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ホル&オルトナー/シューベルト「美しき水車屋の娘」(2010年10月28日 川口リリア 音楽ホール)

Holl_ortner_20101028

ロベルト・ホル(バス・バリトン)
「美しき水車屋の娘」をうたう

2010年10月28日(木)19:00 川口リリア 音楽ホール(C列6番)

ロベルト・ホル(Robert HOLL)(バス・バリトン)
みどり・オルトナー(Midori ORTNER)(ピアノ)

シューベルト(Schubert)/歌曲集『美しき水車屋の娘』D795
 1.渡り歩き
 2.どこへ
 3.とまれ
 4.小川よ ありがとう
 5.仕事じまいの夕べ
 6.知りたい
 7.いてもたってもいられぬ気持ち
 8.おはよう
 9.粉ひきの花
 10.涙雨
 11.おれのもの

~休憩~

 12.しばしの休み
 13.リュートにつけた緑のリボン
 14.狩人
 15.ねたみと強がり
 16.好きな色
 17.いやな色
 18.枯れた花
 19.粉ひきと小川
 20.小川の子守歌

~アンコール~
シューベルト/夕映えの中で(Im Abendrot)D799

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オランダ出身の大ベテラン、バスバリトンのロベルト・ホルと、ピアニストのみどり・オルトナーのコンビによる川口でのコンサートに出かけてきた。
このコンビによる川口リリアでの公演もすっかり恒例になった。
今回の演目は意外なことに「美しき水車屋の娘」。
かつて往年の名バスバリトン歌手ハンス・ホッターは、この歌曲集を歌おうかと考えた際、声に合わせて低く移調すると小川の響きではなくなることに気付き諦めたというようなことを語っていたのを読んだ記憶がある。
そのように低声歌手のレパートリーになりにくい「水車屋」にあえてホルが取り組んだ。
どんな感じになるのか興味津津で聴いたが、結果はロベルト・ホルの円熟の表現により、声の高低やら詩の設定やらに固執するレベルを超えた歌唱となっていた。
確かに恰幅のいい体躯のホルによる朗々と泉のように響き渡る充実した低声は、修行中の職人というよりも、どうみても「親方」の歌である。
親方になった粉屋が若い頃を思い出して・・・という設定だとしたらどうだろうか。
しかし、最終曲でこの職人は小川の底で永遠の眠りにつくわけだからそういうことにはなるまい。
ホルは相変わらず右手の親指と人差し指で輪を作り、それを覗き込むようにして体を動かしながら歌う。
高音を弱声で歌うと若干響きが薄くなるが、そうなることを恐れずに、むしろ弱声を積極的に使っていたように思う。
それが一般的にはフォルテで歌うところであっても、抑制して歌われることでかえって心に訴えかけることも多かったように感じられた。
ホルの歌唱はどうみても第三者による達観した歌唱ではなく、若者に同化して歌っているようだった。
その語りの細やかさと自在な伸縮は年輪がなせる技と感じられたが、それでも最初の方は詩の設定とのギャップを感じながら聴くことになった。
「狩人」などは通常聴かれるよりも随分テンポを落として歌っていたが、こうすると早口でまくしたてる若者の怒りというよりも、年配の人がかんで含めるように説明しているようだった。
ところが、最後の3曲「枯れた花」「粉ひきと小川」「小川の子守歌」になると、詩の主人公の年齢が気にならなくなり、音楽の深みとホルの歌唱の深みが同調してきた。
このあたりになると、若者であることは重要ではなく、老若男女誰もがもつであろう普遍的な苦しみ、哀しみ、そして癒しといった要素が要求されるのだろう。
ホルの歌唱がすっと心に入ってきて、シューベルトの切なくも達観したかのような音楽にただただ惹き込まれるのみであった。
それにしても「粉ひきと小川」はなんと心が締め付けられる音楽なのだろう。
いつ聴いても心が揺さぶられる曲である。
フランツ・リストもセンチメンタルなピアノ・ソロ編曲をしているが、この作品が気に入っていた証ではないだろうか。

