみだトリフォニーホール(3階LB列7番)

ペーター・レーゼル(Peter Rõsel)(ピアノ:op.58)
新日本フィルハーモニー交響楽団(New Japan Philharmonic)
クリスティアン・アルミンク(Christian Arming)(指揮)

リーム(Wolfgang Rihm:1952-)/変化2(Verwandlung 2)(2005)(日本初演)

ベートーヴェン(Beethoven)/ピアノ協奏曲第4番ト長調op.58
 Allegro moderato
 Andante con moto
 Rondo: Vivace

~レーゼルのアンコール~
ベートーヴェン/ピアノソナタ第18番op.31-3~第2楽章

~休憩~

ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調op.93
 Allegro vivace e con brio
 Allegretto scherzando
 Tempo di menuetto
 Allegro vivace

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今回ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番をラドゥ・ルプーが弾くはずだったのだが、ルプーは急病で帰国してしまった為、代役として先日紀尾井シンフォニエッタと素晴らしい演奏を披露したペーター・レーゼルが登場することになった。
ルプーだとしても当日券で聴こうと思っていたのだが、レーゼルに変更と聞き、喜んで出かけてきた。
結果は先日を上回る最高の名演で、この場に立ち会えた幸運に感謝したい気持ちである。
レーゼルの演奏はマイルドなタッチが温かく、しかも余裕で鍵盤を縦横無尽に駆け抜けるが、それが単なるスケールにならず、しっかりとした音楽が存在するのが素晴らしい。
第2楽章のなんと美しかったこと!
ベートーヴェンの音楽を魂のこもった演奏で聴くとこれほど聴き手を感銘させることが出来るのだとあらためて感じられた。
聴き終えてしばらくは久しぶりの心の底から揺さぶられる感動で興奮冷めやらぬ状態となった。
実は前日の演奏の感想をインターネットで事前にチェックしたところ、指揮者との息が合っていないという意見がいくつか見られたのが心配だったのだが、2日目のこの日は慣れてきたためだろうか、アルミンクとの呼吸に一切のズレがなく、ぴったり調和していたのが素晴らしかった。
そしてアンコールとしてソナタ第18番「狩」の第2楽章を演奏したが、先日のソナタシリーズで聴いた時よりも軽快で音楽に乗った積極的な演奏だったように感じられた。
休憩時間は私にとってちょうどよいクールダウンとなった。

後半の交響曲第8番はほとんど陰りない明朗快活な作品で、オケも気持ちよく演奏していた。
私の席からだと第1楽章の管楽器が次々とパッセージを引き継ぐ箇所などもよく見られて楽しかった。
クラシックを聴き始めた頃に駅のワゴンセールで購入したCDでこの曲をよく聴いていたことを懐かしく思い出した。

なお、最初に演奏されたリームの「変化2」は20分ほどの作品だが、私にとってもそれほど聴きにくいという感じはしなかった。

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アルミンクは今回正面からよく見ることが出来たが、指揮する姿はエネルギッシュながら、決して洗練されているという感じではなく、彼独自の振り方をしているという印象をもった。

ちなみにアルミンクによるプレトークではリームの作品解説が中心だった。
この日のコンサートマスターは豊嶋泰嗣。

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三原剛&晋友会&尾高忠明指揮日本フィル/ウォルトン「ベルシャザールの饗宴」ほか(2010年10月23日 サントリーホール)

日本フィルハーモニー交響楽団
第624回定期演奏会
2010年10月23日(土) 14:00 サントリーホール(1階2列28番)

三原剛(MIHARA Tsuyoshi)(バリトン:ウォルトン)
晋友会合唱団(Shin-yu kai Choir)(合唱:ウォルトン)
日本フィルハーモニー交響楽団(Japan Philharmonic Orchestra)
尾高忠明(OTAKA Tadaaki)(指揮)

オネゲル(Honegger)/交響詩《夏の牧歌》(Pastorale d'ete)

ラヴェル(Ravel)/《マ・メール・ロワ》(Ma mere l'Oye)
 眠りの森の美女のパヴァーヌ
 親指小僧
 パゴダの女王レドロネット
 美女と野獣の対話
 妖精の園

~休憩~

ウォルトン(Walton)/オラトリオ《ベルシャザールの饗宴》(Belshazzar's feast)

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ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」を目当てに先週の土曜日、日本フィルの定期公演に出かけてきた。
日本フィルのコンサートは一体何年ぶりだろうか。
この「ベルシャザールの饗宴」は随分昔に一度生で聴いたことがあるはずだが、誰がいつ演奏したものか記憶が定かでない。

ところで「ベルシャザール」といえば、シューマンも同じ題材のハイネの詩により歌曲を書いているが、ウォルトンは独唱、合唱、オーケストラという大きな編成でドラマティックなオラトリオに仕上げている。

今回の歌手は三原剛。
名前は随分前から知っていたもののこうしてじっくり生で聴くのははじめてかもしれない。
巧みな言葉さばきで聴き手を魅了し、歌声もバリトンの重みと軽やかさの両者を兼ね備えた、なかなかの実力者と感じた。
尾高忠明の細やかで説得力に満ちた指揮によって、日本フィルは実に雄弁に表現していて素晴らしかった。
合唱も男女とも迫力に満ち、充分な満足感を味わうことが出来た(舞台反対側のP席が合唱団で埋め尽くされるのは視覚的にも珍しく、壮観であった)。

