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レーゼル/ベートーヴェンの真影【第5回&第6回】(2010年10月2日&14日 紀尾井ホール)

Roesel_pamphlet_201010

紀尾井の室内楽vol.26
ドイツ・ピアニズムの威光
ペーター・レーゼル
ベートーヴェンの真影
ピアノ・ソナタ全曲演奏会【第3期2010年/2公演】全4期

【第5回】2010年10月2日(土)15:00 紀尾井ホール(1階4列3番)
【第6回】2010年10月14日(木)19:00 紀尾井ホール(1階4列3番)

ペーター・レーゼル(Peter Rösel)(ピアノ)

【第5回】2010年10月2日(土)

ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)作曲

ピアノ・ソナタ第22番ヘ長調 Op.54
 In Tempo d'un Menuetto
 Allegretto

ピアノ・ソナタ第3番ハ長調 Op.2-3
 Allegro con brio
 Adagio
 Scherzo: Allegro
 Allegro assai

~休憩~

ピアノ・ソナタ第15番ニ長調 Op.28「田園」
 Allegro
 Andante
 Scherzo: Allegro vivace
 Rondo: Allegro ma non troppo

ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調 Op.81a「告別」
 Das Lebewohl
 Abwesenheit
 Das Wiedersehn

~アンコール~
バガテルOp.126-5
バガテルOp.33-4

【第6回】2010年10月14日(木)

ベートーヴェン(Beethoven: 1770-1827)作曲

ピアノ・ソナタ第8番ハ短調 Op.13「悲愴」
 Grave - Allegro di molto e con brio
 Adagio cantabile
 Rondo: Allegro

ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 Op.31-3「狩」
 Allegro
 Scherzo: Allegretto vivace
 Menuetto: Moderato e grazioso
 Presto con fuoco

~休憩~

ピアノ・ソナタ第27番ホ短調 Op.90
 Mit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck
 Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen

ピアノ・ソナタ第28番イ長調 Op.101
 Etwas lebhaft und mit der innigsten Empfindung
 Lebhaft. Marschmäßig
 Langsam und sehnsuchtsvoll
 Geschwinde, doch nicht zu sehr, und mit Entschlossenheit

~アンコール~
バガテルOp.33-4
バガテルOp.126-5

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ペーター・レーゼルが4年がかりで続けているベートーヴェン・ソナタ全曲シリーズの3年目を聴いてきた。

Roesel_autograph_20101002

10月2日(土)は燕尾服ではなく、黒のシャツを来てレーゼルは登場したが、まさにドイツの構築感にレーゼルならではのマイルドさも加わって各ソナタの核心があらわになったような素晴らしい演奏を聴かせてくれた。
ますます高みにのぼっていくレーゼルの至芸にはどんな形容をしてもむなしく響くほど。
アンコール(バガテル2曲)も含めて、これほどしっとりと心にしみるベートーヴェンを聴けた喜びにただただ感謝あるのみである。

最初のソナタ第22番は2つの楽章のみからなる小さな作品だが愛らしい魅力が感じられ、レーゼルの包み込むような音色が素晴らしかった。
せわしない動きが途絶えることのない第2楽章でも余裕のある演奏だったのはさすがだと思わされた。

ごく初期のソナタ第3番の第1楽章は規模の大きな壮大なスケールの楽章で、様々な楽想が次々あらわれつつも有機的な構成は保たれ、若かりし作曲家の意欲の強さがうかがえる。
他楽章でも硬軟入り乱れての多彩な表現が若々しく感じられ、それをレーゼルが温かい視点で再現していくのは素敵だった。

後半最初は第15番で一般に「田園」と呼ばれている作品である。
その名のとおり牧歌的なのどかな楽想が展開されていく。
第2楽章などシューベルトのソナタのモノローグをさえ先取りしているかのような響きすら感じられた。
息の長い美しいメロディーへの傾斜が感じられ、ベートーヴェンにしては意外な曲調である。
どうでもいい話だが、このソナタの第3楽章スケルツォの急速に下降する3つの音の連続が私には「誰だ?」と連呼しているように聞こえてしまう。
第4楽章で再びのどかな世界が広がるが、ベートーヴェンらしくドラマティックに盛り上がっていき終わる。

最後に演奏された有名な「告別」ソナタも、レーゼルらしい正攻法の姿勢で人生が反映されているかのような深い音の響きに酔いしれた。

レーゼルのピアノの音はどうしてこうも優しく心にしみてくるのだろう。
ベートーヴェンを聴く時の身構えた緊張感が、終演後にはすっかり溶けてしまっている。
ダイナミックスに不足するわけではなく、緊張と弛緩をバランスよく表現しているはずなのに、聴き終わった後に気持ちいい音楽を聴いたという満足感で満たされるのである。
やはり凄いピアニストである。