ピアノのみどり・オルトナーはロベルト・ホルの表現を知り尽くした完璧なパートナーだった。
彼女はおそらく「水車屋」の音楽が好きで好きでたまらないのではないか。
そのような曲への愛着がそこかしこにあらわれていたように私には感じられた。
「しばしの休み」や「リュートにつけた緑のリボン」では同時に弾かれる箇所でアルペッジョを施したりしていたが、これなどは他のピアニストもしばしば行う普通のことだろう。
しかし、そのちょっとしたところに彼女の音への慈しみのようなものが込められていたように感じたのだ。
単なるテクニック、装飾というのを超えた思いの深さのようなものといったらよいだろうか。
「涙雨」では繰り返しの際に歌唱からではなく前奏から繰り返していたのも新鮮だった。

Holl_ortner_20101028_chirashi

最終的には誰もが共感しえる感情をホルが歌い、オルトナーが弾き、それを聴いた私たちも共にその感情を体験して感銘を受けたということではないか。
アンコールの「夕映えの中で」でも、浄化されるような感銘を受けた。
自在な境地に達したロベルト・ホルが感受性豊かなオルトナーのピアノを得て、今回も素敵な時間を与えてくれたことに感謝したい。

なお、今回第11曲の後に10分の休憩が入ったが、連作歌曲集であっても途中で休むことによって、聴衆にとってもだれることなく最後まで聴けて良いのではないかと感じるようになった。
1時間継続して集中するというのはいくら好きな作品であってもなかなか難しいものである。

余談ですが、「リリア開館20周年記念事業」として、ホール1階の催し広場で「モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト資料展」が11月2日(火)まで催されています。
ウィーン楽友協会の提供による全10点の貴重な資料が展示されており、しかも入場無料です。
入場時に配布されるパンフレットには全展示物の写真と説明が印刷されており、いたれりつくせりです。
歌曲ファンにとっては「美しい水車屋の娘」の第15曲「ねたみと誇り」の年代入り草稿、モーツァルトの「喜びに胸はおどり」K579のピアノ版楽譜などが注目されます。
その他、第九のスケッチなどもあり、作曲家を身近に感じられる資料が楽しめるので、お近くの方にはおすすめです。

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コメント

 残念ながら、私はホルの歌唱は耳にしたことがないのですが、お記事を拝読しながら耳に聞くような思いがしました。
 それにしましても、《「粉ひきと小川」はなんと心が締め付けられる音楽なのだろう》というお言葉には深い共感を覚えてなりません。
 また、じっくり「美しき…」を聴いてみたくなりました。

 余談だけれどとおっしゃる、「モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト資料展」は羨ましい限りです。私が「お近く」ではないので、歯噛みするほどです。
 「ねたみと誇り」の年代入り草稿などよだれタラタラです。でも私などが見ても何も発見できないのは言うまでもありません。
 でも、ずいぶん前に、私の「お近く」で、宮沢賢治の草稿を見た時の感動は今も忘れられませんし、近いところでは、川端康成の原稿を見たときも、何かの波長がぐざぐさと来たものでした。
 余談の草稿について何かお感じのことがあれば、お記事にものしていただければ、嬉しく思います。
 勝手なことを申してすみません。どうぞほったらかしておいてください。
 

投稿: Zu-Simolin | 2010年10月30日 (土曜日) 18時45分

Zu-Simolinさん、こんばんは。
コメントを有難うございました!
ロベルト・ホルは輸入盤では多くのシューベルトの録音が出ていますので、ぜひお聴きになってみてください。
「粉ひきと小川」はいいですよね。Zu-Simolinさんにも共感していただけてうれしいです。
「モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト資料展」は無料なのは有難いのですが、展示数が10点なので遠方からお出かけになるとちょっと物足りない方もおられるかもしれません。しかし、「ねたみと誇り」ではシューベルトの速筆の勢いが感じられ、モーツァルトの楽譜では意外なほど几帳面な書き方を見ることが出来ました。ベートーヴェンのスケッチはイメージのままの悩みに悩んでという印象でした。文学者の場合もきっとそうでしょうが、生の史料に接する機会は大切だなぁと感じました。今回もZu-Simolinさんの「ぐざぐざ」ときっと近い感覚ではないかと思います。

投稿: フランツ | 2010年10月30日 (土曜日) 21時25分

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