ただ私にとって音楽と同じぐらいに目当てにしていたのが配布されるプログラムに掲載された歌詞対訳。
国内盤CDがすべて廃盤になっている現状では、定期演奏会の無料パンフレットは有難い資料となる。

ちなみに前半最初のオネゲルの「夏の牧歌」という曲ははじめて聴いたが、静謐な曲。
非常に清涼感に満ちていて、素敵な作品だった。

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「マ・メール・ロワ」は配布プログラムの記載に7曲からなるバレエ組曲と掲載されてしまったが、実際はピアノ連弾版をオーケストレーションした5曲版である旨、プレトークで國土潤一氏が説明していた。
なんでも初日はプログラム記載の誤りに気付かず、事前のアナウンスもないまま5曲版を演奏してしまったとのこと。
バレエ版を期待していたお客さんは落胆されたことだろう。

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ブレハッチ/ピアノ・リサイタル(2010年10月19日 東京オペラシティコンサートホール)

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ラファウ・ブレハッチ ピアノ・リサイタル
ショパン生誕200周年記念<オール・ショパン・プログラム>

2010年10月19日(火)19:00 東京オペラシティコンサートホール(2階R1列11番)
ラファウ・ブレハッチ(Rafał Blechacz)(ピアノ)

ショパン(Chopin)作曲

バラード第1番ト短調 作品23
Ballade No.1 in G minor Op.23

3つのワルツ 作品34
Three Waltzes Op.34
 変イ長調
 イ短調
 ヘ長調

スケルツォ第1番ロ短調 作品20
Scherzo No.1 in B minor Op.20

~休憩~

2つのポロネーズ 作品26
Two Polonaises Op.26
 嬰ハ短調
 変ホ短調

4つのマズルカ 作品41
Four Mazurkas Op.41
 嬰ハ短調
 ホ短調
 ロ長調
 変イ長調

バラード第2番ヘ長調 作品38
Ballade No.2 in F major Op.38

~アンコール~
マズルカ第31番変イ長調 作品50-2
ポロネーズ第6番変イ長調「英雄」
ノクターン第20番嬰ハ短調

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本当はラドゥ・ルプーのチケットを入手していて、そちらに行く予定だったのだが、京都での公演後に体調を崩したとのことでキャンセル(京都で聞けた人がうらやましい)。
せっかくなので、いつか聴こうと思っていたポーランドのピアニスト、ラファウ・ブレハッチのコンサートを当日券で聴いてきた。
舞台右側の真横の2階席で、演奏者の顔を真正面から見れると思ったら、ピアノの蓋が邪魔をして表情はたまにちらっと見える程度。
しかし、演奏する様子ははっきり分かったので充分楽しめた。

それにしてもあの巨大なオペラシティのコンサートホールの客席が見事なほどに埋まっている。
しかもいつも私が行くコンサートよりも明らかに若年層の割合が多い。
ショパンコンクール優勝(2005年)の威力をまざまざと見せ付けられた形だ(つい先日開かれた今年のコンクールの優勝者はロシア出身のユリアンナ・アブデーエワ)。

プログラム構成は最初と最後にバラードを置き、その間にワルツ、スケルツォ、ポロネーズ、マズルカといった様々なスタイルの作品を織り込んだ、ショパンの多様さを味わえる内容。

登場したブレハッチは華奢で繊細な印象。
ブレハッチの演奏を聴いた印象はとても清潔感のある端正な表現をする人だなぁということ。
余韻を非常に大切にして演奏する。
テクニックは万全と感じられたが、決してスタンドプレーに走らず、あくまで作品重視の姿勢に好感をもった。
丁寧な姿勢は一貫して感じられ、ショパン弾きにありがちな自己主張という名の歪みがないのが心地よい。
一方、作品から滲み出る味わいとか深みといった要素は、ブレハッチが年齢を重ね経験を積むことによって徐々に加わっていくことだろう。
彼はまだ25歳とのこと。
今現在の等身大のショパンを魅力的に聴かせてくれたということで充分に感銘を受けたコンサートだった。

残念だったのは、最後の「バラード第2番」の終わり寸前あたりの静かな箇所で客席から携帯の着信音が響いたこと!
毎回開演前に耳にたこが出来るほど聞かされる「携帯の電源はあらかじめ切っておいてください」という案内ももうそろそろいいだろうと思っていたが、まだ必要なようだ。

Blechacz_20101019_chirashi

アンコール2曲目の「英雄」ポロネーズは乗りに乗った演奏で素晴らしかった(今年は沢山のショパンのコンサートに出かけたが、「英雄」ポロネーズを実演で聴けたのは何故か今年はじめてだった)。
聴衆の熱狂も凄く、アンコールではスタンディングオーベーションをしている人もいた。
だがアンコール最後の「戦場のピアニスト」で有名な「ノクターン第20番」では最後の音が消える前に拍手が起きてしまったのはちょっと残念だ。

