北村さおり&平島誠也/リサイタル(2010年6月5日 王子ホール)
北村さおりソプラノリサイタル「小さき花の詩 vol.2」
2010年6月5日(土)14:00 王子ホール(全自由席)
北村さおり(Saori Kitamura)(S)
平島誠也(Seiya Hirashima)(P)
シューベルト(Schubert: 1797-1828)
花の言葉(Die Blumensprache) D519
花の便り(Der Blumenblief) D622
薔薇のリボン(Das Rosenband) D280
すみれ(Viola) D786
リスト(Liszt: 1811-1886)
喜びに満ち、悲しみにあふれ(Freudvoll und leidvoll)
僕の歌には毒がある(Vergiftet meine Lieder)
それはきっとすばらしいこと(Es muss ein Wunderbares sein)
ローレライ(Die Lorelei)
~休憩~
シューマン(Schumann: 1810-1856)
歌曲集「ミルテの花」(Myrten Op.25)より
くるみの木(Der Nussbaum)
はすの花(Die Lotosblume)
ズライカの歌(Lied der Suleika)
お前は花のようだ(Du bist wie eine Blume)
ヘブライの歌から(Aus den hebräischen Gesängen)
マルクス(Marx: 1882-1964)
愛がお前に触れたなら(Hat dich die Liebe berührt)
捨てられた女(Der Verlassene)
ベネチアの子守唄(Venetianisches Wiegenlied)
君が届けし薔薇の花束(Und gestern hat er mir Rosen gebracht)
マリアの歌(Marienlied)
ノクターン(Nocturne)
~アンコール~
マルクス(Marx)/幸福な夜(Selige Nacht)
R.シュトラウス(R.Strauss)/薔薇のリボン(Das Rosenband)
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土曜日の午後、ドイツリートを楽しむのにうってつけのコンサートに出かけてきた。
ソプラノの北村さおりと名手平島誠也による「小さき花の詩 vol.2」というリサイタルである。
平島さんのサイトで知ったコンサートだったが、なかなかステージで聴けないヨーゼフ・マルクスの歌曲がプログラミングされていたのにまず興味を感じた。
しかし、今回のプログラムで最も楽しみだったのはシューベルトの「すみれ」(ショーバー詩)という10分以上かかる歌曲である。
シューベルトは初期にはバラーデという物語の展開を音楽で描写する作品を随分残しているが、それらはあくまでストーリー展開ゆえに長大にならざるを得ない類のものだった。
今回披露されたシューベルトの「すみれ」も詩の長さに比例して長大だが、ストーリー性はあるものの、抒情的な要素の勝った「リート」という印象が強い。
そしてその詩がまた“泣ける”のである。
マツユキソウ(Schneeglöcklein)が春の到来を告げる音を響かせる。
その音に最初に目覚めたスミレ(Viola)は、「春」という花婿との祝宴に参加しようと胸ときめかせて着飾り、その場に急ぎ向かう。
しかし、向かった先にはまだ誰ひとりいなかった。
スミレは呼ばれていないと感じ、恥ずかしさのあまり、草陰の人けのない場所を探して傷心に泣きじゃくる。
その後、マツユキソウの響きに目覚めた花々が続々と春の祝宴に集まる。
しかし、その場に最愛の子がいないのに気付いた春は、花々に探しに行かせた。
皆がスミレのもとにやってきたとき、スミレは愛と憧れの苦しみに押しつぶされていた。
マツユキソウよ、スミレが安らかに憩えるように鈴を鳴らしておくれ。
