望月哲也&河原忠之/望月哲也 Wanderer Vol.2(2010年5月25日 王子ホール)
望月哲也 Wanderer Vol.2
2010年5月25日(火) 19:00 王子ホール(A列4番)
望月哲也(Tetsuya Mochizuki)(テノール)
河原忠之(Tadayuki Kawahara)(ピアノ)
マーラー(Mahler)/「さすらう若人の歌」全曲
彼女の婚礼の日は
朝の野辺を歩けば
私は燃えるような短剣を持って
ふたつの青い目が
ヴォルフ(Wolf)/「メーリケ歌曲集」より
鼓手
愛する人に
ペレグリーナⅠ
ペレグリーナⅡ
庭師
尽きることのない愛
狩人
~休憩~
リヒャルト・シュトラウス(R.Strauss)/
「5つの素朴な歌」より
ああ、不幸な男だ、この僕は Op.21-4
「4つの歌」より
ばらのリボン Op.33-1
「5つの素朴な歌」より
全ての私の想い Op.21-1
「はすの花びらよりの6つの歌」より
拡げたまえ、僕の頭上に君の黒髪を Op.19-2
「4つの歌」より
ひそやかな誘い Op.27-3
「5つの歌」より
天の使い Op.32-5
おお、優しき5月よ! Op.32-4
マーラー(Mahler)/
「子供の魔法の角笛」より
この歌を作ったのは誰?!
「若き日の歌」より
夏に小鳥はかわり
「子供の魔法の角笛」より
魚に説教するパドヴァの聖アントニウス
高い知性を讃える
「若き日の歌」より
別離と忌避
~アンコール~
ヴォルフ/眠りに寄せて(An den Schlaf)
マーラー/美しさゆえに愛するのなら(Liebst du um Schönheit)
R.シュトラウス/なにも(Nichts) Op.10-2
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今やオペラにコンサートに引っ張りだこのテノール、望月哲也が王子ホールで始めた"Wanderer"というリサイタルシリーズの第2回を聴いた。
第1回の「美しい水車屋の娘」は聴いていないので、彼のリートを聴くのは今回がはじめて。
ピアニストはオペラのコレペティートルとしての経験豊富な河原忠之で、彼の演奏も私にとってははじめてであった。
選ばれた作品は、今年生誕150年を迎えたマーラーとヴォルフ、それにほぼ同時代人のR.シュトラウスの歌曲である。
マーラーの歌曲集「さすらう若人の歌」はバリトン歌手のお得意のレパートリーで、たまにメゾソプラノ歌手も歌ったりするが、テノール歌手はあまり歌わない。
望月氏もそのへんをふまえて「テノールの音色でこの曲がどのように響くのかという好奇心から」とりあげたとのこと。
望月氏の強みはリリカルな表現とドラマティックな表現のどちらにも長けている点だろう。
そういう意味で、この歌曲集の哀しみを胸に抱えながら抑制された箇所も、そして抑えていたたががはずれ、自暴自棄になり激しく高揚する箇所も、オペラの一場面のように明快に歌い分けていた。
テノールの張りのある美声で聴くと、この曲集の主人公が若い「遍歴職人」であることを思い出させてくれた。
中でも第3曲のドラマティックな感情表出がやはり強い印象を受けた。
続いてヴォルフの「メーリケ歌曲集」から7曲。
まだあどけない少年の妄想を歌った「鼓手」に始まり、真摯で神々しい「愛する人に」、そして恋に溺れていく濃密な2曲の「ペレグリーナ」と続き、一転して爽やかな「庭師」、そして愛の欲望を高らかに肯定する「尽きることのない愛」、最後は恋人とけんかした狩人が気晴らしの狩に出る「狩人」で締めくくられる。
「キャラクターの演じ分け」をテーマに歌ったそうだが、確かに多彩な表情が求められる作品群であった。
一筋縄ではいかないヴォルフの作品だが、望月の歌はしっかり自分のものとして消化して聴かせてくれたのがいい意味で驚きだった。
「鼓手」や「狩人」で聴かせた表情の豊かさはオペラで鍛えたものも大いにものをいっているのではないか。
きっと入念な準備をしたに違いない。
今後さらに歌いこむことでコクが出てきたら面白そうである。
休憩後、最初はR.シュトラウスの歌曲から7曲。
コミカルな「ああ、不幸な男だ、この僕は」から、シュトラウスらしい流麗な「ばらのリボン」、さらに情熱的な「ひそやかな誘い」まで、オペラ歌手としての特性が最も生かされた作品群であり、それゆえに望月の歌も伸び伸びと広がっていく。
気持ち良さそうな歌いぶりであった。
Op.32からの珍しい2曲(「天の使い」「おお、優しき5月よ!」)の選曲も、彼の意欲のあらわれだろう。
最後は再びマーラーの作品だが、今回は明るくコミカルで時にシニカルな作品5曲。
「夏に小鳥はかわり」でのカッコウの鳴き声や「高い知性を讃える」でのロバの鳴き声など、誇張することによってマーラーの意図が表現される作品では、オペラ歌手望月の表現力の豊かさが最大限に生かされた。
「この歌を作ったのは誰?!」では中間部でテンポを落としたのが主人公の必死の訴えを際立たせていて新鮮だった。
「魚に説教する~」はいつ聴いても面白い曲だが、詩の内容は相当シニカルである。
そういう意味で望月哲也にとって挑戦しがいのある作品をあえて選曲したのであろう。
そして、現時点での彼の良さが生かされた爽やかな後味のコンサートとなっていたと思う。
望月哲也の声は美しく、発音もよく訓練されていたように感じた。
若々しく生き生きとした声の愉悦と、表現に新鮮さがあり、どの曲も自分のものにしていたのは心強かった。
オペラ歌手としての演技力がリートに持ち込まれ、見て楽しめる歌だった。
低声域もテノールの範囲内でよく出していたと思う。
颯爽と歩くステージマナーなどは写真で見るよりもずっと若々しい印象だった。
河原忠之のピアノは細かく見れば若干おおざっぱに感じるところもあったが、勘所をしっかりおさえた演奏だった。
全体像を意識した演奏はコレペティートルとしての特性も影響しているのかもしれない。
ただ、ヴォルフ「鼓手」のトレモロは、はしょらずにしっかり弾くことでより効果的になるのではないだろうか。
後半のシュトラウスなどもなかなか洒脱な演奏だったが、遠慮せずにさらに歌と張り合った方が作品の良さが生きるのではないかと感じた。
彼としては最後のマーラーの歌曲グループが最も生き生きとしていて素晴らしいピアノ演奏だったと感じた(譜めくりを付けなかった為だろう、長大な「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」ではあらかじめ楽譜の全ページを大きなボードに貼り付けて楽譜立てに置いていたのが面白かった)。
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