今後の活躍が楽しみなピアニストをまた知ることが出来たコンサートだった。

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ジョーン・サザランド逝去

オーストラリア出身のディーヴァ、ジョーン・サザランド(Joan Sutherland; 1926.11.7, Sydney - 2010.10.10, Montreux)が亡くなった。
数年前に両足を骨折して以降、療養生活をおくっていたとのこと。
享年83歳。

ネットでも多数のニュースで取り上げられていることからも、往年の名ソプラノの偉大さがうかがえる。
もともとヴァーグナー歌手を目指していたのだが、ピアニストのリチャード・ボニングと結婚してから二人三脚でベルカントオペラの道を邁進していったようだ。

歌曲の分野でもいくつか録音が残っているようだが、私が印象に残っているのはBBCで1961年に放映されたジェラルド・ムーアのピアノによる歌曲シリーズのDVDである。
"WORLD SINGERS"と題され、ゲッダ、シュティッヒ=ランダル、シュヴァルツコプフ、ボルイ、ルートヴィヒと共にサザランドのリサイタルが収録されている(KULTUR: D2241)。
サザランドのプログラムは以下のとおり。

1.ヘンデル/「アタランタ」~いとしい森よ
2.パイジェッロ/「水車屋の娘」~もはや私の心には感じない(うつろな心)
3.トマス・アーン/かっこうの歌(まだらのヒナギクが)
4.ドヴォルジャーク/「ジプシーのメロディ」~我が母の教えてくれた歌[英語の歌唱]
5.レオンカヴァッロ/朝の歌(マッティナータ)
6.夏の名残のばら(庭の千草)

長身の体躯から豊かに響くその声は強靭だが、その滑らかなレガートは聴き手をうっとりさせる。
その中から「庭の千草」の映像をご覧ください。

 こちら

合掌。

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残念!熟睡してしまった「フィガロの結婚」

2010/2011シーズン
モーツァルト(Mozart)/フィガロの結婚(Le Nozze di Figaro)全4幕
【イタリア語上演/字幕付】
2010年10月16日(土)14:00 新国立劇場 オペラパレス(4階2列50番)

1・2幕 95分 休憩 25分 3・4幕 75分 合計3時間15分

【アルマヴィーヴァ伯爵(Il Conte Almaviva)】 ロレンツォ・レガッツォ(Lorenzo Regazzo)
【伯爵夫人(La Contessa)】ミルト・パパタナシュ(Myrtò Papatanasiu)
【フィガロ(Figaro)】アレクサンダー・ヴィノグラードフ(Alexander Vinogradov)
【スザンナ(Susanna)】エレナ・ゴルシュノヴァ(Elena Gorshunova)
【ケルビーノ(Cherubino)】ミヒャエラ・ゼーリンガー(Michaela Selinger)
【マルチェッリーナ(Marcellina)】森山京子(Moriyama Kyoko)
【バルトロ(Bartolo)】佐藤泰弘(Sato Yasuhiro)
【バジリオ(Basilio)】大野光彦(Ono Mitsuhiko)
【ドン・クルツィオ(Don Curzio)】加茂下 稔(Kamoshita Minoru)
【アントーニオ(Antonio)】志村文彦(Shimura Fumihiko)
【バルバリーナ(Barbarina)】九嶋香奈枝(Kushima Kanae)

【合唱(Chorus)】新国立劇場合唱団(New National Theatre Chorus)
【管弦楽(Orchestra)】東京フィルハーモニー交響楽団(Tokyo Philharmonic Orchestra)
【指揮(Conductor)】ミヒャエル・ギュットラー(Michael Güttler)

【演出(Production)】アンドレアス・ホモキ(Andreas Homoki)
【美術(Scenery Design)】フランク・フィリップ・シュレスマン(Frank Philipp Schlössmann)
【衣裳(Costume Design)】メヒトヒルト・ザイペル(Mechthild Seipel)
【照明(Lighting Design)】フランク・エヴァン(Franck Evin)

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結論から言うと、9割がた意識がとんでいた。
従って演奏について云々することは出来ず、すみません。

久しぶりの新国立劇場だったのだが、最近仕事疲れが溜まっていて、その上コンサートもそこそこ行っていて、寝不足気味という自覚はあったのだが、まさかこれほど熟睡してしまうとは・・・。

はっきり聴いたことを覚えているのはフィガロの「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」とアルマヴィーヴァ伯爵の「もうあんたの勝ちだと言ったな」、そして最後の数分の全員のアンサンブルぐらい(ここでみな衣装が真っ白になっていることに気付く)。
ケルビーノの「恋とはどんなものかしら」すら聴いた記憶がない。
でもモーツァルトはα波が出るらしいし、などと自分を慰めてみる。
眠るぐらいだからきっと気持ちのいい演奏だったにちがいないと勝手に妄想。

ダンボールがいくつか置かれた閑散とした舞台だったことは覚えているのだが。

私の座った4階の2列目に行くとなにやら説明書きが置かれている。
「2010/2011シーズンより、4階席第2列の座席に緑色のクッションを用意しました。・・・」とある。
要するに前列との段差が低くて見にくいのを補うためにクッションが用意されているということだった。
これも座り心地がよく、睡魔の要因の一つだったかもしれない…。
いずれにせよ残念!