F=ディースカウはその著書の中で「植物学の講義に似て、はからずも喜劇的な感じを与える」とつれない評価を下し、アルフレッド・アインシュタインは「詩の選択を誤った」としながらも、「心を奪うような詩趣(ポエジー)のあまたの傾向が見いだされる」と限定的には評価する。
しかし、グレアム・ジョンスンによる「初期のすべてのバラードの試作の果てに実を結んだすばらしい作品のひとつ」という高評価に私は最も相槌を打つのである。
シューベルトがこの詩に心から共感して作曲したであろうと私は信じている。
ショーバーの詩が「喜劇的」かどうか私には分からないが、その詩の内容に私は切なくなり、シューベルトの音楽の共感に満ちた解釈に心の中で涙を流すのだ。
北村さおりはリリックな美声の持ち主。
どの音域もよく練れていて、会場いっぱいに満たす声のヴォリュームと強靭さも合わせもっている。
これから頭角をあらわしていくことを予感させる。
また、歌う時の顔の表情の豊かさは視覚的にも惹きつけられる。
前半の純白のドレス、後半の鮮やかな赤い衣装も目を楽しませてくれた。
彼女の歌は現在のよく伸びる美声を最大限に生かし、素直に曲の世界を表現することにその良さが感じられる。
「花の言葉」「花の便り」「薔薇のリボン」といったシューベルトのミニアチュールを伸びやかに屈託なく表現したのは、彼女の美質が生かされる選曲の良さも手伝っているだろう。
一方、「すみれ」の切なさも彼女は慈しむような共感をもって演じきり、曲の魅力を素敵に表現していた。
また、声を張ると美しいだけでない独自のコクが生まれ、それがリストの「喜びに満ち、悲しみにあふれ」で素晴らしい効果をあげていた。
リストの歌曲の独自の肌触りは録音で聴くよりもこうしてライヴで聴くと一層はっきり感じられる。
緊張と甘美が同居したような独特の世界。
その独自性に寄り添って素直に描き出した北村さんの挑戦に拍手を贈りたい。
シューマンの愛の歌の数々は今の彼女の良さがそのまま生きていたし、最後のヨーゼフ・マルクスの作品も後期ロマン派の官能的だが耳に馴染みやすい旋律の魅力を丁寧に引き出していたと感じた。
平島誠也のピアノはつい最近も聴いたばかりだが、これだけ異なるタイプの作品にそれぞれ対応する力にはあらためて驚かされる。
歌曲のピアニストはソリストのように自分の弾きたい作品を弾けるわけではない。
歌手の選ぶ膨大なレパートリーを何でも弾けるオールマイティさが求められると思われるが、言葉で言うより大変なことに違いない。
シューベルトの素朴だがデリケートな音楽、リストの時に強靭で時に甘美な主張の強い音楽、シューマンのロマンティックで自意識の強い音楽、マルクスの濃密な音楽。
それぞれの作曲家の持ち味を把握し、表現する平島さんの中には、あたかも4人の異なるピアニストがいるかのようである。
特にリストの自己主張の強さを絶妙のバランスをとりながら表現しているのを聴いて、あらためてその凄さを実感した。
しかし、その音色の美しさ、のめりこみすぎないテンポの快適さ(師匠ゲイジとは対照的?)、そして歌手と共にピアノで歌うという姿勢はいつもながら一貫して感じられた。
いい音楽を聴いたと思わせてくれる、やはり得がたいピアニストである。
なお、今回も配布パンフレットに平島氏の文章が寄せられていて、師弟関係を遡って、平島氏が過去の大作曲家たちとつながっていく様がなんとも興味深い。
中でエリック・ウェルバとアーウィン・ゲイジの師弟関係を例に出して「師弟関係と芸風がさほど密接だとは思えない」という文章は、平島さんとゲイジとの関係にもあてはまるように思えるが、きっとどこかに密接な部分もあるのだろう。
それをいつかコンサートの中で聞き取ってみようと思う。
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コメント
ありがとうございました。
投稿: テレジア | 2010年7月 1日 (木曜日) 02時48分
テレジアさん、こんばんは。
先日は素敵な演奏を有難うございました。
歌唱も選曲も魅了されました。
今後ますますのご活躍を楽しみにしております。
投稿: フランツ | 2010年7月 2日 (金曜日) 00時17分