林美智子&望月哲也/シューマン生誕200年 歌曲と詩の朗読の夕べ(2010年10月29日 王子ホール)
林美智子&望月哲也
~シューマン生誕200年 歌曲と詩の朗読の夕べ~
2010年10月29日(金)19:00 王子ホール(J列20番)
林美智子(Michiko Hayashi)(メゾ・ソプラノ)
望月哲也(Tetsuya Mochizuki)(テノール)
河原忠之(Tadayuki Kawahara)(ピアノ)
久世星佳(Seika Kuze)(朗読)
シューマン/歌曲集「詩人の恋(Dichterliebe)」Op.48(望月)
~休憩~
シューマン/歌曲集「女の愛と生涯(Frauenliebe und Leben)」Op.42(林)
シューマン/4つの二重唱曲(Vier Duette)Op.78(林&望月)
舞踏歌(Tanzlied)
彼と彼女(Er und Sie)
あなたを思う(Ich denke dein)
子守歌~病にふせる子供のため(Wiegenlied am Lager eines kranken Kindes)
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売れっ子の2人、メゾ・ソプラノの林美智子とテノールの望月哲也がシューマンを歌うコンサートを聴いてきた。
今回は宝塚出身の久世星佳を迎え、林と望月が訳した詩を演奏の合間に朗読するという趣向であった。
ピアノは河原忠之。
今回の演奏会を聴き終えて最も印象的だったのが、ピアノの河原忠之。
この人はコレペティートルとしての経験が豊富な為か、以前に聴いた時は勘所は押さえているものの若干大雑把な印象を受けた。
ところが、今日の演奏はその特質が素晴らしい方向に働いた。
あたかも往年のピアノの巨匠のようにシューマンの音楽の揺らぎを濃密に表現したのだ。
深い味わいがどの音からも感じられ、テキストの主人公の心情が雄弁に描き出されていた。
前半は望月の歌唱で「詩人の恋」。
1曲、あるいは数曲分の詩がまず久世によって朗読され、その後で演奏されていく。
望月の歌唱はオペラでの歌を歌曲にも持ち込んだような印象で、外に発散されていく。
爽やかな美声で各曲を真摯に表現していき、彼の声と曲との相性の良さを感じた。
一方で、さらに歌いこむことでより素晴らしくなる可能性も残しているように思われた。
久世の朗読は歌手たちの世界を壊さないようにという配慮からか、意外と薄味。
もちろん詩の言葉に反応した語り分けなどはきちんとなされているのだが、もう一歩思い切った表情の豊かさがあってもいいと感じた。
3曲分の朗読をした後で、2曲演奏された後に次の朗読を始めてしまったりといったハプニングもあった(ご本人はおそらく気付いていない感じである)が、ピアノの河原氏がさりげなく元に戻そうとしていたのはさすがだった。
後半は林の歌唱で「女の愛と生涯」。
彼女は数ヶ月前の公演を体調不良で降板したりしていたので、この夜も大丈夫だろうかと思っていたが、いたって元気な様子で安心した。
第1曲の前、真っ暗な舞台にそっと登場して、久世と背中合わせに立ち、まず正面の久世が第1曲を朗読し、その後、林がぐるりと回って正面に移り、歌唱が始まった。
林のリートをじっくり聴くのは実は初めてなのだが(以前「ロザムンデのロマンス」だけは聴いたが)、まずその声の重心の低い深さに驚いた。
メゾソプラノではあるが、アルトのような深みがある。
また声量も豊かで、懐の深い歌唱だった。
この声質が特に最終曲「今、あなたは私にはじめて苦痛を与えました」に生きたのは当然だろう。
ソプラノ歌手が歌うと軽くなりがちなこの曲の心痛をメゾソプラノの深みで真実味をもって表現していて素晴らしかった。
各曲の歌唱もしっとりとした味わいが素敵だったが、ちょっとした表情や軽い演技が女優顔負けのうまさで貫禄すら感じられた。
久世も曲の展開に従って、林とともにちょっとした動きをつけるのだが、むしろ林が主導して、久世が従っている感じだった。
この歌曲集では「詩人の恋」ほどピアノパートに見せ場は多くないが、最終曲の後に第1曲が回想されるシーンでは河原がとても味わい深い演奏を聴かせてくれた。
最後のブロックは作品番号78の二重唱曲を全4曲。
芸達者な二人の歌手がこれらの曲で、さらに生き生きとしていたのは偶然ではないだろう。
楽譜を見ながらではあったが、第1曲「舞踏歌」など、ちょっとしたオペラの一場面を見ているかのようだった。
久世はこの曲集に関しては最後の曲「子守歌」のみに登場し、河原のピアノに合わせて朗読し、その後すぐに歌が始まった。
病にふしている子供に向けた設定だからだろうか、子守歌にしては暗い響きの作品だが、メロディーの美しさは一度聴けば忘れられない。
最後にふさわしい作品だった。
満席の会場から何度も拍手でステージに呼び戻されたが、アンコールはなかった。
なお、久世が出入りする際にいつも駆け足なのだが、これは宝塚の習慣なのだろうか。
林もそれを真似したりして、茶目っ気のある人である。
良質の演奏でシューマンの代表作を満喫できて満足の一夜だった。
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