備忘録のために一応記録を残しておきます。

Figaro_20101016

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ベロフ/ピアノ・リサイタル(2010年10月12日 紀尾井ホール)

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ミシェル・ベロフ ピアノ・リサイタル
2010年10月12日(火)19:00 紀尾井ホール(1階5列4番)

ミシェル・ベロフ(Michel Béroff)(ピアノ)

シューベルト/ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調
Schubert / Piano Sonata in B-flat Major, D960
 Molto moderato
 Andante sostenuto
 Scherzo: Allegro vivace con delicatezza - Trio
 Allegro ma non troppo - Presto

~休憩~

ヤナーチェク/ピアノ・ソナタ 「1905年10月1日、街頭にて」
Janáček / Piano Sonata 1. Ⅹ. 1905 "From the Street"
 予感(Con moto)
 死(Adagio)

ドビュッシー/ベルガマスク組曲
Debussy / Suite bergamasque
 プレリュード
 メヌエット
 月の光
 パスピエ

バルトーク/ハンガリー農民の歌による即興曲
Bartók / Improvisations on Hungarian Peasant Songs, op.20
 Molto moderato
 Molto capriccioso
 Lento, rubato
 Allegretto scherzando
 Allegro molto
 Allegro moderato, molto capriccioso
 Sostenuto, rubato
 Allegro

~アンコール~
シューベルト/ハンガリーのメロディ
ドビュッシー/アラベスク第1番
ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女

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この日は仕事が早めに片付き、紀尾井ホールに間に合いそうだったので、当日券でフランスのベテランピアニスト、ミッシェル・ベロフのリサイタルを聴いてきた。
ベロフを生で聴くのは私にとってはじめて。
客席はそこそこ入っていたが、前方も結構空席があり、ベロフほどの人でもと驚いた。

実際のベロフは思っていたよりも小柄で、下を見てとぼとぼと出入りする姿はどことなく怒られてしょんぼりした子供のよう。

ベロフの音は軽めでさらりと演奏する。
ドイツ系のピアニストに慣れている耳には、随分軽やかに思えるが、弱々しく繊細というわけでもなく、芯のある音である。
いわゆるヴィルトゥオーゾではないようだが、もちろん技巧に不足しているわけではない。
ただ、この日は風邪をひいていたのか、演奏しながら咳をする場面もあり、必ずしも万全の体調というわけではなさそうに見受けられた。

シューベルトでは中心のメロディーを浮かび上がらせたりはあまりせず、さらっと流していく。
しかし、薄味ということではなく、年輪からくるものなのか特有の味わいがあり、聴いていて心地よいシューベルトだった(このソナタからしばしば感じられる死の予感はベロフの演奏ではあまり強調されていなかった)。
第1楽章のリピートも省かずに演奏していた。
ヤナーチェクでは彼にしてはかなり激しい感情表現を聴かせ、バルトークでは民族色豊かな音を過不足なく響かせた。
だが、ネイティヴであるという強みは別としてもやはりドビュッシーで聞かせた柔らかい音色の美しさが印象に残る。
フランス人ピアニストからイメージされる色彩感豊かというのともちょっと違うタイプだが、堅実、かつ軽やかという感じだろうか。

アンコールの「ハンガリーのメロディ」はバルトークの出身地のハンガリーの旋律を基にシューベルトが作曲した作品で、正規プログラムとの関連が感じられる粋な選曲だった。
アンコールのドビュッシーの有名な2曲は彼の十八番なのだろう。
美しいミニアチュールの世界だった。

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以前NHKでフランスのピアノ曲の講座シリーズを放送していたベロフだが、一見ベロフとは結びつかないようなシューベルトなどもレパートリーに含んでおり、フランス人だからフランス音楽という先入観を聴き手も取り払わなければならないということを感じたコンサートだった。

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レーゼル/ベートーヴェンの真影【第5回&第6回】(2010年10月2日&14日 紀尾井ホール)

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紀尾井の室内楽vol.26
ドイツ・ピアニズムの威光
ペーター・レーゼル
ベートーヴェンの真影
ピアノ・ソナタ全曲演奏会【第3期2010年/2公演】全4期

【第5回】2010年10月2日(土)15:00 紀尾井ホール(1階4列3番)
【第6回】2010年10月14日(木)19:00 紀尾井ホール(1階4列3番)

ペーター・レーゼル(Peter Rösel)(ピアノ)

【第5回】2010年10月2日(土)

ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)作曲

ピアノ・ソナタ第22番ヘ長調 Op.54
 In Tempo d'un Menuetto
 Allegretto

ピアノ・ソナタ第3番ハ長調 Op.2-3
 Allegro con brio
 Adagio
 Scherzo: Allegro
 Allegro assai

~休憩~

ピアノ・ソナタ第15番ニ長調 Op.28「田園」
 Allegro
 Andante
 Scherzo: Allegro vivace
 Rondo: Allegro ma non troppo

ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調 Op.81a「告別」
 Das Lebewohl
 Abwesenheit
 Das Wiedersehn

~アンコール~
バガテルOp.126-5
バガテルOp.33-4

【第6回】2010年10月14日(木)

ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)作曲

ピアノ・ソナタ第8番ハ短調 Op.13「悲愴」
 Grave - Allegro di molto e con brio
 Adagio cantabile
 Rondo: Allegro

ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 Op.31-3「狩」
 Allegro
 Scherzo: Allegretto vivace
 Menuetto: Moderato e grazioso
 Presto con fuoco

~休憩~

ピアノ・ソナタ第27番ホ短調 Op.90
 Mit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck
 Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen

ピアノ・ソナタ第28番イ長調 Op.101
 Etwas lebhaft und mit der innigsten Empfindung
 Lebhaft. Marschmäßig
 Langsam und sehnsuchtsvoll
 Geschwinde, doch nicht zu sehr, und mit Entschlossenheit

~アンコール~
バガテルOp.33-4
バガテルOp.126-5

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ペーター・レーゼルが4年がかりで続けているベートーヴェン・ソナタ全曲シリーズの3年目を聴いてきた。

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10月2日(土)は燕尾服ではなく、黒のシャツを来てレーゼルは登場したが、まさにドイツの構築感にレーゼルならではのマイルドさも加わって各ソナタの核心があらわになったような素晴らしい演奏を聴かせてくれた。
ますます高みにのぼっていくレーゼルの至芸にはどんな形容をしてもむなしく響くほど。
アンコール(バガテル2曲)も含めて、これほどしっとりと心にしみるベートーヴェンを聴けた喜びにただただ感謝あるのみである。

最初のソナタ第22番は2つの楽章のみからなる小さな作品だが愛らしい魅力が感じられ、レーゼルの包み込むような音色が素晴らしかった。
せわしない動きが途絶えることのない第2楽章でも余裕のある演奏だったのはさすがだと思わされた。

ごく初期のソナタ第3番の第1楽章は規模の大きな壮大なスケールの楽章で、様々な楽想が次々あらわれつつも有機的な構成は保たれ、若かりし作曲家の意欲の強さがうかがえる。
他楽章でも硬軟入り乱れての多彩な表現が若々しく感じられ、それをレーゼルが温かい視点で再現していくのは素敵だった。

後半最初は第15番で一般に「田園」と呼ばれている作品である。
その名のとおり牧歌的なのどかな楽想が展開されていく。
第2楽章などシューベルトのソナタのモノローグをさえ先取りしているかのような響きすら感じられた。
息の長い美しいメロディーへの傾斜が感じられ、ベートーヴェンにしては意外な曲調である。
どうでもいい話だが、このソナタの第3楽章スケルツォの急速に下降する3つの音の連続が私には「誰だ?」と連呼しているように聞こえてしまう。
第4楽章で再びのどかな世界が広がるが、ベートーヴェンらしくドラマティックに盛り上がっていき終わる。

最後に演奏された有名な「告別」ソナタも、レーゼルらしい正攻法の姿勢で人生が反映されているかのような深い音の響きに酔いしれた。

レーゼルのピアノの音はどうしてこうも優しく心にしみてくるのだろう。
ベートーヴェンを聴く時の身構えた緊張感が、終演後にはすっかり溶けてしまっている。
ダイナミックスに不足するわけではなく、緊張と弛緩をバランスよく表現しているはずなのに、聴き終わった後に気持ちいい音楽を聴いたという満足感で満たされるのである。
やはり凄いピアニストである。

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10月14日(木)の公演の前に協奏曲の演奏を聴いたが、そちらはタキシードだった。
そして14日のソナタ公演では、2日同様の黒のシャツを着ていた。
こちらも基本的には2日同様に穏やかな人間味あふれるベートーヴェンだった。

最初に弾かれたのは有名な「悲愴」ソナタ。
ベートーヴェン自身が命名したことで知られる「悲愴(Pathetique)」ソナタだが、レーゼルの演奏は決して怒号も号泣もせず、ひっそりと頬を涙が伝っていくような感じだった。

続く第18番「狩」は、おそらく第4楽章からそのタイトルが付けられたのだろうが、これはベートーヴェンの命名ではない。
緩徐楽章が含まれないが、各楽章が異なるキャラクターを持ち、基本的に明朗な作品でリラックスして聴くことが出来る。

後半は第27番と第28番が演奏されたが、真嶋雄大氏のプログラムノートにもあるようにどちらもロマン派を先取りしたかのような当時のベートーヴェンの新境地とも言える内容を備えている。
私には前者はシューベルト、後者はシューマンの作品を予感させるように感じられた。
カンタービレが要求されるこれらの作品において、レーゼルの歌うようなタッチと音色がどれほど素晴らしかったかを言葉で表現し尽くすのは難しい。
例えば「悲愴」ソナタでの演奏によりドラマティックな緊迫感を求める人であっても、後半2作品の演奏における美しさに異論を唱える人はそれほどいないのではないか。
第28番ではカンタービレと同様に最終楽章での対位法も特徴的だが、これらも作曲上のテクニックうんぬんを忘れさせるような自然な美しさを感じさせられた。

