高橋大海&服部容子/イノック・アーデン(2010年5月18日 日暮里サニーホール コンサートサロン)
日本声楽家協会《日暮里びぶらアート劇場》
独演コンサートシリーズ 歌曲の夕べ
声とピアノのアンサンブル
第9回
2010年5月18日(火) 19:00 日暮里サニーホール コンサートサロン(全自由席)
高橋大海(たかはし たいかい)(語り)
服部容子(はっとり ようこ)(ピアノ)
R.シュトラウス(R.Strauss)/イノック・アーデン(Enoch Arden Op.38)
原作:A.テニスン(Alfred Tennyson)
日本語翻訳:谷篤(Tani Atsushi)
《第1部》
前奏曲~青春
ある秋の日
結婚
旅立ち
幼子の死
フィリップ父さん
求婚
アニイの夢~結婚
~休憩~
《第2部》
前奏曲~航海の運命
幻
帰郷
再会~決意
遺言
永遠の別れ
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久しぶりに日暮里のサニーホールに行った。
15分の休憩をはさんで約1時間半、イギリス人、アルフレッド・テニスンの詩「イノック・アーデン」の日本語訳の朗読と、それに付けられたR.シュトラウスによる音楽が演奏された。
“メロドラマ”と呼ばれるこのジャンルは、シューベルト、シューマン、リストなども作っているが、シュトラウスの音楽による「イノック・アーデン」は、その原作の知名度の高さでは群を抜いているかもしれない。
シューベルトやシューマンのメロドラマがほとんど途切れることのない音楽の上で朗読されるのと異なり、シュトラウスの「イノック・アーデン」の場合は音楽のない朗読のみの箇所がかなり多い。
まず朗読ありきで、その心理を暗示するようにピアノが補足するような印象である。
シュトラウス自身はこの機会作品を失敗作とみなしていたそうだが、時に雄弁に主張するかと思えば、時に後方でひそやかに支えるといった起伏に富んだ音楽が朗読を引き立てていたことは確かである。
登場人物は、船乗りの息子イノック・アーデンと、粉屋の息子フィリップ・レイ、そして美少女アニー・リーの3人の幼馴染である。
子供時代は無邪気にイノックとフィリップが交代でアニーの夫役を演じて遊んでいたが、大人になり、2人が共にアニーに恋心を抱くようになると運命のいたずらに翻弄されていく。
100席の小さなサロンで朗読を聞くというのはまさに理想的な環境だろう。
高橋大海氏の歌はこれまで聴いたことがなかったのだが、今回は朗読のみ。
しかし、俳優の語りとも、アナウンサーの語りとも違う、歌い手ならではの語りと感じた。
高橋氏は音楽のない箇所は生声で、ピアノが加わる箇所は声が消されないようにマイクを使って工夫しながら朗読していた。
穏やかなバスバリトンの声は日本語をはっきりと発音することを心掛けながらゆっくりめに語られる。
噛んでふくめるような語りは、決してテクニックに頼らず、実直に言葉を伝えようとしていた。
いわばおじいさんが孫に話を聞かせるような素朴な味わいが心地よかった。
ピアノの服部容子氏はこのホールで様々なコンサートを企画して演奏もするという多才な方。
今回は演奏前にこの作品にまつわる話があり(「メロドラマ」という言葉は「メロディー」と「ドラマ」が合わさったという説があるという話は興味深かった)、その後に高橋氏と共に再登場して「イノック・アーデン」を演奏したのだが、芯のある豊かな音の響きは、断片的になりがちなシュトラウスの音楽に一貫した魅力を付与していて素晴らしいピアノ演奏だった。
メロドラマも本来は作曲家が付けたオリジナルの言語のまま味わうのがいいのかもしれないが、歌曲を聴く時ほどその縛りは厳格ではないと思う。
日本で演じられる時は日本語で朗読されるのが聞き手には親切だし、日本人が語るのにドイツ語や英語を無理して使う必要はないだろう。
今回は高橋氏のお弟子さんの日本語訳による版を服部氏が知人のピアニストから入手して、多少の手直しが加えられての上演となったそうだ。
この意欲的な企画と上演の成功に拍手を贈りたい。
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