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10月14日(木)の公演の前に協奏曲の演奏を聴いたが、そちらはタキシードだった。
そして14日のソナタ公演では、2日同様の黒のシャツを着ていた。
こちらも基本的には2日同様に穏やかな人間味あふれるベートーヴェンだった。

最初に弾かれたのは有名な「悲愴」ソナタ。
ベートーヴェン自身が命名したことで知られる「悲愴(Pathetique)」ソナタだが、レーゼルの演奏は決して怒号も号泣もせず、ひっそりと頬を涙が伝っていくような感じだった。

続く第18番「狩」は、おそらく第4楽章からそのタイトルが付けられたのだろうが、これはベートーヴェンの命名ではない。
緩徐楽章が含まれないが、各楽章が異なるキャラクターを持ち、基本的に明朗な作品でリラックスして聴くことが出来る。

後半は第27番と第28番が演奏されたが、真嶋雄大氏のプログラムノートにもあるようにどちらもロマン派を先取りしたかのような当時のベートーヴェンの新境地とも言える内容を備えている。
私には前者はシューベルト、後者はシューマンの作品を予感させるように感じられた。
カンタービレが要求されるこれらの作品において、レーゼルの歌うようなタッチと音色がどれほど素晴らしかったかを言葉で表現し尽くすのは難しい。
例えば「悲愴」ソナタでの演奏によりドラマティックな緊迫感を求める人であっても、後半2作品の演奏における美しさに異論を唱える人はそれほどいないのではないか。
第28番ではカンタービレと同様に最終楽章での対位法も特徴的だが、これらも作曲上のテクニックうんぬんを忘れさせるような自然な美しさを感じさせられた。

昨年のソナタ公演では2回の演奏会で異なるアンコールをそれぞれ1曲ずつ披露したが、今回はさらに熱狂した反応ゆえだろうか、アンコールを各公演で2曲披露してくれた。
曲目はどちらも同じ内容だったが、演奏されるバガテルの順序が逆だったのは、本来1曲だけ演奏するつもりで、聴衆の反応に応じて2曲演奏したということではないかと想像される。
今回こうしてバガテルの中の同じ曲を日にちをあけて2回も聴くことが出来て感じたのは、これらの作品は決して「つまらないもの(Bagatelle)」ではなく、「小さな宝石(Schätzchen)」であったということである。
技術的には子供でも弾けるだろうが、レーゼルの円熟味が遺憾なく発揮されたこれほどの境地で弾くのは決して容易ではないにちがいない。

来年で完結するこのシリーズを今から楽しみにしている。

Roesel_chirashi_201010

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コメント

はじめまして。レーゼルの演奏会、ほとんど聴きに行かれているのですね。
私は大阪なので、ライブ録音のCDでしか聴く事ができないので、うらやましい限り。
それでも、CDを聴くだけで充分満足できるほど、演奏は素晴らしいですね。
どの曲も繰り返し聴いていますが、特に気に入っているのは、4番、12番、14番、15番、18番、22番、26番、28番などです。
月光ソナタの最終楽章は、あまり好きではない曲なのですが、レーゼルの演奏はパッショネイトで力強くて、惚れぼれしてしまいます。

今年も、予定どおり最終回のリサイタルが無事開催されることを願ってます。全集盤、今年リリースしてほしいものですが、やっぱり分売盤が出てから、しばらくかかるのでしょうね。

Berlin Classics盤のレーゼルの協奏曲・独奏曲のBOXセットも聴きましたが、若い時の演奏も素晴らしいものです。今回のピアノ・ソナタシリーズで、より深化したレーゼルのピアノを聴く事ができて、とても嬉しく思っています。

投稿: yoshimi | 2011年4月 8日 (金曜日) 00時12分

yoshimiさん、はじめまして。
コメントを有難うございます。
私もこうして毎年彼の演奏に接することの出来る幸せを感じています。関西でも公演してくれたらいいですね。
毎回ライヴ録音をしているのでCDでコンサートの雰囲気を再び味わえるのもうれしいです。
いずれボックス化もされるかもしれませんね。
yoshimiさんもレーゼルのファンなのですね。
月光ソナタ、私も彼の力みすぎない演奏、好きです。
私はブラームスのピアノ曲をレーゼルの録音で聴いて好きになったので、いつか彼のブラームスを生で聴くのが夢です。

投稿: フランツ | 2011年4月 8日 (金曜日) 20時18分

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