昨年のソナタ公演では2回の演奏会で異なるアンコールをそれぞれ1曲ずつ披露したが、今回はさらに熱狂した反応ゆえだろうか、アンコールを各公演で2曲披露してくれた。
曲目はどちらも同じ内容だったが、演奏されるバガテルの順序が逆だったのは、本来1曲だけ演奏するつもりで、聴衆の反応に応じて2曲演奏したということではないかと想像される。
今回こうしてバガテルの中の同じ曲を日にちをあけて2回も聴くことが出来て感じたのは、これらの作品は決して「つまらないもの(Bagatelle)」ではなく、「小さな宝石(Schätzchen)」であったということである。
技術的には子供でも弾けるだろうが、レーゼルの円熟味が遺憾なく発揮されたこれほどの境地で弾くのは決して容易ではないにちがいない。

来年で完結するこのシリーズを今から楽しみにしている。

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レーゼル&S.ザンデルリング/ベートーヴェン ピアノ協奏曲 全曲ツィクルス I(2010年10月9日 紀尾井ホール)

ペーター・レーゼル

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シュテファン・ザンデルリング&紀尾井シンフォニエッタ東京
ベートーヴェン ピアノ協奏曲 全曲ツィクルス I

2010年10月9日(土)14:00 紀尾井ホール(1階4列2番)

ペーター・レーゼル(Peter Rösel)(ピアノ)
紀尾井シンフォニエッタ東京(Kioi Sinfonietta Tokyo)
シュテファン・ザンデルリング(Stefan Sanderling)(指揮)

ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)

ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 Op. 19
 Allegro con brio
 Adagio
 Rondo: Allegro molto

ピアノ協奏曲第3番ハ短調 Op. 37
 Allegro con brio
 Largo
 Rondo: Allegro

~休憩~

ピアノ協奏曲第4番ト長調 Op. 58
 Allegro moderato
 Andante con moto
 Rondo: Vivace

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現在ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲シリーズを4年がかりで継続中のペーター・レーゼルが今年から同時進行でピアノ協奏曲の全曲シリーズも始めた。
今年は第2~4番まで。
そして来年は第1番と第5番「皇帝」が予定されている。
つまり来年でベートーヴェンのソナタシリーズと協奏曲シリーズが同時完結することになるのである。

雨の中、四谷の紀尾井ホールに出かけてきたが、セディナ誕生一周年記念という冠が付けられ、関係者らしき人たちの姿がロビーに見られ、開演前のロビーやホール内を撮影している人もいた(スポンサー関係者だったのだろう)。

最初に演奏されたのは第2番。
第1番より出版されたのが後になったため2番と付けられているが、作曲はこちらが先とのこと(プログラム解説:原口啓太氏)。
どの楽章も軽快な明るさが聴く者を楽しい気分にさせる。
ベートーヴェンの優しい一面があらわれた作品と感じられた。

続いて演奏された第3番は第2番とは対照的に重厚でドラマティックな短調の作品(緩徐楽章は穏やかな長調だが)。
こうした悲壮な曲調であってもレーゼルの演奏はやり過ぎることがなく、節度が感じられるのが私には好ましい(より激しいほうが好みの方もおられるかもしれない)。

休憩後の第4番は冒頭からいきなりピアノソロで始まるのが特徴的な作品。
こちらはまた優美な曲調になり、気品すら感じられる。
しかし、ただ穏やかなだけではなく、ドラマティックな感情の起伏も表現されていて、精神的な味わい深さも感じさせてくれる名作といえるだろう。
第2楽章では激しく力強いオケと静かで穏やかなピアノソロが交代して、対比の妙が興味深い。

こうして立て続けに聴いてみると、やはりベートーヴェンというのはケタ違いに偉大な作曲家なのだなと感じずにはいられなかった。
貪欲に新しい技法を取り入れながら、決してルーティンに流されずに細やかにモティーフを展開させていく様は、単なる一愛好家の私ですら眩しいほどの格の違いを見せ付けられたような気がした。
何度も校正の手を入れて妥協せずに作品をつくりあげていくこの作曲家にあらためて畏敬の念を感じた時間だった。

レーゼルの演奏はソロの時と本質的には同様である。
がっちりとした構築感を土台にして、そこで作品とまっすぐに向き合うのだが、高度なテクニックを誇示することは決してなく、どれほど激しい箇所でもがんがん叩きつけることなく、コントロールの行き届いたタッチがマイルドな温かさを醸し出す。
ソリストと伴奏者という関係ではなく、アンサンブルの一員として互いの音を聴き合った良質な室内楽のようなやりとりが素晴らしかった。
右手だけで弾く時には左手を指揮をするかのようにひらりとさせるなど、ソロの時には見られなかった演奏する楽しみを自然に表にあらわすような場面も見られた。
またオケだけで演奏される箇所ではオケの演奏する方を向いてじっと音楽に耳を傾ける場面も多く、お互いの信頼関係がうかがえた。
また、作品それぞれの性格の違いを鮮やかに描き分けていたのは熟練のなせる技なのだろう。
とにかくレーゼルの奏でる極上の音の連なりに気持ちよく身を預けて聴いていた。

指揮はシュテファン・ザンデルリング。
往年の名指揮者クルト・ザンデルリングの息子である(レーゼルは親子2代と共演したことになる)。
女性の多い弦楽器群と男性の多い管楽器群からみずみずしく積極的な音楽を引き出していたように感じた。
紀尾井シンフォニエッタ東京のゲスト・コンサートマスターはスラヴァ・シェスティグラーゾフ(Slava Chestiglazov)。

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レーゼルは何度も飛んだブラヴォーの掛け声と拍手喝采に幾度となくステージに呼び戻されていた。

なお、今日のコンサートはマイクが立てられ、ピアノソナタシリーズ同様CD化されるそうなので楽しみである。

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リリア音楽ホール・ガラ第1回《ピアニストの饗宴》(2010年9月25日 川口リリア 音楽ホール)

リリア開館20周年記念
リリア音楽ホール・ガラ
第1回《ピアニストの饗宴》

2010年9月25日(土)15:00 川口リリア 音楽ホール(F列4番)

田部京子(Kyoko TABE)(ピアノ)
小川典子(Noriko OGAWA)(ピアノ)
横山幸雄(Yukio YOKOYAMA)(ピアノ)
仲道郁代(Ikuyo NAKAMICHI)(ピアノ)

ラフマニノフ/6つの小品Op.11より(連弾:Ⅰ-横山・Ⅱ-仲道)
 1.バルカロール
 2.スケルツォ
 4.ワルツ
 6.スラヴァ!

シューベルト/幻想曲ヘ短調D940(連弾:Ⅰ-田部・Ⅱ-小川)

~休憩~

サン=サーンス/組曲<動物の謝肉祭>より(2台4手:Ⅰ-田部・Ⅱ-小川)
 1.序奏とライオンの行進
 7.水族館
 10.鳥かご
 11.ピアニスト
 12.化石
 13.白鳥
 14.終曲

ラヴェル/ラ・ヴァルス(2台4手:Ⅰ-仲道・Ⅱ-横山)

スメタナ/モルダウ(交響詩<わが祖国>より)(2台8手:第1ピアノⅠ-横山・Ⅱ-仲道 第2ピアノⅠ-田部・Ⅱ-小川)

ビゼー/カルメンの主題による幻想曲(2台8手:第1ピアノⅠ-小川・Ⅱ-田部 第2ピアノⅠ-仲道・Ⅱ-横山)

~アンコール~
ギロック/シャンパン・トッカータ(2台8手:第1ピアノⅠ-田部・Ⅱ-小川 第2ピアノⅠ-横山・Ⅱ-仲道)

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これはもう本当に心からくつろいで楽しめる時間だった。

川口リリア開館20周年を記念した3回シリーズの第1回である。
今回は第一線で活躍しているピアニスト4人の共演ということで、なかなかない貴重な機会である。
私は実演では横山幸雄しか聴いたことがなく、ほかの3人をはじめて聴けるのも楽しみだった。

前半はラフマニノフの4曲を横山・仲道の連弾、そしてシューベルトの憂いをおびた美しい幻想曲を田部・小川の連弾で演奏した。
ラフマニノフでは特有の民族色豊かなメロディーが素朴に盛り上がるのを楽しみ、シューベルトでは2人のピアニストがまさに一心同体となって儚げな美しいモノローグを紡ぐのに身を任せていた。
ラフマニノフの第2曲「スケルツォ」では、音楽の進行が突然セコンド奏者の単音で遮られ、あたかもシューベルトの変ロ長調ソナタの最終楽章のようだった(ダルベルトはかつてそれを前進しようとして立ちはだかる壁のようだと言っていた)。

そして休憩後は2台ピアノの4手でスタートした。
サン=サーンスの「動物の謝肉祭」からの抜粋では誰の編曲によるのかプログラムに明記されていないが、ピアノ2台だけでこれほど楽しめるとは編曲者の功績も大きいのではないか。
田部、小川両人とも全く安定していて、楽しみながら演奏していたのが伝わってきた。

続くラヴェルの「ラ・ヴァルス」はオーケストラで頻繁に演奏される有名曲で、おどろおどろしいワルツである。
プリモを仲道が担当していたが、見たところセコンドの方が技巧的なような印象を受けた(実際は違うのかもしれないが)。
横山のドラマティックな響きは素晴らしかったが、小柄な仲道も負けじと奮闘していたのが良かった。

この後2台のピアノを4人で(つまり8手で)演奏することになるのだが、その前にピアニスト4人がマイクをもってステージに登場し、それぞれリリアでの演奏の思い出などを語っていた。
演奏家の生の声はなかなか聞けないので興味深く聞いたが、4人ともリリアでの演奏経験は過去にあるようで、特に横山氏はデビューアルバムの録音の場所でもあったとのこと。
同業のピアニストがこうして同じ舞台に立つことはめったに無いというのが共通の意見だった。
横山氏以外の3人は8手での演奏経験は今回がはじめてとのこと。
最後に仲道氏が8手で弾くことに掛けて「丁々8手!」などと可愛らしい顔してオヤジギャグを放ったのが面白かった。
話しぶりもおとなしそうな外見とは裏腹に結構お茶目な方だ。

その後、スメタナの「モルダウ」の8手演奏がスタートしたが、大音響を特徴とする曲ではない為、有名な美しいモルダウの調べを4人がぴったり息を合わせて弾く素晴らしさを味わった。

そして最後の「ビゼーのカルメンの主題による幻想曲」では、お馴染みのアリアの数々が次々に登場して大変盛り上がった。
ここでは8手ならではの豊かな響きをたっぷり味わうことが出来た。

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気品に満ちた田部、堂々たる響きの小川、巧者横山、軽快な仲道と、それぞれの個性がうまく化学反応を起こしていたように感じた。
4人とも仲が良さそうで楽しそうにくつろいで演奏しているのが一貫して伝わってきて、もっと聞いていたいと思わせられた素敵なコンサートであった。

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シーララ/ピアノ・リサイタル(2010年9月29日 浜離宮朝日ホール)

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アンティ・シーララ ピアノ・リサイタル

2010年9月29日(水)19:00 浜離宮朝日ホール(1階3列7番)

アンティ・シーララ(Antti Siirala)(ピアノ)

ブラームス/6つの小品 op.118
Brahms / 6 Stücke op.118
 間奏曲 イ短調
 間奏曲 イ長調
 バラード ト短調
 間奏曲 ヘ短調
 ロマンス ヘ長調
 間奏曲 変ホ短調

シェーンベルク/3つのピアノ曲 op.11
Schönberg / 3 Klavierstücke op.11
 Mässige
 Mässige
 Bewegte

~休憩~

シェーンベルク/6つの小さなピアノ曲 op.19
Schönberg / 6 kleine Klavierstücke op.19
 Leicht, zart
 Langsam
 Sehr langsam
 Rasch, aber leicht
 Etwas rasch
 Sehr langsam

ブラームス/ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調 op.5
Brahms / Sonate für Klavier Nr.3 f moll op.5
 Allegro maestoso
 Andante espressivo
 Scherzo. Allegro energico
 Intermezzo (Rückblick). Andante molto
 Finale. Allegro moderato ma rubato

~アンコール~
ショパン/バラード第3番
Chopin / Ballade No.3

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昨年聴いてすっかりファンになったフィンランドのピアニスト、アンティ・シーララのリサイタルを聴いてきた。

今回はブラームスとシェーンベルクの組み合わせ。

ブラームス晩年の「6つの小品 op.118」は、作品の性格からして、いかにも諦観の境地で深々と弾くものがこれまで多かったように感じるし、それが曲に合っていると思っていた。
この日のシーララの演奏はいい意味でそのような先入観を完全に裏切ってくれた。
晩年の孤高の境地などではなく、若者の喜怒哀楽そのものといった演奏。
こういう演奏も許容する作品なのかと目からうろこが落ちた。
もちろんシーララのことだから、ことさらに奇抜な解釈を聞かせるわけではない。
しかし、以前に増してダイナミクスが強調されたような印象を受けた。
繊細なだけではなく、骨太な面もあるのだと言わんばかりに・・・。

シェーンベルクは「3つのピアノ曲 op.11」が前半のとりに、そして「6つの小さなピアノ曲 op.19」は後半の冒頭に演奏された。
シェーンベルクのピアノ曲を全く知らなかった私は多少予習してコンサートに臨んだのだが、最初はなんだかちんぷんかんぷんに聴こえたシェーンベルクが何度も聴くうちにその響きにも慣れてきて、だんだん作品としての面白さを感じかけてきた。
耳に馴染みやすい曲ではない分、こちらから働きかけるごとに近寄っていけるタイプの作品なのだろう。
シーララは楽譜を開いて演奏していたが、もちろんほとんど暗譜に近かったように感じた。
テクニックの冴えがより前面に出て、シーララの現代曲との相性の良さを感じさせた。
特に「6つの小さなピアノ曲 op.19」は6曲合わせても5分前後という短い曲の集まりなのだが、凝縮された最低限の音の連なりは、空間、余白を重んじる日本人には案外合うのかもしれないと思ったりもした。

最後のブラームス「ピアノ・ソナタ第3番」はシーララの現在の充実を最も良くあらわしていたと思う。
とにかく力の入れ方が格別で、従来のイメージ以上に骨太で立体的な力強い演奏で、ソナタの様々な側面をくまなく浮き上がらせていた名演だった。
録音もしているだけあって弾きこんでいるという強みもあるのだろう。
この夜の演奏でケタ違いの素晴らしさだった。
豪快で力強い側面が見えた両端楽章、それに感性の細やかさが素晴らしかった緩徐楽章ともにシーララの様々な良さが聴かれた演奏だった。

今回驚いたのが、聴衆の少なさ。
前方の左右ブロックはがらがらだった。
ほかのスターピアニストと日にちが重なっているわけでもないのに、この空席の多さは寂しい。
国内CDが出ていないのが影響しているのか。
最近のコンサートはあっという間に完売してしまうコンサートと空席の多いコンサートの二極化が激しくなっているように感じる。

シーララへのインタビュー記事がネットにあったので参考までに。
 こちら

なお、このコンサートの同じ時間帯には白井光子&ヘルのシューベルトリサイタルがHakuju Hallで催されていたはず(完売とのことで相変わらずの人気である)。
そちらがどうだったのかも気になるところだ。

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